1-1 第5話 騎士団長と一周年
ファルサラーム王国最後の一日、その始まりはいつもと変わらない普通のものだった。特別な日ではあったのだが。
朝の光が窓から差し込む。王国の城の一室の大きなベッドでレインは目を覚ます。隣には黒髪ロングの少女が気持ちよさそうに眠っている。ほほに人差し指を押し付けてみる。それでもまだ寝息を立てている。レインは微笑みながら起き上がる。
清々しい朝だ。着替えを済ませる。
棚の引き出しを開けると、きれいに包装された小さな細長い箱がある。チラッとベッドの方を振り返る。引き出しをしめ、部屋から出て行く。
城の門までくると、金髪の男が眠そうに壁にもたれかかっている。こちらに気付き、近づいてくる。
「レイン様、おはようございます」
キリッと態度が変わり、挨拶をしてきた。先ほどまで眠そうだったのが嘘のようだ。鼻あたりに傷があり、見た目はまさに歴戦の勇士といった感じである。
「おはよう、ユリウス。早くから悪いな」
「王子様の言うこと聞くのも私の仕事の一つですので」
そう言ってユリウスは門の一角に描かれた魔方陣へ向かう。レインも急いでその後を追う。二人ともその上に乗ったのを確認してユリウスは移動魔法の詠唱を始める。
「我、魔の加護の下、数多の地を訪れる旅人とならん、ディプラ」
詠唱に足元の魔法陣が反応する。この魔法陣は魔力の消費を抑える効果がある。移動魔法には多量の魔力が必要となるため使用が不可欠だ。一部使わなくても平気な者もいるのだが。
ユリウスが詠唱を終えると魔方陣が光り出す。そして景色がゆがんでいく。数秒後、二人は荒野にいた。まわりに建物はなく、人の気配どころか動物もいないようだ。
「ここならレイン様がむちゃくちゃしても大丈夫でしょう」
ユリウスが笑いながら言う。ムッとしてレインが答える。
「なんだよ。俺が手の付けられないやつみたいじゃないか」
「その通りでしょう? 今日は何をなさるんですか? まさか、最上位魔法ですか?」
ユリウスは笑いながら尋ねる。冗談のようだ。だが、レインは胸を張る。
「そのまさかだ。雷魔法の最上位魔法を試したい」
「……レイン様は本当に魔法の覚えが早いですね。私がレイン様の歳だったころは上位魔法を使える程度でしたが……」
そう言いつつ、ユリウスからは先程の余裕は消える。レインが精神を集中する。
「いつでも来てください。本気で、加減しなくても大丈夫です。暴発しても私が押さえ込みますので」
そう言ってユリウスも構える。二人の間の空気が張り詰める。レインが詠唱を始める。
「我、天に仇なすものに裁きを与える者なり。雷光迸る神具を用いて我が対手に審判を、ディオ・ライトニング」
詠唱後レインのまわりにバチバチと放電が走る。それらは徐々に形を成していき、雷から成る巨大な三又の矛が現れる。そして、ものすごいスピードでユリウスへ向かっていく。
「……想像以上ですね……」
苦笑しながらそう呟いた直後、詠唱を開始する。
「我、汝と契約せし者なり。三つに分かれし頭を持つ地獄の番犬よ! 出でよ、カイオス」
ユリウスの背後に炎の扉が出現する。その扉を突き破って、三つの頭を持つ漆黒の犬――ケルベロスが現れる。すぐに赤い目で雷の矛を見据える。
〈任せよ〉
カイオスは一言告げると、矛がユリウスへ到達する直前にその軌道上の空気を引っ掻いた。いや、空間を引き裂いたというのが正しいのかもしれない。その場の空間が歪み、矛の軌道は大きくずれる。そして、ユリウスから大きく外れた地点に突き刺さる。その瞬間、雷が迸り、大きく砂埃が舞う。
「いや、思った以上の魔法ですね。普通あんな威力にはなりませんよ」
ユリウスは砂埃の方を見る。砂埃がはれるとそこには大きなクレーターができている。
「お褒めいただき光栄です。ユリウス・バルサルム騎士団長」
疲れたように笑うユリウスにレインは、けろっとした顔で返す。
「それにしても、ケルベロスの力ってすごいなぁ。いいなー、契約獣、俺も欲しいなー」
「レイン様もそれほどの魔力があればかなり上位の者と契約することができますよ」
ユリウスはレインにそう告げる。嘘はない。実際に十分な魔力さえあれば契約は可能である。魔力が足りないと契約すらすることができないのだ。
カイオスに近づいていき、レインはカイオスをなでる。
〈我に気安く触るな。我は地獄の番犬であるぞ。お前が如何に身分の高い者であろうと我には関係ないのだから〉
「強いくせにケチなやつだな」
カイオスと話すレインを見ながらユリウスは笑っている。
「そろそろ戻りましょうか。朝食の時間に遅れてしまいます」
「そうだな。帰りは俺の移動魔法で……」
そう、レインは魔法陣なしで移動魔法が使える数少ない者の一人だ。それほどの魔力を持っている。
ユリウスがカイオスを戻す。レインの移動魔法で共に城へと戻る。
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レインは静かに自室のドアを開けてみる。そこには上下とも白の下着姿の黒髪の少女がいた。長い髪が背中にかかっている。レインは何食わぬ顔で話しかける。
「おはよう。もう起きてたのか」
「おはよう、レイン。また、朝から特訓かしら?」
少女の方も恥ずかしがるそぶりも見せずに着替えを続ける。レインは横を通り過ぎベッドに腰掛ける。
「それが女の子の下着姿を見た時の反応かしら?」
「何を今更……」
「まぁ、それもそうね」
着替えを終えると少女はレインの隣に座る。おもむろに肩に頭をのせる。
「コトネ……。どうかしたか?」
「……。なんでもないわ」
コンコンッとノックの後に朝食ですと言う声が聞こえた。
「はい! どうぞ」
そう言ってコトネがレインから離れる。すると、ドアが勢いよく開く。
「「結婚一周年おめでとう!!」」
と、いきなり銀髪の二人が部屋に押しかけてくる。一人は短髪の少し子供っぽさが残る中年男性。もう一人はいかにもやさしい母という雰囲気の女性だ。レインとコトネはあっけにとられた顔をしている。
「おぉ、いい顔をしておるな」
「ホント可愛いんだから」
レオン・ファルサラーム国王とサラ・ファルサラーム王妃が笑いながら言った。二人とも美しいエメラルドグリーンの瞳をしている。
「国王様、王妃様これは……?」
コトネはまだ驚いた顔のままだ。レオンはいたずらが成功した時の子供のような笑顔を浮かべている。
「お前たちのことだから地味に過ごすんじゃないかと思ってな。だからといって一周年で式典をやるわけにもいかぬ。だから、城の皆で祝おうと思ったわけだ」
「ホントこういうの好きだよな、父上は」
うれしそうに話すレオンにレインが返す。本当にこの人達は子どもには甘いのだ。
「本当にありがとうございます」
やっと理解が追いついたコトネはうれしそうに、そして少し照れながら礼を言う。
「とりあえず、一緒に大広間まで来てくれるかしら? 皆が待ってるわ」
四人で大広間に向かう。レオンが説明してくれる。
「皆が揃うのが朝しかないということでな。少し早いがお祝いしようとなったのだ」
「いや、朝は早すぎるだろ!」
父の言葉にレインが返す。コトネは笑っている。その笑顔を見てレインは思う。
(まったく、幸せ者だな、俺たちは)
大広間に着くとガヤガヤと声が聞こえる。なかなかの人数のようだ。
国王と王妃がノックして扉を開ける。
「「レイン様! コトネ様! 結婚一周年おめでとうございます!!」」
息を合わせての祝福。拍手と歓声があがる。見渡してみると城に仕えるもの、騎士団の面々などがいる。言葉の通り、この城の者達が一堂に会しているようだ。豪華な食事も並んでいる。
「どうだ? どうだ?」
国王は子どものようなキラキラした目でこちらを伺っている。
「本当にありがとう。うれしいよ」
心からそう答えた。父も母もよろこんでいるようだ。隣に目をやるとコトネもこちらを見て笑った。目の端に涙が見える。
「おぉ、泣いてくれる程嬉しかったのですか。それはこちらとしてもうれしいかぎりです」
「涙を流すコトネ様もお美しいです。本当におめでとうございます」
ユリウスが近づいてきて言った。その横にはサクヤだ。二人とも騎士団の正装をしている。
「ユリウス、知ってたのか?」
「当然です!」
レインの問いにユリウスは笑顔で答える。どうやらそれを知っていて朝の特訓を早く切り上げたようだ。
「本当にありがとうございます。ユリウス様、サクヤ様」
笑顔でコトネが礼を言う。ふと、サクヤが不敵な笑いをする。
「よろこんでもらえるといいですね」
そう言ってユリウスをつれて離れていく。なんのはなしだとかなんとか聞こえてくる。
「な、何のことだろうね?」
「さ、さぁな」
二人の会話がおかしいが、それに気付く余裕もないようだ。そんな中、銀髪の少女が近づいてくる。ショートヘアでエメラルドグリーンの澄んだ瞳をしている。
「おめでとうございます! お兄様! お姉様!」
笑顔でルミナ・ファルサラームが祝福してくれる。そして、背中に隠していた二つの箱をふたりに手渡す。
「私からのお祝いです! 気に入ってもらえるといいんだけど……」
「ありがとう。ルミナちゃん」
少し照れくさそうなルミナにコトネが笑いかける。ルミナも笑い返し、レインに向き直る。
「お兄様は……うれしい……?」
「うれしいよ。ありがとな」
ルミナの頭をなでてやる。とてもうれしそうに笑ってユリウスの方へ行ってしまった。ふと横をみると、コトネがこちらをみて微笑んでいる。
「ほんとにあの子はあなたが大好きね。大丈夫? ちゃんとお兄ちゃんでいられる?」
イタズラっぽく笑いながらコトネが問いかける。少しムッとした顔でレインが答える。
「どういう意味だ? 俺が妹に欲情するような奴に見えるのか?」
「あんなに可愛い妹ならわからないでしょ。あなたもあなたで甘いしね。まぁ、ふたりともいい子だけど」
そう言って笑いかけてくる。レインは言いにくそうに答える。
「俺が好きなのはお前だけだ……、って恥ずかしいこと言わせるなよ!」
「ありがとう。ふふっ、照れてる、照れてる。私もだから安心してね……」
「……あぁ」
コトネはレインに身を寄せる。その姿を遠くから国王と王妃がニヤニヤしながら見ている。
「若いっていいわね。ほんとかわいい」
「あぁ、ほんとにコトネちゃんはかわいいよなー」
「え?」
「ん?」
空気が凍り付いた。
宴会も終わり、皆が解散していった。緑の髪の賢者が通りすがりに言った。
「お二人とも、お幸せにね! レイン、また後でね」
そのまま通り過ぎていった。レインは呟く。
「ローレンにも幸せになってほしいけどな」
「それはあなたのせいで難しいかもしれないわね」
「………」
コトネの言葉に返す言葉はなかった。ローレンの幸せを心から願っておこう。
幸せな時間だ。こんな時間がずっと続くと思っていた。この時はまだ……。
今回も読んでいただきありがとうございます。
初めましての人は初めまして! リキヤです。
暗くなる第1章といいましたが明るいですね。まだ……
とりあえずついに第1章の1話目です。
これからも読んでいただけると嬉しいです。
感想などお待ちしております。