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醜悪な事実

「神器はこの先です。あれが存在し続ける限り、この地は不幸になります。なので、絶対に破壊しなければなりません」

「けれど、神器を壊すことは、不可能」

「神器は神が創りし人智を超えた道具です。人の力によって壊す方法は、現在の時点で判明していません」


 道中、シエラとミシェルによって説明を受けていたレーナは、破壊方法が判明していないという言葉に絶望を感じた。


「で、ではっ、どうすれば……! 私達の領地は、どうなるのだ!?」

「落ち着いてください」

「静かにして」

「…………すまない」


 二人同時に窘められ、押し黙る。


「まずは、神器がどういったものなのかを理解するところです。……さぁ、着きましたよ」


 行き着いたのは最上階の三階だ。

 その階はほとんどが荷物置き場となっており、レーナが屋敷に住んでいた時は、あまり上がってきたことがなかった。


 見回した感じ、確かに不気味いな雰囲気は感じる。しかし、こんな所に神器というものがあるとは思えない。

 それがレーナの素直な意見だった。


「ミシェル」

「わかった」


 そんな短いやり取りの後、ミシェルは服に隠し持っていた短剣を取り出し、真上、天井を切り裂いた。


「ちょ──っ!?」


 何をしているのだ!

 そう言いかけた直後、切り刻まれた天井がメキメキと音を立てて崩れ、とあるものが落ちてきた。


 それはベチャッと嫌な音を出しながら、シエラ達の目の前に落ちる。

 瞬間、三階の物置が悪臭で埋め尽くされた。

 レーナは耐えられずに鼻を摘まみ、落下してきた物体を見た。


 そして、驚愕に目を見開く。

 なぜならそれは──


「どうして……どうしてこんな場所に人が!?」


 その者の皮膚は爛れ、とてもではないが顔で誰なのかを判別するのは難しい。ほぼ人だった頃の原型は保っておらず、一見するとただの肉塊だ。

 しかし、微かに人間だった頃の手足がぐちゃぐちゃになって混ざっており、どうにかして人だったのだと判断出来る。


 腹の辺りは妊婦以上に膨れ上がっており、シエラが仰向けにさせると、その理由が判明した。


「──うっ!」


 人間の腹には、丸い球体のような物があった。

 それは肉に張り付き、同化しかけている。今も球体は生きているように蠢き、その異様さにレーナは吐き気を我慢出来なかった。


 だが、シエラとミシェルの二人は、その悲惨な光景を見ても、涼しい顔をしている。

 慣れたという顔ではない。

 まるで、人がこんな形になっていることに対して、何も感じていないようだった。


 ミシェルはいつも通りの仏頂面で肉塊となりかけた人間に近づく。

 何回かペタペタと触り、ああ……と何かわかったように、溜め息にも近い呟きを吐いた。


「こいつ、首領」

「ほう? ということは、ミシェルが殺したのは首領ではなかったのですね?」

「知らない男だった。首領の場所を聞いても、何か意味深で曖昧な答えしか言わなかったから、少し怪しいと思っていたけど、まさか神器に呑み込まれかけていたとは……」

「私も領民の内、誰かが犠牲になっていると思っていましたが、首領というのは予想外です」

「──ま、待ってくれ! 二人とも、これはどういうことだ!?」


 話についていけないレーナが説明を求める。

 シエラはどうしましょうかと悩み、短く掻い摘んで話すことにした。


「この腐臭を放っているのが、首領。その腹にあるのが、神器です」

「…………え、説明それで終わりか!?」

「他に何が?」

「……はぁ、相変わらず、シエラは説明が下手くそ」

「え、ミシェル酷くないですか?」

「酷くない。本当のことを言っただけ。……仕方ない。私が説明する」


 ミシェルの言葉に、シエラは納得がいかないと頬を膨らませるが、それを華麗に無視された。

 妹に無視されたことにショックを受けたシエラは、その場でガクリ項垂れたが、それさえも無視されていた。


 馬鹿なシエラに変わって説明役を引き受けたミシェルは、首領だったものを指差し、淡々と説明を始めた。


「荒野の牙の首領は、神器の力に耐えられず、こうなった。これが神の持つ道具を、身の程を知らずに使った人間の末路」


 神器を扱うということは、つまり神の力を使うということでもある。

 そんな強大な力を、ただの人間がその身に抑えられる訳がない。


 だが、人は欲深い生き物だ。自分ならば、神の力だろうと扱いこなせる。

 そんな何処から湧いてきたのかわからない自信で、簡単に神器に手を伸ばしてしまう。


 最初はいい。

 まだ一握りの力を操れる。

 しかし、徐々に精神は崩壊し、まず初めに自我を失う。脳が考えることを止め、次に体が崩壊する。

 これが首領の現状だとミシェルは言う。


 だが、神器の恐ろしさはこれだけではない。


「神器には意思がある。使用者を自分の手足として動かそうとする。神器は使用者の体を乗っ取り、哀れな使用者は異形の者に変化する。……まぁ、自業自得」


 でも、この人は自分から望んで神器を手にした訳ではないみたい。と、ミシェルは言葉を続ける。


「これは大広間で話した男が言っていたこと。『あいつはもう首領の器じゃない。だから、犠牲になってもらった』」

「……ふむ、なるほど。どうやら首領が犠牲になったというのは、間違いではないようですね」

「それは、どういうことだ?」

「スラからの報告にあったことなのですが、どうやら首領は何ヶ月か前に謎の病にかかり、十分に力を発揮出来る状態ではなかったらしいです」

「多分、その弱ったところを騙されて、首領は神器を持たされた」

「だが、荒野の牙の首領だって馬鹿ではないのだろう? 神器ならば、すぐにわかるのではないか?」


 レーナの意見はもっともだった。

 しかし、神器はそんな簡単な物ではない。


「体が弱っている人間が神器を持った場合、過程をすっ飛ばして融合が始まります。本当に弱って寝ていたところを、誰かが強制的に神器を持たせ、抵抗出来ずに融合が始まったのでしょう」

「そんな……酷い……」

「これが欲に負けた人の醜さ。自分が犠牲になるのではなく、他の人に犠牲になってもらう。そんなふざけた野郎にムカついたから、私が先に塵も残さず殺した」

「そうだったのですね。やっぱり、ミシェルは良い子です。私の自慢の妹です」

「……ふんっ、妹じゃない」


 そう言ってそっぽを向くが、僅かに口元が上がっていたのをレーナは偶然にも見てしまう。

 意外と嫌に思っていないのかもしれないと、ミシェルが少し可愛く見えてしまった。


「……何」

「い、いや、何でもない」


 そう思って見つめていたら、あり得ないほど濃厚な殺気をぶつけられた。

 シエラならこのような場合でも言うのだろうが、残念ながらレーナはそんな命知らずではない。


「それで、助ける方法はないのか?」

「え?」

「え、って……助けられないのかと聞いたのだが?」


 シエラなら大丈夫だ。

 シエラならどうにかやってくれる。


 そんな期待を込めたレーナの言葉に、シエラはいつも通りのにこやかな笑顔で応える。


「無理ですよ」


 それは、無慈悲な言葉だった。

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