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心が折れる時

 それから数日が経った。

 ふと、シエラから特訓の感想を求められた時、レーナの口からはスラスラと言葉が出てきた。


「感想か……。もっと大きく、もっと目立つようにと背伸びをするのは、悪くない。だが人には、その人に合ったものがあるということを、私は学んだ」


 そう言うレーナの瞳は、僅かに濁り始めていた。


 何がどうして、彼女をここまでにしてしまったのか。

 シエラは不思議だった。

 だが、相棒のスライムはその理由をわかっているようだ。

 それが余計に不思議だった。


「……頼みが、あるんだ」

「はい? 何でしょうか?」

「大剣は、許してくれ。……あれは、まだ私には早すぎた。一回振る度に、私が私でなくなるような気がしてならないのだ。私は冒険者だが、剣士でもあった。どうか、その心を持ったまま、強くさせてはくれないだろうか?」



 どんな厳しい特訓であろうと耐える。文句も言わない。

 ──だから、だから私に剣を振らせてくれ。


 レーナは膝を付き、頭を地面に擦らせた。

 心からの願いと、土下座だ。


「いいですよ」

「それでも私は剣を──え、いいのか?」

「はい。いいですよ。そこまで頼まれてしまっては、否と言う訳にはいきません」

「ありがとう……!」

「いえいえ。礼を言う必要はありませんよ。だってその分、厳しい特訓をやってくれるのですよね?」

「……え?」


 ニコニコ。

 シエラはいつもの優しげな笑顔を浮かべている。


「いやぁ、レーナさんをいち早く強化するには、もっと過酷なメニューを用意するべきだったのです。でも、流石に壊れそうだったので、断念していたんですよ。ご自分から言ってくれて、助かりました」


 ──これで気兼ねなく、あなたを強く(改造)出来ます。


 レーナは、誰もが魅了されてしまいそうなその笑顔に、恐怖を覚えた。


「大丈夫ですか? 体が震えていますが」

「だ、だだ大丈夫だ! こここれは、武者震いだだ……!」

「そうですか。やる気十分ですね。そんなに本来考えていた特訓が楽しみなんて、嬉しいです」

「そうだな! 嬉しいな!」

「ですね、泣いてくれるほど嬉しいなんて、本当にレーナさんはいい人ですね」


 気づけばレーナは泣いていた。

 必死に笑いながら、ついでに鼻水も溢れ出てくる。


 シエラは笑う。ニコニコと。

 頑張ろうとしているレーナと、共に笑う。


「体力とスタミナは上がっているはずです。他に必要なのは、攻撃力と死なない根性だけです。大丈夫、レーナさんならやれます」

「あ、ああ! 私ならばやれるさ!」

「その意気です。では、明日からやる特訓の内容なのですが──と、どうしましたか? 何やら、凄い速度で首を振っていますけど」

「い、いいいや! なんでもももないいいいぞ!」

「そうですか? では、明日の──」

「……………………」

「おや、レーナさん? レーナさーん…………ふむ、気絶していますね」


 レーナは立ったまま気絶していた。

 目のハイライトは消え失せ、視線は定まっていない。

 体は時々、ビクンビクンと痙攣している。


 目の前でブンブンと手を振ってみても、やはり反応は返ってこない。

 これにはシエルも、困ったと顎に手を付ける。


「スラ、どうしましょうか? これ」

「ぴゅい……」

「え、私が悪いんですか? ふむ……」


 だが、スラがそう言うなら、そうなのだろう。

 だったら何が原因があるはずだ。そう思ったシエラは、自分がしたことを思い返す。


「…………なぜ?」


 しかし、いくら考えても原因はわからなかった。


「……ぴゅい」

「ええ、わからないです。だって、レーナさんは先程まで喜んで──はっ!」


 そこで何かに気づいたシエラ。

 ようやく理解したかと、スライムは呆れると共に、期待の気持ちを込めて主人を見る。


「歓喜に酔い過ぎて、気絶してしまったのですね……!」

「…………ぴゅい」


 もう自分の主人はダメなのかもしれない。

 そう諦めたスライムは、レーナを起こさないように触手で抱え、ベッドまで運んで行く。


「あれ? どうしましたかスラ。なんでそんな呆れたような溜め息を吐くのです? え、私何か変な事言いました? おーい、スラさーん。おーい……本当に行ってしまいました」


 ぽつんと、裏庭に残されたシエラ。


「ああ、そうか」


 ポンッと手を置き、納得したように呟く。


「レーナさんを優先しているのですね。流石、うちの従業員です」


 やはりシエラは、わかっていなかった。




          ◆◇◆




 レーナを運んでいたスライムは、ガクッとコケそうになる。


 スライムは聴覚がない代わりに、音波の反応を感じ取る。

 そのため、何処にいても音は良く聞こえるため、シエラの見当違いの言葉も聞こえていた。


 ──どうしてそうなる。


 人の心を読み取る能力が、底辺レベルで最悪な主人にツッコミたかった。

 しかし、今はお客様(レーナ)を運んでいる最中だ。


「ぴゅい」


 可哀想な人だ。

 スライムは思った。


 ここはよろず屋だ。

 客の依頼ならなんでも叶える場所だ。

 来店してくれる客は、冒険者が多い。冒険者ギルドに宣伝を頼んでいるのだから、それは当然のことだ。


 その中には、レーナのように強くなりたいと願う人がいた。

 シエラはその依頼を快く引き受けた。


 しかし、彼女の特訓を最後まで乗り切った者は……過去に一人も居なかった。

 誰もが最初の走り込みで断念し、普通に頑張りながら冒険者をやっている。

 今回もそうなるのだろうと、スライムは思っていた。


 予想を裏切って、レーナは最初の特訓──試練を()()()()()()()()()


 そのせいでシエラはやる気を出してしまった。

 彼女が出す試練は、彼女にとって普通のことなのだが、常人からしたら『やる気』は『殺る気』と捉えられるほど、過酷なものになる。


「ぴゅい……」


 レーナが何を目的としているのかは、今のところはまだわからない。

 時々彼女から感じる雰囲気は、17の少女のものではなかった。もしかしたら何か深い事情があって、こうしてよろず屋を訪ねて来たのかもしれない。

 今のところは憶測でしかないが、だからって無理をするほどのことではないだろう。


 だから、どうか壊れないでくれ。

 スライムは、強くそう思った。

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