囚われの大悪魔!
ぼくはどこに着くかも分からない道を歩いた。
すぐ先も見えないぐらいに真っ暗だった。
だからリュックサックから小さくて振ると火が着くたいまつを取り出した。
これもカズーさんからもらったものだ。
ぼくはたいまつを振る。
ボッ!という音がして火がついた。
ほんの少し先が見えるようになった。
クイーカさんの光と比べたらとても狭い範囲しか照らすことはできない。
でも今はこれを頼りに歩くしかなった。
ぼくは壁に手を付けてそろりそろりと歩いて行く。
こつこつというぼくの足音が響く。
壁は湿っていて、ぬるっとしていて、なんだか気持ちが悪い。
とても怖いし、寂しいと思った。
幸いにも魔物がまだ出て来ていないのは安心できた。
もしかしたらあの結界は魔物の侵入も防いでいるのかもしれない。
今のところはもう元の場所に戻りたいのが半分、先に進みたいのが半分。
暗く、先が見えない通路はどこまでも続いているように見える。
もしかしたらずっとこのまま永延に道だけが続くんじゃないかと思ってしまう。
だからしばらく歩いてまた結界があったことはなんだか嬉しく感じた。
今度の結界は透明ではなく、黒く光っている。
ふれるとびりっとするだけではすまなそうな感じだ。
結界の先は暗くてよく見えない。
ぼくはさっきのも大丈夫だったから……
「……誰か……おるのか……」
かすれたような、生気が抜けたような女性の声が聞こえた。
それは結界の奥から聞こえた。
「だっ誰かいっいるんですか!」
ぼくは叫んだ。
誰かいるなら助けなくちゃ!って思った。
でもぼくが一歩近づくと……
「こっちに近づくなっ! 本当に死ぬぞっ! その結界は死の呪いが込められたものじゃぞっ!」
今度は怒った声が聞こえた。
ぼくは声に驚いて立ち止まった。
「このまま立ち去れっ! よく分からんがお主は若いのじゃろう。わざわざここで命を落とす必要はない」
ぼくはたいまつで中を見た。
一番奥に女性がいるのが分かる。
そして結界のせいでここから出られなくなっているのも。
このままぼくが帰ったら中の女性が死んでしまうと思った。
「……さっきのは大丈夫だったから……」
ぼくは意を決して右足を出す。
ぼくが動けば助けることができるかもしれない人を見捨てる訳にはいかないと思った。
でも結界に触れる寸前はやっぱり怖くて目をつぶってしまった。
「小僧っ!」
中の女性が叫ぶ。
でもぼくはすんなりと部屋に入ることができた。
びりっともしなかったし、死ぬこともなかった。
ぼくはそのことに驚いたけれど、それよりも……
「なんで何ともないのじゃ……」
中の女性は驚愕に近い顔をしていた。
目を見開いてこちらを見ている。
そしてぼくは女性と目があった。
「…………」
その女性は真っ黒なドレスを着ていた。
コルネットさんほどじゃないけれど、それなりに露出度が高い。
そしてそれとは対象的に病的なまでに白い肌をしていた。
髪も銀色に近い白。
その分だけ真っ赤な唇がとても目立っていた。
「……なにをそんなにわらを見ておる?」
首を傾けて女性は言った。
クイーカさんやコルネットさんがしたら可愛い仕草なのだろうけど、でも女性の場合は違った。
なんだか優雅な貴人みたいな雰囲気がある。
「なっなんでもないですっ!」
ぼくは慌てて目をそらした。
なんだか見ちゃいけない綺麗さがある女性だった。
「しかしお主は本当に大丈夫なのか?」
「はっはい……何ともないみたいです……」
ぼくは体のあっちこっちを見てみる。
転がり落ちて破けたり怪我したところ以外は何ともない。
「きのこがたくさんあったところの結界も大丈夫でしたし……」
「無理やり破ってきたのではないのじゃな」
「はい」
「2つの結界は高名なプリーストが作ったものじゃ。妾をここに閉じ込めて置くため、そして妾を誰も助けに来ないようにするためのもの」
そして女性は嬉しそうに笑う。
「もっとも結界がなくても妾を助けに来る存在なんているわけがないがのう」
「ずっとここに閉じ込められてたんですか?」
「そうじゃのう。ずっと閉じ込められてた」
「どれぐらいですか?」
「360日までは数えた。後はしらん」
「最低でも1年以上……」
ぼくは周りを見回す。
何もない、独房みたいな場所。
今はぼくのたいまつがあるけれど、普段は真っ暗だったはずだ。
ぼくは自分がいるところを想像して身震いがした。
「誰かと話をするのも久しぶりじゃ。ここは魔物すらも入れんからのう」
「でも……どうしてここに閉じ込められてたんですか?」
「それは簡単なことじゃ」
女性の口元が上がる。
「妾が魔王の幹部、大悪魔のニャルティティじゃからな」
ニャルティティ……なんか思ったよりも可愛い名前だった。
「ニャルティティさん……」
「言いにくいならニャルティでよいぞ」
「ニャルティさんは……その……本当に魔王の幹部なんですか?」
「妾が嘘をついても何の得にはならんじゃろ」
「何か悪いことをしたんですか?」
「妾が魔王の幹部。それだけでもこうなるのは当たり前じゃろ」
言いながら笑うニャルティさん。
でもぼくは笑えなかった。
ニャルティさんがただ悪い人には見えなかったから。
「しかしお主は気配が薄いのう。こんなに近くにいても何も感じないぞ……。ちょっとこっちに来い」
何をするんだろう?
ぼくが躊躇していると……
「何も取って食おうなどとは思っておらん。気になったことがあるんじゃ」
「それなら……」
ぼくはニャルティさんの近くに行く。
綺麗な顔が近くにあってどきどきした。
「ふむ……。手を出してみろ」
「こっこう……ですか……」
するとニャルティさんは差し出した手を……
「うひゃぁぁ!」
長くて真っ赤な舌でべろりと舐めた。
ぼくは思わず変な声を出してしまう。
「なっ何するんですかっ!」
まだ手には生暖かい感触が残っている。
でもそれは不快なものとは違った。
「妾は体液を舐めればそやつのことがだいたい分かるからのう。手っ取り早く汗を舐めたのじゃ」
「それならそうすると先に言ってほしかったです……」
「カカカカ。すまんのう。こんなところにいると退屈なのじゃ。軽いイタズラぐらい許せ。本当はもっと別の体液が欲しかったぐらいじゃからな」
もっと別の体液って……
「しかしお前さんのステータスは貧弱じゃのう。通りで結界が平気なわけじゃ」
「……そっそうなんですか?」
ステータスが貧弱なのは分かりきったこと。
だから結界が平気な理由が分からなかった。
「結界はスライムの強さがないと反応しないのじゃ。じゃから結界がお主を防ぐことはできん」
そういえばぼくはスライム以下のステータスだった……。
「初めてこのステータスが役に立った気がします」
「そんなステータスの冒険者は世界を探してもお主ぐらいじゃからのうっ!」
そして本当に楽しそうに笑う。
今度はぼくも一緒に笑えた。
「ぼくもそう思います」
「お主はこれからも色々なところを回るのか?」
「そうですね。そうなったらいいと思います」
「そうか。それはいいことじゃ」
言いながらにこりと微笑むニャルティさん。
綺麗で優しいその微笑みはニャルティさんの本質が見れた気がした。
「できればたくさんの場所に行って、たくさんの人と会うがいい。妾はここでお主の活躍を想像してるぞ」
「ここでって……」
ニャルティさんはずっとここにいるつもりみたいだ。
死ぬまでずっと。暗闇の中、1人で。
「死ぬまであとどれぐらい必要か分からん。死ねないのも困ったものじゃ」
「ニャルティさん……」
「でもまぁお主の冒険を想像して過ごすのは今までと比べたら天国じゃな」
なんでそんなことを言うんだろう。
どうしてずっとここにいることを選ぶのだろう。
ぼくは理解できないし、したくもないと思った。
「お主のおかげじゃ。感謝するぞ。お主も早く帰れ。仲間が待っておるのじゃろ?」
「ニャルティさん……」
「ん? どうかしたのか?」
「ニャルティさんはここから出ることはできないんですか?」
「…………」
「ぼくはニャルティさんが幹部だからって悪い人には見えないんです」
さっきもそうだ。
結界をふれそうになったぼくをニャルティさんは止めてくれた。
本当に悪い人ならそんなことをするわけがない。
「できたら……一緒に冒険がしたいです」
ぼくはニャルティさんに手を伸ばした。
その手を取ってほしくて。
「妾を……誘うのか?」
きょとんとした表情。
「魔王の幹部の妾をか?」
「はい」
「大悪魔の妾をか?」
「ぼくはニャルティさんとたくさんの場所に行って、たくさんの人と会いたいです」
「…………」
「…………」
「カカカカカカカカカっ」
ニャルティさんが嬉しそうに笑った。
「この妾をパーティーに誘うなんぞ幹部になった後も、幹部になる前もいなかったぞ!」
「なんだか意外ですね……」
「そうか。お主は妾の初めての男になるのじゃな」
「はっ初めての男ってっ!」
「お主がそう言ってくれるなら妾もこんなところで余生を過ごしてるわけにはいかんのう」
「なっ仲間になってくれるんですかっ!」
「しかしそのためのは妾と契約する必要がある。お主と契約すれば魔王との契約がなくなる」
「するとどうなるんですか?」
「妾は魔王の幹部ではなくなるのじゃ。そしてお主に隷属……お主の仲間になることになるのじゃ」
「そうなんですねっ! それで契約はどうやって……」
「口づけじゃ」
「え?」
「じゃから口づけじゃと言っておるじゃろ」
ぼくは思わずニャルティさんの唇を見る。
ここに1年以上いたというのに唇は綺麗なまま……。
「どうしたんじゃ? そんなに見つめて」
にやりとニャルティさんの口元が上がる。
「妾の唇がそんなに魅力的か?」
「あの……その……ほっ他の方法はないんですか!」
「契約書を使って行うやり方はある。魔王とはそっちで契約したのう」
「ではそっちの方でっ!」
「じゃが契約書はもうない。もう使わんと思って魔王と契約したときに燃やしてしまったぞ」
「それじゃ……」
思わずつばを飲み込む。
キスをするのはもちろん初めてだった。
「お主と契約をしないことには幹部のままじゃ。それじゃとずっと命を狙われることになる。ほれ、近う寄れ」
ぼくはどきどき動く心臓を抑えてニャルティさんの近くに移動する。
そしてすぐ目の前にきれいなニャルティさんの顔があった。
「こんなに近くで見つめられるとさすがの妾も恥ずかしぞ」
「わっ分かりましたっ!」
ぼくは勢いでニャルティさんの唇と自分のを重ねる。
想像以上の柔らかさが伝わってきた。
「これで契約は完了じゃ」
顔を離す。
すぐそこにニャルティさんの顔。
意外にもにも照れてるのか顔が赤くなっている。
「これで妾はお主に隷属することになる。何でも命令を聞くぞ。エロいこともな」
最後は耳元で囁くように言う。
だから思わず変な声が出てしまった。
「そっそんなこと命令しませんよっ!」
「なんじゃ……がっがりじゃな」
「がっかりされても困りますっ!」
ぼくは再びニャルティさんに手を伸ばした。
今度はしっかりとぼくの手を握ってくれた。
ニャルティさんは立ち上がり、ぼくを見る。
ニャルティさんは思ったよりもずっと背が高かった。
「結界って消す方があるんですか?」」
「結界には触媒があるはずじゃ」
そして結界を指差して言う。
「それを取れば結界も無力化できるはずじゃ」
「意外と簡単なんですね」
「普通のやつは触れもしないからのう」
ぼくは言われた通り結界近くにあった木でできた小さな杖を取って壊す。
すると結界はすぐになくなった。
まるで最初から何もなかったかのように。
結界に触れるときはなんだかどきどきした。
「この調子でもう1つの方も頼むぞ」
「はいっ!」
クイーカさんとコルネットさんが待ってるから急がないとって思った。
「そういえばお主の名前は何というのじゃ」
「きなこです」
「きなこか。いい名前じゃな」
そう言ってニャルティさんはにっこりと微笑んだ。
「長い付き合いになることを願っておるぞ」
「ぼくもですっ!」
自分のステータスのおかげでニャルティさんを助けることができた。
初めてぼくは自分のステータスが自慢に思えた。