不思議な店
「ここが、よろず屋……」
その店は大通りから一つ外れた裏道の、目立ちにくい場所にあった。
一見すると、何の特色もない石造りの一軒家だ。普通なら見逃してしまうくらいの地味な外見。
だが、『よろず屋』という看板と、扉に下げられた『営業中』の札を見て、少女はここで間違いないと息を飲む。
少女は冒険者だ。
赤髪を編み込み、邪魔にならないように纏めている。
冒険者として動きやすい格好をしており、腰には一振りの剣を差していた。
彼女は立ち住まいこそ凛々しいが、それは緊張して背が伸びているだけだ。本当は冒険者になって一ヶ月ほどの新人であり、まだロクに魔物も狩れない。
いつまで経っても十分な成果を得られないことに悩んでいた少女は、恥を忍んで先輩の冒険者や受付の冒険者職員に、どうしたら強くなれるだろうか。と質問した。
だが、その返答は予想外なものだった。
『何か困ったことがあったら、よろず屋を頼れ』
『よろず屋に行くと、大抵のことは解決してくれますよ』
聞いた人全員が等しく口にしたのは『よろず屋』という単語だった。
何だそれはと思いながら首を傾げていると、受付は簡単な地図を描いて渡した。
ここのお店は信頼出来ますよ。という添え口をしながら。
誰もが口にするよろず屋。それは一体どんなものなのだろうと胸に期待を膨らませ、こうして来てみれば、待っていたのはただの一軒家。
一瞬、私は皆から嘘を教えられているのか? と疑問を持ってしまったが、流石に受付はそんなことをしないだろうと少女は、己の疑問を否定した。
だが、そう思ってしまうほど、話に聞いて想像していた店とはかけ離れていた。
「……、……よしっ」
迷ったのは一瞬、少女は扉をくぐる。
「オラァ!」
ガシャァアアアアアン!
「──ひっ!?」
タイミング良く店内に響き渡ったガラスの割れる音に、少女は小さな悲鳴を上げた。
「あら、いらっしゃいませ」
そんな中静かに、だが妙に良く聞こえる声が、少女の耳に聞こえた。
内装は、よろず屋というより、喫茶店のようだった。
大通りにあってもおかしくはない、オシャレな装飾で、想像していたよりも中には人が居た。
休憩をしに来た……にしては格好がゴツすぎる。そう不思議に思っていると、そういえば何人かは冒険者ギルドで見たことがある、と少女は気づいた。
そんな人達が、奥の方で腕相撲に興じていた。
──何故? と少女は疑問に思った。
何がどうなって喫茶店の中で腕相撲をすることになっているのか。
それがわからず、入り口の方で立ち尽くす。
喧嘩している様子ではない。
ただ遊びでやっているのだろうということは、彼らの表情から理解出来た。
「…………なるほど、流石は冒険者専用の喫茶店か」
場所が変われど、やはり冒険者というものは騒がしい人達が多いのだろう。
そうでなければ、店内であのように騒いだりしない。
少女はそう納得し、店の奥にあるカウンターへと視線を向ける。
そこには朗らかな笑みを浮かべた、灰の髪色の女性が座っていた。
種族は人間だ。最近は、外見に特徴のある亜人もこの国に馴染み始めているが、それ以上に人を魅せる何かがあるように、少女は感じた。
年齢は……わからないが、若いのだろうということだけはわかった。だが、成人前と言われても、三十代だと言われても素直に受け入れてしまう不思議な雰囲気を、その人は持っていた。
他に店員が見えないことから、あの人が店主だろうと冒険者は考える。
奇妙だったのは、その女性が手に持っているものだ。視線は少女に向けられているというのに、店主は手元にある物体を、粘土のようにコネコネしていた。
みょーんと伸ばしたと思ったら、両手でぐしゃりと挟む。次々と形を変えても、バラバラになることはなかった。
粘土にしては質がいいそれの正体は──スライムだった。
見間違いかと思って注視するも、やはりそれは最弱の魔物として有名なスライムだ。
どうしてこんなところにスライムが? そんな疑問を持ちながら、少女はカウンターに歩く。
「いらっしゃいませ、初めて見る顔ですね」
「あ、ああ……ここには初めて来るな」
「いきなり大きな音が鳴って驚いたでしょう? すいませんね。なんか、私が強い人が好きだと言ったら、急に皆さんで腕相撲をし始めたんですよ」
なんででしょうかね。でも、面白い人達ですよね。と、店主はニコニコと微笑みながら言った。
どう考えてもあんたのせいだと少女は店主を見るが、彼女は本気で気が付いていない様子だった。
「それで、お一人様ですか? メニューはこちらに──」
「いや私は、ここがよろず屋だと聞いて来たのだが……」
「ああ、そっちの目的でしたか。ということは、誰かが紹介してくれましたね?」
「よくわかったな」
「いつも宣伝のおかげで繁盛していますからねー。それに、あなたも冒険者でしょうから。……ふむ、新人ですか?」
「──っ、何でわかった!?」
冒険者だというのを見破られるのは、わかる。
そういう格好をしているのだし、ここに居るのは、ほとんどが冒険者だ。
しかし、新人ということを言われるとは思っていなかった少女は、驚いてズイッとカウンターから乗り出して店主に近寄る。
手に持っていたスライムを前に突き出され、少女の顔面をぷよぷよした感触が襲う。
「……近いです」
「あ、す、すまん!」
「いえいえー、いきなり失礼なことを聞いてしまった私も悪いので、お互い様です」
少女は慌てて姿勢を正し、コホンッとわざとらしく咳をする。
「それで、ここは本当によろず屋なのか?」
「はい、そうですよ」
「……その、失礼なことを言うのだが、とてもそうには見えない」
「よく言われます。でも、あなたの言う通り、ここはよろず屋ですよ。そして、私がここの店主です」
「……そのスライムは?」
「従業員です」
「…………スライムが?」
「はい。……スラ、挨拶は?」
「ぴゅい!」
スライムは元気に鳴く。
そして、触手を伸ばしてきた。
咄嗟に身構える少女。
スライムは不思議そうに首を傾げた、ように見えた。
「ぴゅい?」
「握手したいそうですよ」
「…………そうか」
敵意はない。それがわかった少女は、伸ばされた触手を掴む。
スライムはひんやりとしていて、気持ち良かった。ずっと触っていたい気分になる。
店主が意味もなく、粘土のようにコネコネしていた理由が少しわかったような気がした少女は、店主が笑顔を向けていることに気がついて、ようやく我に返る。
「警戒してすまない」
「ぴゅい!」
気にするな! と言っているように感じた少女は、こんな陽気な魔物も居るのだなと笑う。
「賢い子なのだな」
「ええ、ちゃんと従業員としてやってくれるくらいには、いい子ですよ」
たまに反抗してくるのが残念なところですけど。と店主が言うと、スライムは不満げに鳴いた。
それが面白くて、少女は笑う。
「ああ、そうだ。自己紹介が遅れた。私はレーナだ」
「レーナさんですね。改めて、ご来店ありがとうございます。私はここの店主をしております、シエラと申します。このスライムはスラです」
「ぴゅい、ぴゅい!」
「よろしくね、レーナさん! だそうです」
「……スライムの言うことがわかるのか?」
「数十年も一緒に居ると、何となくわかるものですよ」
「ぴゅい!」
店主シエラは当然のように言い、スライムも満足げに頷く。
「それで、用件は何でしょうか?」
「おっと、そうだった。その、だな…………」
「あ、ごめんなさい。他の人が居るところでは言いづらいですよね。どうぞこちらへ」
カウンターの横を開き、通るように促す。
人によって聞かれたくない悩みはある。それを考慮して、店の奥に相談室を設けているのだ。
レーナはそのことにありがたいと思う。
「スラ、後は頼みましたよ」
「ぴゅい!」
任せろ! とでも言うように、触手を器用に操って人の手を作り、親指をグッとさせるスライム。
シエラは頷くと、こちらですとレーナを奥の相談室へと誘導した。
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