15th flightーまさかの大臣
ルームでプリブリーフィングを済ませた俺と大臣…もとい、ビーストは、耐Gスーツを身につけ、エプロンへ出た。
いかついガタイに総重量5キロの耐Gスーツを纏い、のっしのっしと歩くビーストの後ろ姿は、野獣そのものである。
エプロンの機体を前にして、ビーストはその巨体を軽やかに動かしながら、機体点検を始めた。
「うほっ、いいねぇ」
「えぇ、素晴らしい機体です。」
ちなみに、今日は随伴機の俺はイーグルに乗る。
機に乗り込んだ俺とビーストは、エプロンをランウェイに向かって機体を走らせ、管制塔と連絡を取った。
『リゲル01、ラインタワー、ウィンド、250アット5。ランウェイ25、クリアドフォーテイクオフ』
「リゲル01、ラジャー」
「ツー」
先行するビーストの機体が滑らかに滑走を始める。
俺も踏んでいたブレーキを放し、アフターバーナーを点火させた。
腹に響くエンジン音と同時に、機がぐんぐん加速していく。
ビースト機がふわりと離陸した。少し間をおいて俺も操縦桿を引いた途端…
『メイ!ついて来いよ!雲が厚いからな!突っ切るぞ!』
無線からがなる声が聞こえたと思ったら…なんとビースト機がハイレートクライムを始めたのだ。
「え、ちょまっ!」
反射的に俺も操縦桿を引き、ハイレートを始めた。
全く無茶なことするなぁ…
独りごちながら、高度8000メートルでアフターバーナーを切り、機を水平に戻すと、
「いい反射だ、よくついてきたな!」
と、ビーストが言った。
「もう勘弁してくださいよぉぉ」
「なーに甘ったれてやがる!まだまだこれからだろうが!」
そうこうするうちに空域についた。
「あー、メイ、さっきの離陸とハイレートでもう慣れた。早速ニュートラルで格闘と行こうか」
「マジすか!わかりました、よろしくお願いします」
無駄だとわかっているので下手に止めたりはせず、大人しくニュートラルでの格闘に向かった。
まぁ、相手は大臣だし、戻ってから咎められるなんてことはないだろう。
空戦が始まりつつあった。
両機は向かい合い、すれ違いざまに一気にブレイクした。
すぐさまビースト機を探すが…いない!
おかしい、この辺りは雲もなく、隠れるなんてことはできないはずだ。
上、右、左と忙しなく首を振っていたが、やはりいない。
とその時、ぞっと背筋に悪寒が走った。反射的に下を覗き込むと…何と一気に下から突き上げるように上昇してくるビースト機がいたのだ!
「やばい!」
ここで上下の機動は危険だ。考えるよりも先に体が動き、俺は機を水平にブレイクさせた。
案の定、速度もあったと思われたビースト機は、俺のとっさのブレイクについてこれずに、俺を追い越して高度を上げていった。
ケツを取れる!
バレルロール(きりもみ)に入ったビースト機を、すぐさま機首を向けて追いかける。
やがてビースト機も水平に戻り、俺がケツを追う形となった。ビースト機は、機体を様々に動かしながら、こちらの様子を窺っている様だった。
俺がビースト機をロックオンするまでおよそ200メートルほどとなったところで、先ほどまで落ち着きなく小刻みにフェイントを入れながら飛んでいたビースト機が、途端に大人しくなった。
ん?なんだ?
頭の片隅で思ったものの、これがチャンスとばかりに加速して距離を詰めようとした矢先…
突如機首を真上に向け、ビースト機が一瞬ふわりと浮いた…ように見えた。
そして………俺の視界から消えた。
「なっ!どこだ!」
なんで消えた!どこにいる!クソ!
首を振り、上下左右見回していると…
ピーーーーーーーーーーーーー
ロックオンアラートがコクピットに鳴り響いた。
弾かれたように6時方向を見ると、そこにはピタリとくっついて離れないビースト機がいた。
え、なんで…
まず頭をよぎったのは、オーバーシュートだった。
かなりの速度で距離を詰めつつあった俺の機に対し、ビースト機の速度は確かに遅かった。オーバーシュートをかけられてもおかしくない状況だった。
しかし、オーバーシュートはあんな風にふわりとした感じではないはずだ。
もっと違うなにか…何だ!
『コブラだよ。』
予想外の言葉が耳に響いた。
コブラ…
反芻して、その意味を理解するまでに数秒。次に出てきたのは、「この機体の最大の特徴」だった。
「まさか…推力偏向ノズル…」
『あぁそうさ。忘れてたとは言わせんぞ?』
そうだった。40は、推力偏向ノズル搭載機だった。
そんな事は乗る前から知っていたし、シミュレータでも使った事はある。他の隊員と、戦技の幅が増えるな、と話した事もある。あるが、あるのだが…
エンジンノズルを機体の進行方向とは違う、上下左右の向きに向けることができるーーそれが推力偏向ノズルーー
そしてそれを機体の進行方向と垂直に向けることで、機首は90度近くまで上げて、速度を急激に落としつつも前へ進む。推力偏向ノズルを搭載する機体のみができる特殊な技ーーー
そんな物は最初から搭載していないイーグルに乗り慣れた身にはあの時、推力偏向ノズルを使わないと出来ない機動、コブラの事など頭の片隅にもなかった。
「クソ!」
キャノピーの縁を思い切り叩いてしまっていた。
これが…元特殊作戦飛行隊長の実力…
大臣だから、ブランクがあるからと侮っていなかったと言えば嘘になる。
だがここまでとは…
『甘いねぇ、購買のふっくらツインシュークリームより甘いよメイ』
野太い声でまさかのスイーツの名を口にしながら、俺の左に並んだ。
あまりの衝撃に打ちのめされた俺は、その後どうやって飛び、どうやって着陸したかは覚えていない。
ただ、ぴったりと背後に張り付いたビースト機が頭から離れなかった。
人物紹介その3
バッグ・スレー
タックネーム:ガル
年齢:39歳
階級:少佐
役割:第1小隊長
軍歴:21年
誕生日:7月29日
172センチ69キロ
体脂肪率9.5%
メイやタイタンの所属する、第1小隊の隊長。
士官学校卒のメイやタイタンと違い、操縦学校卒の生粋のパイロット。その代わり出世は少し遅い。
彼女いない歴39年。つまり彼女ができたことがない。
結婚願望などとうの昔に捨て去った。
操縦学校時代から、あひる口をいじられ続け、配属後もタックネームを決める時にダッグかガルのどっちがいいか聞かれて、仕方なくガルにした。
両親健在、姉2人を持ち、幼少期から少女漫画を読まされていたせいで、今は少女漫画が大好きである。