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雨と竜のイストリア  作者: リキヤ
第3章 軍事国家新大和
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3-10 第39話 絆と涙


 これで正しい。今はそう思えた。リハンは倒れているリョウエンの姿を見つめていた。


「おい、大丈夫か?」

「あぁ……」


 レインの声にリハンが返す。ようやく落ち着いたようだ。


「で? こいつはどうするんだ?」


 レインはリョウエンを指さしてリハンに尋ねる。


「考えていなかった……。とりあえず、王は辞めて貰うとしよう」


 従者達は目の前で起こったことにただ呆然としていた。そんな彼らにレインが声をかける。


「とりあえず、こいつを運ぶのを手伝ってもらえるか?」


 一応王だった者だ。床に倒しておくのは違うような気がして従者に部屋まで案内して貰いそこに寝かせる。外側から鍵をかけて出られないようにしてもらった。とはいえあの程度の者が逃げたところで特に何もないだろうが。



 そのあとのリハンの対応は早かった。軍の撤退、兵士達の治療等を済ませ、国内に大和の者達を招き入れた。町の人達も歓迎ムードだった。リョウエンが王になってからは外から人が来ることなどなかった事も関係しているらしい。


 さすがに町の中に大和軍全員が泊まれるような大きな宿屋はなかった。だが、宿に入れなかった者達も国民達が自分の家へと招いてくれたのだった。


 日も落ちて夜になった。町は依然として賑やかだった。そんな通りを抜けてレインは門から出た。すると影から大柄の男が歩み出る。イブキだ。浮かない顔をしていた。


「ごめん、待たせた」

「別に構わない……」


 イブキの返答はどこかぎこちない。二人きりで話すことなどレインとコトネの結婚式の時以来だった。


「勝ったってのに浮かない顔だな……」

「この勝ちは俺の手柄じゃないからな」


 イブキは少し自虐的にそう言った。完全に自分の命令を無視された上での勝ちなのだから。それでもレインに対する怒りなど微塵もなかった。自分たちだけでは得ることのできなかった新しい勝利を手に入れたのだ。ただ純粋にレインのことをもっと知りたいとそう思った。


「お前は……親が殺されたときどうだったんだ?」


 イブキがふいにレインに問いかけた。レインは遠くを見ながら話し出す。


「どうも何も、発狂して倒れて起きたら次の日だった。すぐには受け入れられなかったよ。その後も現実から逃げ続けてた」


 イブキは真剣に聞いている。少し間をおいて口を開く。


「コトネは……」


 イブキの質問はそこで途切れた。これ以上の言葉が出てこない。言葉に出したら事実だと認めた事になりそうで、居ないとは分かっていてもコトネが居なくなってしまうのではないかという恐怖に襲われる。


 ザザッと砂の上で動く音がした。顔を上げるとレインが頭を下げていた。


「俺の責任だ。守り切れなかった。謝って済む問題じゃないのは分かっている。でも、今の俺にはこれくらいしか出来ない」


 イブキは驚く。このやり取りは2回目だった。レインたちが大和に来たときに1度、イブキとタケルに対してレインは土下座で詫びたのだ。その時は悲しみと怒りでなにも思わなかったが、今考えると目の前で愛する人の命を奪われた者の悲しみは計り知れないのではないだろうかと考えずにはいられなかった。その者が死を防ぎきれなかったことに頭を下げているのだ。


「やめろ、命令だ」


 イブキの言葉にレインは静かに頭を上げる。先程待ち合わせに来たときの明るい表情はもうない。しっかりと前を見据えている、それでも少しの悲しみが残った顔がそこにはあった。


「約束は覚えているか?」


 イブキがレインの目を見つめる。あの日の夜と同じ真剣なまなざしだ。妹のことを想う兄のまなざし。


「当たり前だ。忘れたことはない。だが、守れなかった……」


 申し訳なさそうにレインはそう言った。


「いや、お前ならもう一つは守れただろうさ……。死に方からいって最高とは言えないだろうがサクヤから聞いたよ。コトネはお前といて幸せだったらしいな」


 レインは顔を上げた。そこには優しい顔を向けるイブキの姿があった。


「ありがとうな」


 その瞬間、レインの抑えていた感情が涙となって溢れだした。右手は二つのロケットを握りしめる。レインはあの日以来一度も泣いていなかった。コトネの兄であるイブキにやっと受け入れてもらえた気がした。コトネの死に対してやっと涙を許された。そんな気がした。


 イブキはそんなレインの背中に手をやる。レインが落ち着くまでそうした。


 その2人を遠くで見つめる姿に2人は気付かなかった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



 イブキと別れ、レインが町に戻るや否やカケルが駆け寄ってきた。


「あぁ、どこ行ってたんすか? 探したんすよ……」


 首をかしげるレインにカケルは続ける。


「リハンさんが探してたんすよ。たぶんもう家に居るっすよ」

「あぁ、すまんな。ありがとう」


 レインはリハンの家で世話になることになっていた。時間も遅いため心配しているのだろう。


「うっす! 俺は宿屋に戻るっす!」


 レインはカケルと別れてリハンの家へと向かった。




 リハンは椅子に座っている。シンプルな家具が並んでいる。テーブルには2人分の食事が準備してあった。リハンは考えていた。


 レインと戦っていたときに遠くに見えたあの姿は見間違えようがない。だが、なぜあのような場所に居たのだろうか……。


「すまない。遅くなった」


 考え込んでいたため扉が開く音に気付かなかったようだ。レインが戻ってきていた。


「こちらこそ出迎えもなく失礼した。何もないところだがゆっくりしてくれ」


 と言ったものの、風呂も食事も寝床も全て準備してあった。リハンが負った傷はレインからの最初の一撃だけなので体はほぼ万全とはいえ戦闘の後始末で駆け回っていたはずだ。それでここまで準備してくれていたのだ。


「たいしたことはない。君の宿舎をここに割り当てたのは我自身だ。我が話したかったというただのわがままでしかない」


 レインの考えが表情に出ていたようだ。リハンは気を遣う必要はないというようにレインが座る椅子を引く。


「何から何までありがとう」


 レインはその椅子に座る。リハンも席に着く。


「不思議なものだな。先程まで戦っていたものと食卓を囲むとはな」


 笑いながらリハンはレインに食事を勧める。お言葉に甘えて食べてみる。とても美味しかった。


 様々な話をした。レインが大和軍に入ることになったいきさつやそのあとの話。サラームとの契約についてはとても興味を持ったようだった。レインの話だけでなくリハンの話も聞かせてくれた。出身地の話や魎についての話などだった。


「何故、君は敵を殺さないんだ?」


 リハンがレインに質問する。リョウセイにも聞いたことはなかった。だが、敵を殺さない、最前線で戦うなどの共通点を持っているのだ。単純に興味を持ったのだ。


「殺すのが嫌だからだな……」


 レインはロケットに手をやる。リハンは驚きを隠せない。相手のことまで考えていたとか正義のためとかそういう答えが返ってくると思っていたのだ。


「……それだけか?」


 問いかけられてレインはリハンの目を見つめる。町への帰り道、イブキにも同じ質問をされた。同じ答えを返す。


「死んだ後、コトネに会ったときに胸を張れるような生き方がしたい。あとは、自分の名前に恥じないような……」


 実際はそれだけではないだろうがレインを動かす根源はそれなのだ。リハンは自分に重ねて考えてみる。


「とは言っても部下には出来るだけって言ってあるけどな。さすがに強制は出来ないから……」


 それから少ししてリハンとの話は終わった。お互いに戦いの疲れが完全には取れていなかったのだ。レインはリハンに勧められるがままに風呂に入った。ひとり暮らしにしては少し広いその風呂に浸かりながら目を閉じる。入浴で多少は疲れが取れた気がした。あがるとリハンは寝床へと案内してくれた。使っていない部屋を貸してくれたようだ。使っていないとはいっても綺麗な状態だった。


「では、また明日。おやすみ」

「あぁ、今日は本当にありがとな」


 リハンは笑顔で扉を閉めた。直後にサラームの声が聞こえた。


《寝る前によいか?》


「構わない」


 レインは目を閉じ、意識の中へと落ちていく。


 薄暗い部屋の中では目立つ程の白い肌の女がベッドに横たわっている。レインに気付いたのか急に起き上がる。黄色い瞳で見つめながら口元を緩ませる。


「お待たせ。なかなか時間とれなかった。すまんな……」

「良いのだ。我もずっと見ておったから分かる」


 優しい表情を浮かべるサラーム。だが、すぐにそれは厳しいものへと変わる。


「だが、最後のあれは何だ! 死ぬところだったのだぞ!」


 ガミガミと怒ってくるサラームはまるで母親のようだと思った。


「すまん……。俺がもっと強ければ……」


 その言葉でサラームは怒るのをやめた。


「……ぬしは強くなっておる。我こそもっとぬしの力にならねばならぬのに」


 一変して申し訳なさそうな表情を浮かべるサラーム。この話になるといつもだ。そんなサラームの頭をぽんぽんと右手で撫でる。


「俺は絶対に強くなる。お前も守れるくらいにな。それまでは一緒に戦ってくれ。お互いに未熟でも2人合わさればそこそこ強いはずだからな」


 サラームは顔を上げる。レインに笑顔を向け頷いた。表情が忙しい。だが、レインは不思議に思っていた。はじめのころは表情がコロコロと変わるようなやつじゃなかったはずだ。それほど心を開いてくれているということだろうか。


 多少の世間話の後レインは立ち上がった。


「今日は本当にありがとな。じゃあ、そろそろ……」


 扉へ向かおうとするレインの腕をサラームの手がつかんだ。ひんやりと冷たく柔らかい感触。そんな風に止められたのも初めてだった。レインは振り返る。


「た、たまには一緒にいてくれても良いのではないか?」


 少し顔を赤らめながらサラームは言った。そんなことを言うのは初めてだった。死の恐怖に襲われたときに思ったのだ。もっと誰かと関わっていたいと。サラームは実質レイン以外の者とコミュニケーションをとることができない。サラームにとってレインは唯一の存在なのだ。


 レインは即答した。


「あぁ、良いよ」


今回も最後までお読みいただきありがとうございます。

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