0-4 第4話 信頼と仲間
レインとサクヤは二人で森の中の道を歩いている。サクヤがこちらを伺う。
「レイン様、お話は済みましたか?」
「あぁ」
サラームの声は他の人には聞こえない。サクヤにはレインが一人で話しているように聞こえるのである。だが、サクヤはその辺もしっかり理解してくれている。
二人は部隊の皆のもとへ向かう。皆は無事のようだ。これもエリエルのおかげなのだろう。レインは安堵のため息を漏らす。
一人の隊員がレインたちに気付く。目つきの悪い、長髪の青年だ。
「少将! 無事か?」
「あぁ、ミツキ、おかげさまでな」
その声に気付いて他の皆もやってくる。
「心配したんですから……」
「俺もっすよ! ってか、魔法つかってるじゃないっすか!!」
ユズハとカケルが駆け寄ってくる。二人ともとても心配してくれていたようだ。
それを見てサクヤが言った。
「お二人はレイン様をとてもお慕いしているのですね」
「サク姉、本人の前で恥ずかしいこと言うなよ」
照れるレインに三人が笑いかける。レインがどうしていいか困っているところにミツキが割り込んできた。
「てか、少将! もう一人の少将が起きたらしいぞ」
レウスの方をあごで指しながらミツキが言った。そこにはエリエルに介抱され意識を取り戻したレウスの姿があった。
「あぁ、ありがとう」
そう言ってレウスのもとへ向かう。エリエルはこちらに笑顔を向けると他の負傷者のもとへと行ってしまった。レインに気付いたレウスが声をかける。
「救援感謝するよ」
「お前は何度言ったら分かるんだ……」
レインはレウスの言葉には答えず、呟く。レウスは気にすることもなく冷静に切り返す。
「あの場での最善の判断だ。俺はそれに従っただけだ」
「一人で残ることがか? ヒーロー気取りもいい加減にしろ!」
レインは声を荒げる。レウスもさすがに冷静ではいられなかったようで声を荒げて言い返す。
「逃げながら人任せで戦っているお前にはわからんだろうよ!」
「なんだと……」
今にもつかみかかりそうなレインの前にサクヤが割り込む。まわりの者たちが二人の方を心配そうに見ている。
「ふたりとも部下の前でやめなさい!」
二人は目を伏せる。レインはこぶしを握り締める。
「死んだら……だめだろ……」
レインは周りに聞こえない程度の声で呟く。サクヤは目を伏せて頷く。
「確かにその通りです。ですが、結果としては全員無事でした。レイン様の言い分も分かりますが、レウス殿の判断も理解できなくはありません。この経験を今後の判断材料にしていただければと思います」
そう言ってサクヤは一人で拠点へ戻っていく。隊員達が緊張した面持ちで二人をみている。さすがに悪いことをしてしまったと思う。
「すまない。お前たちは先に戻っていてくれ」
レインが命じると第四部隊も拠点に戻っていく。気まずい雰囲気の二人が取り残された。沈黙が重い。レインが口を開く。
「さっきはすまなかった。その……、少し言い過ぎた」
「いや、確かにその通りだと思う節もあるからな」
二人はお互いに申し訳なさそうな顔を向けている。レウスは続ける。
「ヒーロー気取りか……。死んでも守るのは正しくねぇってのは分かってるつもりなんだがな」
その言葉にレインの胸が痛む。正しくないと否定するのは簡単だ。死んでほしくないのだ。実際に生きている者が相手であればレインは否定しようとするだろう。だが、そうやって死んでいった者たちを否定することはレインにはできない。そのおかげで今こうして生きているのだから。
レウスは上を向いている。悔しい気持ちは抑えられないようだ。その顔を見ながらレインは言った。
「守りたいなら、強くなるしかないよな、ヒーロー気取り少将」
レインがレウスに笑いかける。レウスが一瞬にらんでくる。が、少し間をおいてレウスも笑い返す。
「お前もだろ、人任せチキン少将!」
「ちょっと、それは酷くないか?」
二人の笑い声が夕方の空に響く。しばらくして、二人は立ち上がり、皆の後を追った。
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六人が部屋に集合している。皆黒い制服を着ている。軍の会議だろうか。レイン、エリエル、サクヤにレウスも出席している。奥に座っている侍のような男が口を開く。
「本日の襲撃だが、この機械が原因ということは、帝国の仕業で間違いないだろう」
そういって、机の上の先程サクヤが両断した蜘蛛のような機械を指す。どうやらミノタウルスはこの機械によって操られていたようだ。
「重要なのはファルサラーム王国の襲撃と同じ手口ということです。あの時とは魔獣のランクが全く違いますが……」
緑の髪をした少年が付け加える。大きな目に美しいブルーの瞳だ。緑の髪には緩くパーマがかかっており柔らかな印象を与える。なかなかの美少年だ。
「そして、イブキ様がおっしゃったとおり敵は明確です。つまり、この場所も突き止められているでしょう。もう安全ではないって事ですね……」
「ちょっと待った! もし、ローレンの言うとおりなら何故帝国が自分達で来ないんだ?」
緑の髪の少年――ローレンの言葉にレインが口を挟む。
「ん~、たぶん、私たちは放っておいても王国を奪還しに来るって確信があるんじゃないかな」
答えたのはエリエルだ。
「確かにそうだな。だとしたら我々が王国へ戻るのは得策では無いのでは?」
レウスが意見を述べる。空気が重い。皆が沈黙する。しばらく続いた沈黙を破ったのはレインだった。
「なにがなんでも、行かなきゃならないんだ……」
絞り出すような声でそう言った。
「お願いします。力を貸してください」
必死に頭を下げる。見かねたサクヤが口を挟む。
「確かに帝国の本隊がここへ来る事はもう無いでしょう。しかし、属国と戦争にならないとも限りません。これはあくまで私の見解です。最終判断を下すのはあなたです。国王、イブキ・アカツキ様」
イブキに注目が集まる。張り詰めた空気の中、重い口を開ける。
「国家を私情で動かしてはいけないのは重々承知だ。だが、やられたままで終わるわけにはいかぬ」
イブキはレインの方に目を向ける。厳格な顔つきのせいか睨んでいるようにも見える。そして力強く続ける。
「私自身もレインと同じく家族を失っている。これ以上奴らの好きにさせてなるものか!」
闘志を燃やすイブキの言葉に皆が応える。その言葉にレインの顔がパッと明るくなる。
「本当にありがとうございます! ありがとうございます」
レインは皆に頭を下げる。サクヤも隣に立ち、共に頭を下げる。
「心は私もレイン様と同じです。そして、彼も……」
顔を上げるとローレンも頭を下げている。レインは目頭が熱くなるのを感じる。
「一人で抱えないで下さい、レイン様には私たちがついております」
サクヤが囁く。レインは頭を下げ続けた。
解散後、イブキがレインの脇を通り過ぎながら言った。相変わらず鋭い目つきで前を見ている。
「コトネの仇は俺が討つ」
言葉を返す暇もなかった。イブキは颯爽と歩いていく。部屋にはレインとローレンだけが残った。おもむろにローレンが口を開く。
「やっと戻れるんだね。絶対にルミナ達を助けようね」
「あぁ、ありがとな。人の妹の心配してくれて。まぁ、それだけじゃないんだろうけどな」
レインは笑みを浮かべて答える。ローレンはすぐ反応する。
「そんなんじゃないよ……。ほんとに、もう……。そんなこと言ってるような場面じゃないと思うんだけどな」
言葉に反して慌てるローレン。全く分かりやすいやつだ。
「ルミナもユリウスも必ず助け出す。この国のやつらも全員生きて王国奪還だ」
「それは本当に難しい話だね……。でも、僕も精一杯頑張るからね。期待してるよ。レイン・ファルサラーム王子様」
ローレンは笑顔でその名を呼んだ。ピクッとレインが反応する。そう呼ばれるのもいつ以来だろうか。
「やめろよ。俺はもう王子じゃない。それより、俺もお前に期待してるぜ。ローレン・マーリン司令官」
二人は笑顔だ。その姿を影からサクヤが見つめる。
(必ず全員助け出します。そしてこの命に代えてでもレイン様は守り抜きます)
様々な思いが交錯している。だが目指す場所は皆同じだ。
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今夜は月がきれいだ。そんなことを思いながら家までの道を歩いていると頭の中に声が響く。
《我もついておる。忘れるでないぞ》
レインは微笑む。近くに手頃な岩を見つけて座り、目を閉じる。意識の深くへと落ちていく。
気付くと城の中の一室のような空間にレインはいた。銀髪の細身の女性がベッドに座ってこちらを見ている。女性と言っていいのだろうか。頭から角が生えている。レインが話しかける。
「忘れられてると思って寂しかったのか?」
「ぬしは誰に口をきいておるのだ?」
サラームはさらりと答える。レインは冗談だよと笑う。そして深刻な顔つきに変わる。
「お前もあの事件の当事者なんだ。忘れるわけがないだろ?」
レインはサラームの目を見て言った。サラームはうつむいたまま答えない。レインは続ける。
「これから戦闘が増えてくると思う。苦労かけるがよろしく頼む」
レインは頭を下げる。サラームはレインの顔を両手で無理矢理上げる。
「やめよ、ぬしと我の仲ではないか。それに、我は弟を、ぬしは妹を助けたいという目的のもとで動くのだ。立場は対等であろう?」
サラームは優しく笑いかける。そしてレインの目をまっすぐ見つめる。
「我からもお願いしよう。共に戦ってくれ」
サラームは手を差し出す。レインは微笑む。そして、その手を握った。
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レインは部屋に戻り、シャワーを浴びる。着替えを済ませ、ベッドに倒れ込む。
(さすがに疲れたな。すぐに眠れそうだ)
すぐにレインは眠りに落ちた。
「レイン。レインったら……」
優しい声が聞こえる。目を覚ますと黒髪の美しい少女がこちらを見ている。
「コトネ……」
起き上がるがコトネとの距離は変わらない。むしろ広がっていく。起きて駆け出すがどんどん離れていってしまう。
「いやだ! コトネ! 待ってくれ……」
言葉に反してコトネの姿は見えなくなる。すると右側に扉があることに気付く。
「コトネ? ここにいるのか?」
恐る恐る扉を開ける。ギィーという音とともに扉が開く。
「う……」
目の前に広がっていたのは赤い部屋。床一面が赤く染まっている。そして床には赤い液体が広がっている。そこには銀髪の男性と女性の姿があった。
「嘘だ……。やめろよ……、やめろおおおおー」
気付くと辺りが暗い。見回すが、だれも倒れてはいない。家具の少ないシンプルな部屋だ。どうやら自分の家のようだ。
「夢……か……」
レインは乱れた呼吸を整えようとする。だが、動悸はなかなか収まらない。すると扉をノックする音が聞こえた。
「ど、うぞ……」
心配そうな面持ちのエリエルが入ってくる。声が隣の家まで聞こえていたようだ。心配して駆けつけてくれたのだろう。
「大丈夫?」
「すまない、起こしたか? ちょっと悪い夢をな……」
頭に手を当てながらレインは答える。体が震えている。
「あの日の……?」
エリエルの質問にレインは頷く。抑え込もうとしても震えがとまらない。息も荒くなる。
ふいに背中に温かさを感じた。包み込むような温かさを。
「ひとりじゃないよ。私たちがいるから」
エリエルが後ろから抱きしめてくれているようだ。心なしか安心する。震えも収まってゆく。
「もしよければ、私に話してみる? 少しは楽になるかもよ? まぁ、話したくない内容だとは思うけど……」
エリエルが優しく聞いてきた。強制ではない。彼女なりの気遣いを感じる。
「聞いてて気持ちのいいものじゃないぞ」
「大まかにはサクヤさんに聞いたから分かってるよ。でも、大丈夫。私も一緒に背負うから」
エリエルが優しく笑いかける。
「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな……」
レインは語りだす。
ここからはファルサラーム王国の襲撃事件について語っていこう。時間を少し巻き戻す。
こんばんは! リキヤです!
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ついに第0章終わりました!! 序章を一話ではまとめきれずにこんな形になってしまいました……
次は第1章です。途中からシリアスすぎる展開になってしまいます……
書いてて辛いです。
まだまだ拙いですがブックマークや評価してくださると励みになります。
これからもよろしくお願いいたします。