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β:Reborn

 なんて生き難い世の中なんだ、と青年は思った。

 人間というやつは、いったいなにが面白くて生きているのか、と。


「ほら、もっと抵抗してみろよ! ギャハハ!」

「痛い痛い! やめっ……誰か!」


 教室の後ろで、青年の体は痛ましくも甚振られていた。

 どうしてそうなったのかといえば、特に理由も無い。

 人が何かを虐めるときに、特別な理由など必要が無い。


「はー、やっぱ弱いなこいつ!」

「なっ。じゃあ負け犬は罰金だ。さっさと財布出せよ」


 重要なのは、それが虐めやすいかどうかに尽きる。

 誰も青年を助けようとはしない。虐めやすい者が虐められているのを止める理由もまたなかった。


 能力が低い、頭が悪い、身長が低い、顔立ちが醜い、脂肪が厚い。重要なのは付け入る隙があること。

 最も隙の多い者が虐められる。閉鎖的コミュニティに生まれる摂理。


 そんな日常に、青年は絶望していた。





「先生……俺、虐められて……」

「ぼーっとしてるから虐められるんだ。勉強で見返したらいい」

「父さん、母さん、学校に行きたくない。虐められてるんだ」

「体を鍛えないからだ。父さんの頃はひたすら鍛えて返り討ちにしたもんだ」

「社会に出たら自分でなんとかしないといけないのよ。自分でね」


 誰も助けてはくれない地獄の釜の底。

 まるで一人だけ異世界か、敵陣に取り残されてしまったかのような感覚。

 自分以外の誰も頼れず、それどころか自分を追い詰める者ばかり。


 息つく暇も無い受難の日常。そんな人生に、いったいどんな希望を見出せというのか。

 帰り道、毎日渡る踏み切りの前で立ち止まる。


「おいで……おいで……」


 誰も居ないはずの場所から声がしていた。

 青年は麻痺した心のまま、それに耳を傾けていた。


「君で最後だ……君が最後の一人……」


 漠然と、それがこの世ならざるものだという感覚はあった。

 だが、それがどうしたというのか。

 今の青年にとってはそんなものより、同じ人間の方がはるかに怖ろしい。


「君で全てが揃う……魑魅魍魎、百鬼夜行の再来を。復讐の大騒乱を」

「復讐……?」

「私達は妖幻……妖怪の成れの果て。死に往く人々が遺した怨念に縋る……この世ならざる魑魅魍魎」

「幽霊みたいなもの、ですか……」

「おお、私達は君を歓迎しよう。救われる術をもたない人よ。どうか私達と呪いを交わして欲しい。私達の怨恨怨念をどうか解放してほしい」


 生きる者が死した者に、死へと誘われる。

 意思をもった死が、青年を手招きしていた。


「神は仏になった今、私達は死ぬ甲斐があったと証明してほしい。どうか、どうか……」

「俺になにをしろっていうんですか。こんな弱い俺に、なにを?」

「簡単だ。死ぬだけでいい。死んでくれるだけで、君も私たちも新しく始めることができるんだ。」

「新しく……また繰り返せっていうんですか。俺に」

「大丈夫、次は違う。次は私達が付いている……そう、憑いている」


 青年は手を惹かれ、心を轢かれる。


「この恨み晴らさでおくべきか、そして反旗を翻してほしい。半人半妖、鬼怒小角」


 人の体は脆く砕け散る。心は荒野の果て、魂は魑魅魍魎の夜行に運ばれて行く。







「っぐ、ひぐっ……」


 雫は遥か下に落ちる。地面にぶつかり粉々に弾けた。

 一人の青年が学校の屋上から、それを見下ろしていた。

 額の傷に頬の痣と眼帯、片方の手にはいくつもの火傷痕、もう片方は包帯まみれ。


 沈む夕陽を眺めながら、青年は両足の靴を脱ぐ。

 あと一歩踏み出せば、青年は人生を降りる。


「待て」


 突然、青年の背後から声がかけられる。

 驚いて振り返ると、いつの間にか黒尽くめの人物が立っていた。

 フードを深く被っていて目元は見えない。


「死ぬのか」

「だ、誰ですか……?」

「俺は鬼怒きぬ。妖怪の慣れの果てに、人の心に巣食う妖幻を飼っている」


 青年は訝しげにその人物を見る。


「な、何の用ですか。警察呼びますよ」

「警察はお前のそのザマを救ってくれるのか?」


 青年は言葉を失った。目の前の見知らぬ怪しい人物は、自分の何もかもを見透かしているかのように感じていた。


「な、なんですか。説教がしたいんですか?」

「苦痛から逃れるための死を否定はしない。だが、勝利の味を知らずに死ぬのはあまりに不幸だ」

「なにを言って……もう放っておいてください。どうしようもないんですよ」

「お前は無力だ。だからこうして自分以外を殺すことしかできないだけだ」

「ッ、そうですよ! それがなんですか! じゃあどうしろって言うんですか!」


 激昂した青年を、フードの影の奥の瞳が覗く。

 そのあまりにも鋭く、人とは思えない冷たさに思わず息を飲んだ。


「その怨み晴らさでおくべきか。殺すべきと思う者を殺し、怨みを晴らす。義じゃねえよ、情でもねえ」

「殺すって……人殺しをしろっていうんですか!?」

「お前は自分なら殺していいと言うのか。お前は自分を人でないと言うのか」

「そ、そういう問題じゃなくて……」

「しがらみはお前を守りはしない。人として殉じるというならそれもいい。だが……」


 その人物は右手を差し出すと、その手の平の上に青い狐火を宿す。


「もし人でなしになる覚悟があるなら、俺たちはお前に力を貸すことが出来る」

「なっ、それ、あのっ、火って……」

「無力ゆえに成せなかったか、あるいは力があってまだ意思薄弱か……選べ、お前にはその権利がある」


 火の玉はゆらりととぐろを巻いている。

 まるで生きているかのように、獲物を狙う獣のようでもあった。。


「俺は……」

「そか、そらぁ残念。他を当たるとするよ」

「あっ、待って……」

「んあ? 俺も自殺志願者の相手をするほど暇ではねーんだ。それとも力を貸してほしいのか?」

「貸して、欲しい……」


 青年の脳裏によぎるのは、自分を虐げてきたやつら。

 鬼の如く殴る蹴る親父、蟲みたく集って啄ばむ不良ども、見て見ぬ振りの教師とクラスメイト。


「この怨み晴らさでおくべきか……」

「いいだろう。力を貸そう。その怨み、晴らさでおくべきか」


 フードの人物はにやりと笑う。

 青年はそして火の玉宿る右手を握る。

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