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休息

「おはようございます」


 ノックを数回。

 返事は聞こえなかった。

 シエラはそれでも構わず、その部屋に入る。


「いつまで寝ているのですか。もう朝ですよ」


 その部屋のベッドでスヤスヤと眠っている少女、レーナに向かって、呆れたように言う。

 余程深い眠りに入っているのか、シエラの静かな声では起きる気配がない。


 夕飯をご馳走した後、流石に限界だったらしいレーナに、シエラは泊まることを提案した。


 朝は起こしてあげるから、今日くらいはゆっくりと眠った方がいい。

 そう言ったのは確かにシエラだったが、起こしに来るのがこれで三回目になるとは、その時の彼女は予想していなかった。


「…………」

「──うおっ、眩し!」


 無言で窓に近づき、カーテンをバッ! と開けると、日の光が寝坊助(ねぼすけ)の顔面に直撃した。

 それでようやく起きたレーナは、寝惚け眼を擦りながら起き上がる。


「もう何なんだ……って、シエラか」

「おはようございます。随分と深い眠りに入っていたようですが、疲れは取れましたか?」

「……ん、体は……若干だるいな」


 腕を回す。

 昨晩、スライムがくれたポーションのおかげで、筋肉痛は和らいだ。

 しかし、それでもまだ体は重い。


 もしかしたら、体調を気遣ってくれているのだろうか?

 そう思ったのは、一瞬だけだった。


「そうですか。では、今日も走りますよ」

「うん、シエラならそう言うと思っていた」

「筋肉痛は大丈夫ですか?」

「……気付いていたのだな」

「スラが気を回すことは、予想していましたから。あの子なりの優しさです。私が何か言った訳ではありません」

「ああ、わかっている。ちゃんと礼も言った」

「そうですか。なら、良かったです。朝食を用意しました。着替えが済んだら、下に降りて来てくださいね」


 すたすたと部屋を出て行くシエラ。


「……ん?」


 ベッドの横に設置されているテーブルの上には、綺麗に折りたたまれたレーナの服があった。


「ああ、そうか。寝ぼけて下着のまま寝てしまったのか……」


 街中の宿ではいつも下着で寝ている。

 いつも着ている服は、脱いだまま放り出して寝てしまう時もある。おそらく、昨晩もそうだったのだろう。

 宿ではそれでもいい。だが、ここは宿ではなく、シエラに一日だけ借りた部屋だ。

 礼儀のないことをしてしまって申し訳ない反面、こうして面倒を見てくれてありがたいとレーナは思う。


 軽く背伸びをしながら服を取り、袖を通す。


 正直なことを言うと、まだ眠い。

 しかし、あのシエラはそれを許さないだろう。

 笑顔で地獄のようなことを言う人だ。間違いない。


 だが、こうして優しい部分もある。

 本当に不思議な人だと、レーナは思う。


 何でも見透かしているような視線は不気味だと思うが、その人に鍛えられている身としては、頼もしい限りだ。


 シエラに「お前は何者だ?」と問いかけたことがある。

 その答えを聞くことは叶わなかった。

 すぐに話を切り替えられてしまい、曖昧なまま会話が終了してしまったからだ。


 ということは、やはり言いたくないことなのか。

 だが、そんな感じもしなかった。言いたくないというより、言えないようにもレーナは思えた。


「……ま、今はそんなことを考えている場合ではないな」


 レーナの目的は、シエラが何者なのかを知ることではない。


 目的を果たす。

 ただそれだけのためにここまで来た。

 その目的は誰もに、師匠であるシエラにも言っていない。


 何となく察しているような雰囲気はあるが、彼女は何も言ってこない。

 そのことにもレーナは感謝している。

 ただただ面倒ごとに巻き込まれたくない。と知らないふりをしているだけかもしれないが、それでも突っ込んだ話をしてこないのは、ありがたかった。


 ならば、私は彼女の期待に応えるため、特訓を耐え抜くのみだ。


 シエラは、まだ序の口だと言っていた。

 地獄は始まっていない。

 考えるだけで目眩がする言葉だ。意思を強く保っていなければ、発狂してしまいそうになる。


「耐えろ。耐えるんだ、私……」


 ──くぅううう。


 と、決意を固めたタイミングで腹が鳴る。


「…………うん、朝食は何だろうか」


 腹が減っては戦が出来ない。

 昔、何処かの誰かが言った言葉だ。


 確かにその通りで、人間腹が減っていては、いつも出せている力を十分に出すことは出来ない。


 だから、まずは朝食を頂こう。

 美味しそうな匂いが、今も下から漂って来ている。

 疲れが完全に抜けきっていないレーナは、その匂いを我慢出来なかった。


「これは、美味そうだ……」


 下に降りたレーナを待っていたのは、朝食と言うには豪華すぎる料理達だった。

 平民が食べるようなものではない。王族や貴族が食べるようなものだ。


 それがテーブルに広がっている。

 ゴクリと、溢れ出る唾液を飲み込むレーナ。

 その様子を、シエラとスライムは微笑んで眺めている。


「この後は走り込みが待っていますからね。栄養満点のスープを用意しました。食べ過ぎには注意ですよ」

「いただきます!」

「はい、召し上がれ」

「ぴゅい!」




 その後、出された朝食を腹一杯食べたレーナは、地獄を見ることになる。

 シエラに呆れられてしまうのは、言わなくてもわかることだった。

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