0-2 第2話 剣と魔法の世界
この世界には魔法が存在する。人は魔力を生成し、それを利用して魔法を使うことができる。なかには使えない者もいるがそれは何事においても同じだろう。人には得手不得手があるのは当然だ。たとえば、勉強が得意なものもいればスポーツが得意なものもいるだろう。中には両方得意なものもいる。同じように、魔法が得意なものもいれば、肉弾戦や剣術が得意なものもいるということだ。
そして、レイン・ファルサラームは後者である。
太陽も少しずつ昇りはじめたころ、二人はレインの家の前にいた。レインは額に汗を浮かべ、息もかなり上がっている。
「ふぅー。今日はこれくらいかな」
「そーだねー。レイン、汗びっしょりだね!」
「そういうエリーはなんでそんなに涼しそうなんだよ?」
ランニングが終わり家の前まで戻ってきたようだ。レインはタオルで汗を拭きとりながらエリエルに尋ねる。
「それは鍛え方が違うのです!!」
涼しげに笑顔で胸を張る赤いツインテール。対してレインは怪訝そうな表情を崩さない。
「風魔法で追い風吹かせてたんじゃないのか? もしそんなことするなら、たいして走る意味ねぇぞ」
「そ……んな、ことないよ?」
「ならいいけど」
焦るエリエルに追及はしない。別に説教をしたかったわけではなかった。レインはエリエルに軽蔑の視線だけ送る。それを見たエリエルは流れを変えようと切り出す。
「そんなことより今日の第四部隊の訓練メニューは何でしょうか? レイン少将殿!」
「お前は第三部隊なんだからメニューをわざわざ教える理由がわかりません。エリエル中将殿!」
エリエルの質問にレインは同じテンションで返す。しかし、声が大きかったようで、多くの視線を集めた。すると背後から走ってくる音が聞こえる。
「なにかあったのですか? 朝から騒がしいですが……」
部屋着姿の女性が深刻そうに尋ねてきた。黒髪にポニーテール。20代くらいだろうか。救世主が現れたといわんばかりに先ほどと同じテンションでエリエルが答える。
「いえ! 何も異常はありません! サクヤ大将殿!」
「はい……。それならよいのですが……。エリエル殿はいつにも増してハイテンションですね」
サクヤは突然の返答に戸惑っているようだ。そんなサクヤにエリエルは感謝の笑顔を向ける。理解の追いつかないサクヤは困ったようにレインに目線を移す。エリエルのテンションが高いのはいつものことである。しかし、実際、今はそんなに明るくふるまえるような状況ではない。考えることを諦めたサクヤの表情がまじめなものへと変わる。
「元気なのはいいことですが、二人とも、もっと責任と自覚をもってくださいね。立場上、部下もいるのですからいつまでも子供みたいな振る舞いをしていてはいけませんよ」
「分かったよ、サク姉。ほら、お前のせいで怒られてるんだから……」
一緒に謝らせようと振り向くと、エリエルが笑みを浮かべてこちらを見ている。
(あぁ、またか……)
「サク姉だって……。やっぱりレインは子供だねぇ」
「小さいころから一緒にいるんだからしょうがないだろ!お前だって……」
「二人とも、だから自覚を……」
騒がしくも平和な朝の時間が過ぎていく。
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太陽が落ちてきたころ、草原に涼しい風が吹き抜ける。二人の影が長く伸びている。
レインは黒い制服のようなものに身を包んでいる。刀を構える。呼吸を整え、目を閉じる。五感が研ぎ澄まされる。風がやんだのと同時に一気に標的へと駆け出す。
ビュン!! と風を切る音。振り下ろした刀に手ごたえはない。刹那、背後に刀が振り下ろされる。振り返りざまに何とか刀で受け止める。危機一髪だ。
が、安心している暇はない。相手の次の攻撃が襲い掛かってくる。今度は相手の刀が空を切る。何とか躱したが、また次の攻撃が飛んでくる。
(まずいな。一歩引いて隙を……)
そう思って後退するが、刃は休む暇なく襲ってくる。このままでは攻撃することすら出来ない。頭をフル回転させる。
(隙を探すんじゃない。隙をつくらせるんだ。そのためには……)
レインは斬撃を躱した直後、相手側へ一歩踏み出す。予想外の動きに目測がずれ、隙のなかった猛攻が一瞬遅れる。その隙を見逃さない。
「よしっ! これで……」
レインは刀を振りかぶる。すると、相手の顔に不敵な笑みが浮かぶ。遅れていたはずの一瞬をはるかに超える速度での返し技がレインの刀をとらえる。キィンという金属音の直後に首元に刃が触れる。地面には持っていたはずの刀が力なく落ちている。
「動きの変化で攻撃のタイミングをずらすのはいい考えでしたが、私の間合いに入ってきたのは失策でしたね」
目が合うと、サクヤは刀を降ろし、鞘へ納める。黒い制服姿のサクヤが告げる。
「私の本日12勝目です。そろそろ終わりにしましょう」
「まだだ! 魔法も使ってないサク姉に負けるようじゃ……」
レインは悔しそうに歯を食いしばって言った。サクヤはそんなレインの顔を見つめる。
「もう一回……」
「確かにここが戦場だったらレイン様は12回死んでいます。しかし、それは一人で戦った場合です。部隊の指揮官として戦うのですから、その時に最善の判断を下すのが、私たちの役目です。それが撤退だとしてもです」
サクヤはレインの言葉を遮るようにして言った。レインは目を伏せる。
「わかってるさ、そんなこと。でも俺はもっともっと強くならなきゃいけねぇんだよ!」
「レイン様は強くなられました。ですが、焦っても手に入らない物もあります。今日は終わりです」
サクヤの言葉にレインは返す言葉がなかった。サクヤは続ける。
「適切な判断を下すには休息も必要です。その判断に従う部隊の者たちの教育も重要ですよ」
「あぁ、わかったよ」
レインは刀を鞘に納めた。
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サクヤと別れた後、レインは一人、第四部隊の演習地へと戻る。どうやら黒い制服は軍隊のものらしい。皆制服を着ている。レインの姿に気付いた二人の隊員が駆け寄ってきた。
「レイン少将! お疲れ様っす! もしよかったら手合わせお願いしたいっす!」
「ちょっとまってよ、カケル。あの、私、お尋ねしたいことがあるんですけど……」
坊主頭の青年がカケル・ミタニ。もう一人の短い髪の少女がユズハ・コトブキである。落ち込んでいる場合ではない。少将としてレインは二人に答える。
「じゃあ、ユズハの質問に答えてからでいいか、カケル?」
「はい! ここで待ってるっす!」
どこか場所を移そうかと思っているとすぐに質問が飛んできた。
「あの、私の氷魔法のことなんですけど、詠唱から発動までの時間について……」
レインは魔法という言葉を聞いたとたんに、カケルの顔色がこわばるのが見えた。
「あぁ。それを短縮したいということでいいかな?」
「はい!」
「あのっ……」
話に割り込んで来ようとしたカケルを手で制す。ユズハが怪訝そうな顔でこちらを見ているが構わず、質問に答える。
「魔法の発動には詠唱と想見が必要なのはわかるだろ? 普通にやろうとすると詠唱が完了してから想見するから発動までの時間がかかる。つまり、呪文を唱えている間に頭の中ではイメージを完了させればいいってことだな」
「あぁ、なるほど、よくわかりました! ありがとうございます!」
「……いや、勉強になるっす。でも詠唱しながら想像するって難しくないっすか? っていうかレイン少将って魔法のこと詳しかったんすね。魔法使えないって聞いてたんで……」
カケルの言葉にユズハは慌ててレインに向き直る。
「本当ですか! 私、そうとも知らずに……」
「いや、気にするほどのことじゃない。それに、使えないのと知らないってのはちがうだろ?」
レインは笑いながら答える。実際今はもう気にしていなかった。そう、レインは魔法がほとんど使えない。カケルはそれを気にしていると思ってくれていたようだ。そんな部下がいることが少しうれしく感じた。
ひとつ訂正しよう。レイン・ファルサラームは魔法がほとんど使えない状態になってしまったのだと。
「じゃあ次は俺の番っすね! どこか……」
言い終える前に一人の男が森から走ってきた。服装からして見張りの兵だろう。その場にいた者が一斉に目を向ける。見張り兵が口を開く。
「少将……報告が……」
「大丈夫か? 何があった?」
レインは見張り兵の肩に手を置き、話を聞こうとする。息を切らしているところを見ると緊急事態だろう。服も所々擦り切れている。まわりの空気も張りつめる。
「魔獣が西門から敷地内に……襲い掛かってきて……他の者たちがまだ……」
「分かった。すぐ救助に向かう。疲れているところ申し訳ないが、もう一仕事頼まれてくれるか?」
レインは彼の目を見て言った。見張りの兵がうなずく。
「救援を呼んで欲しい。この部隊だけでどうにかなればいいが保証はないからな。よろしく頼む」
「分かりました……あと、レウス少将が一人で……」
「また、あのバカは……。了解した。後は頼む」
見張りの兵はすぐにほかの部隊の演習地へ向かう。
レインは隊員に振り返り叫んだ。
「大和軍第四部隊、西門へ見張り兵の救助、およびレウス・ロシェットの救援に向かう。戦闘になるだろう。気を引き締めていくぞ!」
皆の返事が夕方の空に響く。一斉に西門へと走り出す。
(早く……、急げ。もう誰も死なせるわけにはいかない。もう誰も……)
こんばんは! リキヤです。
第2話です。今度はまともな長さです。
一応、4話までは第0章として紹介的なものになりますので、もう少々お付き合いください。
自分でも気付いたら修正していきますが何か気付いたことがありましたら指摘していただけるとありがたいです。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。次も早めに投稿します。