1-7 第11話 銀蒼の双竜と無身契約(ボディーレスサイン)
氷の槍が空を割く。ビュンという音が無数にローレンの耳に届く。
(あぁ、痛い……。痛くない? あれ?)
恐る恐る目を開けると目の前には白く輝く大きな盾があった。そして槍の砕ける音と共にズドォーンと大きなものが倒れる音がした。盾が消えるとそこにはユリウスとサクヤの姿があった。ドラゴンは首元から大量の血を流して倒れている。
「ローレン様、ご無事ですか? これは……」
ユリウスがローレンに尋ねる。そして辺りを見回して言葉を失う。炎が上がっている王室。ドラゴンが二匹。倒れる王族。
「ルミナ様! レイン様も? 国王様、王妃様……?」
サクヤはルミナに駆け寄り全員の姿を確認する。ルミナを抱く手が震えている。
「私が……、早く戻らなかったから……」
サクヤはうなだれる。その姿に誰もかける言葉を思いつかない。
「…ミナ……」
ふと声が聞こえた。レインの方からだ。その声に反応するようにルミナの体がピクッと震える。
「ユリウス! 生きてる! 二人とも生きてるわ! あぁ、ローレン様……」
普段冷静なサクヤが声を上げて喜んでいる。ユリウスも駆け寄り状態を確認する。二人の傷に回復魔法をかけるが効果はほとんどない。
「だいぶ危険な状態だな……。これではあと十数分といったところか」
ユリウスが顔をゆがめながら言った。サクヤは最後の頼みの綱だという目でローレンを見つめる。
「ローレン様、どうにかなりませんか? なにか助ける方法は?」
返す言葉がない。ずっと考えている。ローレンは目を閉じる。瀕死の人間を生き返らせる方法を。この世界でそのような前例はないか思い出す。この世界に魔法を使った蘇生法はないのだ。もしあったとすれば人は死ぬことなく、人口は増え続けていくだろう。科学技術に関してはそのような方法があったような気がするが未来都市の設備がなければ無理だろう。ローレンには科学に関する知識は乏しい。さらに未来都市までは少なくとも丸一日はかかる。不可能だ。時間は限られている。魔法でもなく、科学でもない。つまり人間が使えるものでは無理なのだ。
(人間がつかえるもの? 人間が使えるものでは無理……)
なにか思いついたのかローレンは自分の記憶を探る。
〈ないわけではなかろう。我らのような魔獣や幻獣を使った方法が〉
ユリウスの契約獣――カイオスが口を開く。全員の目がカイオスを向く。カイオスは続ける。
〈なに、前例がないわけではない。だが、成功例も少なく条件も絞られるがな〉
ローレンは過去に読んだ文献の一説を思い出していた。
『……すると、魔力が十分であれば、契約者の体は契約獣との魔力の統合が起き、一時的に超高速回復などの副作用が起きる。瀕死の人間と、瀕死の魔獣または幻獣が契約を果たす、これを無身契約という。一方で……』
「無身契約……」
ローレンはつぶやく。ユリウスとサクヤはポカンとした顔をしていたがメリスは理解できたようだ。カイオスはうなずいている。
〈たしかにそれなら救うチャンスはあるわ。でも、魔力が足りないと……〉
「そうだね……。その体は契約獣もろとも消滅する……」
ユリウスとサクヤの顔が青ざめる。やっと救う方法が出てきたというのにそれが一か八かの賭けだというのだ。
「そんな危険な賭けにお二人の命を差し出すわけには……」
「ユリウス!! 放っておいたら死ぬんだ。僕たちはもうこれしかできない」
止めようとしたユリウスに大きな声でローレンが応じる。時間が残り少ない。
迷っている時間はないのは皆わかっている。
「でも、契約するものはどうするのですか? まさか私たちの契約獣を……」
自らの契約獣を瀕死に追い込むというおぞましい光景が頭をよぎる。想像しただけでサクヤの胸は押しつぶされそうになる。
〈我らが引き受けよう〉
聞いたことのない女性の声が聞こえた。苦しそうではあるが澄んだ美しい声だ。
「僕も君たちにお願いしようと思っていたんだ」
そう言ってローレンはサクヤたちの後ろに向かって声をかける。皆がその方向を向く。そこには二匹のドラゴンがいる。白いドラゴンが倒れたままこちらを見ている。
〈なに、我らも生きながらえる方法があるのならそうしたいからな〉
ドラゴンの言葉にローレンが笑顔で返す。
「力を貸してくれてうれしいよ。銀蒼の双竜さん」
銀蒼の双竜。それはファルサラーム王国の歴史に大きくかかわるドラゴンの呼び名である。元々この国はファラーレ王国という名前であった。そのファラーレ王の功績は世界中で語られている。それは500年ほど前のことである。
長い間、人々は人間界【アーシリア】を統べる悪い神に苦しめられていた。その神に仇を成したのがファラーレ王だといわれている。ファラーレ王は魔界【アンブリア】に赴き、魔王に助けを求めたという。そして、魔王を筆頭とする魔界の者たちと共にその悪神を退けたという伝説である。その際にファラーレ王の手足として戦ったのが銀蒼の双竜だといわれている。
それ以来、銀蒼の双竜は王国のそばに住むようになった。双竜は姉弟であるといわれている。姉である白銀の竜の名、サラームからとって現在の王国の名、ファルサラーム王国となったといわれている。
その伝説の竜たちが今、目の前にいて手を貸してくれようとしている。白いドラゴン――サラームが口を開く。
〈いつまで寝ているのだ、ザラード。ぬしもまだ死にたくはなかろう?〉
〈我はやつらのおかげで、見ての通りかなりの重症なのだ。もう少し手厚く扱ってほしいものだ〉
青いドラゴン――ザラードが答える。尾と後ろ足を一本斬り落とされ、頭にも重傷を負っているが、まだ生きていたようだ。ドラゴンの生命力にローレンは感嘆する。だが、その打開策に賛成できない者もいるようだ。
「こんな奴らに任せれるわけないだろ! ローレン様! よく考えてください!」
「そうですよ! レイン様とルミナ様もあのドラゴンに……」
ユリウスとサクヤが反論する。ローレンにはその気持ちもわかる。ドラゴンたちも言葉を返すことはできないようだ。だが、なにかが引っ掛かる。
「二人とも聞いてほしい。銀蒼の双竜は戦いの間一度も言葉をしゃべらなかった。まるでレインとルミナを殺すことしか考えてないような状態だった。まるで何かに操られているかのように……」
ユリウスとサクヤは黙る。町の外で戦っていた二人にも思い当たる節があるようだ。ドラゴンたちは執拗に騎士団を振り切り、城へ向かおうとしていた。命を狙ってくる者たちがその場にいるのにもかかわらずだ。サラームが口を開く。
〈たちの悪い弁解にしか聞こえぬとは思うが、緑の髪の者が言ったように我らは自分の意志で動くことができなかった。洗脳とでもいうのであろうか。だが、我らのしたことは理解しておる。このまま殺されたとて当然の報いだと思うておる〉
皆が黙り込む。ユリウスとサクヤは信じていいものか決めかねているようだ。
ローレンは二人の決断を待つ。サラームが続ける。
〈この過ちを何らかの形でぬしらに返さねばなるまい。我の命、好きに使ってくれて構わぬ〉
サラームがそう告げた。そしてザラードも続ける。
〈我も姉上に同じく……〉
沈黙が流れる。重い空気が場を包む。
「どうしたら、いいのですか?」
サクヤの震える声が沈黙を破る。目には涙が浮かんでいた。
「お二人を救うために私は何をしたらいいのですか?」
無身契約を試すと決心したサクヤがローレンとドラゴンに尋ねる。慌ててユリウスがサクヤに問いかける。
「いいのか? 二人の命を預けるんだぞ?」
「時間がありません。あの二匹の言動が信じるに値するとユリウス様は思えませんか? それに私は騎士です。私は守るためにここに居るのです。お二人をお救いするためにできることがあるのならすべて試してでも救います。たとえ私の命が果てようとも……」
ユリウスはたじろぐ。しっかり頭を回す。そして思った。
(そうだな。まさかこいつに騎士道を語られることになるとは……。迷っている暇はないか……)
「私からもお願いする。何をしたらよいだろうか?」
そう言ってユリウスはドラゴンに頭を下げる。
〈頭を上げてくれ。我らとしても贖罪なのだ。応えられるよう尽力する〉
ユリウスは表情を緩ませて頭を上げる。黙り込んでいたローレンが口を開く。
「時間がない。急ごう。普通に契約の儀をすればいいはずだから……」
ユリウスがルミナの、サクヤがレインの契約の儀を担当するということになった。サラームがおもむろに口を開く。
〈我らも、時間がない。迅速に頼む。それと、我と契約する者は魔力の高い方にしてくれるか。我の特性上、膨大な魔力を必要とするのでな〉
その言葉通り、サラームの契約相手はレインになった。サクヤはレインを抱えサラームの横にそっと降ろす。レインが苦しそうな表情を浮かべる。まだ生きている。
「では、サラーム様。レイン様をよろしくお願いいたします」
サラームが頷いたのを見届けて、サクヤは精神を集中する。
「我、汝らをつなぐ仲介人とならん。汝らの因縁は我によって確証されたし。ここに双極の魂をつながん、コネクタエル・メル・サイン」
サラームとレインの体を光が包む。そしてサラームの体が少しずつ消えていく。サラームから放出された光が少しずつレインの体内に入っていく。
そして、数分後サラームが完全に消えた。跡形もなく。
「これで、よいのですか……?」
「あぁ、レインが消えていないところを見ると成功じゃないかな」
横を見るとルミナもどうにかなったようだ。ユリウスが安心したような笑顔でこちらを見ている。サクヤは安堵のため息を漏らす。
二人の傷は少しずつ癒えてきているようであった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
ついに契約です。
主人公にありがちな特殊な契約です。
第1章も後半に差し掛かりました。
次回も読んでいただけると嬉しい限りです。




