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最終試験2

 レーナが我に返るまで、約一分の時間を必要とした。


「──はっ! 私は一体何を!?」

「少し現実逃避していたみたいですね。戻って来れたようで何よりです」

「あ、ああシエラか、お帰り。なぁ、聞いてくれ。……夢を、見ていたんだ」

「はぁ、夢ですか」

「そうだ。何でも、今の卒業試験は中止して、緊急で最終試験をやるという夢なんだが……いやぁ、何とも現実味があって、心臓に悪い夢だった」

「ああ、大丈夫です。現実ですから」


 その瞬間レーナの瞳は、何度目かのハイライト消しをしていた。


 そして、遠くの方を眺めて一言。


「…………お家帰りたい」

「大丈夫ですよ。お望み通り、お家に帰してあげます。それが最終試験です」

「……シエラ、それはどう言う意味だ?」


 どんな試験を与えられるのだろうか。

 もしかして、今までの特訓を全て組み合わせたやつか。それとも、今までのを強化したやつか。


 そう考えていたレーナの耳に入ってきたのは、全く予想していなかった内容だった。


 ──いや、どうしてシエラがそれを?


 僅かに警戒した様子で、レーナはその言葉の真意を問いかける。


「荒野の牙」

「──っ!? どこでそれを!」


 予想していたけど聞きたくなかった単語が、シエラの口から出た。

 レーナは目を大きく見開き、胸ぐらを掴みそうな勢いで詰め寄る。


 だが、店主に臆した様子はなく、いつも通り平然とした表情を崩さない。


「王国でも危険視されている盗賊団『荒野の牙』それがある日突然、とあるダンジョンをねぐらとした。数日後、その近くにある辺境貴族の納める領地が、彼らの手によって占領された。領民および領主の生存は不明。その領地の名は──クライシス領。レーナさん、あなたの家名と同じです」

「…………」


 全てを言い当てられたレーナは、何も言い返せずに押し黙る。


「レーナさん?」

「……そうだ。父上が納める領に、ある日突然、盗賊団が来た」


『父上、私も戦います!』

『ダメだ! お前はここから逃げろ。そして、王国に行って助けを求めろ。……大丈夫だ。私達に任せなさい』

『父上……父上! 父上ぇええええ!!』


「……あの日のことを、絶対に忘れない。一人だけ逃げ延びた私は、どうにかして王国へと辿り着いた。すぐに兵舎に向かったが、話を聞いてもらえず門前払いだ。だから私は、冒険者になって少しでも強くなり、自分の手で盗賊団から領地を奪い返そうと…………だが、現実はそう甘くなかった」

「だから、手っ取り早くよろず屋を訪ねたと」

「ああ、そうだ。私の復讐に巻き込んでしまったことは、謝る。だが私は──」

「どうして謝るのですか?」

「えっ……?」

「あなたはよろず屋を頼った。その瞬間に、あなたは私のお客様です。お客様の望みは、何でも叶える。……それが私のよろず屋です」


 ただ、それに見合ったお値段は頂きますよ? と、シエラは冗談めかして言う。


「…………ああ、私は……まだ諦めてはいけないのだな」

「あなたが諦めては、残された捕虜の皆さんが救われないです」

「そう、だな……本当に、この店を頼って良かった。シエラ、ありがとう……!」

「まだ礼を言うのも、泣くのも早いですよ。全ては終わってからです。そうでしょう?」

「……、……ああ! そうだな!」


 涙を拭ったレーナは、いい返事をした。その声は涙を堪えているせいで若干震えていたが、十分に気合の入ったものだった。

 それに満足そうに頷くシエラ。


「まずは移動しましょう」

「わかった」


 喫茶店の方はスライムに任せ、二人は誰にも邪魔されない相談室へと向かう。


「では、現状を軽く説明しましょう」


 シエラは王城で得た情報を話した。

 と言っても大抵のことはレーナも知っているので、相手側には神器があるということと、目的は盗賊団の殲滅ということのみだ。


「殲滅……私に、出来るだろうか」

「それをするのが、今回の試験内容です。まさか、この後に及んで人を殺せないとは言いませんよね?」

「そこは、問題ない。この世界に生きている以上、何かを殺すというのにはある程度慣れておかなくてはならないからな。それに……私は奴らを許さない」


 レーナの瞳に、微かに揺れる炎を感じた。


 それは復讐の憎悪だ。

 何度も見てきたその瞳に、シエラはまだ幼い復讐者の身を案じる。


「復讐が悪いとは言いません。人それぞれの感情がありますし、レーナさんの事情に私が何かを言う資格はありません。……ですが、復讐にだけ気を取られないようにしてください。集中力が欠けてしまっては、反応出来る攻撃にも反応出来なくなってしまいます。つまらないことで死ぬ。なんてことはないように」

「ああ、忘れないようにしよう」

「……なら、いいです」


 これは他人がいくら言っても、結局は本人だけの問題になる。

 だから、今はレーナのことを信じることしか出来ない。シエラは念押しに忠告し、次の話題に切り替える。


「決行は二日後です」

「……本当は、今すぐにでも行きたいのだが、シエラはダメだと言うのだろうな」

「勿論です。私くらいに強いのであれば、別に今すぐ向かっても構いません。ですが、レーナさんはまだ人の域を越えていません」

「いや、別に人の域を越えようとは思っていないのだが……」

「でも、もうすぐで越えられるまでになっていますよ?」

「そう言われても、正直実感が湧かないな」


 それはシエラを相手しているからだ。

 どんなに強くなったと言われても、未だにシエラには歯が立たない。他のことで実力を試したことはないので、本当に強くなれたのか心配だった。


「ならば、余計に準備すればいいです。傷を受けた時のポーションは必要以上に持つことをお勧めします。持ち過ぎて動き辛くなるのは危険ですが、沢山あっても困らないでしょう」

「わかった。シエラの忠告に従おう」

「はい、そうしてください。約束の時までは十分に休んでください。剣の腕が鈍りそうなら素振りをしてもいいですが、魔法だけは使わないように。なるべく魔力は全回復した状態で臨みたいですからね」

「ああ、わかった。では、明後日の朝、またここに来る」


 ではな、とレーナは相談室を出て行く。

 それと入れ替わりに、スライムが入ってきた。


「……ぴゅい」

「大丈夫でしょう。彼女はそこまで馬鹿ではありませんよ」

「ぴゅい、ぴゅい」

「え、私も、ですか? ……うーん、確かに神器は危険ですが、いつも通りやれば問題ありません」

「ぴゅい?」

「いえ、スラの手助けまではいりませんよ。……ああ、でも、当日はレーナさんに分体を一つ付けておいてください。勿論、バレないようにです」

「ぴゅい!」

「では、そのようにお願いします」


 スライムは触手で敬礼し、部屋を出て行く。


「さて、これで上手くいけばいいのですが……」


 いくら心配していても、結果は最終日にしかわからない。

 なら、自分は今出来ることをやるだけだと、シエラは気持ちを切り替えた。


「とりあえず、ケーキでも焼きましょうかね」

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