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姉妹の夜

「……来ましたか」


 夜も深くなり、今日は早めに店仕舞いをした。

 店の清掃をスライムに任せて、シエラは自室でゆっくりしていた時、ふと人の気配を感じた。

 途中まで読んでいた本にしおりを挟み、窓に近寄って扉を開ける。


 数秒後、空気が揺れた。


 シエラは窓とカーテンを閉める。

 そして部屋の中央を振り返り、微笑んだ。


「いらっしゃい、ミシェル」


 備え付けられていた椅子には、先程までそこには居なかった来客が、音もなく座っていた。


「……ふんっ」


 青い髪を大きく一つに纏め上げ、相変わらず不機嫌そうに腕を組んでいるのは、15歳という若さで王国諜報部隊の隊長を務めている秀才、ミシェルだ。


「ケーキ」

「はいはい、今スラに持って来させるので、もう少し待ってくださいね」


 と言っている間に、部屋の扉が開けられる。


「ぴゅい〜」

「……スラ、久しぶり」

「ぴゅい!」

「元気、してた?」

「ぴゅい!」

「そう、なら良かった。ケーキも、ありがとう」

「ぴゅい!」


 二人の会話を聞いていると、最初の頃に比べて随分と仲良くなったなと、シエラは懐かしく思う。


 ミシェルとスライムの出会いは、想像通り酷いものだった。

 彼女は魔物がいると思って、全力で殺しに掛かった。だが、どんなに切り刻んでも倒せない魔物を前に、まだ6歳だったミシェルは「どうしてぇえええ!」と半泣きになっていた。


「……何笑ってるの」

「いやぁ、懐かしいなと思って。おねぇちゃんは嬉しいですよ」

「意味わからない。何度も言うけど、私は妹じゃない」

「昔は、おねぇちゃんってずっと後ろを付いて来てたのに」

「それ以上言ったら、酷いことになる」


 鋭い殺気。

 袖の辺りから、キラリと光る物があった。

 これ以上何かを言ったら、凶刃がシエラの顔面に飛ぶことは、容易に予想出来た。


「どこで拗らせてしまったんでしょうねぇ」

「……もういい。話しているだけ無駄。早くケーキ。話はそれから」

「はいはい……ケーキ好きなところは変わらないんですから。本当に可愛いですね」

「ケーキ」

「わかっていますって……はい、どうぞ」


 ケーキを四等分に切る。

 特に苺が沢山あるのを皿に乗せ、ミシェルの前に出す。


 ピョコンと、アホ毛が一瞬だけ動いたのを、シエラは見逃さなかった。


「それで、依頼の件はどうするの?」

「受けますよ。相手が神器を使うのであれば、私抜きでは神器の破壊は出来ないでしょう?」

「……悔しいけど、その通り。相手が素人だから、どうにかすれば私とレイチェルだけで対処は出来る。でも私達じゃ神器を壊すことは、出来ない」


 ミシェルは悔しさに顔を歪ませる。

 本人は神器相手に何も出来ないことを悔やんでいるが、それは仕方のないことだ。


 神器は神が造った兵器。

 それを人間がどうこう出来る訳がなく、対等にやり合えることが有り得ないのだ。


「ならば、受けるしかないでしょう。神器を放っておく訳にはいきませんからね」

「助かる。感謝はしないけど」

「どっちですか。照れちゃって、可愛いんですから」

「殺す」

「まだあなたの成長を見届けていないので、死ねません」

「──チッ」

「舌打ちをしない。可愛い顔が勿体ないですよ」

「…………ふんっ……でも、死なれたら困るのは確か。別に悲しいとかじゃないから。まだ神器はあるかもしれないから、その時におね──シエラがいないのは困る」


 一瞬『おねぇちゃん』と言いかけたミシェルに、本当に可愛いなこの妹は。と撫で撫でしたくなる気持ちを必死に抑えるシエラ。


「……さて、それでは依頼についての話をしましょう」


 シエラが話を切り替えると、それまでケーキを夢中に食べていたミシェルは、少々名残惜しそうに皿を置く。


 だが、まだ幼いとしても彼女は諜報部隊の隊長だ。

 仕事との区別はしっかりと弁えているので、すぐに真剣な表情になった。


「それで、私はどうすればいいの?」

「作戦は────」


 シエルは、帰ってからずっと練っていた作戦を伝える。


 相変わらず無表情なミシェルだったが、数年振りの共同作戦にやる気十分で、シエラの言葉を一言一句聞き逃さないように耳を傾ける。

 しかし、次第にその表情は困惑したものに変化していく。


「本気?」

「ええ、本気です。今までに、私が間違えたことがありますか?」

「…………わかった。シエラを信じる」

「ありがとうございます。まだ信じてもらえているようで、安心しました」

「信じない訳がない。その代わり、失敗は許さない」

「わかっていますよ。では、そのようにお願いしますね」

「了解。じゃあ、私はこれで」

「あ、待ってください」

「……なに」


 ケーキを食べた。話も終わった。

 用事は終わったから帰ろうとしていたミシェルに、待ったの声が掛かる。


「今日はお泊まりしていきませんか?」

「えっ……」

「だって、折角部屋に来たのですから、久しぶりに二人で寝ましょう?」

「……いや、私は、仕事が」

「嘘ですね」

「──っ!」

「陛下は、重要任務の前日は必ず休ませるようにさせています。それに、ミシェルの性格を考えて、今日分の仕事は終わらせて来たのでしょう?」

「うぐっ」

「沈黙は肯定と捉えますよ。それで、久しぶりにどうですか?」


 逃げ場をなくしたミシェル。

 深い沈黙の後に、コクンと小さく頷いた。


「良かったです。まだご飯は食べていませんよね? 今日はご馳走にしましょう。一緒にお風呂にも入りましょうか。眠る時は並んで寝ましょうね。……そうだ! 私、昔から女子トークというものに憧れていたんです。寝るまで二人で沢山話しましょう?」


 絶え間なく話しながら、ミシェルの小さな体に抱き付く。

 久しぶりに感じる妹の体温に、今までの疲れが全回復するのを実感した。


「調子に、のるな!」


 その後、スライムが作ったご馳走を満足するまで堪能し、二人で風呂に入って洗いっこをした。湯冷めする前にベッドに並んで横になり、ミシェルが眠りに入るまで、会っていない間に起こった楽しいことを、二人は語り合ったのだった。

少し遅れました……!

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