第74話 ムラタ=カズヤ(挿絵あり)
様子が一気に変わった魔王と、その場にいた2人に、俺は全てを話した。
「なるほど。うーん……君ちょっとスキルを舐めていないか?」
「俺もそう思いました。いいわけのしようがないです」
子供という見かけとは全く違う態度の魔王を前にし、俺は後ろで手をくんでいる。
「ヒサオ……」
「すいませんフェルマンさん。顔に泥をぬるようなことになってしまって」
「……」
こうなるとは思わなかったけど、言い訳にしかならないよな。隠していたわけだし。
「ちょっといいっすか? 話についていけてないんですけど、どうなったんです?」
今度はイルマか。俺も同様の気分だが、そうもいってられないしな。
「ああ、まぁ、そうだね――どれから片付ければいいのか……えーっと君、たしかイルマとかいったね?」
「はい」
「君はなぜここに?」
「え? フェルマン? お前いったんじゃなかったか?」
「……魔王様の前だぞ。ああ、報告はいれてある」
「おや? そうだったのかい? それはすまない。じゃあ、悪いけどもう一度報告してくれないか。イルマ君の口からさ」
「く、君……」
こいつが君呼ばわりされるのって、なんかクスっとくるな。今はそれどころじゃないってのは分かっているんだが。
「俺は獣人の国を作りたい。そのために魔族と同盟が結びたい」
気を取り直したのか、グイっと胸をはって魔王にいう。
「ふーん。獣人が同盟を求めてきたのか。とりあえず分かった。あとフェルマンなにかあるかい?」
「え? あの魔王さん?」
「……さん付けされたのは始めてだな。呼び方はどうでもいいけど、君の用件はわかったよ。だけどすぐに返事ができるわけでもないし、細かい話も聞かないと駄目だ。なので今はここまで。少しあとにしてくれ」
「しょうがねぇか――わかったよ」
言葉とは裏腹に、不満いっぱいの様子だけど、魔王は相手をしないようだ。
「フェルマン、なにかあるか?」
「俺からは特に……あ。そういえば魔王様。現在アグロの街に、わが一族がいますが、そのままカリス老の世話になっていて良いのでしょうか?」
「なるほど。そう、だね。しばらくは、それでいいよ。カリス爺がいいというまで、言葉に甘えていたらいい。ただし鍛錬は続けるべきだ」
「分かりました」
「さて、あとは君なんだけどさ……」
「……」
何も言えないとは、まさにこのこと。
俺に困りはてた視線をむけながら、ツカツカと玉座の前をいったりきたりしている。
その足がとまったのは、5分ほどしてからだった。
「少し君と話がしたい。いや、僕と君だけで話をしよう。悪いが他の者たちは出て行ってくれ」
フェルマンさんとイルマが顔を見合わせた後、一礼して部屋をでていき、扉前にいた兵の2人もまた一緒にでていく。
「さてと、どれから話すか……」
「……」
玉座に座り悩みだす魔王を前に、おれは無言という選択を選ぶしかなかった。聞きたいことは山ほどあるが、それを口にできる状況ではない。
「まず、さっきの話だけど、何があったか分かるかい?」
「推測でよければ」
「うん。ちょっといってみて」
そういわれてはと、口を開く。
スキルによって契約がなされた内容が破棄された。
それによってペナルティのようなものが実行され、俺の頭のなかにあった異世界情報がラーグスへと流れた。
これはつまり、ラーグスに現代知識の一部が流れたという事と同じだろう。
「まあ、おおむね正解だけど、困った事にそれを得たラーグスという男が、一国の中でもそれなりの地位にいたってことさ」
「はい。これマズイですよね」
「マズイね。あと、もう気付いていると思うけど、僕の正体だが……」
それについては分かっていた。だからこそ2人で会話することを拒まなかった。
ムラタ=カズヤ。
スキルは魔王のことをそう呼んだ。
この時点で魔王が、俺と同様に異世界人であるという事に察しが付く。
「まさか、スキルに本当の名前を言われるとは思わなかったよ。まあ、それについては、君が他言無用してくれればいい」
「ハァ……」
「気のない返事だね? 嫌なのか?」
「隠し事をして、失敗したばかりなので……」
「それもそうか」
といい、少し笑われた。
「それでも口を閉ざしておいてね。そこらの話をしだすと、かなり面倒なことになる。まず、やらないといけないことから片付けたい」
「はい。同感です」
まずは、ラーグスに流れた異世界の知識がどう影響を与えるのか。それを考えなければならない。
「君は、どういった知識が流れたのかわかる?」
「いえ、まったく。日常的な部分でしたら別に構わないと思うのですが」
「え? あー そういう感覚なのか。悪いけど、それは甘い考えだよ」
「そこまでですか? 俺が受けていた教育だって一般教育レベルでしたよ?」
「それだってまずい。色々な偉人たちが発見してきたことが、いっぺんに流れた可能性だってある」
ちょっと想像してみた。
重力や原子の考え方。発見された数式の数々。化学反応実験のいくつか。火薬の利用方法。
……応用すれば、結構なことができてしまうのか? 火薬関係なんかまずいよな。あ、でも火薬の事とか俺よくわからないか。
「その顔だとようやくわかった?」
「ええ、まあ……」
「それと聞くけど、君は戦争を経験している?」
「戦争? いえ、俺は戦争未経験ですよ」
「そうか……それは良かったかな? あ、でも、君は飛行機とか戦車とか見たことは?」
「近くで見たことはないですね。写真とかでならありますが」
「……もしその光景が流れていたら、もっとマズイね。下手したら作りだしかねない」
「……」
そんなことになれば、この世界はどうなるんだろう。
「おれ作り方とか知らないし、そこまではいかないのでは?」
「もちろん今すぐというわけではないさ。だけどそういうイメージを見せられた人間はどうする? 作ろうとしないかい?」
「……たぶんしますね」
目の前に、欲しいものをぶら下げられたら、手にいれたくなるもの。
今すぐはできるわけがないが、いずれは叶えようとするだろう。
ラーグスの地位は高いようだし、強引にそういった計画を推し進めることもできてしまうかもしれない。
……うーん。
「これは調査が必要だね。アルツに人をやって動向を調べてもらうか」
「でも、託宣がありますよ? 邪魔されませんか?」
「普通ならね。でも今回は君がいる」
「おれ?」
「うん。君が僕の部下に指示だしてくれればいいよ。それだけで異世界人が関与したことになる」
ニコニコ笑みを見せる魔王。悪戯小僧のようにみえるが、どうも本質がつかみづらい。
ん? ……いや、この魔王も異世界人じゃ?
「ぺリス。でておいで」
魔王が玉座に座ったまま名前らしいものを口にすると、魔王の影が急に伸びる。そして中から、全身を黒一色にそめた女がでてきた。
スラっと伸びた四肢をし背が高い。肌も服も黒い。髪は黒く背にかかっていて、切れ長の目はどこか怖さと弱さを感じさせる。キリっとした仕事のできる女性といった顔立ちで、一目見て思ったのは影を背負った魅惑の女性という感じだった。
「紹介しよう。影一族のペリス。純魔族の一人だ。数少ない僕の素性をしるものだよ」
魔王が手をむけ彼女を紹介すると、ペコリと頭を下げられた。俺も頭を下げかえした。
「さて、ヒサオといったか……ヒサオ?」
「あ、はい?」
「……まあ、いい。えーとだね、まずペリスに、アルツにいるラーグスの動向を探るように命じてくれ」
「えっと、俺でいいんです? 魔王様でもいいのでは?」
「こちらの世界にきて時間がたちすぎていてね『異世界人が関係したことには託宣が働かない』という効果が消えている。なので頼むよ」
そういうことだったのか。初耳だな。
理由がわかり、俺はいわれるがままに彼女にそういった。すると、チラっと魔王へと視線を向けた。
「大丈夫。しばらくは平気だ」
何のことかわからないが魔王がそう言うと、ペリスさんは俺へと顔を向け直した。
「行ってまいります」
一言小さくいい柱の影へと身を隠しそのまま消えた。
「ラーグスの件は、ペリスの報告待ちとするとして、最悪を考えて準備をしないとだな。まあ、それはあとにして、君、ヒサオだったね?」
「え? あ、はい」
「名字はヒナガだったかな?」
「はい。そうです」
「……ヒナガ ヒサオ……誰だったかな……どこかで聞いたような」
何かを思い出そうとしているのか、顔を渋くしている。とても子供とは思えない顔つきだ。しかし何を思い……あ、
「忘れていた! 俺、ここにきたのは、ヒナガ=メグミが残したという手記を求めてなんですよ」
頭の中からキレイに消えていた! 俺がそのことを思い出し言うと、
「あぁー それだ! そうだったよ! 君、メグミの子供だろ!」
って叫びながら俺を指さし立ち上がる魔王。
正直これはどう反応していいのか、わからない。
「でも君、母親のことをメグミって呼び捨ては駄目じゃないかな?」
今度は俺が頭を悩ませる番のようだ。この魔王に、どういって説明するべきか。
ヒサオ:ハァ………
フェルマン:ヒサオにしては珍しく引きずっているな。
イルマ:そうか? こいつ、時々勝手におちこんでるぞ。
フェルマン:ふむ。意外と神経質だったのか?
ヒサオ:ハァ……(ペリスさん綺麗だったな。全身黒くて艶があって……)




