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γ:Redemption

 それは罪滅ぼしなのか、それとも心の底から救いたいと願っているのか。

 今の彼にそれを知る術は無い。確かめてくれる人もいない。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 墓石の前で、震える手を祈るようにあわせる。

 少女は赦しを乞う。しかし、もはや無力を言い訳にすることさえ赦されない。

 彼女の友は、そうして命を落としたのだから。


「もう絶対に見捨てたりしません。全部、全部奉げるから……あいつらに、もうなにもさせないから」


 開く瞳に映る友の名に、少女は同じ場所に辿り着くまで追われることになるだろう。

 恐怖に怯え竦んだ罪は、永遠に苛む地獄でしかあがなわれないだろう。


「絶対に赦さないから。あなたが私を赦さない限り、私も許さないから」






 少女の友人は、その人生はことごとく報われていないものだった。

 幼い頃は鈍臭いと蹴飛ばされることがあった。頭を引っ叩かれて笑われていたことがあった。

 仲間はずれにされていることもあった。嘘を吐かれて恥をかかされたこともあった。


 友人……幼馴染であった少女は、それを間近で見ていた。見ていた上で、特に何かをすることはなかった。

 なぜなら、友人は笑っていたからだ。

 まるで自分の扱いが正当で、しかし少し悲しそうに笑っていたからだ。


 その笑顔の裏で、苦しみ泣き叫んでいたことに気付いたのは、彼が死んだ後の日記を見てからだった。


 助けて、助けて、助けて……。

 特に彼女の心に染み付いたのはその言葉だった。

 友人の受けていることが尋常でないと知りつつも、本人の笑みを見て勝手に大丈夫だと錯覚していた。


 誰もその心に踏み込もうとはしなかった。それに気付くことは出来たはずなのに。

 誰よりも近しかった彼女なら、それに気付く機会は何度もあった。


 それでも見殺しにしてしまったのは、自分がまだ無力な子供だからという言い訳に縋ったからだ。

 その笑顔の裏に踏み込んで、子供の自分になにが出来る?

 自分も一緒に虐められるかもしれない。大人の言う事には逆らえない。標的が自分でないことに感謝して、幸運を祈ることしか出来ない。


 傷付くことが怖いのは誰もが同じ。だから自分の行いは間違っていないと。

 だから、大人の誰かがいつかきっと友人の声を聞いて、助けてくれるだろうと、想っていた。


 しかし、そうはならなかった。

 彼女の友人は死んだ。彼女は友人を見殺しにした。それが事実だ。


 その罪悪感は、幼い少女の心に贖罪と憎悪を芽生えさせた。

 心の深くにまで根を張って、墓前で震えるほどになった頃、声を聞いた。


「無垢より傷付きし者よ、贖罪の術と鉄槌の力を欲さば、私の声に応えるべし」

「だ、誰? どこにいるの?」


 墓場には少女一人。されど声は反響するように響く。


「私は神の残り香。神の死に果てたこの世で、流れ漂う神の力なり」

「は、はは……とうとう、私もおかしくなっちゃったのかな」

「否、あなたは神の力を得るに足る心を持つ。私が与えるは絶大なる力、対価は永久なる信仰」

「神って、私は別にそういうのは……」

「信仰の対象は神に限らず。死した者への追悼と贖罪もまた信仰。あなたに問う。永久なる信仰を糧に、世を正す力を欲すか?」


 突拍子も無い幻聴に、しかし少女は笑った。

 贖罪の方法を提示され、憎悪を向けることが許可され、肯定されたことへの歓喜。


 それがたとえ気狂いの果ての最後の一線だとしても、少女に後戻りする選択肢などなかった。


「欲しい……欲しい。欲しいっ! あいつらを殺せる力が欲しい! 神様が死んだっていうなら、私が代わりにあいつらをぶっ殺してやる! 私に殺させろ! あの性根の腐ったクソガキ共と、ゴミクズ共を殺させろぉ!!」

「了承。あなたに力を給わす。神の子よ、神の力に愛され至上の福音を響かせ給え」


 それが彼女の選んだ贖罪。

 血の池地獄こそが自身の居るべき場所だと。





「はっ、はっ、誰か、誰か助け……!」


 暗い夜道を、息を切らしながら逃げる少女が居た。


「私のせいじゃない! 私は……なんで私だけ!?」

「あなただけじゃない。みんな死んだわ」

「ひっ……!」


 声とともに、少女の行く手を塞ぐように何かがどさりと落ちる。

 それは無惨な死体だった。少女はその顔を知っている。

 恐怖に歪んだ顔に、普段の面影は欠片も残ってはいなかったが。


「大丈夫、あなたを仲間はずれになんかしない。ちゃんと同じようにしてあげる」

「だ、誰よあんた! 私はあいつになにもしてない!」

「そう、なにもしてない。止めもせず、救いもせず。その怠惰こそ罪」

「そんなの……し、死にたくない! 助けて、殺さないでぇ!」

「あなたは幸せよ。だって死にたくないって思えたんだもの。死を選び取らされたあの子の分まで、苦しんで死んでね」


 耳障りな肉の音、骨の音、そして絶叫。

 天使のような少女の白い服は返り血を浴びて、黒髪の隙間から狂気の瞳が肉と骨の塊になったそれを見つめる。


「終わったよ。次は?」

「次の対象:親族。父親の不貞、母親の虐待。色欲と憤怒、判決:有罪ギルティ

「分かった」


 返り血に塗れた服は、白に溶けるように薄まって、やがて完全に消えた。


「どっち?」

「南南西、2km」


 白い服の少女は残骸を置いて、無数の白い羽になって消えた。

 そのうちの一枚は血だまりに堕ちて真っ赤に染まった。

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