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ただの素振り

 一日目は、折り返し地点に到達出来なかった。


 二日目は、朝食の食べ過ぎで山に入ることすら出来なかった。


 三日目と四日目は、死にかけながらも折り返し地点に到達した。


 五日目からは、考えるようになった。

 消耗を抑えるため、鎧を脱いで走ってみよう。

 だが、その作戦は失敗だった。


 山に出現する魔物は強く、凶暴だ。

 軽装で走っている人間を見つけたら、いい鴨が来たと思い、いつもより強気に攻める。

 そのせいで走るより、魔物との戦闘で体力を大きく消耗した。更には一撃でも攻撃を食らえば重傷という、ハンデ付きとなってしまった。


 ならばと六日目は、武器を変えた。

 元から持っていたレーナの家で代々受け継がれている剣ではなく、普通の鍛冶屋で売っているような軽い剣だ。

 最初は重さの違いに戸惑った。

 しかし、魔物と戦っている内に慣れた。

 いつもより走る距離は増えた。


 二週間でようやく、山を下ってシエラの元に戻れるようになった。

 五時間という長い時間が掛かったが、それでもレーナは大喜びした。


 今までやって来たことは無駄ではなかった。

 これを続けていれば、確実に強くなれると。


 そしていつも通り朝一番でよろず屋を訪れたレーナは、衝撃の一言を浴びせられた。


「今日からは走らなくていいです」

「次の段階に移るのだな?」

「はい、次は剣を振り続けてもらいます」

「…………それだけか? 素振りは、いつもやっているが」


 朝起きて剣を振るのは、レーナの日課となっていた。

 次はどんな地獄が待っているのだろうか。そう身構えていたレーナは、肩透かしを食らう。


「ああ、わかったぞ。魔物との相手をしながら、気絶するまで剣を振れというのだな?」

「いえ、違います。あなたは裏庭で、ただ素振りをしていればいいです」

「それに何の意味が……? ああ、いや……素振りを無駄だとは思わないが、しかし今更だぞ」

「やってみればわかりますよ。さ、裏庭に移動しましょう」


 不思議がっているレーナを置いて、スタスタとシエラは歩く。


 そうして移動した裏庭は、冒険者にとって苦い思い出がある。

 最初に来た時、全ての自信をへし折られた場所だ。

 その時のことを思い出して渋面を作るレーナに、シエラはどうしたのだろう? と首を傾げた。


「では、早速始めましょうか」

「わかっ──」

「あ、武器は出さなくていいですよ。こっちで用意していますので」

「そうか? それはありがた『ドスンッ!』……い?」


 言葉の途中で、重い音が聞こえた。

 何があったのか。それを探るために視線を彷徨わせ、シエラの足元で目が止まった。


 それは巨大な剣だった。

 大剣……いや、特大剣と呼ばれるものだ。

 レーナの身長と同じか、それよりも少し大きい。


 そんな物が、何故いきなり現れた? というか、これ何?

 目を白黒させているレーナに、淡々と説明を始めるシエラ。


「スラは食べた物を収納するか、吸収して養分にするかを決められるんです。その収納している物の中で、レーナさんにあったサイズの剣を用意しました」


 その説明の中に、とんでもないことが聞こえてきた。


「ま、待て! お願いだから待ってくれ! 私に合った剣だと!? これが!?」

「はい、これがです。今日から、これを素振りしてくださいね」

「…………は?」

「これを素振りしてください」

「持つのだけでも厳しいのだが?」


 両手で持っても、持てるかどうかわからない剣だ。

 それを振るなんて、不可能だ。


 そう言った。

 だが、シエラはキョトンと不思議そうな顔になった。


「それが何か? 持てないのであれば、持てるように頑張ればいいのです。気合いです」

「そんな簡単なものではないと思うのだが……」

「…………ふむ、仕方ないですね」


 初めてシエラが折れた。

 そのことに希望を見出したレーナだったが、現実はそう上手くは行かないことを、その直後に痛感する。


「素振りのカウントは、適当に振っても一回と数えて上げましょう。縦に振っても良し、横に振っても良し、私が振ったと思えば、それで一回とします」

「話を聞いてくれていただろうか? 私は、重くて持てないと言ったのだ」

「死ぬ気でやれば、人間何でも出来るようになりますよ」

「……無理だ」

「やれます。というか、やらせます」

「死にたい」

「死んだら何も出来ませんよ。それに、剣を振った程度で人間死にません。流石にそこまで弱く作られていないですよ、人間という種族は」


 ──ああ、もう何を言っても無駄だ。


 若くして理不尽を悟る女性は、この世界でも少ない。

 もしかしたら、私は希少なのではないだろうか。そんな馬鹿なことを本気で考えてしまうほど、今のレーナの精神は不安定だった。


「私もここに居ますので、本当に死にそうになったらストップを掛けますよ」


 つまり、それまでは見張っておく。ということでもある。

 そう感じ取ったレーナは、絶望して乾いた笑い声を上げた。


「は、ははっ……あははは……」

「お、笑っているということは、やる気が出ましたか? 嬉しいですね。やる気になってくれると、用意したこっちも嬉しくなるというものです」

「ああ、やるさ。……やってやる」


 レーナの決意は固まった。

 最近は何かをする事に決意している気がするが、今回は次元が違う。




 神は、居るのだろうかと、レーナは思う。


 この世界には様々な宗教が存在する。

 レーナはその何処にも所属していなかった。

 居るかどうかわからないものに祈りを捧げてどうなるのだと、今まではそう思っていた。


 だが、それでも……。

 レーナは願う。


 もし、本当に神は居て、私達を見守ってくれていると言うのなら、どうか……どうか私をお守りください。


 この世に生を受けて17年。

 レーナは初めて、神に祈りを捧げた。


「うおぉおおおおお!!」


 剣の柄を握り、ただただ振り回す。

 何も考えていない。

 雑念を払って、とにかく振った。


「わー、凄い迫力ですねー。その調子ですよ」

「ぴゅい!」


 今はそんな言葉に反応している余裕はなかった。


「うおぉおおおおおおおおおおおお!」


 レーナは剣を振り続けた。


 そして正気に戻った時、彼女はベッドの上で横になっていた。

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