0-3 第3話 契約と魔獣
大和大国の仮設拠点、西門付近。普段は静かな森の中が騒がしい。近未来的なサイバーグラス――サングラスのようなものとヘッドセットを付けた青髪の少年が声を上げる。
「早く逃げろ! 急げ!! ここは俺が食い止める」
数人の見張り兵にそう告げる。見張り兵の誘導を終えると改めて敵の方へ向き直る。食い止めるための策をめぐらせる。
「さて、どうしたものかな」
実のところ、レウス・ロシェットは追い込まれていた。見えるだけでも赤い目をした大きな犬のような魔獣――ヘルハウンドが正面に数十匹。魔獣達の後ろには大きな影が見える。そして背後には逃げる見張り兵。
(あぁ、こんなはずじゃなかったんだが……。まぁ、やるしかないか)
ヘルハウンドがレウスに襲い掛かる。レウスが腕輪についたスイッチを入れる。
腕と足が機械のような装甲に覆われる。襲い掛かってきた一匹目のヘルハウンドの顔に右フックを入れ、二匹目の腹部に右の膝蹴り、その足を踏み込み、左ストレートを三匹目にお見舞いする。
[魔導機械兵装四式展開完了]
機械音がヘッドセットから聞こえる。
「まず三匹……、次で一気に片付ける」
[魔力生成完了。魔法攻撃可能]
機械音がそう告げた。ナイスタイミングだ。レウスは魔獣達を見据え、構える。
(こいつらを逃がせばさっき逃げた奴らが危険に晒される。俺がここで必ず止めなければ)
「コマンド23 メギドフレイム!」
レウスがそう叫んだ直後、腕の装置から炎が上がる。炎は蛇のようにうごめきながら地面に吸い込まれていく。ヘルハウンドがレウスに向かってくる。次の瞬間、地面から炎の壁が立ち上る。それが何重にも扇状に広がっていく。何匹ものヘルハウンドが炎に呑まれる。
「どうだ?……」
敵の姿を確認しようとした次の瞬間、炎の壁を裂いて斧が襲いかかってきた。
なんとか腕の装甲で受け止めるがパワーが桁違いだ。レウスは吹き飛ばされ木に激突し、頭を強打する。立ち上がろうとするが、体が動かない。意識も朦朧としてくる。
(くそっ……。ここで終わるわけには……何だ? 何か近づいて……)
そこでレウス・ロシェットは意識を失った。
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レイン・ファルサラームは部隊を引き連れて、森の中の道をかける。静けさに焦りが募っていく。頭の中では最悪の状況も予測される。
(西門まであとどれくらいだ? レウス一人で勝てる相手だろうか?)
「きっと大丈夫ですよ」
表情が硬くなっていたレインの目を見ながらユズハが言った。何の根拠もない言葉だがこういう状況の時ほど勇気をもらえる。少し救われた気になる。
「あぁ、そうだな」
(まったく、部下に心配させるとは。まだまだだな、俺も)
そう思ったとき、右前方で炎が上がる。レインは隊を止め、その方向に目をやる。隊員も続いて方向転換する。レインが声を張る。
「あそこだ! 全隊警戒態勢を!」
炎があがった方へ駆け出す。すると、前方からかけてくる数名の見張り兵の姿が確認できた。後ろに魔物の気配はない。レインは足を止める。そして、見張り兵に確認する。
「これで全員か? レウスはどうした?」
「はい……、見張りの者は皆無事です。レウス少将はおひとりで……」
「…………。お前たちは拠点まで撤退しろ。第四部隊は引き続き西門へ!」
最悪の事態に一歩近づいた。返事を待たずにレインは再び走りだす。しばらくすると西門が見えてきた。炎の壁が見える。
その時、隣を何かが通り過ぎた。風が吹き抜ける。
ドゴン‼ と凄まじい音がする。何かが衝突したような音。背後に目を向けるとそこにはぐったりとした青髪の少年の姿があった。
「レウス……」
気を失ってはいるが、胸の上下運動は確認できる。幸い息はまだあるようだ。レインは指示を出す。
「全隊停止! 回復魔法が使えるものはレウスの手当てを急げ」
そして前方に目を向ける。炎をさけて数十匹のヘルハウンドが現れる。そして炎の中に大きな影が見える。レインは刀に手を添える。
次の瞬間、大きな影が咆哮を上げ突っ込んでくる。速い。
《手を貸そう》
頭の中に女の声が響く。周りの兵には聞こえていないようだ。
「あぁ、頼む」
声に答え、刀を抜く。斧が頭上に振り下ろされる。ビュン‼ と風を切る大きな音がする。すごい力だと想像がつく。即座に反応し、刀で斧を受け止める。何かが壁にぶつかったような音がする。金属音は聞こえない。
よく見ると、斧は刀に触れていない。何か見えない力が二つの金属の間に働いているようだ。
「ミノタウルスか……」
レインは呟く。なかなか上位の魔獣だ。半身牛で半身人間の姿に皆の顔に緊張が走る。レインは振り返り、皆に指示を与える。
「三人一組になって撤退しながら戦うぞ! 俺たちより後ろには行かせるな! 援軍が来るまで持ちこたえろ!」
隊員たちの短い返事の後、すぐに編隊が組み直される。レインは指示を続ける。
「ただしミノタウルスには近付くな! お前たちはヘルハウンドを頼む。こいつは俺が止める」
そういって刀を振り、斧をはじき返す。レインはミノタウルスを部隊から引き離すように回避行動を繰り返す。攻撃の威力は絶大だが、速度は避けられない程ではない。ギリギリの距離を保ちつつ、レインは声を上げる。
「なぁ、ミノタウルス!! 聞こえるか?」
ミノタウルスは答えない。フシューと荒い息をしている。おかしい。首筋に目を向けると蜘蛛のような機械がついている。
(やはりな。これはまた面倒なことになったな)
《どうするのだ? 機械だけ破壊することは可能か?》
再び頭の中に声が響く。可能か不可能かで言えば可能だろう。破壊衝動に身を任せたミノタウルスの一撃を躱しながら考える。単調な攻撃とはいえ直撃すればひとたまりもないだろう。だが正直、殺すのは気が乗らない。難しいが機械だけを狙うことにする。
「一度やってみる。駄目だったら力を貸してくれ」
ミノタウルスの強烈な一撃をはじき返す。体勢を崩した隙にレインは首の機械に斬りかかる。が、弱点だとわかっているのかミノタウルスの反応の方が早い。斧でのカウンターに襲われる。刀で受け止めるが、空中では力負けしてしまう。レインは弾かれる。何とか受け身をとり着地する。
《魔法障壁も無限に使える訳ではないのだぞ》
無謀な攻撃を仕掛けたことに対して、少し怒っているような声だ。確かに危ない一撃だった。
「すまないと思ってるさ! たのむ、少しだけ分けてくれ」
《今は6%が限界だがそれでよいか?》
レインは回避行動をとりながら少しの時間考えをめぐらす。どうすれば機械にだけ攻撃が可能か。ミノタウルスにも疲れが見えてくる。動きが鈍っている。いっそのこと動きが止まってくれれば……。
「いや、3%で充分だ」
レインは口元に笑みを浮かべている。言い終わると同時にレインの体に魔力が満たされる。そして、渾身の一撃をひらりと躱し、ミノタウルスを目に留める。そして言葉を紡いでいく。
「我、漆黒の闇がすべてを呑みこまんと……」
詠唱中にすぐ横を白いものが駆け抜けた。そして、ミノタウルスへ向かって突撃する。ミノタウルスの防御は間に合わない。大きく体制を崩すミノタウルスにさらなる追撃が襲い掛かる。
次の瞬間、ミノタウルスが動きを止めた。バランスを崩して仰向けに倒れる。隣には真っ二つになった機械が落ちている。
(あれ……? 俺、今、詠唱中だったよね……)
「無事でしたか? レイン様! ……どうかなさいましたか?」
白く美しい馬に乗ったサクヤが声をかける。何とも言えない表情のレインを見て疑問を抱く。サクヤに悪意はないようなので、とりあえず礼を言う。
「あぁ……。ありがとう、助かったよ。そうだ! 第四部隊は……」
「あぁ~、それならもう大丈夫だよ!」
後ろから元気な声が答える。振り返るとエリエルが笑顔を向けている。
「私の風魔法で一撃だ!」
エリエルはピースサインをレインに向けながら答える。どうやらあの数のヘルハウンドを一撃で倒したようだ。レインは安堵のため息を漏らす
「エリー、ありがとう。あとでレウスの手当てを頼んでいいか?」
「うん! 任せて! 今すぐやってくるよ!」
エリエルはレウスのもとへ向かう。エリエルの姿が見えなくなるとレインはその場に仰向けに倒れる。
「レイン様っ! 大丈夫ですか?」
サクヤが心配して駆け寄ってくる。レインの顔を覗き込む。
「あぁ、ちょっと疲れただけだ」
そう言ってサクヤに笑いかける。サクヤも安心したようだ。白馬がサクヤの隣に並ぶ。いや、翼が生えているので白馬というのは間違いだろう。ペガサスがそこにはいた。
「ありがとうね。メリス」
そういってペガサスに歩み寄る。サクヤは自身の契約獣メリスをなでて目を閉じる。
「我、汝と契約せし者なり。精神の扉より我が内なる世界へ還りたまえ」
詠唱が完了するとともにメリスの姿が消える。そしてレインに問いかける。
「何故、先程の戦いでレイン様は魔法を使われなかったのですか?」
「いや、使おうとした時にサク姉が来たんだよ」
サクヤの質問に淡々と答え、立ち上がった。そして、ミノタウルスのもとへ向かう。レインはミノタウルスの前でかがみこむと回復魔法の詠唱を始めた。
「我、天の施しを汝に与える架橋とならん、アピオス」
ミノタウルスの意識が戻り、目を開く。怪訝そうな目をこちらに向ける。
〈我を助けたのか?〉
「俺は治療しただけだ。実際に助けたのはあの姉ちゃんだ。」
サクヤを指して答える。ミノタウルスは感謝のまなざしで見つめてくる。
〈恩に着る。我はぬしの仲間を傷つけたというのに……〉
「別に許しちゃいないし、まだ何もしないとは言ってない。だが、俺たちは今から拠点に帰らなきゃならない。だからおまえに構っている時間はないんだ。後は好きにしろ。じゃあな」
レインは踵を返す。背後から声が聞こえた。
〈喰えぬ男よ。この恩は忘れぬぞ〉
サクヤはミノタウルスの方を黙ってみている。レインが横を通り過ぎるとき、サクヤが静かに訪ねる。
「本当によいのですか?」
「問題ないだろう。誰も殺されちゃいないんだ。あいつだって被害者だ。サク姉だって殺すつもりはなかっただろ?」
「どうでしょうね。レイン様はお優し過ぎます……。ですが、レイン様はそれでよろしいかと……」
サクヤは笑顔で答える。そんな言葉をよそにレインは目を伏せ歩いている。エリエルに倒されたのであろうヘルハウンドの死体がゴロゴロと転がっている。体のところどころに大きな切り傷がある。ヘルハウンドはミノタウルスとは違い理性はない。本能で暴れまわっているだけだ。今回も暴れるミノタウルスについてきただけであろう。だが、死体を見るのは気持ちのいいものではない。気分が沈む。それに何といってもミノタウルスのことだ。
(ミノタウルスは強い。実際強かった。だが、手間取っていい相手じゃねぇ。俺はまだまだ弱い……)
レインは歯を食いしばる。鞘を持つ手が固く握られている。
《あまり気負うでないぞ》
頭の中で再び女の声が響く。考えていることはわかってしまうようだ。
「おまえの助けが無ければ、俺は初めの一撃で死んでたよ」
《それは我も同じことだ。ぬしが死ねば我も死ぬことになる。我がぬしの魔力を喰うておらねば、防御魔法も攻撃魔法も使えよう?》
「そうかもしれないが、そんなこといっても無駄だろ? 今の俺にはおまえがいるんだ」
《そうだ。わかっておるではないか。我とぬしはひとつなのだ。だから我の力はぬしのものであろう? それでは納得がいかぬか?》
「ありがとう、契約相手がお前でよかったよ、サラーム」
目を閉じてレインは礼を言った。口には笑みが浮かび、手からは力が抜けたようだった。
第3話最後まで読んでいただきありがとうございます。
リキヤです。
やっと戦闘シーンらしきものが……
もしかしたら伝わりにくいかもしれませんね。
研究しながら書いておりますが、またアドバイスなどいただけるとありがたいです。
次で第0章が終わります。また投稿します!




