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憧れとの出会い

 約束の日。


 レーナは朝一番によろず屋を訪ねていた。

 中に入ると、優しげな表情を浮かべたシエラが来客(レーナ)を待っていた。


 大きな戦いの前だと言うのに、ここのよろず屋の店主はいつも通りだ。


 ……それもそうかと、レーナは内心納得する。

 戦うのはシエラではない。彼女の仕事は、ただ弟子を送り出すこと。緊張する必要はない。


「いらっしゃいませ」


 何処までもいつも通りに接してくるシエラの側に、知らない人が座っているのことに、今更気づいたレーナ。

 太陽の光のような美しく透き通る金髪。それを短く切り纏めていた。


「──ん?」


 その人物も、シエラの声で初めて誰かが来たと気づき、酒の入ったグラスを口に付けながら振り向く。


 レーナは先客の顔を見た瞬間、銅像のように固まった。

 街中を歩いていれば誰もが振り向くようなシエラと、負けず劣らずの美貌の持ち主だったからという訳ではない。

 いや、それもあったが、一番の理由はそこではない。


「な、なな何で、王国騎士隊長様がここに!?」


 朝っぱらから酒を飲んでいる金髪の騎士は、レーナが憧れて焦がれる王国最強の騎士レイチェル・ヴァイストだった。


「おお、流石はレイ。有名ですね」

「うっせ、馬鹿にしてんのか?」

「嫌ですねぇ、褒めているのですよ。ね、朝練サボって酒を飲む王国騎士隊長様?」

「……よし、やるか?」

「やりませんよ。面倒臭いですし、店が壊れたら困ります」

「──チッ、久々に本気で動けると思ったのによ……それで? こいつが例の?」

「ええ、今私が鍛えてあげているレーナさんです」


 いきなり話題となったレーナは、ビシッと構える。最大級の敬礼だ。


「お初にお目にかかります! こんな場所で王国騎士隊長様と出会えて、光栄です!」

「……あれ、もしかして私の店馬鹿にされてる?」


 咄嗟に「こんな場所」と言ってしまったが、混乱していたレーナはそれに気付かない。


「そんなに緊張するなって。ほら、今の私はオフだ。ただの平民と同じだよ」

「流石にそれは無理があるでしょう」

「……なぁ、お前はどっち側なの? 私の邪魔をしたいの?」

「愉悦を感じることができれば、私はそれで満足です」

「タチが悪いな、おい」


 そう言うレイチェルは、諦めたように溜め息を吐く。

 これでも何年も共に同じ職場で働いていた仲だ。シエラがそういう面倒な性格だというのは、とっくに理解していた。


「……ったく、今日はわざわざ私が応援に来てやったってのに、酷い店主だな」

「あら? そうでしたか? ……そういえば、そんなことも言っていましたね」

「ほんと、お前覚えておけよ」

「あいにく、この頃記憶力が乏しくなっているもので……」

「嘘つけこの野郎」


 憎まれ口を叩き合いながら、二人は笑う。

 完全に取り残されたレーナは、意を決して憧れの人と少しでも話そうと口を開いた。


「あ、あの……!」

「ん、ああ、すまない。こいつと居ると、どうしてもお互い軽口になっちまうんだ」

「い、いえ! 王国騎士隊長様が謝る必要は!」

「その王国騎士隊長っての、言いづらいだろ? ここはただのよろず屋で、不恰好な喫茶店だ。立場関係なしにレイチェルって呼んでくれて構わない」

「ですが……!」

「じゃあ、王国騎士隊長命令だ。レイチェルと呼べ」

「ずるい命令ですね。騎士とは思えないです」

「黙ってろアホ」


 これは優しさなのだと、レーナは思う。

 だから、その優しさに甘えることにした。


「では……れ、レイチェル様……」

「……うーん、まぁ及第点ってところだな。それで、お前が今回の主役ってことであってるよな?」

「は、はい! その通りです!」

「そうか──頑張れよ。死ぬなよ」


 いつの間に近くに寄っていたのか。

 レイチェルは、レーナの頭にポンッと手を置き、それだけ言って立ち去った。


 一瞬、何をされたのか理解出来なかった。

 そして、ようやくレーナが我に返った頃、既にレイチェルは店の外へと出て行ってしまっていた。


 急いで店を出る。

 もう遠くに行っているが、まだ後ろ姿は見えている。

 これを言えるチャンスは、今しかない。そう思ったレーナは、声を張り上げる。


「レイチェル様! 私は、幼い頃からあなたに憧れて、あなたのような騎士になりたいと思っていました! きっと、この戦いにも勝って、絶対にあなたの元に行ってみせます! だから……どうか待っていてくださいませんか!?」


 レイチェルは答えない。

 ただ、右手を軽く振っただけだ。

 そのまま振り返ることもせず、その背中は完全に見えなくなった。


「あらあら、レイったら照れちゃって。可愛いところもあるんですね」


 と、同じように店を出たシエラが、クスクスと面白いものを見れたと笑った。


「なぁ、シエラ。どうしてレイチェル様がここに?」

「知り合いだからですよ。どうやら、私が鍛えている子がいるって話をしたら、気になったらしくて……ついでに応援してやるって昨日の夜いきなり遊びに来ました」


 あれを応援と言っていいのか。という点について、シエラはあれで仕方がないと思っていた。

 レイチェルはとても不器用なのだ。ちゃんと口に出して「頑張れ」と言えたなら、十分に頑張った方だと賞賛出来る。


「そ、そうか……王国騎士隊長と知り合いだったのは驚いたぞ」


 レーナの言う通り、よろず屋の店主と王国騎士団長が知り合いだなんて、誰が予想するだろうか。


「まぁ、あの人とは昔色々ありまして……そんなことより、緊張しました?」

「勿論だ。私が一番尊敬している人だぞ? 緊張しない訳がない。今も、震えが止まらないよ」

「もしかして、余計なお世話だったりします? 余計に緊張してしまって、気が入らないとか……」


 珍しく弱気な言葉を口にしたシエラに、信じられないことを聞いたとレーナは驚愕する。


「──ぷっ、ははっ! シエラもそんなことを言うのだな!」

「そんなことって何ですか。私だって、ちゃんと考えて行動しようと思っているのですよ?」


 笑われたのが不服だったのか、シエラは頬を膨らませながらそう言った。


「悪い悪い。だが……そうだな。私は感謝している。こうして憧れの人に応援して貰ったのだ。簡単なことで死ねなくなってしまったな」

「……そうですか。なら、良かったです」


 二人は一度店に戻り、この後のことについて話し合った。


「何度も言いますが、相手は神器を使用してきます。決して油断はしないように」

「その神器についてだが、どんな能力なのかはわからないのか?」

「わかりません。調査に行った者からは、神器の気配がしたとだけ」

「……それは、信用して良い情報なのだな?」

「私が最も信頼する者からの情報です。間違いはありません」


 ミシェルは今まで、調査を間違えたことがない。

 今回のような神器がある場合は仕方ないが、それ以外では不特定な情報は、絶対に持って帰って来なかった。

 全てを見たかのように精密に、完璧に対象を調べ尽くす。


 それを何度もやってきた。

 今回も間違いはないと、ミシェルの同僚達は信じて疑わない。


「数は百超え。神器のせいで、捕虜の安全は確認出来ていません」

「──っ、く……そうか」

「今回の作戦は簡単です。敵の殲滅。レーナさんはこれだけを考えてください」

「だが、捕虜の安全はどうする。それを人質に取られては、どうしようもないぞ」

「それについては大丈夫ですとしか言えません。なので、私を信じてください」


 いきなり信じろと言われても、困ってしまう。

 しかし、何故かデタラメを言っているようには聞こえなかった。


「…………わかった。シエラを信じよう。それで、私はどうすればいい。今から向かえばいいのか?」

「いえ、ここから飛ばします」

「はい?」

「私の魔法で、レーナさんを直接、現場に送り込みます。飛んだ先は敵地なので、頑張ってくださいね」

「え、ちょ、待っ──!」

「では、行ってらっしゃい。……ご武運を」


 その言葉を最後に、レーナは暗闇に包まれた。

 咄嗟に両腕を前に出し、目を閉じる。


「──えっ?」


 次に目を開けるとそこは、懐かしのクライシス領だった。

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