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雨と竜のイストリア  作者: リキヤ
第1章 王都陥落
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1-3  第7話  妹と模擬戦

 レインは戸惑っていた。予想と現実がまったく違って理解がついていかない。


「ん? 今なんて?」

「だから……、私と模擬戦をして欲しい、んです……」


 恥ずかしそうにルミナが答える。やっとレインの理解が追いつく。


(模擬戦……、そうだよな模擬戦だよ。何を期待してるんだ俺は)


 ルミナはレインの顔色をうかがう。上目遣いでちらちらとこちらを見ている。


「ダメ……?ですか……?」

「いや、まぁ、構わないぞ」


 レインは戸惑いつつも承諾する。ルミナが屈託のない笑顔を向ける。本当に嬉しそうだ。


(あそこまで恥ずかしがるか? 模擬戦だろ? いや、俺は別に変な想像なんて断じてしていない)


 自分に言い聞かせつつ、レインもルミナに笑いかける。ルミナがほっとしたように口を開く。


「お兄様はいつもサクヤさんと訓練しているので、私とはやってくれないのではと思っておりました」

「そんなことないぞ。ただ、刀を極めるためには刀使いのサク姉じゃないとと思って」


 妹に刀を向けるのは正直嫌だ。それにルミナは近接戦闘を得意としており、魔法をあまり使わない。魔力は十分にあるのだが魔力のコントロールが苦手なのだ。魔法を思いきり使って戦うレインは少し気が引ける。だが、さすがにそれをルミナに告げることはできない。わざわざ勇気を振り絞って――勇気を振り絞るほどのことではないと思うのだが――自分から誘ってきたのだ。それを断るほど冷淡な人間ではない。


 二人はそれぞれの武器を準備し、演習場の中央で足を止め向かい合う。


「久しぶりですね。二人で剣をぶつけ合うのはいつ以来でしょうか」

「さぁな、もう何年も前だろ」


 昔を思い出すようなルミナにレインは無難に返す。ルミナはレインを見据え武器を構える。レインもそれに応じる。


(あぁ、なんか嫌だな……)


 そう思っているとルミナがため息をつく。


「お兄様……、手加減はいりませんよ。私もこの数年で強くなりましたから」


 そう言ってルミナが目を閉じる。レインもなんとか覚悟を決める。


「あぁ、分かってる」


 と答えて精神を研ぎ澄ます。ルミナが微かに動く音がする。動き出すための予備動作だ。その瞬間にレインは駆け出す。相手より先に攻めるために。


 しかし、次の瞬間、レインは三つの大きな間違いに気付く。一つ目は魔法で攻撃しなかった事だ。近接戦闘が得意なルミナに対し近接攻撃を仕掛けるのはあまりに分が悪い。二つ目は自分からルミナの間合いに入ったことだ。相手の体勢が万全である状態に自分から突っ込んでいくことはかなりの実力が無い限り、あまりにも危険である。さらにルミナの左手には盾が握られている。刀一本のレインは盾で受け流された場合、次の攻撃を防ぐことが難しくなる。そして三つ目はルミナ・ファルサラームの実力を甘く見ていた事だった。


 レインの一撃は、やはりルミナが盾で受け流す。レインは防御のために刀を自分の方へ戻そうとする。だが盾でうまく遮られる。力を入れても刀は動かない。そして、ルミナは剣を外側から内側――レインが力を入れている方向と同じ向きに振り抜く。盾と剣から力を受けた刀は回転し、レインの手から離れる。そしてあっけなく地面に落ちる。拾うことができないようにその刀をルミナは踏みつける。


「手加減はいりませんと言ったはずです」


 ルミナは眉一つ動かさずに続ける。


「お兄様の本来の戦い方は今のものとは違います。もう一度お願いします」


 そう言って地面の刀を拾い上げる。そしてレインの方を向く。


「私はお兄様と戦えるのを楽しみにしていたんです。次、手を抜いたら許しませんから」


 そう言ってルミナは刀を手渡す。レインは呆然と受け取る。ショックを受けていた。


(負けた……。妹に……)


 レインはルミナのことを甘くはみていたが攻撃自体には手加減はしていなかった。サクヤとやるときと同じ威力だったはずだ。


 ルミナの方を向き、目を見る。確かに、ユリウスの攻撃を受け止めていたことを考えれば、レインの攻撃が受け流されることなど当然である。

 レインは認めざるを得なかった。近接戦闘においてルミナはレインの遥か上にいると。


「わかった。次は負けない」


 レインはルミナに言い放つ。ルミナも笑顔に戻る。


「お兄様が本気なら私も加減はできません。次はケガをしても知りませんよ」

「お前こそな」


 二人は構える。レインがルミナに勝つためには、出来るだけ近接戦闘に持ち込まないということが重要になる。レインはそのための作戦をめぐらせる。二人の動きがピタッと止まる。先程とは空気の張り詰め方が段違いだ。


 二人の呼吸が重なる。息を吐き終えた瞬間に動いたのはルミナだ。一歩で大きく間を詰められる。すぐに一撃目だ。


 ガキィンと大きな音が響く。レインはかろうじて受け止めている。殴られることのないように盾を蹴り飛ばし、二人の間にスペースを作る。


「我、風を司らん、ゲイル」


 ルミナが次の攻撃を仕掛けるが、短い詠唱の下位魔法の方が早い。強い風が吹きルミナが後ずさる。


「我、透明に輝きし氷柱となりて貫かん、グレイシクル」


 レインの周りに氷の槍が五本生成される。それらがルミナに向かって放たれる。


「お兄様はやはりこうでなくては……」


 ルミナは微笑みながら盾を使って一本目の槍の軌道を変える。空中で回転しながらその遠心力を用いて二本目を両断する。三本目、四本目を華麗に避け、五本目には盾を用いて突撃し、打ち砕く。


 砕けた氷が少し視界に舞う。視界が悪い。ルミナはレインの姿を探す。


「シロガネ流剣術、野薊(のあざみ)


 ルミナの背後から声が聞こえた。とっさに盾を出すが、レインにはそれも想定内だ。身体を回転させての大振りの一撃が盾をとらえる。


(くっ、弾かれる……)


 レインの一撃でルミナは吹き飛ぶ。何とか受け身を取り、壁にぶつかる前に止まる。レインは追撃を仕掛けない。


「……まだまだですよ」


 立ち上がりながらルミナは言った。そして、おもむろに詠唱を始める。


「汝、我が魔力をもって我に加護を与えん、アシュテル」


 ルミナの体が光に包まれ、そして体の中に光が引き込まれる。レインは少し驚いた顔をする。


「魔力コントロールを精霊に任せるとは考えたな」


 レインは感心する。ルミナはレインを見据えて言った。


「お褒めいただけるのはうれしいのですが、今はそんな暇はありませんよ」


 次の瞬間、ルミナの斬撃がレインの右に飛んでくる。スピードが先程とは全く違う。なんとか受け止めるがパワーも桁違いだ。さらに盾で腹部を強打される。たまらず吹き飛ぶ。さらに、飛んでいる上からルミナの追撃が襲いかかる。一撃を防ぎ、剣を弾いた。が、次は蹴りだ。さすがに防げない。


「ぐはっ……」


 肺の空気が持っていかれる。レインは地面に突っ伏す。ルミナは剣を拾いに行く。レインは何とか立ち上がるが次の攻撃を凌ぐのは難しいだろう。


「私の勝ちですね」

「兄、として……それは譲れないな……」


 何とか声を絞り出しレインが微笑む。剣を拾おうとしたルミナがガクンと膝をつく。そのまま地に這うかたちになる。


「闇の……、重力魔法だ。身体能力を上げたとしても簡単には動けないだろ?」


 そう言いつつレインは歩き出す。ルミナは地面に這いつくばったまま動けない。まるで何かに押さえつけられているようだ。


「いつ……詠唱を……したのですか……?」

「お前の精霊魔法と同じタイミングだ」


 答えてレインは魔法を解き、ルミナに手をさしのべる。

 そう、先程ルミナを弾き飛ばした後、レインは追撃をせずに詠唱をしていたのだ。


「まぁ、そのあとになかなか効果範囲に入ってくれないからヒヤヒヤしたけど……。何とか剣をその中に弾き飛ばせてよかったよ」

「してやられました……」


 レインの説明にルミナは悔しそうに答える。


「だが、まぁ、運がよかったおかげだな。ほんと、ルミナは強くなったな」


 ルミナの頭をなでてやる。ルミナはとろけそうな笑顔になる。


「ありがとうございます。でも、やっぱり私のお兄様は強かったです」


 と言ってルミナはレインに熱っぽい視線を送る。また妙な雰囲気になってもまずいのでレインは慌てて話題を変える。


「それより、精霊魔法なんて一昔前の魔法をよく知ってたな」

「それは、ローレンが教えてくれました。私でも安心して使える魔法があると」


 精霊魔法。それは自分の中の魔力を空間内に存在している精霊に受け渡すことにより、その場所にいる精霊が魔法に変換してくれるというものである。主に魔法の属性は術者によって異なる。今回の場合で言えばルミナは補助系の魔法のようだ。場所によって効果の大小が左右されるため、あまり実用的ではないとされているが地形によっては絶大な効果を発揮する。


 確かにこの魔法ならコントロールが苦手なルミナでも安全に使える。


「ローレンも流石だな」

「はい、おかげでお兄様に褒められました」


 レインは心の中でローレンに謝る。

 ルミナはレインの手元をみている。レインは尋ねる。


「どうした?」

「ブレスレット……つけてくれてるなぁって思って……。ルミナって星の光っていう意味なんです。だから星の装飾をしてもらって……」


(何かおかしくないか? 結婚記念日に自分の名前にゆかりのあるものをプレゼントしたのか?)


 理解が追いつかないレインの顔を見てルミナは微笑む。そして続ける。


「いつでも私がついてますって事です。私はいつでもお兄様とお姉様のそばにいます。お二人の幸せを願っています。お姉様もとてもいい人で大好きです」

「ルミナ……ありがとう」


 ルミナがこんなに考えてくれていたとはとレインは心から感謝する。ルミナも大人になったなと思っていると突然ルミナの口調が変わる。


「まぁ、でも……、たまにはお兄様を貸して欲しいですし、あまりにも目の前でイチャイチャされると邪魔したくもなりますけど……」


(大人になってなかったー! てか、貸してほしいって俺は物かよ)


 レインは笑うしかなかった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



 演習場からの帰り道、ルミナは心配そうに言う。


「外に出られた騎士団の方々、帰ってきませんね……」

「たいしたことじゃないといいけどな」


 そういえば城の中の警護をしている団員も見当たらない。祈りながらも心配は募っていく。それが顔に出ていたようだ。


「心配しなくても大丈夫です。騎士団の方々はとても頼りになりますから」


 ルミナが励ましてくれる。確かにそうだとは思う。だが、嫌な予感は増してくる。


 そうこうしているうちにレインの部屋の前に着く。


「では、お兄様! 私も部屋に戻りますので……。今日はありがとうございました。お姉様にもよろしくお伝えください」

「あぁ、こちらこそ楽しかったよ」


 ルミナは笑顔を向けると角を曲がって見えなくなった。


(なんなんだ。この胸騒ぎは……)


 依然、嫌な予感は変わらない。ドアを開けようとしたとき、廊下を歩く音が聞こえてきた。


(なんだ? 俺たちの後に誰かついてきていたのか?)


 振り返るとそこには紫の髪の男が立っていた。レインは目を見開く。


「わざわざ出向いたというのに挨拶もなしとは随分つれないじゃないか」


 男の言葉には敵意は感じられない。だがレインは身構える。


「久しいな、レイン・ファルサラーム王子様」



今回も最後までお読みいただきありがとうございます。


ルミナちゃんを少し強くしすぎた感じがあります(笑)

ここからみんなを強くするのが大変そうです。


ついに不穏な空気ですね。

暗くなっていきそう……


感想などお待ちしてます。

では、今後もよろしくお願いします。

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