常識の崩壊
それからレーナは、防戦一方な状況に持ち込まれていた。
男が腕を上げ、指をレーナに向けた瞬間に、目に見えない速さで攻撃が飛んでくる。
それをレーナは、右に左に避け続け、何度も地面を転がった。
新調した鎧は汚れ、レーナの息も上がってきた。
(くそっ……せめて、あれの仕組みさえわかれば……!)
目に捉えることの出来ない速さで襲いかかる、謎の攻撃。
(何かを投げている様子はない。……ということは、魔法か?)
その考えに辿り着くが、それがどんな魔法なのかは不明だ。
魔法はイメージ。
使用者が思い描くことで、魔法はそれを具現化する。
シエラが当然のように言っていたことが、今まさにレーナを苦しめていた。
だが、こうして何度も攻撃を避け続けていることで、ある程度わかったことがある。
(奴は攻撃する時、必ず腕を上げる。狙いを定める必要があるのだろう)
一瞬だけ避ける時間がある。
攻撃を打ち出す時、男から発される殺気を感じて、ある程度狙われている箇所を把握することも出来た。
(こういう場合、シエラならどうするか……)
そう考えるが、答えはすぐに出た。
(うん、避けないだろうな)
レーナの本気の一撃を、二本の指だけで止めるような人だ。
地面を砕く程度の攻撃なんて、軽く手を振っただけで弾いてしまうだろう。
そもそも、あの攻撃は挙動があるだけマシだと、レーナは思う。
シエラの攻撃は、全てが不可視。どこから来るのかわからず、殺気も一切込められていないので、事前に予想することも出来ない。
しかも、反撃する時は必ず『半殺し』で止めてくる。
完璧に調整された攻撃の数々に、レーナは恐怖を覚えたのは、まだ記憶に新しい出来事だった。
(……あれ、おかしいな)
どうしてか。
シエラとの修行の日々を思い出していたら、男の攻撃が脅威ではないと感じてしまうレーナがいた。
(い、いやいやっ、よく考えろ私。あれは地面を砕く威力があるのだぞ!)
そう考える。
しかし同時に、地面を砕く程度なんだよなぁ、と思ってしまう。
シエラの攻撃は、地面を砕く程度では済まない。
ただの手刀で、床を切り裂いた。
彼女が適当に手を払った風圧で、レーナの体は吹っ飛んだ。
デコピンで脳震盪を起こした。
指を鳴らしただけで窓が割れた。ついでに鼓膜も逝きかけた。
彼女が本気で攻撃した場合、レーナだけではなく、街全体が滅ぶ。
「……あ、何だ。全然強くないじゃん」
──悲しいことが起きてしまった。
この瞬間、家族を救いたいと願う一人の少女は、常識の域から外れてしまった。
地面を砕く?
その程度の威力しか出せないのか。雑魚じゃん。
目に捉えることの出来ない速度?
まだ挙動がわかるだけ楽だ。
殺気を感じる?
……温い。
男が腕を上げる。
突き刺すような殺気。
レーナは避けることをせず、剣を引き抜き、一閃。
謎の攻撃と剣がぶつかり、周囲が一瞬だけ目映い閃光に包まれた。
その直後に爆発が起こり、砂埃がレーナを包む。
「──うん、何とかなるな」
砂埃が晴れる。
そこには、少女が悠然と立っていた。
「…………!」
初めて、男が驚いたように目を開く。
「最初は驚いたが、なんだ。この程度か?」
男は焦りを見せる。
腕を上げ、魔法を放つ。
レーナが剣を振るだけで、簡単に相殺してしまう。
男が両腕を向けた。
これまでとは比べ物にならない連射速度でレーナを襲うが、やはり剣を振って打ち消してしまった。
「……ふっ、はっ──ああもう面倒だ!」
ついには剣を振ることすら面倒臭がり、男の放った魔法をぶん殴る。
何度も言うが、地面を砕く威力の魔法だ。それを素手で殴った。
「ちょっと、ヒリヒリするな」
レーナは人知れず、人の領域を超えていた。
もう恐れることはない。
一歩、また一歩と、レーナは男に近く。
そして──
「ふっ!」
残り数歩となった時、レーナは地を蹴って一気に距離を詰め、男を斬り伏せた。
血飛沫を上げ、男は地に倒れる。
最後まで声を発することはなかった。
息を引き取った今でも、やはり目の焦点は定まっていない。
不気味な敵だったが、死んでしまえばもう用はない。
「よし、次だ」
勝利を噛み締めることはなかった。
男はレーナにとって、そう思えるほどの強敵ではなかったということだ。
「父上、母上、そしてお兄様。もう少し、待っていてください」
邪魔者がいなくなった屋敷への道を、レーナは一気に駆け抜けた。




