同僚達との再開
ようやく活気が息づいてきた時間帯。
所々で開店を始めている市場を抜けて、シエラは国の中心にそびえ立つ王城へ向かう。
「にしても、いきなりどうしたんでしょうかね。連絡があったのは……馬鹿王子が告白してきた時以来でしょうか?」
そんな独り言を呟きながら、シエラは人の間を抜けていく。
いつも買い物客で賑わう王国一番の市場を抜けると、次は貴族の住む区間へと入る。
シエラを呼び止める警備兵は居ない。
完全に気配を絶っている彼女に気付いてすらいなかった。
その貴族街を抜けると、いよいよ目的の王城が見えてくる。
城門の兵士の真横を通り、シエラは堂々と城内に入った。
中を見回っている警備兵と何度か擦れ違いながら、ようやく目的の部屋へと辿り着く。
「前は見飽きていましたけど、本当に大きいですねぇ」
最後にここに来たのは、国王に騎士を辞めると言った時だった。
その時はもう無駄にでかい扉だとしか思っていなかったが、こうして何年か時間を開けて見てみると、その巨大さに少し驚いてしまう。
今シエラが居るのは、王城の最上階の最奥に位置する部屋だ。
彼女の二倍以上はあるのではないかと思われる馬鹿でかい扉を、軽々と押して開き、中に入る。
「──おっと、危ないですね」
開かれている途中の隙間から、シエラの顔面に向かって一本の短剣が飛ぶ。
それを平然と掴み、適当にポイッと捨てる。
「久しぶりに来てみれば、いきなり攻撃とか酷いのではないですか? ──ミシェル」
シエラの背後、いつの間にかそこに立っていた人物に、それでも旧友の中ですかと文句を言った。
「……お前が意味わかんない店を開いて、その腕が鈍っていないかを確認しただけ」
「あらあら、心配してくれていたんですね。やっぱり、ミシェルは可愛いです」
「やめて、もうそんな年じゃない……!」
喜びのハグをしようとしたら、ヒラリと躱されてしまった。
「ふむ……」
「な、何っ!」
「いえ、頭を撫でているだけです。相変わらず身長伸びていないですね。牛乳飲んでいますか?」
「私はどうして撫でているのかを──」
「おい二人とも、いちゃついていないで早く入って来いよ」
中から声が掛かる。
ミシェルはそれで我に返り、不機嫌そうに舌打ちしてから中へと入っていく。
彼女の雰囲気が、少し和らいでいるのを、シエラは微笑ましく思う。
「やっぱり、ツンデレですね」
「何か言った!?」
「いいえ、何でもないですよー」
これ以上何か言ったら、再び短剣が飛びそうだ。そう思ったシエラは、大人しくミシェルの後を追って中に入る。
「……何となく予想はしていましたが、皆さん集まっていたんですね。暇なんですか?」
「おいコラ、王国騎士隊長に向かって無礼だぞお前」
「あらレイチェル。朝の稽古はいいんですか?」
「残りのやつにぶん投げてきた」
「でしょうねー」
金髪をショートカットにしたイケメン美女が。
「まぁまぁ、それがシエラさんらしいですから、何だか懐かしいですね。元気そうで何よりです」
「ラスカーは逆に元気じゃないように見えますね。ちゃんと三食は食べた方がいいですよ?」
「あはは、気を付けます」
メガネを掛けた優しそうな青年が。
「…………」
「ミシェル? おーいミシェルー? ミシェルってば…………ほーれほれほれ」
「ちょ、やめろ! 脇をくすぐるな! わかった、わかったから、もう!」
青い髪を一つに纏めた幼い少女が。
そして最後に────
「お久しぶりです、陛下。変わらずお元気なようで安心しました」
「ああ、シエラも、上手くやれているようで良かった。いきなり呼び付けてしまってすまないな」
「いえ、陛下の依頼とあらば、すぐに駆けつけますよ。……でも、一つだけ文句を言わせて貰えるなら、もう少しミシェルを店に滞在させてくれても良かったのでは? どうせあなたあの時間は寝ているだけでしょうし」
真夜中、シエラの部屋に手紙を届けたのはミシェルだった。
彼女が風呂から戻ってきたら、机の上に手紙が置いてあった。
部屋に誰か入って来た痕跡はないし、窓から入って来た様子もない。
「ミシェルはどんなことにでも痕跡を残さないようにしますからね。逆にわかりやすかったです」
「──チッ、勘のいい人」
「あなたは徹底し過ぎなのですよ。何でも気配を消そうとしますし、正直疲れるでしょう?」
気配を消し続けるというのは、簡単なことではない。
常に周りの視線に敏感でなければいけないし、音を一切出さないように全ての動作に気を配らなくてはならない。
日常使いをしていると、普通に疲れる。だが、ミシェルは何故かそれに拘っているのだ。
「だって、初めておねぇちゃんが──っ!」
「んっ!? 今なんて言いました? おねぇちゃん!? もう一回、もう一回お願いします!」
「な、何でもない! もういい!」
顔を真っ赤にして、ミシェルはその場から消えた。
姿も気配も完全に断ち切ってしまっている。こうなれば、その道に特化した少女を見つけるのは不可能だ。
そのやり方を教えたシエラですら、もうミシェルに隠密では勝てない。
「あーあ、隠れちまった。あまりいじめるなよ?」
「今のは完全な自爆でしょう……はぁ、妹の距離を掴むのにも一苦労です、ね」
シエラは無造作に手を振る。
その手には短剣が握られていた。
「ふむ、これが愛ですか」
「いや違うだろ」
「あの子は本当にツンデレです」
「だから違うだろって。ミシェルも大変だな……」
「ですが、ああ言うミシェルも、シエラさんのことは大好きですからね。見ているこっちも面白いです──っと」
カツンッ、と長テーブルの上に短剣が突き刺さる。
その短剣には手紙が付けられていて、開くと『違う!』と大きな文字が書かれていた。
本当に可愛い子だと思いながら、その場にいるシエラは口に出さなかった。またそれを言ってしまったら、何処からか短剣が飛んでくることになるだろう。
これ以上時間を掛けるのも面倒なので、おとなしく空いている席に座る。
騎士として国王に仕えていた時、いつもシエラが使っていた場所だ。
「さて、本当に久しぶりに全員集まったな」
王国騎士団長レイチェルが感慨深そうに呟いた。
「……一人、姿は見えませんけどね」
「元凶が何を言ってやがる」
「……? ちょっと何を言っているのかわかりませんね」
「ほんと、相変わらずだなお前は」
「褒められていると捉えておきます」
「あっそ……」
何故か呆れられてしまったような溜め息に、シエラは首を傾げる。
「……とにかく、全員揃った。これ以上時間を掛けるのも勿体無いので、話を進めさせてもらう。レイチェル、頼んだ」
「はい」
国王ウッドマンは全員を見渡し、それまで緩んでいた空気を切り替えた。
ニコニコという微笑みを浮かべていたシエラも、今だけは真剣な表情となっている。
姿を眩ましていたミシェルも、いつの間にか元の席に戻っている。
「じゃあ、まずは手元の資料を見てくれ」




