大きな屋敷の大きなお風呂!
「懐かしい我が家じゃのうっ!」
ニャルティさんが嬉しそうに屋敷の中に入っていく。
「なんだかどきどきしますね」
「そうですね」
「…………」
その後ろにぼく達も続く。
こんな大きな屋敷に入るのはどちらの世界でも初めてのことだった。
「どうじゃ。なかなかのものじゃろう」
ぼくは屋敷の中を見回す。
入ってすぐのところに大きな階段があって2階に続いている。
そして階段下の広間には4つの扉がある感じ。
なんだかよくゲームで見るような感じの洋館だった。
「やっぱりすっごく広いんですねっ!」
クイーカさんは目をキラキラさせている。
宿屋で怒っていたのはどこかに飛んでいったみたいな様子。
「上が個室になっておる。部屋は10個ぐらいあった気がするのう」
「10個って凄いですねっ!」
ここでも十分に宿屋をできそうだと思った。
「下の階には何があるんですか?」
「倉庫、キッチン、ダイニング、大広間とかじゃのう」
「色々あるんですねっ!」
「ああそれと……」
にやりとニャルティさんが微笑む。
「こっちについてこい」
そして一番遠い場所にある扉まで移動する。
ぼくたちももちろんついていく。
「コルネットさん」
ぼくはいつの間にか一番後ろにいるコルネットさんに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「だっ、大丈夫に決まってるじゃないっ!」
「今のところそんな気配とかはありませんしね」
「でも長い時間放置してたって感じではありませんよね」
そんな家を見たことはないけど、何年も放置していた家はもっと荒れているイメージだった。
でもここは多少のホコリはあるけれども、放置していたっていう感じはしない。
「見て驚くと思うぞ」
そう言ってニャルティさんが開けた扉の先には……。
「何もないじゃないですかっ!」
思わずという感じでクイーカさんが叫ぶ。
ニャルティさんが案内したのはそこそこ広い、本当に何もない部屋だった。
クイーカさんが叫ぶのも無理はないって思った。
でも部屋の奥に扉があるのであっちが本命なのだろうとは分かった。
「ここは脱衣所じゃ」
脱衣所?
それなら奥にあるのは……
「お風呂があるんですか?」
ぼくが言った言葉にニャルティさんはしょんぼりした顔を見せる。
「そういえばお主は移住人であったのう。知っておったか」
「お風呂ってあのお風呂ですかっ!」「本当にお風呂があるのっ!」
でもクイーカさんとコルネットさんは目を輝かせる。
「わたし、お風呂って入ったことないんですよっ!」
「アタシも。高い宿にしかないものね」
ここの世界ではシャワーが一般的だ。
「きなこさんの世界ではお風呂があるのが普通だったんですか?」
「そうですね」
といってもぼくの世界のぼくの国は、だけど。
「きなこが住んでた国って凄いのね」
コルネットさんの声は明るめ。
きっとお風呂の興奮で幽霊のことは頭から消えたんだろうって思った。
「それより早くお風呂みたいですっ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねてクイーカさんは言った。
「ネタバラシはされたんじゃが、まぁいいじゃろう」
言いながらニャルティさんは扉を開ける。
そこにはとても広いお風呂があった。
お風呂というより温泉ぐらいの広さがある。
「凄いわねっ!」「凄いですねぇ!」「凄いですっ!」
ぼくたちは3人同時に言った。
「そじゃ凄いじゃろう。……ってお主も驚くんか」
「こんなに広いとは思いませんでしたから」
「そうなのか? こっちの世界でお風呂といったらこういうのが普通じゃぞ」
「ぼくの世界では1人とか2人で入るのが普通ですから」
こういうのが普通という認識なら通りでこの世界にお風呂が一般的にならないはずだと思った。
「そうなのじゃな」
ニャルティさんはにんまりと微笑む。
「お主が驚いてくれるのは嬉しいぞ」
「本当に凄いですねぇ」
クイーカさんは興味深げに浴槽を見ている。
「これにお湯をためるんですよね」
「そうじゃぞ」
「お湯はどこからくるんですか?」
「この街の数キロ先にお湯が湧き出る湖があるんじゃ」
ニャルティさんが指を指す。
当然だけど指の先には壁しかない。
「そことここがつながっていて使うときはお湯がぐるぐる入れ替わる感じじゃな」
「じゃ、自分でお湯を入れ替えたりっていうのはいらないんですね」
「そうじゃのう。たまに人を雇って掃除させたぐらいじゃ」
「アタシお風呂入りたいんだけどっ!」
「わたしもですっ!」
「ちょっと待つのじゃ……」
ニャルティさんは浴槽の端にある2つのうちの左を開ける。
すると数秒の間があってお湯が流れ出てきた。
「凄いですっ!」
クイーカさんが言う。
ぼくも言わなかったけど、本当に凄いって思った。
お湯もちゃんと温泉の臭がする。
「これが溜まったら入れるってわけねっ!」
「そうじゃな。溜まったら右のバルブもあけるんじゃ」
ニャルティさんが指差す。
今度はちゃんとバルブがあった。
「そうしたら入ってくるのと出るのが同じになるんじゃな」
「出ていったお湯はどうなるのよ」
「また元の場所に戻ってきれいになってまたここに流れてくるんじゃ」
「よくできてますね」
本当に凄いって思った。
こんなお屋敷、なかなかないはずだ。
「そうとうお金使ったんじゃないの? これ?」
「それはわたしも気になってましたっ!」
言わなかったけどぼくもっ!
「そうじゃな」
腕を組んで考えるニャルティさん。
「だいたい1億クルトンぐらい使ったのう」
「1億クルトンっ!」
コルネットさんが大きな声で言う。
「1億クルトンって何クルトンなんですかっ!」
クイーカさんはどうやら混乱しているようだ。
「そんなに必要なんですね……」
「そりゃそうじゃろう。お湯が湧き出る湖の土地を丸ごと買って、魔法使いにここにお湯が出るよう頼んだんじゃからな」
「1億クルトンってもしかしてこのお風呂だけのお金ですか?」
「そうじゃぞ。家全部では1億8000万クルトンかのう」
「もはや訳が分からない数字になったわね……」
「ですね。わたしはもう考えるのをやめました」
「妾の全財産をほとんど使い切ったからのう」
全財産といってもものすごい金額だった。
「でもおかげでわたしたちもお風呂を楽しめるわけですしっ、過去のニャルティさんグッジョブですっ!」
「そうねっ! 本当にそうだわっ!」
「本当は住み始めてすぐに1人には広すぎると思ったんじゃ」
4人で住むにも広すぎるけど……。
「じゃけど今はこの広さで良かったと思ってる」
話していある間に浴槽にお湯が溜まった。
それを見てニャルティさんが右側のバルブを開けた。
これでお湯が巡回し始めるはず。
「これで入ってもいいのよねっ!」
「わたしも早く入りたいですっ!」
「そうじゃな。せっかくだし入るとするか」
みんな脱衣所へ向かう。
後ろをぼくは着いていく。
「それじゃぼくは階段のところで待ってるから」
そして脱衣所に着いて言った。
「えっっっっっっっっっっっっ!」
なんか予想通りの声が聞こえた。
「一緒にお風呂入りましょうよっ!」
「それはさすがに……」
「そうよっ! きなこは男の子なのよっ! 別に入るに決まってるじゃないっ!」
「でもでもっ! 同じパーティーなんだし問題ないですっ!」
「大有りよっ!」
「でもあのお風呂に1人で入るのは寂しいと思うぞ」
ニャルティさんが言う。
「妾も1人でいいとかずっと思っておったが、あの洞窟に1人でいるとやはり1人は寂しいと思えるようになったぞ」
普通の人は寂しいところじゃない気分になるはずだと思った。
「それに最初ぐらいは全員で入るのも良いのではないか?」
「そうですっ! ニャルティさんはいいこといいますねっ!」
言いながらクイーカさんが上着を脱ぐ。
ぽろんと溢れるように胸が見えた。
まだ下着はあるけど、大きいので目にとても悪い……。
「なっ! 何、脱いでるのよっ!」
「だってお風呂に入るんですもんっ! 脱ぐに決まってるじゃないですかっ!」
「でもここにきなこがいるんのよっ!」
「きなこさんにはいくら見られても大丈夫ですっ! っていうか見てくださいっ!」
「変態かっ!」
「というかクイーカの今の格好よりお主のほうが露出度高いんじゃがな」
言いつつニャルティさんも服を脱ぎ始める。
「ってなんであんたも脱いでるのよっ! きなこが顔を真赤にしてるわよっ!」
「こういうのも経験じゃぞ」
にやりと微笑みながらニャルティさんが言う。
「経験って言うなっ!」
「ぼっ……ぼくはっ……」
ぼくは周りを見る。
下着姿のクイーカさんとニャルティさん。
それに通常で露出度が高いコルネットさん。
3人と一緒にお風呂に……
「むっ……無理ですっ!」
「きなこさんっ!」
ぼくはダッシュで脱衣所を出た。
そして急いで扉を閉める。
心臓がばくばくしていた。
「一緒に入りたかったのに……」
しょぼんとした声が聞こえた。
「まぁさすがに刺激が強かったのう」
けらけら笑う声が聞こえた。
「あんまりからかうのもいい加減にしなさいよっ!」
怒ってる声が聞こえた。
「からかってないですっ! わたしは本気ですからっ!」
「そっちの方が余計にたちが悪いのよっ!」
「はぁ……」
ぼくは階段に座った。
他の部屋も気になったけど、一休みしようと思った。
「ここが新しい家か」
すると黒い猫、リュートさんがいた。
「かなりの豪邸だな」
「そうですね。びっくりしました」
「こういうところに住むのは私も憧れていたな」
「一緒に住みます? 部屋余ってるみたいだし」
「私には教会があるから遠慮しておく」
リュートさんはぼくの横に座った。
「ただたまにクイーカの様子を見たいから私用の部屋は作れるなら作って欲しい」
「分かりました。クイーカさんのことを本当に心配してるんですね」
「あいつの過去を知ってるとな。まぁクイーカからしたらお邪魔虫だろうがな」
自嘲気味な声だった。
だからぼくはその言葉を否定しなくちゃって思った。
「そんなことないですよ。クイーカさんはリュートさんのことを大事に思ってるはずです」
「そうだといいんだがな」
言いながらちらりと脱衣所を見る。
「そういえばあそこから声が聞こえてきたが、何があるんだ?」
「あそこはお風呂になっています」
「風呂かっ!」
リュートさんの珍しい興奮したような声。
「お風呂入りたいんですか?」
「一度ぐらいは入ってみたいと思ってた」
「この後にぼくが入るから一緒に入ります?」
「……そうだな。せっかくの機会だしな」
ぼくたちは雑談して3人を待った。
そして入れ替わりでお風呂に入る。
「気持ちいなー」
と思わず声が出る。
ちょうどいい温度に、体に良さそうな温質。
ずっと簡易シャワーだったのでとても天国に思えた。
「入るぞ」
リュートさんの声が聞こえる。
「分かり……」
ぼくが言い終わる前にリュートさんが中に入ってきた。
「思ったよりも広いな」
きょろきょろと周りを見ている。
でもその姿は……
「なっ! 何で人の姿なんですかっ!」
猫ではなくて女性のリュートさんだった。
タオルで隠しているけれど、普段とのギャップに凄まじいものを感じた。
「お風呂に入るなら猫の姿はさすがにと思ったんだ」
言いながら足をお湯に着ける。
「意外と熱いな……。確かタオルをお湯につけるのはマナー違反だったよな」
「ですね」
「……一応、向こうを向いてくれると助かるな」
「もちろんですっ!」
ぼくは壁の方を見る。
なんならずっとこのままがいいと思った。
でも……
「入ったからいいぞ。こっち向いて」
そう言われてずっと壁を見ているわけにはいかないって思った。
見ると当たり前だけど裸のリュートさんがいた。
お湯で体が隠れているといっても見えている部分だけでも、見ていてだめなことをしている気分になる。
「お風呂というものは気持ちいいものだな」
言いながら柔らかく微笑むリュートさん。
ポニーテールを降ろすと、厳しさとかそういうのがなくなってとても綺麗に見えた。
「ハマってしまいそうだ」
はぁー。
とゆっくり吐く息が聞こえた。
「猫から戻れるんですね……」
「戻れるというか転送だな」
どきどきしてどうにかなりそうだと思った。
リュートさんの方を見ないように、見ないようにって思うけどどうしても目に入ってしまう。
「冒険はどうだ? 楽しいか?」
そんなぼくの気持ちを知ってか知らずかクイーカさんはたずねる。
「もちろん楽しいです。仲間もできましたし」
「そうか。それはよかった」
また見せてくれる優しい微笑み。
思わずどきりとしてしまう。
すぐにのぼせてしまいそうだ。
「ぼくはそろそろ出ますね」
「そうか。私はもう少し入って帰るとしよう」
相当、お風呂が気に入ったようだ。
ぼくが立ち上がり、扉の方へ向かった。
そして脱衣所に入るために扉を開けようとしたけど、その前にがらっと音がした。
「やっぱりっ! やっぱりっ! やっぱりっ!」
そこには寝間着に着替えているクイーカさんがいた。
「リュートさん、なんで猫の姿じゃないんですかっ! 猫だからスルーしてたのにっ!」
「うるさいな。私がどのような格好でお風呂に入ろうと勝手だろ」
「きなこさんと一緒にお風呂に入るなんてっ!」
「ちゃんと隠して入ったから問題ないだろ。私はお前と違って色気ないしな」
……十分にありました。
「おおありですっ! おおありですっ! おおありですっ!」
言いながら服を脱ぎはじめるクイーカさんっ!
「わたしもきなこさんと一緒にお風呂に入りますっ!」
勢い良くクイーカさんが服を脱ぐ。
しかも今回は下着をつけてなかったから……
「あっ、頭が……」
ぐらりとした。
頭に限界が来て……
「きっ、きなこさんっ!」
目の前が真っ暗になった。