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雨と竜のイストリア  作者: リキヤ
第2章 大和への道
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2-7  第21話 嘘と心の叫び



 目覚めるとそこは外だった。青い空からギラギラとした日差しが顔に当たっている。さらに体全体が揺れている。しかし寝心地は大して悪くはなかった。なぜこのようなご褒美状態なのか理解に苦しむが、サクヤに抱き抱えられている。ほとんどお姫様だっこに近い状態だった。


「お、おはよう」


 寝起きにこの状況を把握して紡ぎ出せた言葉はそれが限界だった。


「おはようございます、レイン様。私の腕の中の寝心地はどうでしたか?」


 レインの声に反応したサクヤが笑顔で問いかける。まるで何もなかったかのように。この状態が当たり前であるかのように。

 しかし、何をとってもレインの中ではおかしな事だらけだった。そもそも、寝る前と後で場所が全く違う。家の中のベッドが野外でのサクヤの腕の中にかわっているのだ。


「いや……。どういうこと?」


 レインは説明を求める。


「カルさんとミリーさんは作物の急な出荷があったようで朝早くに発たれてしまいました。なので、家に私たちだけいるのも申し訳ないと思い、早い時間に出発したのです。レイン様は気持ちよさそうに寝ておられたので私が抱きかかえたわけです」


「起こしてくれればよかったろ? カルさんとミリーさんに挨拶もしてねぇし」


 レインはもっともな反論をする。


「レイン様は昨日ひどくお疲れでした。精神的にも参っていたのではありませんか? 魔物とはいえ自分の手で命を奪うという行為に対して」


 サクヤは何食わぬ顔で言う。レインは顔をしかめる。その通りだった。

 その表情を見てサクヤは内心安堵する。話題を変えることが目的は達成できた。


「サクヤも最初は大変だったのか? その命を奪うことに関して……」


 レインはサクヤの方を見て問いかける。乗り越えたいとは思えないが、乗り越えなくては戦力にならない。どうにか克服したいと思っての質問だった。


「私はためらいを感じることはありませんでした。あったのかもしれませんが、幼い頃から魔物の討伐をやっておりましたので記憶にはありませんね。それに加え、10歳から軍に入ったので、それ以降は人を殺す任務などもありました」


 サクヤの話を一生懸命に聞くレイン。しかし、実際は慣れということらしい。

 どうにも人を殺すということが出来るような気がしないと思った。


「自分が殺さないと殺される戦場においては自然と鍛えられるのかもしれませんね」


 サクヤはそう告げる。自分としても殺さずに済むのならそうするだろう。だが、それで済む状況などいくらあるだろうと考えてみる。


「そんなもんか……。命ってそんなもんなのか? 生きてる価値がない、死んだ方がいいっていう人がいるのは分からないでもないんだ。でも、それを奪う権利は誰にもないと思うんだよな……」


 サクヤはレインの顔をまじまじと見つめる。それに気づいたレインは驚いてサクヤを見返す。


「ど、どうしたんだ? なんか変なこと言ったか?」


 サクヤは目をそらし前を向く。そしてレインに言葉を返す。


「変なことなど何も言っていませんよ」


 レインは不思議そうな顔をしている。


(確かに殺せばいいというのは他の解決策を考えることを放棄しているだけかもしれませんね。ですが、悪く言えば平和ボケとでもいうのでしょうかね。私に一番必要なものかもしれませんが)


 メリスは走り続ける。


「あのさ……」


 レインがサクヤを見つめている。サクヤは何を言われるのかがわかった。レインのいつものパターンだ。


「私の腕の中はご不満ですか? 膝枕の方がよかったですか?」


 レインの顔が少し赤くなる。王国で二番目の騎士とはいえど――たしかに無駄なく引き締まっているが――サクヤは女性らしい体つきをしている。腕ですら軽々とレインを抱えているとは思えないほど柔らかいのだ。膝枕をされるとなると……。


「そんな話をしてるんじゃない。降ろせよ。誰かに見られたらどーすんだよ」


 慌てて想像を振り切る。レインはコトネと結婚していたし、ローレンはずっとルミナのことが好きだったため、サクヤに対して普通に接しているがサクヤもだいぶ美人である。


「ローレン様は寝ておられるので大丈夫ですよ」


 サクヤの言葉に驚く。メリスに乗りながらどのような状態で寝ているのだろうと後ろを見るとローレンはサクヤに後ろから抱き着きながら寝ている。ここまでサクヤはレインをお姫様抱っこして、ローレンに抱き着かれながらメリスに乗って走っていたのだ。その状況を想像する。


「ここまでありがとうございました。もう大丈夫ですんで降ろしてください」


 レインは敬語でお願いする。サクヤは笑いながらメリスを止める。レインはローレンの後ろに乗った。


「さて、行きますよ」

 

 サクヤはメリスを走らせる。まずはルシル王国を抜け、リュータリウス共和国を目指して。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



「いや、浮気じゃないし……」


 聞いたことあるような言葉が聞こえてくる。どうやらローレンが起きたようだ。

 サクヤに抱き着いている状況に驚きを隠せなかったようだ。メリスとサクヤに茶化されて今の状況に至る。実際、ローレンは誰とも付き合っていないので浮気という表現は適切ではないと思うのだが。


「そんなことより、よく寝てたな。そんなにサクヤの背中は寝心地よかったか?」


 レインはニヤニヤしながらローレンの顔を覗き込む。ローレンはムッとする。


「レインだって気持ちよさそうにお姫様抱っこされてたじゃん」

「なっ……」


 今度はレインが言葉を失う。ローレンに見られていないと思っていたが、よく考えたら出発した時に寝ていたのは自分だけなのだ。そう考えるととても恥ずかしくなってくる。


「どっちもどっちですよ。二人とも私のために争わないでください」


 サクヤの言葉に二人がうつむく。別にサクヤのためというわけではないし、争っていたわけでもないが、サクヤに世話になったのは間違いなかった。流れを変えようとレインが話題を変える。


「そういや、今日はどうするんだ? またどっかに泊まるのか?」


 一瞬間があった。ローレンはレインの方を見ようとしない。


「今日は野営にします。さすがに多くの方々にお世話になるのも気が引けますので……」


 サクヤはそう言った。本当の理由とは違う言葉を何の感情のブレもなく告げる。


「そうか。まぁ、あんまり贅沢ばっかりもしてられないよな。よし、今日の見張りは俺がやる」


 案外素直に聞き入れたことにローレンは驚いた。もう少しごねるかと思っていたのだった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



 三人は野営の準備を始める。町で買い物もしていたこともあり、一通りの道具はそろっている。最初の頃よりも快適に過ごせるだろう。


「今日の晩飯俺が作るよ」


 突然のレインの言葉に二人は驚く。料理なんてしたことないはずだ。まぁ三人の中でまともに料理をしたことがある者はいないのだが。


「あの……。どうかなさいましたか?」

「レインが作るって……。食べれるの?」


 レインはため息をつく。まぁその反応もわからないでもない。


「まぁ、任せとけって。まずく作る方が難しいだろう?」


 そういって調理を始める。二人は心配そうに見つめている。


「気が散るだろ! 待っとけよ」


 二人はレインからしぶしぶ離れる。顔を見合わせる。


「僕たちの旅はここまでかな?」

「レイン様は様々な料理を食べられています。大丈夫ですよ」


 30分後。料理が運ばれてくる。だが、とても量が少ない。どうやらファルサラーム王国の郷土料理――フォロロのようだ。どろどろしたスープでパンを浸して食べるのだ。


 確かにサクヤの言った通り、大丈夫だった。まずくはない。だが、おいしくもない。


「レイン様、よくできております。初めてとは思えません」


 サクヤはそう言ったがレインは黙り込む。そしてローレンの方を向く。


「うん。よくできてると思うよ……」


 そういって手を進める。なんとかレインを落ち込ませずに済んだかなと思い、顔を上げてみる。レインは真面目な顔をしてもう一つの鍋を出す。


「本当のことが言えねぇのか? さっきのはほとんど味付けしてねぇぞ。うまいわけねぇだろ」


 差し出された鍋のフォロロはとてもおいしかった。二人とも残さずに食べた。


「本当においし……」

「なぁ……」


 レインがローレンの言葉を遮る。ローレンは固まる。サクヤもレインの方を見ている。


「俺には本音で話せないか? ここまで一緒に逃げてきたんだ。もはや王子なんて身分ですらねぇ」


 サクヤは口を開きかけて言葉を呑みこむ。そんなことないというのは簡単だ。

 だがそれこそ、本音でない。レインが求めているのはそんな安い言葉ではない。


「俺はそんなに頼りないか? 仲間だと思えないか? 特別扱いなんてやめてくれないか」


 レインの本音だった。サクヤにとってはレインが特別であることは当然だった。

 できるだけのサポートをして困難を取り除くことが務めだと思っていた。


「そんなことないよ! でも僕たちだってレインのことを……」


 そこまで言ってローレンは言葉を止める。レインが頭を下げたからだった。


「ありがとう。わかってるよ。でも、もういいんだ。お願いだから俺だけ置いていかないでくれ……」


 心からの叫びだった。二人は黙り込む。レインが顔を上げた時、二人は目を合わせて頷いた。


「生意気なガキだけどよろしく頼むよ。……あの、ここの場所はわかるか?」


 サクヤとローレンは顔を見合わせる。場所を聞かれる意味が分からない。サクヤは戸惑いながらも答える。


「ルシル王国の東南部ですね」


 レインは二人に背を向ける。そして誰にともなく問いかける。


「昨日泊まった家はこっちの方角で間違いないんだな?」


 ローレンは驚いている。一方のサクヤは目を閉じてため息をつく。


「その通りです」


 レインはその言葉を聞くとその方向に向かって頭を下げ、目を閉じる。


「俺たちのせいですみません。お二人のことは忘れません。安らかにお眠りください……」


 実はレインはなんとなく気付いていた。いろいろな証拠をまとめるとその答えにしかたどりつかなかった。挨拶なしに家を去ったこと。魔力の過度の消費を無視したメリスでの長距離移動。ローレンの起きた時間。民宿の拒否。そして何よりも気を遣うかのような二人の態度。


「俺の問題なのに妙な気を使わせてすまないな。俺も強くなるから、もっと俺を信じてくれ。たまには助けてほしいけど」


 そういってレインは二人の横を通り過ぎる。


「さぁ、あとは俺が見張っとくから寝ていいぜ。今日は疲れただろ?」



 二人だけが取り残される。しばらくの沈黙をローレンが破る。


「レインのこと見くびりすぎてたかな?」


 ローレンがサクヤの方を見る。


「鈍感な方ではないですからね。いらない気を使ってしまいましたね。本当にたくましく育たれたものです」


 空を見上げる。思っていた以上に大人になっていた。レインはもう守られるだけの存在ではないということだ。嬉しくもあり少し寂しくも感じるサクヤだった。



今回も最後までお読みいただきありがとうございます。


また次回もよろしくお願いいたします。

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