永遠の夏休みの始まり
「誰?」
当たりを見回すたけし少年。
しかし、まだ私は姿を現しておりません。
今たけし少年語り掛けておりますが、魂そのものに念話で語り掛けておりますので、探したところで無駄の一言。
我々悪魔が姿を現しますのは契約の瞬間と、対価を貰いうけるその時、高位の悪魔ともなればそれを徹底する物でございす。
淫魔などの例外はおりますが、私も悪魔の端くれとして、その通例に重きを置いております。
となれば次の言葉は自然と出る物。
【私は悪魔フレェストとお申し上げます。少年私と契約をいたしませんか?】
「契約?」
困惑した様子のたけし少年に私はさらに言葉を続けます。
【貴方様の魂と引き換えに、願いを叶える事でございます】
「どんな願いでも叶うの?」
【私の力が及ぶ範囲でならば】
「じゃあこの読書感想……」
その時にたけし少年の心は一時読書感想文に向いておりましたが、すぐにそれは消え去り、思考は子供らしい短絡的な物に変化を果たします。
「もっと長く夏休みを楽しみたい!」
【了解いたしました。ご主人様】
そこで私が姿を現します。
私の姿は褐色の肌に白い髪のロング。
魂を頂くご主人様への最低限の礼儀として最高級の黒のスーツを上下身にまとわせておもらっております。
前のご主人様曰くエキゾチック美人だとか。
人間とは不思議なものです。
悪魔として一般的な顔立ちの私を、皆褒めたたえるのですから。
さて、話を戻しまして新たなご主人様たけし少年の願いですが、これが無難でしょう。
【では、ご主人様夏休みを飽きるまで永遠にループするなどはいかがでしょうか?】
その言葉にたけし少年は固まったまま。
それも仕方ありません。
自室に突如現れた自称悪魔その怪しさは一入でございます。
今までのご主人様方ですと、夢と勘違いしたり怖気づくのが一般的であります。
しかし、さすが強欲で下等な人間というモノ今までだれ一人として私が持ちかけた契約を最後まで拒んだ人間はありません。
老いも若きも女も男も願いを叶えるという欲望には勝てはしないのです。
それが身を亡ぼす悪魔との契約でも。
だからこそ私は契約前の人間をご主人さまとお呼びするでございます。
いやはや素晴らしい、そのような人間の魂をもらい受ける瞬間の断末魔の後悔は最高に甘美なモノでございますが。
たけし少年は少しばかりばかり異なっております。
だからこそこのような書物に書き記しておるのですが。
「お姉さん誰?」
【さきほど契約を持ちかけた悪魔フレェストでございます】
考え込むたけし少年。
私に対して綺麗な人だと思うだけで情欲を抱かないあたり性に疎い少年とモノ。
私の胸を見て顔を染めるあたり性の目覚めはもうすぐという事なのでしょう。
「本当にずっと夏休みを楽しめるのそれ?」
【もちろんでございます。ただし時を巻き戻るものはご主人様だけとなりますので、その都度楽しみ方を変える必要がございます。
断るのであらば私め潔く引きあげるだけ、
となりまして今回の契約は白紙となりますが】
「後でって駄目なの?」
【その余裕がごありでしたら可能ですが】
悪魔と契約できるチャンスの根底は絶望。
何かに変えても払拭したい負の感情を抱く事なのでございます。
強い絶望の念が我らとの回路を繋ぎ我々がこの人間世界の理に初めて干渉できるのです。
それは我らが支配者強大な力を有す悪魔王ですら例外に洩れず、人間の世界は常に我々の力が陰で暗躍し滅びと繁栄を繰り返してきたのでございます。
これこそが我ら悪魔の仕事であり、千載一遇の機会。
魂とは我らにとってみれば力を高める最高の食事であり、そのために我ら悪魔は人間の願いを叶えるのでございます。
そのた悪魔契約を持ちかけた時点で、餞別は終わっているといっても過言でありません。
それを露知らずたけし少年は迷いますがもう時間がない。
「たけし! 朝よ! 宿題終わった!」
その言葉に慌てふためく、たけし少年。
その声の主は母親、時刻は朝七時。
もう着替えて朝食をとり登校する時間。
ダンダンと足音が近づいてきました。
ここたけし少年の自室は二階に位置しており母親が階段を登り切るのに1分もかかりません。
「悪魔さん! 何でもいいから願いを叶えて!」
【了解したしました。ご主人様。永遠の夏休みをごゆるりとお楽しみください】
これがたけし少年の長い長い最後の夏休みの始まりなるのでございます。
しかし、この夏休みは私とたけし少年の予想してモノと大きく異なる事になるのでございます。