1:レッツ無礼皇、ブレイクオール!
国会前に停まっている不審な選挙カー。
そしてその上に立つ一人の少年と、下から撮影している女性が一人。
「カメラオッケー? ボクのカッコカワイイ姿ちゃんと映ってるかな?」
「うるさい、ハメ撮りして拡散しますよクソガキ」
「ははっ、やめて! 乱暴する気でしょ! エロ同人みたいに!」
カメラに映っているのは蒼い髪の少年。
白い外套を翻し、紺色のジーンズと無礼皇の文字がプリントされたシャツまでしっかりと映っている。
腰に提げた剣とグレネードランチャーがチャカチャカと鳴る。
それを撮影しながら棘のある言葉を吐き出すのは、肩ほどの黒髪の女性。
少年より頭一つ高い背丈、キツそうにサラシが巻かれて若干はみ出ている豊胸。
少年と同じような白い外套を羽織り、下は土方やヤンキーが履いてそうな紫色の幅広のニッカポッカパンツ。
世界に轟いた青天の霹靂と、ナマイキな少年の声から始まった世界の変革。
少年……アルクルスト・無礼皇・ブルーハートが最初に行ったのは、動画撮影だった。
「ボクの勇姿を動画サイトにアップロードすれば、潜在的同志もジャンジャン集まってくるというボクの天才的発想にもう少し尊敬の念を持ってよ!」
「はいはい……にしても、ここがあなたの前世なんですね。私達の前世とはまるで違う」
「ここには魔法もなければモンスターもいないからね。戦うべきは人間。社会と言うルールの上でいかに才を活かし、自分以外を出し抜いて成り上がるかが全ての世界さ」
二人が話している間に、警察が取り囲む。
「それはそれでいい世の中なのでは?」
「冗談じゃないね。ボクはこの退屈な世界が死ぬほど嫌いだったよ。それをどうにかできないボク自信にもね。この世は強者の圧政が酷すぎる。だから叛逆するのさ」
「そこの二人! 大人しくこちらの指示に従いなさい!」
警察が言い放つ警告に、無礼皇は肩をすくめた。
「ほらね? 楽しみってものが致命的に欠落してるんだよ。組織の力が強すぎて、個人の力が弱すぎる。そこでボクがてこ入れするってわけ」
そして背後にあった選挙カーを登り、周囲を見渡す。
その手にマイクを握り、集まった人ごみを見てしたりと笑む。
「国会に爆弾仕掛けました。無礼皇ファンは集合してね! ってツイット一つでこれとは。みんな退屈してるんだなぁ」
国会の入り口を陣取り、警察の包囲の更に外側はまるでデモか何かのような人だかり。
無礼皇は大仰に両手を広げて、目を見開いて一声を放つ。
「たっだいまー! 現実世界ーっ! 休日出勤してる社畜ーっ! 受験戦争で忙しい受験生たち見てるかーっ!」
反響する音声、人々は呆気に取られていた。
「っと、そういうわけで、改めて初めまして。ボクはアルクルスト・無礼皇・ブルーハート。人呼んで無礼皇。この世界から異世界に転生して、帰ってきた人間だよ」
無礼皇の演説は始まった。しかし警察に続いて機動隊が拡声器でそれを妨害する。
「っさいな……あっ、ボクが異世界から帰ってきた人間だって信じてないみたいだから、ちょっとお披露目しようか」
無礼皇は楽しげに口元を歪めて、右手を銃の形にする。
その指先は拡声器を持つ隊員。
「見ててね、行くよ? BANG!」
蒼い電光が奔った。それは的確に拡声器に絡みつき、黒い煙を噴き上げさせる。
得意げな無礼皇は指先から上がる白煙を息で吹き飛ばす。
「種も仕掛けも無い、本物の魔法だよ。ボクが異世界から帰ってきたことで、この世界にも魔法が復活したんだ。でも誰でも使えるわけじゃない。素質のある人間が悪魔と契約しないといけない」
さて、と一呼吸置く。
「ボクの目的は現実への叛逆だ。このどうしようもなくつまらない現実を構築している人間たちをギャフンと言わせるために来た。君たち現実の人間の半分以上は、社会に黙って従うわんちゃんだ。過労死する社畜が出ても一致団結できないし、それどころか社会に抗おうとする者を卑下するロクデナシだ。ボクはそういう社会の被害者に叛逆してもらいたい!」
現代社会、虐げられてきた者たち。
勇気と覚悟をもって勝利へ手を伸ばした。搾取と抑制、支配と圧政。
民間企業と公務員、労働者と社畜。互いに足を引っ張り合いながら、誰も理想には至れない。
もはや、組織や集団を築くことに意味は無い。それはより大きなコミュニティによって潰されるのだから。
「立ち上がった個人の勇気にこそ、猛る心にこそ悪魔の力は相応しい! 努力と美徳が報われる世界は、神と共に死んだ、神は死んだ! 次は悪魔と人間が共に並び立つ時代なのだから!」
両手を広げて、蒼の少年は高らかに叫び謳う。
「日常を捨て、ボクの眷族となったとき、その手に魔力の刃は宿る! そして勝利を掴み取れ!」
次の瞬間、機動隊の横隊が盾を構えたままに波のように迫る。
「無礼皇! そろそろ限界です!」
「えっ、まだ別枠でJCからJDまでの綺麗なお姉さん募集中ってことも言わないといけないんだけど?」
「言ってる場合ですか!? 私とあなたのカップリング本をコミケに出しますよ!?」
「なにその回りくどい嫌がらせに似たご褒美。まあいいや、じゃあ今日の締めだ」
右手を天高く掲げ、手の平を向ける。
しかし、電光が瞬くのは国会の真上。巨大な青いプラズマ。
「これが、とっておきの爆弾だぁ!」
その手を勢いよく振り下ろせば、鼓膜を劈く雷鳴と共に、国会に雷光が落ちた。
雷光を落す蒼い少年の姿は、新聞の一面を飾った。
とあるマンションの一室で、無礼皇はそれを眺めていた。
「あー、巨乳の女子高生にちやほやされたい」
「あなたこの世界に何しに来たんですか?」
呆れながら、テーブルに朝食を並べる黒髪の女。
エプロンによって強調された豊胸を見ながら無礼皇は答える。
「もちろん、この現実をひっくり返して、現実でタカをくくっていたやつらをどん底に落すためさ。契約のこともあるけどね」
「今のあなたなら、一人でこの世界をめちゃくちゃにすることだって出来る。違いますか?」
「分かってないね、圧倒的な力で蹂躙するのは此処でなくても出来る。この革命の見所はね、力のなかった人間が力を手に入れることで巻き起こす、少数個人による大逆転劇なんだよ。それが悪魔と人間が並んでこの世を統べる最短の手段なのさ」
朝食のトーストを齧り、ぷりぷりのベーコンエッグを頬張る。
「んーっ! うっま! さすがボクの本妻! 最高だよアルク!」
「まっ、まったく仕方のない男ですね。契約者がこんなにも愛らし……でなくて、子供っぽい幼稚な人間だとは」
「ボクだって契約した悪魔がこんなショタコン悪魔だったなんて思いもしなかった。相性バッチリだよね!」
「うるさいです! 朝っぱらからあんなこと……あーもう! これからのご予定はっ!?」
頬を染め、恥らう巨乳美女こそ最高のオカズ、そうやって無礼皇は舌鼓を打つ。
「いつもと変わらないよ。応募のメール確認して、契約者を探しにパトロール。ここ何日かでボクたちの勢力もだいぶ増えて……って、早速きたきた! この世にあるはずのない魔力の匂いだ!」
皿に乗っている料理を頬張って、トースト片手に席を立って駆け出す。
「緊急出動だアルクぅ!」
「分かってますよ、ご主人」
二人はマンションの一室に敷かれた魔法陣の上に立つ。
それこそ、この魔力が微塵もない世界で瞬時に魔力の発生源へと向かうことの出来る、まさに魔法のような陣である。
「さあ行くぞ! ボクのハーレム……じゃない。魔人がこの世界に君臨するために!」
「契約する相手間違えたんじゃないかって毎度思うわ」
二人は魔法陣から放たれる光に包まれて、その部屋から瞬時に消え去った。
無礼皇とアルクが転移した先は、恐らく民家の中。
「クソッ、お前らなんて間引いてやる。このクソ老人が……」
「そ、育ててやった恩を仇で返すのかい!?」
「育ててやっただぁ!? こんな実家が賃貸な環境でよくそんなこと言えたな! 義務教育じゃないからってぞんざいに扱いやがって……この力で、悪魔の力でてめえら全員消し飛ばしてやる!」
「はー、また厄介な家庭環境だねぇ」
ガリガリの男は振り返る。
貧乏という言葉に嘘は無いらしく、体は細く、しかしオタク特有のグッズは少なくは無かった。
「だ、誰だ……って、あ、あんたはぁ!?」
「魔法とはいっても人殺しはまずいって。せっかくなんだからもっと有意義に使ったらどう?」
「嘘だろ、あの演説の……あ、ありがとう。あんたのおかげでこの力が手に入った」
男の体からは確かに魔力が放たれていた。
魔力を操作することを知らない、駄々漏れのままの魔力に無礼皇はほくそ笑む。
「それは良かった。しかしそれだけではまだ足りないんだなーこれが」
「なっ、えっ?」
「魔力を使えるようになっても、毒や狙撃には耐えられない。使い方を知らないと早晩神様と同じところに行くことになる。そこで、ボクが魔力の使い方講座を受講すれば生存率がGood上がるって話なんだけど、どう?」
しかし男は考え込む。話が上手すぎたのだ。
不思議な力に目覚め、それの使い方を親切に教えてくれる存在が来訪する。
あまりに話が上手すぎる。なにか裏があると慎重になるのも無理は無かった。
「気付かないかい? ボクたちはもはや運命共同体。キミが欠ければボクの演説もこの世界に来たこともすべて無駄になる。ボクの復讐の手伝いをしてくれるなら、これくらいタダで提供するのは投資なんだよ」
「まあ確かに、あんたからはこの力を貰ったし、使いこなせるならあんたの手伝いも出来るか……だが、これから俺はどうやって生活していけばいいんだ?」
「ああ、それなら……」
「おい、待て!」
ふと声をかけられた無礼皇が振り返ると、そこには老いた男女が二人。
「息子を元に戻してやってくれ! こんなんじゃ世間にどう思われるか……」
「働きもせず一日中パソコンの前から動かないで、妙なグッズを集めてるだけでも肩身が狭いっていうのに!」
「ほーん?」
無礼皇は、周囲を見回す。
ずらりと並んだ美少女フィギュア、鎮座する抱き枕、ぶら下がったタペストリーに同人誌の山。
なんとなく状況を理解して、肩をすくめる。
「世間様の奴隷は大変だ。息子さんがこうなったのも仕方ないね」
「なっ……なんだと!?」
「世間だの社会だのを気にして、やりたくないことをやって、やりたいことを我慢する。そんなの家畜以下じゃないか。ボクはそういうのをひっくり返すためにやってきた!」
無礼皇は大仰に両手を広げる。
嗤う姿は、いかにも魔王。
「ボクたちはキミたちが創ったしがらみを諸共にぶち壊す! その結果にキミたちがくたばったって知ったこっちゃないね!」
「なっ……」
「だいたい、未だにブラック企業が跳梁跋扈しているというのに働けなんて正気の沙汰じゃない。ベーシックインカムとやらはいつ実現するんだい?」
嘲笑う瞳は侮蔑のそれ。積年の恨みを晴らす復讐者の目。
「エゴイスティックに命を産み落とした、自らの業を悔やんで血反吐に塗れて死ね!」
言い放ち、手を翳す。
部屋の入り口に立っていた親は魔力を帯びた透明の壁に阻まれる。
「これでキミの私物も荒らされないだろう。こういうこともできるようになるよ」
「おお、すげぇ……」
「魔法の基本はイメージと心持ちだからね。それじゃあ一名様ごあんなーい!」
そうして無礼皇の私兵は増えていった。
一月もすれば、革命の音があちこちで鳴り響くようになり、無礼皇がすることはただ見守ることだけになった。
「んん……」
差しこむ朝日に、眠っていた無礼皇は寝返りをうつ。
すると小さい手の平が、白く大きな膨らみを捕らえた。
吸い付くような質感、深くまで沈むことを受け容れる質量。撫で回せばあわせるように形を変える柔肌と重量感。
「おお、これは見事な……」
「朝っぱらからやめてください。ハメ撮り流出させますよ?」
「へへっ、ばれちった」
「まったく……」
白いベッドの上、二人は起き上がる。
「おはようございます無礼皇、お目覚めはさぞご機嫌なことでしょうね」
「ああ、キミの乳房は全世界一だからね」
「褒め方がストレートすぎる」
「正直者なんでね」
無礼皇とアルクは他愛もない会話と共に笑みを交わす。
「それにしても、本当にこのままで地上を覇せると?」
「ああ、もちろん。この世界の人間は非力だ。だからこそ力のあるものの元に集えば、あるいは抱え込めばあっという間に社会に反旗を翻すくらいだ。長いものに巻かれるってやつさ。卑しいよねぇ?」
ケラケラと嗤う魔人に、悪魔は呆れさえ覚えていた。
同じ人間とは思えない。確かに素質はあったとはいえ、ここまで人でなしとは、と。
「力の下に徒党を組んで、虎の威を借りてでしか戦うことを知らない。そういう正義しか知らないのが、この現代社会の現代人、社会人というやつだよ」
力、つまり魔力である。
魔力の使い方を学べば、およそこの世界でそれを殺す手段はない。
魔力の障壁は銃弾すらものともせず、拳など簡単に砕ける。
火を纏い、水を浮かべ、風で切り裂き、地を割ることさえ造作もない。
体内に気を巡らせば、毒の類も撥ね退けるのだから、原子炉に落とされる位しない限りは致命傷には至らない。
「まあ、それも悪魔あってのことだ。アルクたちには感謝してもしきれないよ」
ただの人間が魔力に目覚め使いこなせるのは、悪魔の恩恵があってこそ。悪魔との契約をしなければ、魔力に目覚めただけの人間では、ゴリラやクマ、虎や獅子程度の力しかない。
「それはこちらのセリフです。あなたが異世界転生で満足してしまうような人間でなくてよかった。人間がいなくては我々は無力なのだから」
一方、悪魔も同じように無力だ。
人間がいなければ、絶大な力を発揮できないのだから。
人間という力を入力できる対象があって、悪魔の力は初めて発揮される。
悪魔と契約した者は魔人の称号を得る。それらは皆往々にして自由のない者たちだった。
「四十五年もの労働地獄に絶望する社会人、凄惨な家庭に産み落とされた毒親持ち、裕福なれどレールから逃れられない人生……無力なものにこそ魔の力を、悪魔の取引で一発逆転を、といったところだけど」
「抑圧としがらみからの解放を望みながら、力に恵まれなかった人々……あなたも元はこうだったと?」
「生きる為に自由を捨て、生きる為に欲望を捨て、生きる為に娯楽を捨て、そして自分を殺し続けた。これはそんな男のただの復讐譚だ。幻滅したかな?」
アルクはクスっと鼻で笑う。
「ええ、愚かといえば愚かでしょうね。でも面白い、人間の面白さはそこにある。神には見出せない人間の愉しみよ。だから悪魔は人間のそういうところをこよなく愛しているいるのです」
「あー、愛の告白を聞いたら寝起きだというのに滾ってしまった! どうかボクの色欲を受け容れておくれ、キミの悪魔的蠱惑の巨峰で!」
「またですか? 昨日あれだけ搾ってあげたでしょうに。というかあれだけ乱されて、どうして平然としてられるんですか?」
「ロールプレイの嗜みだよ。オンオフはきちんとするものさ。そういうわけで……」
無礼皇が毛布に包まれた胸に飛び込もうとした瞬間、携帯電話がガタガタと震えた。
「チッ、後もう少しだったのに。いったいこんな朝から何事だっていうんだ?」
電話に出ると、男の焦燥した声が聞こえた。
「無礼皇! テレビ見てるか!?」
「いんや、まだだけど? どしたの急に」
「なんか知らないが、俺たちとは別の力で暴動を起こしてる奴等が居るんだよ!」
「……んー?」
無礼皇は首をかしげて、アルクと顔を見合わせた。




