夢の手紙
――私には、夢があった。プロのピアニストになること。
幼い頃からピアノの隣で育てられ、毎日のように鍵盤を叩き、楽譜とにらめっこしてきた。そのおかげもあり、コンクールでは何度も賞をもらった。
高校を卒業したら音楽学校にいき、いずれは夢を叶える。そう、思っていた。
3ヶ月前のことだ。
生きる気力が沸かない。私はこれから何をすればいいのだろう。どうすれば、いいのだろう。もう、死んでもいいかなって、死にたいなって。
そんなときだった。アイツが現れたのは。
「あのー、君が――――さんですかー?」
「・・・・・・そうですが」
「おぉ、合ってた良かったぁ……!」
顔に笑顔を張り付けたような少年だった。
「ねね、俺すっごく暇なんだけど、話し相手になってくんないかな?」
「・・・・・・私は暇じゃないの。帰ってください」
「まぁまぁ、そう言わずに」
なんだこいつ。人の気も知らずにずけずけと。
「私はあなたみたいにヘラヘラ笑ってる人間が一番嫌いなの。分かったら早く帰ってください」
「えー、暇なんだよ。いいじゃんちょっとくらいー」
「だから私は暇じゃないの!」
「一人なのに?」
「そ、一人でしたいことがあるの!!」
「へぇ、一人で?」
「そ、一人でって……」
「そっかぁ、それは邪魔しちゃまずいですよね〜?」
「うっさい。いい加減にしないと看護師呼ぶからね!?」
「うっ。そりゃ困る」
「じゃ、今日は退散するとしよう! また明日!!」
「来なくていいっ……つうのー」
それから、あいつは毎日病室に遊びにきた。毎日毎日。毎日だ。
「彼氏さんとかはいるの?」
「います。なので帰ってください」
嘘だ。私にはピアノがあれば良かった。それだけで、良かった。だから、男を作る暇なんてなかったし。作ろうとも思わなかったし。
「そっか〜、やっぱいるのか……。君可愛いもんなぁ」
「・・・・・・え?」
いや、言われるには言われるんだけど、そういうのは画面越しがほとんどで、男の子に面と向かって可愛いなんて言われるのは初めてだった。だから恥ずかしいっていうかなんというか。不本意だけど、ちょっぴり嬉しかった。
「どした、なんか顔赤くね?」
「へ!? き、気のせいだしっ!!」
「耳まで赤いけど、大丈夫?」
「大丈夫だっつうの! そ、それより、あんたは彼女いるの?」
ぱぁーっと少年の顔が明るくなった。いや、元々明るい顔だけど。
「うん! いません!!」
とても嬉しそうに、満面の笑みで少年はそう言った。本来彼女がいないとか、恥じることであって誇ることじゃないと思うんだけれど……などと思考を巡らせている内に気づいた。
そう言えば、私からこいつに質問するのは初めてだったかもしれないな――。
あいつと会話するのが、私の日課になった。
「まぢで!? 【RAINY HAWK】知ってるとか驚きすぎて失神しそうなレベル!」
「知ってるって言っても軽く読んだだけよ?」
あいつを見ていると、なんだか私も笑顔になってしまう。
「いやいや、だってあの作品人気ないじゃん。読んでる人とか少ないしさ」
「そうみたいね。でも、一応ブックマークはつけてるわよ私?」
不思議なものだ。こいつと一緒にいると、胸の辺りが温かくなるのを感じる。この気持ちはいったい、なんなのだろうか。
「で、退院はいつよ?」
「このまま順調にいけば再来週だってさ」
「ほほう、それはめでたい!」
「そう言えば、あんたは誰の御見舞に来てたの?」
「ん、俺?」
「そうよ。だって、用事もないのに病院来ないでしょ普通」
「ああ、俺はほらアレだよ」
「アレってなによ?」
「友達が重い病気で入院しててさ、そいつのお見舞い!」
「へぇ〜、……って! ならその人のところに行かなきゃダメじゃない!!」
「いんだよ、あいつ何気元気そうだからさ」
「それに」
「君みたいな可愛い子と話してた方が楽しいしさ!」
「か、可愛い言うな……バカ!」
「そういう照れてるとこも可愛いすぎ」
「〜〜ッ!!」
次の日、少年は病室に来なかった。
「・・・・・・なんだあいつ」
次の日も。その次の日も。
「・・・・・・風邪でも、ひいたのかな……」
いくら待てども、あいつが病室に現れることはなかった。
「よし、もう大丈夫みたいだね! 退院おめでとう」
「ありがとう、ございました」
「・・・・・・あの!」
「どうしたの?」
「ここに入院していた、――――くんの連絡先を教えてもらえませんか?」
「きみは、――くんの友達かな?」
「いえ、その。私の病室に、よく遊びに来てくれてたんです」
「・・・・・・そうなの」
「はい。でも、いきなり病室に来なくなって。だから、ひとことお礼がいいたいなと思って」
「――くんは何も言ってなかったのかい?」
「はい……」
「ちょっと待ってね、――くんに聞いてみるから」
「聞いてみる……?」
✽✽✽
「――くん……?」
「よぉ、退院決まったんだってな! おめでと」
「これ、どういうこと?」
「おれ、――なんだ」
「聞いてない」
「聞かれなかったし」
「いつ治るの?」
「治んない」
「治らないって、どういうこと?」
「どうって、もってあと1ヶ月ってこと」
「嘘、でしょ?」
「・・・・・・」
「そんな顔すんなよな。美人が台無しだろ?」
「・・・・・・なんで」
「ん?」
「なんで、あなたはそんなふうに笑っていられるの!?」
「あ〜、ごめんな。ほら、俺こんな状態だからさ、トイレ行ったりするのも辛いんだよ――」
「ふざけないでよッ!!」
「だって、死んじゃうんでしょ!? それなのに、それなのに!!」
「笑ってなきゃ、壊れそうだから。笑ってなきゃ、怖くて怖くて震えが止まらないから、かな」
✽✽
「毎日毎日来てくれんのはありがたいし嬉しんだけどさ、彼氏さん怒ったりしないの?」
「大丈夫じゃない? だって私彼氏いないし」
「はい?」
「・・・・・あ、そういうことか。ごめん、傷を抉るようなことして」
「気にしなくていいわ。だって私、今まで彼氏作ったことないし」
「はい?」
✽✽
「ねぇ、――くん」
「どしたんよ改まって。告白でもしてくれるのかな?」
「そうね、告白かしらね」
「本気で言ってる?」
「うそよ。半分ね」
「なんだよ半分嘘か……よ?」
✽✽
その日。彼は死んだ。私には彼が眠っているようにしか見えなかったけれど。すごく綺麗な顔をしていた。だけどだんだんとその顔が歪んでいって、あぁ、私泣いてるのか……。
彼のお母さんらしき人が封の開いていない一通の手紙を渡してくれた。
彼のことだから、きっと最後までふざけたことしか言わないのだろうと思った。でも、それでいい。それがいいのだ。だって私は、そんな彼のことが――。
手紙にはこう書いてあった。
『この手紙を君が見ている頃、なんて書き出しは恋愛小説のお話だよな。つか俺には似合わねぇ。
まず最初に、こんな俺のことを好きになってくれてありがとな。君みたいな可愛い子とチュッチュできた俺に後悔はねぇ。って言いたいけど、生憎1つだけ思い残したことがあるんだ。
それは俺の叶えられなかった夢なんだ。
本当は自分で叶えたかったけど、残念ながら無理みたいだ。身体はいてぇし、こんな下手くそな文字しか書けなくなっちまってるしよ。
だからと言ったらあれなんだけど、俺の代わりに叶えてくれないか?
まぁ、そう言うと君は絶対叶えようとしてくれる。逆の立場だったら俺もそうするから。だから先に言っとく。それはすごく大変で、すごく辛くて、すごく悲しくなるかもしれない。2枚目に俺の夢が書き出されているけれど、それを見たら君は後悔するだろう。絶対だ。
今、覚悟を決めてくれ。別に君が2枚目を見ず、俺の夢を追わなくても大好きだ。どんな君でも愛してる。だから2枚目を見る前によく考えて欲しい――』
もっとふざけた文章を書いて私を笑わせてくれるのかと、そういう物を期待していた。だけど、彼にしては回りくどい文章だった。
見て後悔するか、見ずに後悔するか。
そんなの決まっている。彼の夢を叶える。どんな夢だとしても、私は絶対に叶えてみせる。だって私は、彼のことが大好きだから!
そして私は2枚目を見て、後悔した。死ぬほど後悔した。彼の顔を見て流し尽くしたと思っていた涙が、頬をつたる。
『そっか、見ちゃったか。まぁ、見ると思ってたけどね。でも、見てしまったからには俺の夢を君に託すよ。
俺の夢は――』
✽✽✽
その日はとても暑い夏の日だ。蝉がうるさく泣き叫ぶ。それでなくとも暑さで頭痛がするのに・・・・・・。
彼ならなんていうだろうか。「ねぇ、喉乾いたしもう帰ろうよ」なんて言うのだろう。それに私は「嫌よ。だって帰ったらもっと汗だくになるようなことするでしょ?」と返す。すると彼は「いいじゃん、汗だくになったほうがエロくね?」その光景が目に浮かぶようだ。
「どうしたのママ?」
「いいえ、なんでもないわ」
Y月X日――彼の命日だ。
お墓に行き、お線香を添えた。
あれから6年がたつ。私は今、家庭を持ち、小さなアパートに小さな部屋を借り、家族3人で慎ましく暮らしている。結局指は完治せず、ピアニストになることはできなかったけれど、指の怪我がなければ今の私はここにいない。彼を知らない私は、きっと今頃一人寂しくピアノの鍵盤を叩いていたことだろう。
ねぇ、――くん。私の旦那さんはとても優しい人よ。頑張りやさんで、家族思いで、あなたに負けず劣らずのいい人よ。
ねぇ、――くん。――は――くんみたいにやんちゃっ子で、毎日怪我して帰ってくるの。もしかして、あなたの遺伝子もあの子に宿っているのかしら。
ねぇ、――くん。私のお腹に2人目の命が宿ったの。女の子よ。
ねぇ、――くん……? 私は今、とても幸せ。本当に、心の底から幸せよ。
手を合わせ、目を瞑り、彼のことを想う。大好きだった、彼のことを。愛していた、初恋だった、彼のことを――。
『俺の夢は――、俺の大好きな人が新しく大好きな人をつくって、世界一幸せになることさ』
気分転換で書いてみたのですが、どうだったでしょうか。本気を出せば文庫本1冊かけると思いますが、こんな作品誰も見ないと思うので止めときます笑
読んでいてあれ?って思った方もいるかと思いますが、この作品は『君の膵臓を食べたい』という作品に魅せられた僕が書いたものです。なので似通っている部分が少々あるかと思います。
最後に長々と申し訳ない。でもあと一言書かせて下さい。
『君の膵臓を食べたい』観てない方はぜひ観てくださいね。泣けますよ!