第85話 王都での出来事
王都アルツ。
この街は半年前ごろから一つの問題を抱え始めていた。
それは託宣が聞こえなくなりつつあったという出来事だ。
これによって国民全てが混乱。さらには国王も精神疲労によりベッドにふせることになる。
後継であるジェイド=ロックウェルが代理として玉座につくが、この問題はさらに悪化し、そんな最中にラーグス=アグバが意識をとりもどした。
――――2ヶ月前の話。
牢の中で叫ぶのをやめたラーグスは、自分の正気を訴え、この混乱を沈める考えがあると言い張った。
何を馬鹿なと、やらせてみた結果できあがったのは、
「どうですかな王子。《神託》によって授けられた英知。それを元につくった魔道砲と魔道銃。この威力・射程距離。これならば《託宣》なくともアグロの街を落とせましょう。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
アルツ王都内工場で製作された大砲と長銃の山。
それは、ラーグスがヒサオの知識を得て作り上げ物だ。
火薬代わりに用いたのは爆発魔法。砲身と銃身内部に描かれた魔法術式に魔力を供給することで、発動される。
その成果を王子へと見せつけたラーグスは狂気じみた笑い声を響かせていた。
――――そして一ヶ月前。
「私は《託宣》よりも上位である《神託》をえることに成功した! その成果がこれです! 私が得た《神託》こそが皆を導く何よりの証といえるでしょう!!」
王子の許可を得て、銃火器製造を行ない、その扱い方を軍へと普及。
兵の訓練をエルフの国であるユミル側で行ったのは、挑発の意味もあった。
「ふん! エルフ達なぞどうでもいい。出てこないのであれば、アルツを滅ぼしたあとに消し去るまで」
訓練を見ていたラーグスが、忌々しそうに口をまげ言い捨てた。
側で聞いていたジェイドが、険しい顔をむけてくる。
「ラーグス、そのような託宣はないぞ」
ジェイドの発言にラーグスは一瞬驚きの顔をみせるが、すぐに卑屈めいた目をむけた。
「これは異なことを。ジェイド王子ならば託宣に従うことばかりが正しいとは考えないと思いましたが?」
「何を馬鹿な。私は託宣に従い行動をしてきた」
「それ以外の事もしていましたよね」
「それの何が悪い」
「私のこれも一緒ですよ。現在託宣がない以上、私は私が聞いた《神託》の御心のままに動くのみです」
「アグロの街を攻撃するのはいい。しかしエルフの国を攻めろという託宣なぞ聞いたこともない」
「まだわからないのですか王子? 聡明な王子にしては察しがわるい」
「なにをいっている?」
「《託宣》よりも《神託》のほうが上位なのですよ。その御心にそう行動こそが、我々人間が行うべきこと。《託宣》が聞こえなくなったのは、全て私が《神託》を得るために必要だった、いわば儀式といえましょう」
そこにいるのは、自分の演説に酔いしれる一人の狂信者の姿であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラーグスの危険性を肌で感じとったジェイドは、まず大将軍エラク=ガトウへと相談をもちかけた。
自らの執務室へと老兵を呼び出すと、
「ラーグスをどう思う?」
「どうとは?」
「意識を取り戻したとはいうが、俺にはまだ狂っているように見えてならん」
「そういうことですか」
意図するところを知り、エラクが、ふぅと大きな息を吐いた。
「急な軍備増強。それも今までにない効率的な武器の数々。わずか2週間もあれば農民ですら兵として組み入れられる。これらは確かに異常な事態でしょうな」
「そう思うか?」
「はい。以前のラーグス殿からは考えられません」
「俺もだ。ラーグスはエルフの国にも手をだそうとしているのだぞ」
「……噂ではきいておりましたが、そこまででしたか」
どうやら知らなかったらしい。鎧がこすれた音をだすほどに驚いている。
「それで、王子はどうしたいと?」
「できれば政治から遠ざけたい」
「無理でしょうな。すでに国民にとって、ラーグス殿の声は、託宣にも似たものになっておられる」
エラクの言ったことはジェイドも知っていたが、それを改めていわれると、頭痛と吐き気に襲われそうになる。
「一ヶ月だぞ。一ヶ月で、奴の声は俺よりも大きな声で国民に届くようになってしまった!」
これが声をあげずにいられようかと、執務室で大声を張り上げる。エラクは手を後ろでくみ、黙って聞いていた。
「託宣が聞こえなくなったのも、異世界人がフラフラと歩きまわったせいだ! アレのせいで其処らじゅうの託宣が狂いだし、ついには聞こえる頻度すら落ちてしまった!」
「しかし、今までも異世界人が来たことはあります。なぜ今回にかぎり?」
「今まではすぐに確保できていた。影響を受けるものもごく少数。だが今回は違う」
だんとテーブルを叩き立ち上がる。
最初ラーグスが正気をうしなったとき、ヒサオの謎スキルのことを脅威と思った。
だが、本当の脅威は、彼らが自由に外を歩き回っていることのほうだった。
下手をすれば国がつぶされる?
あの時点でつぶされかけていたのだ。
異世界人達を見た者。声を聞いたもの。戦闘を行ったもの。
それら一人ひとりが感染者のようになってしまった。
いわば、異世界人達は歩く病原ウィルスのような存在なのだ。
そのことに気付くまで遅すぎたといえる。
「過ぎたことを言っても仕方がないか……とにかくラーグスをなんとかしたい。アグロの街を攻めるのはいいがエルフの国はまずい」
「……王子、なぜエルフの国はだめなのですか? 託宣がないからですか?」
「ああ。どこの国でもエルフの国にたいする託宣はでていない」
ついには部屋の中を歩き回りはじめた。
「であるならば、アグロの街を落とすまではラーグスの自由にさせては?」
「それはいいが、その後はどうする?」
「あとは、適当な理由をつけて牢にいれてしまえばよいかと」
ピタリと足を止める。
「できるか? 今のラーグスに?」
ラーグスの一挙一足に、国民の目が向けられている。なぜなら、彼が発する声が、そのまま託宣のようなものへと変わっているからだ。
「アグロの街が落ちれば、その後のドサグサに紛れなんとかなるでしょう。所詮は文官です」
「……手筈はまかせて?」
「はい」
話しが決まりエラクは頭をさげ、執務室をでていく。
残されたジェイドはこれでなんとか……と思うが、エラクがいった「所詮は文官」という言葉が引っかかる。
今のラーグスが果たして、文官といっていいのだろうか?
そんな目線で見ているエラクに対し不安を覚えざるを得なかった。
―――――現在
アグロの街攻略。失敗。
このことに怒りを覚えたのは誰でもないラーグスであった。
「なぜですか! あれほどの武器がありながら、あと一歩で落ちなかったのは!」
王都の城内部で吉報をまっていたラーグスは、玉座にすわるジェイドをいないかのようにふるまっていた。
「ハッ! 街はほぼ陥落寸前でありましたが、竜王カリスが顕現し標的が変わりました。それに手こずっている間に、街の中から増援が出現し、みたこともない魔法を繰り出してきました」
「魔法? それがなんですか。魔道砲と魔道銃の射程の前には対抗できないでしょう」
「それが、こちらとほぼ変わらない射程からでした。最初の魔法で、残っていたた全ての魔道砲がやられ、さらに獣人兵たちが突撃してきたのです」
「獣人兵までも!?」
「はい、予想外のことに後方へと下がり、銃撃戦闘にうつったのですが、こちらも迂闊に近づくこともできなく、魔道砲も使用不能とされ、やむなく撤退したという次第であります」
「それは大将軍の指示ですか?」
「いえ、途中までは指示がでていたのですが、途中から大将軍の声はきこえなくなり、場は乱れに乱れ…」
「……つまり指示ではなく、勝手に逃げたと?」
「……」
ラーグスの声に、伝令兵は答えなかった。それを言えばどうなるのか、わかっていたからだろう。
「どのような武器をあたえても、無能は無能という事ですか……」
「言い過ぎだぞラーグス」
「そうでしょうか? あれだけの武器がありながら撤退とは――私は全く予想しておりませんでしたよ」
「も、もうしわけなく」
「あなた、まだいたのですか? さっさと下がりなさい」
「ハッ!」
そのまま扉からでようとした兵であったが、
「待て……ご苦労だった。下がって体をやすめろ」
「……ハイ。ありがとうございます王子」
張り詰めていた荷を下ろすかのように声をだし、伝令兵がでていく。
「王子はお優しい。ですが、託宣に身を任せていたもの達を鍛え上げねば、私がどのように優れた武器を与えても勝てませぬ」
「心を鬼にせよと?」
「はい。でなければ《神託》の御心を実行することなぞかないませぬ」
「そうか……」
またそれかと、もう言葉を交わす気力も失いかけつつあった。
(しかしエラクはどうしたというのだ? まさか戦死してしまったというのではあるまいな?)
流石にそれならば報告の一つはあるだろうと考えていると、扉ががばりと開かれその本人がはいってきた。
「エラク! 無事だったか」
「ハッ! たったいま帰還しました」
「大将軍無事でなによりですが、このたびの敗退の言い逃れ。しっかりと考えてきたのでしょうね?」
嫌味と怒気をこめいうラーグスであるが、エラクはそんなことよりもと、
「王子、それにラーグス殿。私は戦場でしっかりと見ましたぞ」
「「?」」
突然なにを? と思い言葉をまつと、
「魔族達の中に、1人だけ人間が混じっておりました! あれは、きっと、ラーグス殿に術をかけた張本人でございましょう!」
こうして、ヒサオの所在が知られる事となった。




