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諦めない心

「──ぶぁ!」


 魔法でどうやって防げと言うのだ。

 そう考えているレーナの正面から、言葉を交わす暇もなく衝撃が来た。


 熱い。焼けるような熱が、衝撃の後に襲いかかる。


「リクエストに応じて、火属性の魔法を打ち込みます」

「待て! 何かがわからない選択肢をリクエストとは呼ばない! というかあれをリクエストのつもりで言ったのなら、お前は間違っている!」

「では、次いきまーす」

「きk──ごばぁ!?」


 次は真正面から。


「死ぬ! これ死ぬから!」

「大丈夫です。死なないように威力を抑えています。それに、本当に死にそうになったら回復してあげますから。死なないように頑張ってください」

「言っていることが意味わからな──ああああああ!」


 後ろ、正面、また後ろ、予想外の上。

 全方向から縦横無尽に攻撃が飛んでくる。


「せめて方向を決めてくれ!」

「ダメです。それでは構えてしまうでしょう? 戦闘は、何処から攻撃が飛んでくるかわかりません。常に殺気を感じ取り、死角からの一撃に反応出来るようにならなければ、すぐに死んでしまいますよ」


 会話を続けている間も、攻撃の手は止まない。


 開始三分で、レーナは瀕死だった。


「はい、治ってください」


 全身が焼け焦げるような感覚が、一瞬にしてなくなる。

 硬直していた手足は、問題なく動かせるようになっていた。


「はい、次いきますよー」


 驚異的な回復能力に驚いている暇もなく、次の攻撃が飛んでくる。


 どうにかして避けようと目を凝らして見るが、本当に視界を遮断させているのか、肉眼ではどうしようもない。

 来たと気付いた時には、攻撃がレーナに着弾している。

 素早く走れば躱せるのではないか。そう思って走り出すが、正確無慈悲な魔法がレーナを狙う。


「避けるのではなく、魔力で防いでください」

「そんなことを言われたって、私は魔法を使ったことがないのだ!」

「本で読んだでしょう。集中して、レーナさんの中にある力を感じ取ってください」

「見るのとやるのでは違うのだぞ!」

「知っています。なので、こうして行動に移しているのです」

「横暴だ!」

「なら、頑張って魔法を使えるようにしてください。魔力はあなたの中に流れています。それを鎧のように纏わせるイメージです。大切なのはイメージ。先程言ったでしょう?」

「魔力、を、纏わせぶっ! る、だと?」

「はい、集中して、お腹のちょっと下辺りに何か温かいものを感じませんか?」


 シエラは的確なアドバイスを教えてくれる。それでも攻撃は続く。

 そのせいで集中出来ない。


「ぐっ……」


 堪らずに片膝をつく。


「ほら、座っている暇はないですよ」

「く、そ……」


 傷を回復されようと、精神は回復しない。

 何度も焼かれ、意識が朦朧とする。


「──諦めるのですか?」

「なん、だと……?」

「この程度で諦めるのですか? と言っているんです。あなたの目的は、その程度で終わるものなのですか?」

「っ、ぐぅ……諦め、ない……」

「なら、早く魔法の習得をしてください」


 シエラは言う。

 無慈悲に。さっさと魔法を覚えろと。


「私は、諦める訳にはいかないんだ……!」


 今更諦めるなんてことは、出来ない。

 それをしてしまったら、今まで頑張ってきたことが無駄になってしまう。


 それだけはダメだと、レーナは震える足に叱咤し、立ち上がる。


「すぅ、はぁ……」


 目を閉じる。

 今もシエラの攻撃は続いている。

 だが、死ぬ前に回復してくれると信じて、魔力を感じるために全神経を注ぐ。


「ほう……?」


 シエラが面白そうに笑う。


「いいですよ。その調子です。周囲のことなんて無視してください。思考を外ではなく、内側に」

「…………」

「あ、でも無視されるのってちょっと悲しい」


 カクッ、とコケそうになる。


 あれは私を困惑させるための嘘なのだと、レーナはそれすらも無視することにした。

 それが不満だったのか、シエラは頬を膨らました。しかし、レーナは目を瞑って集中していたため、それに気づけない。


 気のせいか、攻撃の威力が上がった。


「(集中だ。集中するのだ、私……)」


 今はただ己のことだけを考える。

 こうなった場合、無理矢理にでも魔法を使えるようにならなければ、この特訓(地獄)は終わらない。


 シエラは、人には必ず魔力が流れていると言っていた。

 そしてそれは、腹の少しした……丹田の辺りに溜まっている。

 神経をそこに集中させると、確かに温かいものをレーナは感じた。


「……ふむ、どうやら掴んだようですね」


 見えない手でそこに触れる。

 すると、温かい何かが体全体に広がっていった。


 その時、レーナは不思議な感覚を覚えた。


 何も感じなくなった。

 今まで激しくレーナを叩いていた魔法も、それによって起こっていた熱も、全てを感じなくなっていた。

 だが不思議なことに、爆発音だけは聞こえている。


「目を開けてみてください」

「…………っ、なんだこれは!?」


 レーナは言われた通りに目を開ける。

 そして己の体を見下ろして、驚愕の声を上げた。


「私の体が光っているぞ! まさかこれが……?」

「ええ、それが魔法です。上手く纏えたようで安心しました。おめでとうございます」

「そうか……これが、魔法なのか……だが、これは本で見た魔法のどれににも分類されるものではない。これは一体?」

「確かにこれは、五大属性のどの魔法でもありません。名付けるなら()()()()()ですかね」

「無属性、魔法……」


 どの属性にも属さない魔法。だから無属性。

 これはシエラと、彼女の同僚が協力して作り出した『秘術』とも呼べるような魔法だ。

 これさえあれば、魔法を使えない人でも魔法を使えるようになる。しかも、それに一番恩恵があるのは、レーナのような近接職だ。


「魔力は防具です。纏えばどれよりも強固な鎧となり、体全体に流せば身体能力の強化が出来ます」

「なるほど……確かに私のような近接戦闘を得意とする者には、便利な魔法だ」

「ええ、ですが、これで満足してはいけません。これからは、呼吸をするくらい簡単に、魔力を纏えるようにしてもらいます。咄嗟に反応出来た方が良いでしょうからね」

「……わかった」




 レーナはこの時のことを語る。


「私は、この魔法に出会えて良かったよ。騎士というのは魔法と無縁だと思っていた。これからもずっと、己の体とだけ向き合っていくのだと思っていた。そんな私が他に強くなる方法を見いだすことが出来たのだ。だから私は、この地獄のことを忘れない」

「あの、感動的に言っているところ申し訳ないのですが、地獄ではないですよ。特訓ですよ」


 そして最後には、良い勉強になった。と、そんなことを言えるくらいの余裕を持って、レーナは『虚無の檻』での特訓を終えた。

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