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貴族の剣

 真横にティーカップが置かれている。

 だがレーナは、これを持ち上げることがなかった。


「飲まないのですか? 美味しいですよ?」

「……体が、動かないんだ」

「おお、それは大変ですね」


 持ち上げることはなかったというのは、少し間違いだ。

 正しくは、持ち上げることが出来なかった、だ。


 今は箸よりも重い物を持ち上げられる自信がない。それどころか、体に限界が訪れて、思うように動かせない。


 シエラは他人事のように心配し、カップに口を付けた。

 地面に横たわっているレーナとは違い、呼び出したスライムを椅子にして優雅にティータイムだ。


「その程度では、まだまだ強くなるなんて難しいですよ」

「……なぁ、シエラ。お前は必殺技という言葉を知っているか?」

「はい、知っていますよ」

「私は、それを使ったのだが?」

「それが何か?」


 必殺技というのは、敵を必ず殺すための技だ。

 連発することなんて想定していない。

 それをレーナは、合計30回。


 全てシエラには届かなかった。軽々と剣を摘まれ、ポイッとされる。それを繰り返していた。

 それでも、よく頑張ったと褒めて欲しい。

 スライムには「ぴゅい」と言われたが、シエラのように言葉がわかる訳ではないので、意味はなかった。


「でも、これくらいは普通に出してもらうようになって頂きますよ?」

「……すまん、上手く聞き取れなかったようだ」

「あら? 大丈夫ですか? ……これくらいは普通に出してもらわないと困ると言いました」


 ああ、大丈夫だった。耳が聞こえなくなった訳ではないようだ。と、レーナは空を仰ぐ。

 それと同時に、それが聞き間違いでいて欲しかったという彼女のささやかな願いは、見事に打ち砕かれた。


「私は……死ぬのか?」

「死にませんよ。殺しませんから」


 死ぬくらいの体験はしてもらいますが。とシエラは言う。


「でも、強く鍛えてみせます。依頼は必ず完了する。それがよろず屋です」

「頼もしいと思えばいいのか、ただのホラ吹きだと嘲笑えばいいのか、わからないな」

「前者ですよ。今まで経営してきて、依頼を達成出来なかったことは一度しかありません」

「……むしろ、その一回が気になるな」

「嫁になれと結婚を迫られました。第二王子から」

「──ブッ!?」

「まぁ、断りましたけどね。それでもしつこく迫ってきたので、ボコボコにして亀甲縛りで送り返しましたが」

「……それは、大丈夫だったのか? 王族に危害を加えたとかで処罰とかは」

「別に何もありませんでしたよ。陛下とは顔見知りですし、あの人は話がわかるお方です。後日、店に大量の騎士が来た時は驚きましたが、大量のお金とご飯を送って来てくれて、ありがたかったです」

「へ、へぇ……」


 なんと言うか、規格外すぎて内容が入ってこなかった。

 本当にこの店主は何者なのだろう。その疑問がレーナの中で渦を巻く。


「ところで、レーナさんは何者ですか?」

「お前がそれを言うか!?」

「わぁ、びっくりした」


 思っていたことを逆に質問され、レーナはガバッと起き上がる。

 口では驚いたと言うシエラだったが、全くその様子はなかった。

 だが、いちいち相手をしていたら、あっちのペースに飲まれる。それをこの短時間で学習したレーナは、強引に話を進める。


「何故、私が何者かを聞いたのだ?」

「素朴な疑問です。あなた、冒険者になってまだ日が浅いと言っていましたよね?」

「あ、ああ……そうだな」

「だからです。稀に新人で剣の才能がある人はいますが、あなたの剣は違います。貴族の剣術に、魔物を殺すための動きを無理矢理取り入れた。あなたの剣は、そのような感じです」

「──っ!」


 何度か打ち合うだけで、それを見破られるとは思っていなかったレーナは、反射的に体を強張らせる。


 ──図星ですね?

 シエラは笑った。


 そこで悟る。自分はカマをかけられたのだと。


「貴族の剣術には特徴があります。それは人を魅了する流れた動きです。それがあなたの剣にありました」


 と言ってもこのくらいですよ? と、親指と人差し指の間に、僅かな隙間を作った。


「ですが、剣術というのは様々です。もしかしたら、偶然に習ったのがそういう剣術だったのかもしれませんし、貴族の剣術を見たことのあるレーナさんが、我流で身に付けた可能性もあります。そして、レーナさんが貴族だという可能性も捨て切れませんでした。なので、カマをかけてみました。見事に掛かりましたね」

「……ほんと、シエラは何者だ?」

「え、そこを聞き返します? 私はただのよろず屋の店主ですって」

「ははっ、ただのよろず屋が、そこを見破れる訳ないだろう」

「……うーん、それもそうですね。でも、わかってしまったんだから、仕方ないです」


 まるで普通のことをしたとでも言うように、シエラは言い放つ。


「…………はぁ、降参だ。そうだ、私は貴族だ。本名は『レーナ・クライシス』。クライシス家の娘だ。しかし、それも()貴族だ。今は……違う」

「へぇ」

「……それだけか? もっと何か聞きたくないのか?」

「聞かれたいのですか?」

「いや、出来るなら言いたくはないな。にしても、元とはいえ貴族相手に口調も変えないのだな」

「はい、貴族だろうと、王族だろうと、それこそ魔王であっても、お客様であるなら平等に接します。聞かれたくないことがあるのなら、無理して聞くことはしません。面倒なことに巻き込まれるのも嫌なので」

「凄い精神だ」

「それくらいの覚悟がなければ、商売なんてやっていられないですよ──さて、と」


 シエラは椅子(スライム)から立ち上がる。


「寒くなって来ました。お客様を風邪にさせる訳にはいかないので、中に戻りましょう。そろそろ、体も自由に動くようになったでしょう?」

「ああ、そうだな。……っと、ありがとう」

「いえいえー」


 腕を引かれ、レーナも立ち上がる。

 そして、側に置いてあった紅茶のことを思い出し、申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまない。折角淹れてくれた紅茶なのに、無駄にしてしまった」


 紅茶は冷めきっている。

 シエラは気にしないでくださいと言うと、スライムにカップの中身を零した。


 どんな虐めの場面だと思うかもしれないが、スライムはこういうことによく使われている。

 残飯処理だったり、ゴミ掃除だったり。時には排泄物処理として、トイレに設置されていることもある。

 体内に入れた物は何でも消化してしまうため、最弱だけど便利な魔物、という微妙な立ち位置にいるのがスライムだ。


「今、スラに新しいものを淹れさせています。後は、中でゆっくりしましょう」


 その後、喫茶店で振る舞われた料理を堪能し、体力も回復したレーナは、一度借りている宿に帰った。


 明日から特訓が始まる。そのために、なるべく準備を整えよう。死なないために。

 そう思っていたレーナだが、すぐにそれは甘かったと思い知らされることになる。


 後日、早朝によろず屋を訪れたレーナに告げられたのは、耳を塞ぎたくなるような拷問(特訓)だった。


「では初めに、気絶するまで走ってもらいます」

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