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ミシェルという少女

 いつの間にか現れた、この世の深淵を体現したような暗黒騎士。

 その人が少女の首根っこを掴み、レーナから引き剥がす。


「ちょっと寄り道して来てみれば、なんでこんなことになっているのですか、ミシェル」

「……だって、気に入らないんだもん」

「言い訳するんじゃありません。語尾が『もん』とか、可愛いからって許しませんよ」


 ミシェルと呼ばれた少女は、不機嫌そうに頬を膨らまして言い訳をする。

 対する暗黒騎士は、ちょっと意味のわからない説教をかました。


「ちゃんと寸止めするつもりでいた。私は悪くない」

「彼女の様子を見るに、その前に痛めつけたでしょう。ほんと、何をしているのでしょうか。私の妹は」

「妹じゃない。お前から殺す……!」


 ミシェルは騎士の中で暴れる。

 だが、その抵抗は全くの無意味だった。


「暴れないでくださいって、もう……」

「くそっ……相変わらず意味わからない腕力しやがって」

「口が悪いですよ。もっとお上品に話しなさいと、いつも言っていたでしょう」

「…………むぅ」


 ついには黙ってしまった。


 レーナを追い詰めたミシェルと、その少女を簡単に無力化した暗黒騎士。

 そんな二人の会話を、レーナはただ呆然と見守るしかなかった。


「……っと、すいません。大丈夫でしたか? レーナさん」

「──っ! 何故、私の名を!?」


 腕を引っ張って起こされるレーナは、すぐ我に返って距離を取る。


「……? 何故逃げるのです?」

「…………兜。多分、わかっていない」

「ああ、なるほど。……レーナさん、私ですよ」


 騎士は兜を脱ぐ。

 ふわりと白い髪が舞い、人形のように整った顔が現れる。


 レーナは、その顔を知っていた。

 だってその人は…………


「シエラ!?」

「はい、私です」

「どうしてここに居るのだ!?」

「来ちゃいました」

「そんな軽く……!」

「あ、レーナさんこれをどうぞ。魔力の回復を促進するポーションです」

「…………ありがとう!」


 呑気に差し出されたポーションを取り、一気に飲み干す。


「それで、説明くらいはしてもらえるのだろうな」


 十分に落ち着き、休憩した後、レーナは二人をギロッと睨みつけながら、どうしてこうなっているのかの説明を求めた。


「まずは、この子のことを話した方がいいでしょうね」


 暴走しないよう、未だに首根っこを掴まれているミシェル。

 もう逃げられないと諦めているのか、もう暴れる様子はない。


 しかし、レーナにとっては、自分を死ぬ寸前まで追い詰めた相手だ。当然警戒をする。


「この子はミシェル。ドランヴェイル王国、諜報及び暗殺部隊の隊長です。私の妹です」

「妹!?」

「……初対面の相手に嘘を教えないで。シエラの妹じゃない。ただの、知り合い」

「あ、そうなのか。……なんだ、驚いた」


 シエラが当然のようにさらっと言うから、本当に姉妹なのかと信じかけたレーナは、この人も冗談を言うのだなと少し意外に思った。


 だが、まだミシェルへの警戒は解けない。


「ではどうして、シエラの知り合いが私よりも先にここに居て、私を殺そうとしたのだ?」

「訂正。殺そうとしていない。私が本当に殺す気だったら、最初の一撃で終わらせていた」

「確かに本気ではなかったようですね。武器も、ただの剣を使っているようでしたし……むしろ、剣使えたんですか?」


 剣を使っているところを見たことがなかったシエラは、妹の新たな発見に少し驚いた。

 シエラの知り合いで、ミシェルほどの強者に剣術を教えられるのは、王国騎士隊長のレイチェルくらいだ。


「……使ったのは、これが初めて。武器は、そこら辺の雑魚から奪った」

「そ、そんなの信じられるか!」


 ミシェルの言うことが本当ならば、彼女が初めて使う武器で、レーナは追い詰められたということになる。

 しかも同じ剣だということが、彼女のプライドに傷を付ける。


 だが、ミシェルは無情に真実を口にした。


「信じるも何も、事実。私は適当に剣を振っていただけ」

「そんな……」


 そんな適当な戦いで自分は敗れ、秘奥義さえも初見で見破られたのか。


「気にすることないですよ。ミシェルは天才ですからね。敵意や殺気、全ての感覚に対して、この子は人一倍敏感なんです。相手が何かを狙っていることくらい、ミシェルにはバレバレなんですよ」


 獣のように敏感な危機察知能力。

 それはミシェルが誇る最大の武器であり、盾でもあった。


「それでミシェル? どうしてここに居るのですか?」

「シエラに言われた通り、領主とその家族、住民は、全員地下牢に入れられていた。安全は確保した。その後、少し敵の様子を見ようとここに来た。そしたら……ちょっと敵が気に入らない発言をしていた。それで気が付いたら、なんか目の前で敵が死んでいた。これではこの女のテストが出来ない。だから仕方なく、代わりに私が、こいつのテストをした」

「そうですか。それは仕方ないですね」

「ちょっと待て! 仕方ないで終わらせていいのか!?」

「だって、殺してしまったのはどうしようもないですし、ミシェルが無意識に殺してしまう程度の敵なら、レーナさんのテスト役としては不十分です。逆に、ミシェルが判断してくれるのであれば、私も安心して任せられます」


 いや、そのテスト役に殺されかけたのだが、とレーナは言いたかった。

 しかし、ミシェルが仏頂面で「何、文句ある?」と言いたげな視線を向けてきていたのを感じ取り、これ以上何かを言ったら確実に殺られると、レーナの中で警鐘が鳴ったため、残念ながら言えなかった。


「まぁ、その結果。テスト役に殺されかける事態に陥りましたけどね」


 レーナが言えなかったことを、シエラは空気を読まずに言い放つ。

 ──お前が言うんかい! と、レーナは心の中でツッコミを入れた。


「で、どうでしたか。実際に戦ってみて、レーナさんの実力は確かめられました?」

「……ここまで一人で来た強さと根性は認める。でもやっぱり、まだ未熟。敵を見た瞬間に襲わない。敵の前なのに隙を見せすぎ。立ち上がりが遅い。正々堂々と戦いすぎ。レイチェルよりも真面目な剣術初めて見た。正直、相手をしているだけで疲れる。精神攻撃でもしてた? 本当にシエラの修行受けたの?」

「私はレーナさんの基礎能力しか上げていませんでしたからね。戦い方は、最初に見ただけで直すのは無理だなと諦めていました」

「……そう、シエラが無理だと判断したなら、もう無理。強く生きて」


 可哀想なものを見るような視線を向けられた。

 酷い言いようだとは思いながらも、ミシェルの指摘は間違っていないので言い返せない。


「でも、最後の一撃、あれだけは良かった」

「──え?」


 もしかして、今褒められたのか?

 それが信じられないレーナは、惚けた顔でミシェルを眺めた。

 少女は恥ずかしそうに頬を赤く染め、プイッと奥の方に続く扉へ行ってしまう。


「あらあら、ふふっ……ミシェルが他人を褒めるなんて、珍しいですね」

「うっさいシエラ。それ以上余計なこと言ったら殺す」

「はいはい、わかりましたよ。っと、レーナさんも行きますよ」

「……え、行くって……どこに?」

「決まっているでしょう?」


 シエラは、これで終わりだとは思っていなかった。

 むしろ、これからが始まりだ。


「神器を──壊しに行くんですよ」

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