ローズとリーナ
エイプリールフール企画の「転生令嬢は修道院に行きたい(連載版)」のアナザーストーリーです。
セリィがヴァニィとの愛を育まないままリリーナと仲良くなっていくという、途中分岐したストーリーです。
マルチエンドのゲームにおける別のキャラとのエンディングだと割り切って読んでいただくのが正解だと思います。
「転生令嬢は修道院に行きたい」「奇蹟の少女と運命の相手」とは別の時間軸に存在するifの世界です。
はっきり言ってみんな別人です。
これを読むと、セリィやリリーの印象が大きく変わる危険がありますので、割り切る自信のない方は、お読みにならないようご注意ください。
「ローズ様、朝食の用意ができたそうです」
いつものように、リーナが起こしに来てくれた。
ここは、王都にある僕の屋敷。
使用人は沢山いるけど、寝起きが悪くて気難しい女主人である僕を起こせるのは、リーナだけ。
だから、僕の寝室に、僕がいる時に入っていいのもリーナだけ。
ということになっている。
僕の名は、セルローズ・ジェラード。
ジェラード侯爵家の嫡男ヴァニラセンス・ジェラードの妻であり、王城で官僚として働いている。
夫であるヴァニラセンス、通称ヴァニィは、領主となるために、領地で修行中。
だから、僕とは、結婚以来3年間、ずっと別居している。
ヴァニィは僕より1歳年上なので、4年前に学院を卒業した。
僕は、自慢じゃないが、このガルデン王国最高学府である王立学院で、前例のない二段飛び級を果たし、不世出の才媛と呼ばれていた。
この王立学院は、12~17歳の貴族の子女と、厳しい試験をくぐり抜けた平民の子供が入学できる。
学院は、自分で講義を選んでカリキュラムを組み、5年掛けて卒業に必要な単位を取るというシステムになっている。
飛び級というのは、入学から1か月後に試験を受け、合格すると本科、つまり2年生の講義を受けられるようになるという制度だ。
これは、優秀な人材がいつまでも基礎を学ばされるのは本人のためにもならないし、国家の損失だ、ということでできた制度で、2~3年に1人は該当者がいる。
主に官僚貴族と呼ばれる、領地を持たず王城で働く貴族の子弟が飛び級することが多い。
なぜかというと、官僚貴族は基本的に世襲できないから、学院でいい成績を取って王城に上がれるよう努力するからだ。
これが領地を持つ貴族:領地貴族になると、求められるのは成績よりは人脈ということになる。
もちろん、領地経営するための最低限の知識は必要だけど、領地で産出される様々な物品の売買ルートを構築したり、コネを作ったりと、社交の方が大事なのだ。
そして、そういうことも関係するのか、女性で飛び級した人は、かつていなかった。
僕が初めてだそうだ。
僕には、前世の記憶がある。
といっても、ほんのちょっとだけど。
覚えているのは、男だったこと、理系が得意で高校に合格したことくらい。自分がいつ、どうして死んだのかもわからない。
でも、理系の知識は、今の僕にも残っている。
この世界の理系の知識は随分とお粗末で、かけ算という概念すらないのだ。
ない、というと語弊があるけど、2×3と言った時、僕は九九が頭に浮かんで即座に6という答えが出せるけど、この世界の人達は、2+2+2という計算を頭の中でやるらしい。
僕は、今世でのセルローズとしての記憶と人格の中に、ほんの少し前世の感覚が混じっている状態らしく、日本語は話せないし、「僕」と言おうとしても「私」という言葉が口を出る。
ただ、九九とかは、頭に浮かぶんだ。
僕に前世の記憶が甦ったのは、10歳の時。
夫であるヴァニィとの顔合わせの時だ。
僕らの母親同士が親友で、ヴァニィとの婚約の話が持ち上がった。
でも、男だった前世の記憶が甦ったせいで、僕は男と結婚するのは嫌だと感じてしまった。
そして、その時、ふと前世で聞きかじった乙女ゲー世界への転生じゃないかと思いついたんだ。
僕の立ち位置は、乙女ゲームの悪役令嬢に似ている。
金髪に青い目、伯爵令嬢で1歳上の婚約者がいて、平民も入れる学院に入学する予定。
なんだか、ありそうな話だ。
前世の記憶が戻るなんてのも、乙女ゲー転生ではよくある話だったはず。
悪役令嬢の末路は、死刑、幽閉、国外追放、修道院送りと相場が決まっている。
だったら、最初から修道院送りを目指して立ち回れば、ひどい目に遭わなくてすむんじゃないか、そう考えて僕は準備を始めた。
得意な理系の科目を伸ばしつつ、周囲に味方を作れるよう社交も学び。
うまくフェードアウトできるよう、ヴァニィとの仲をある程度良好に保てるよう文通もして。
正直言って、一所懸命背伸びをしているヴァニィは、弟みたいで可愛くて、結婚はともかく家族にはなれそうないい子だった。
そして、僕は学院に入学した。
入学式の後、僕は学院の中を見て回ろうとして、きらきらな美形のお兄さんとヒロインらしき女の子が言い争っているのを見かけた。
建物に入れる入れないを口論している2人を眺めていたら、僕まで巻き込まれ、なんとかその場を納めた僕は、ヒロインらしきリリーナって子に妙に懐かれてしまい、しかも取っている講義が結構かぶっていたせいで、つきまとわれることになった。
それでも、世の中何が幸いするかわからないもので、僕は修道院に行くよりいい方法を思いついたんだ。
それは、官僚になること。
お父様みたいにいい成績を取れば、王城の方からスカウトが来る。
王城に入れば、結婚とか面倒な話も遠ざけられそうなので、僕は簿学や出納学を頑張ることにした。
その結果、僕は、簿学・出納学・算術の3科目で飛び級し、簿学と算術で二段飛び級を果たした。
そもそも女性で飛び級は初めてだったのに、二段飛び級に至っては、学院始まって以来の快挙だそうだ。
飛び級したことで、リリーナと同じ講義は減ったけど、官吏になることで家から逃れたいというリリーナに頼まれて、僕は勉強を教えてあげることになった。
飛び級した影響は他にも色々あって、周囲からの嫉妬の視線がすごいことになった。
ヴァニィも色々と庇ってくれたけど、いつも一緒にいられるわけじゃないし、ある程度自力で対処できるようになってしまった。
リリーナも僕の近くにいる上に、平民のくせに成績がいいもんだから、とばっちりで嫌がらせを受けるようになってしまい、僕としては申し訳ない気持ちもあったんだけど、本人はあまり気にしていないみたい。
というより、僕と一緒にいることが嬉しいらしい。
実は、僕も、リリーナと一緒にいると心が安らぐことに気付いてはいた。
そして、ある時、ふとしたことで僕達は気持ちを確かめ合ってしまった。
僕達は女同士だ。
この国は、宗教とかさほど厳格ではないけど、やっぱり同性愛は忌避される。
僕は、リリーナと一緒にいる方法を考えて、予定どおりヴァニィと結婚する道を選んだ。
リリーナと一緒にいて不審に思われないためには、僕がどこかに嫁いでおいた方がいい。
そして、貴族の娘として、嫁いだ相手の跡継ぎを産むのは義務だ。
仕事と言ってもいい。
ヴァニィは、いい子だ。
ヴァニィが僕のことを、女として好きなのも知っている。
ヴァニィが相手なら、僕は抱かれることも子を産むことも我慢できる。
僕もヴァニィのことは好きだ。
でも、ごめんねヴァニィ。僕は、あなたのことを弟としか見られないんだ。
隠れ蓑にしてごめんなさい。
愛してあげられなくてごめんなさい。
その代わり、ちゃんと男の子を産むから。
僕の身体を好きにできる男性は、あなただけだから。
ヴァニィが卒業して1年が過ぎ、僕とリリーナが卒業する日がやってきた。
僕は、官僚として王城に招かれ、リリーナも登用試験に合格した。
スカウト時の条件として、リリーナを側近として手元に置くことも許された。
そして。
卒業と同時に、僕はヴァニィに嫁いだ。
新婚早々離ればなれになるからということで、初夜から数日の間、毎晩子作りをして、王都に戻った僕は、リリーナに詫びた。
「リリーナ、ごめんなさい。
貴族の娘として、嫁いで子供を産むのは義務なの。
近いうちに私はヴァニィの子を産むわ。
でも、愛してるのはあなただけよ。
お願いだから、私を嫌いにならないで」
「私の心は、セルローズ様のものです。
嫌いになんか、なれません。
ずっとお側に置いてください」
その夜は、僕はリリーナと共に過ごした。
そして、僕は彼女を「リーナ」と呼び、彼女には僕を「ローズ」と呼ばせることにした。
彼女を愛していると言いつつ、他の男の子供を産むことになる僕が、彼女にあげられるたった1つの特別。
僕をローズと呼んでいいのは、リーナだけだ。
初夜から頑張った甲斐あって、僕は妊娠した。
そのまま出産間近まで王城で仕事を続け、王都の屋敷で男の子を産んだんだけど、臨月近くなったら、ヴァニィが乳母になる人を連れて王都に来てくれた。
男の子…ノアジールを産んだ時に、何かまずいことがあったらしく、僕は2か月もの間ベッドから降りられず、医者からは、もう子供は産めないだろうと言われてしまった。
「ヴァニィ、ごめんなさい。私は役立たずです。
もう、子供は産めないそうです」
「何言ってるんだ、セリィ。
ちゃんとノアジールを産んでくれたじゃないか。
うちの跡取り息子は、ここにいる。
安心して、今は体を休めることだけを考えろ」
嫡男を産むという責任を果たせたことに心底ほっとしたけれど、一方で、もう産まなくていい、ヴァニィに抱かれなくていいということにほっとしている自分がいることに、自己嫌悪も感じた。
ノアジールは可愛い。
それはそうだ。僕がお腹を痛めて産んだ子だもの。
ノアジールが1歳になるまでは、王都で僕と乳母とで育てた。
僕なりに、精一杯可愛がったつもりだ。
だけど、この後、ノアジールは、将来の領主として、ジェラード領で育つことになる。
僕は、このまま王都で官僚を続けるから、ノアジールやヴァニィと会うのは、年に数回だろう。
もう子供を産めない以上、ジェラード領に行く意味はない。
悪い妻で、悪い母親だ。
でも、ごめん。
僕は、リーナとの愛に生きるって決めたんだ。
いつか地獄に堕ちるとしても、僕は、リーナだけを愛している。
こちらの話では、ローズは官僚を目指すため、経営学と植物学を飛び級科目から外しています。
その分、ヴァニィとの接点が減り、サイサリス、カトレアとの交流もありません。
ヴァニィとしては、それなりに仲の良い夫婦だけれど、妻は子供を産めなくなったことを恥じて仕事に逃避してしまったという印象です。




