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第7話 ヒサオの感覚

 旅をする毎日が続くと色々な担当が決まってきて、俺の役割がほぼ荷物運びになった。

 それが、なんだかなーと思いつつある。

 

 普通、異世界ものの話だと強くなるようなチート設定ってない?

 俺にあるのって何よ。

 そりゃあ、鑑定は便利だし、通訳は助かっているよ。


 でも戦闘に参加する事すらできないのが現状だ。

 かといって、家事をほとんど家族に任せっきりにしていた(畑仕事は手伝っていたぞ!)中3年で、得意なものはネトゲっていう学生がこのメンツに囲まれて何出来るんだ?


「あ、そこの林にいるのは子連れのベアちゃんだから、テラーさん近付きすぎない方が良いかも。倒したいなら別だけど」


「それなら攻撃しないほうがいいですね。食料なら大丈夫ですし、不必要に倒す事もないでしょう」


「ヒサオの鑑定ってほんと便利ね。殺意を放つ獣なら私も分かるけど、察知できないような相手であっても『ひっとぽいんと』が分かってすぐ見つけてくれるし」


「そうじゃな。しかし小僧、モンスターに『ちゃん』付けはないじゃろ」


「そうだけど、なんかテラーさんがスパスパ倒しちゃうから、ついね」


「慣れって怖いわ。いつのまにか全然疲れなくなったようだし、血も見慣れたようね。そろそろ剣術でも習ってみる?」


 ミリアに言われたが、俺は『うーん』と唸ってから、苦笑した顔で拒否した。


 こう思うのだ。

 鑑定で見つけたものを言っただけ。

 荷物運びを連日しているから、スタミナがついだだけ。

 モンスターの血は確かに見慣れた。匂いもさして気にならなくなった。


 だけどさ。


 人間の血はどうなのだろ?

 血の匂いに大差ないのかもしれないが、それが人間の血だと思うと怖くなる。

 剣術を覚えたら人も切るようになるのでは? その時がきたら俺って大丈夫なの?


 最初の村で俺が倒れたのは、盗賊や村人が血をだし倒れている光景を見たからだ。

 アレをもう一度みたとき、今度は大丈夫でいられるのだろうか?

 こっちの世界に来てからの俺って、ちょっと異常だと思う。

 普通ならあれこれ慌てると思う。

 心底帰りたいと思って騒いでパニックおこしてトラブル発生させても、ありえる話だ。


 でも、何故かそうならない。


 この三人が一緒にいてくれるから? とも思ったけど、たぶんそれだけじゃない。

 理由の一つだとは思うんだが、それだけじゃない。

 俺はきっと、この世界の事をゲームの世界なんじゃ? と、心のどこかで思い込もうとしている。


 最初の村で死体を見せられても。

 道中でモンスターに襲われ、その血を見せられても。

 俺はどこかでゲームじゃないか? と思い込もうとしている。


 そう思い込む事で心のバランスを保っているんじゃないだろうか?

 だけど、そのバランスを壊すような出来事。


 たとえば剣を握って人を切ったら?

 生き物の命をこの手で奪ったら?

 俺は、今の俺のままいられるんだろうか?

 そんな俺の悩みを察したのか、夕飯が終わった頃にミリアが声をかけてきた。


「ヒサオ、ちょっとあんた臭いから、下の川で身体を洗ってきなさいよ」


 明日には大森林に着くだろうというタイミングだった。

 エルフがいるかもしれないし、ミリアの言う事は納得できる。獣人であるテラーさんほどではないが、エルフも匂いに敏感らしいからな。


 後片付けをしている他の二人を余所に俺は川へと足を運んだ。

 途中自分が着ているトレーナーの匂いを嗅いでみると、確かに汗くさかった。

 どのくらい臭いかといえば、自分で自分の匂いに吐き気がでる程に。これをよくまあ、ミリアは我慢していられたな。いや、テラーさんの方がもっときつかったかもしれない。

 こっちの世界に来てから水で身体を洗ったのって確か5日ぐらい前だったか? その時に一度洗ったはずだけど、もうこんなに臭うのか。


(汗結構かいているからな~ そのせいかもしれない)


 トランクスパンツだけの姿になると、持ってきたタオルで身体を拭き始めた。

 これも手作りのもので、決していい出来とは言えないが、一応タオルの形にはなっている。製作者はテラーさんだ。ミリアは裁縫関係なら出来るようだが、腕前でいえばテラーさんの方が上手のようである。


 石の上に置いたポシェットから携帯を取り出し開く。

 時間は相変わらず文字バケ状態。そのまま家へと電話をかけてみるが何も鳴らない。期待はまったくしていないが何の音もしないのは悲しい。そろそろ電子音が恋しくなってきた。


 携帯をしまっていたポシェットは旅の途中で作ったもので、わりと便利に使い込んでいる。大事そうに携帯をしまいこむと、またパシャパシャと水浴びをはじめた。


「季節的には秋に近いかな。夜に身体を洗うのは流石に冷たいし…今度から昼にするか」


「まだ大丈夫よ。私だって毎晩水浴びしているんだし」


 一人だと思っていた所に、いきなりミリアの声がし条件反射で身体を隠した。

 どこから? と周囲をみれば木々の合間から彼女が出てくる。


「別に隠すような身体でもないでしょ」


「何でいるんだよ!」


「ちょっと気になったからよ。あんた変だから」


「変?」


 なにが変だというのか分からんが、パンツだけの俺を覗き見して声かけてきて、堂々と出てくるミリアに比べたまともだと思うぞ。


「ヒサオ、色々いらないこと考えすぎてない? もしかしてだけど、異世界に来たのに、なんで俺落ち着いているんだ? とか」


 図星をつかれて「うっ」と声をだして顔を歪めた。


「その顔はあたりでしょ?」


「悪いか!」


「悪くはないわよ。最初の頃は私もそれに近かったし」


「え? どういうこと?」


「どうもこうも無いわ。私が最初に召喚された異世界で頼まれたのは魔王討伐。そして、それを言ったクソッタレな王様が用意したのって何だと思う?」


 とたんに不機嫌な顔となり、手にしていた杖の先端部分で地面をコツコツと叩き始めた。

 嫌な事を思い出しているのだけは伝わってきて、下手な事は言えないな~と考えているとミリアの方から喋りだした。


「宿代にして7日分ぐらいの金銭と、酒場で情報もらって仲間を雇いなさいという言葉だけ」


 極端なまでの能面だ。怖すぎる。

 内容は、昔やったゲームのような設定じみたものだった。


「魔王にも色々いるとは思うけどさ、そこの魔王って正統派だったの。自分の軍隊を使って国に戦争ふっかける。勝ち目が薄くなった連中が私を召還したんだけど、なんで私なの? っていう程その当時の私は弱かった。で、そんな私を冗談のような状態で送り出して後はガンバレっていう国王ってどう思う? 宿代7日分と酒場で仲間と情報を集めなさい、っていう言葉だけで魔王って倒せると思う?」


 暗闇の中に苛立ちを隠しきれていない魔法使いの前で、俺は子犬が恐怖に覚えるようにブルブルと身体を震わせていると、ニコっとした微笑みがミリアから向けられた。


「無理。ってまず思うのね。そして今度は魔王倒さないと帰れないよ? という有難い言葉も思いだすわけ。そうなると、何をどうしたらいいのか分からなくなるのよ」


 微笑みを消して嘆息をついた。そして俺を睨みつける。表情の変化が何気に面白くなってきた。


「つまり今のヒサオよ。あれこれ考えるけど、なんの行動も起こせなくなったの」


「あー…そういう意味か」


 ポンと手を鳴らす俺がいた。


「違っていたらごめんだけど、剣術を学ぼうとしないのって、たぶん戦うのを本能的に拒否しているんじゃない? あと、なるようになるだろ みたいな感覚でいると思うけど、たぶんそれ、いつかは壊れるわよ」


 ミリアのいう事は違わない気がする。

 ゲーム感覚って事はたぶんそういう事なんだろう。レベルなんて見えるから非現実世界のようなイメージでいるんだと思う。でもこのままだと何かを失うんじゃないだろうか? 『いつかは壊れる』ってそういう意味だと思う。


「そうだね。そうかもしれない」


 顔を下に向け、川の中に映る自分の顔を見ようとした。

 だけど、すでに暗くなっていて表情なんて見えない。

 今の俺ってこんな状態じゃないだろうか?

 自分で自分の心が見えない。

 いや、自分の足で、どこに立っているのか分からないような、不安定感がある。

 その後もアレコレ言い出すミリアだが、言いたいことは共通していた。

 現在の状態が危険だと言いたいのだと思う。そして最後に、


「だから剣術習ったらいいじゃない」


 と、締めくくろうとしたので、俺はニコっとした笑顔で、


「分かった」


「分かってくれた? じゃ、明日から」


「でも、やらない」


 エルフらしからぬ般若の顔が見えたのは俺のせいだとは知っている。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 剣は、怖いんだよ。

 テラーさんが使用している光景を見ているせいもあって余計に思う。

 抜けば切る。切ったら相手は死ぬ。ナニソレコワイ。こんな感じね。

 もちろんテラーさんなら加減できると思う……できるよね? うん。できるとしよう。


 でも俺は? 初心者って殺すも加減するも難しくない?

 でもって意図せず殺しちゃったら俺ってどうなるの?

 甘ちゃん発言だとは俺も思うんだけどさ、こういうのって理屈じゃないと思うんだ。

 だからさ、


「なので、短剣とか弓じゃだめ?」


 杖で殴られ顔を腫らせた俺が、前を行くミリアに聞いてみる。さすがに一晩では腫れがひかなかった。


「誰が教えるのよ。ジグルドは鈍器だし、テラーさんは剣でしょ」


 正論です。あ、でもさ、


「テラーさんは、短剣扱えないの?」


「すいません。私の場合、精霊憑依が前提なので、剣術を教えるのも難しいと思います。ましてや短剣となると毒の扱いも教わる必要性がでてきます。もちろん私は詳しくありません」


 物騒な言葉が出ました! 毒とかなんでだ!

 と思ったが、そういえば短剣って刃に毒を塗ってつかうケースもあったね。時代劇で見ました。


 ちょっと詳しく聞いてみると、テラーさんの場合、剣術を習ったわけではないらしい。

 精霊憑依して、その地力で相手を切っているだけ。

 精霊に憑依されると、その属性の特徴が身体に出るらしく、風の場合は速度アップとか風耐性があがるとか、そんな感じらしい。

 だから他人に剣術を教えるのは無理なんだってさ。


「あー…んじゃ、ミリアは? 短剣とか弓とか後衛職の武器じゃね?」


「無理。私、魔法用の武器しか使った事ないのよ。そもそも短剣って後衛職なの?」


 あっさり却下された。

 ミリアには杖の使い方が合っているのかどうか問いたい。俺の顔が腫れたのって、ミリアが持っている杖が原因なのだが? 世界樹の杖とかいう高そうな名前の杖なのに、それでドカドカ叩きやがった。

 あの杖、古びた木をそのまま杖状にしただけのように見えるのに凄く硬い。俺の顔面がこんなに腫れてるのに、ヒビ一つはいらなかった。


「なんじゃ? ミリアは弓を使えんのか?」


 ミリアの前を歩くオッサンが軽く振り返り聞いてきた。


「言いたい事は分かるけど扱えないわ。私が育った村だと、男が弓、女は魔法だったのよ」


 なんというエルフ独特の男女差別。差別? で合っているのかどうか知らないけど、そういう世界もあるんだな。俺の知っている話でもエルフのほとんどは弓が扱える設定なのが多かったきがする。

 

 しかし、こうなると困るな。


 おっさんはハンマーで鈍器系だからそれも選択の一つではあるが、あれで殴ったらやばくね? 相手もだけど俺も含めてね。

 あれで殴ったモンスターが、グチャッて潰れて血が飛んできた事あるんだよ。

 それを人間相手に振り回したらリアルスプラッター見ちゃうよ? おれホラー映画とか一人で見られない性質ですよ。ビビリですいません。


(ないな。鈍器はないな。とくにオッサンが持っているような両手ハンマーはないわ)


 剣のほうがまだマシなきがして鈍器の選択は消えた。

 そもそも近接武器を選ぶのが間違っている。


 俺ってほら、平和な日本で育ってきたわけ。

 それなのに、生まれた頃からすでに血なまぐさい世界で生きてきた人達に比べたら、どうしても弱い。色々な意味でさ。


 あ、でも、皮の胸当てつけています。着ていたトレーナーはリュックにしまわれました。

 道中の合間に出たベアちゃんの皮を張り合わせて作ったらしいけど、軽くて丈夫そうだ。ただ切られれば弱いらしいけどね。あと、魔法にも……って。


(魔法があったじゃん)


 オッサンと並んで話をしているミリアを見た。

 ミリアは俺が魔法を覚えようとするのを止めさせようとしている。その理由について聞けば、勘としか言わない。そしてエルフの勘。とくに魔法に関しては聞いておいた方が良いというのが、オッサンとテラーさんの共通意見だった。


(しかし、こうなってくると武器じゃなくて魔法でいいんじゃねぇの?)


 まだ何一つ学ぼうとしていないのに、早くも行き詰まりを感じてしまうのは何故なのだろうか? きっとこのメンツの中に、遠距離武器利用者がいないからだ。ミリアの杖は遠距離武器とは認めない。あれは立派な近接武器です。


「おや? アレではないでしょうか?」


 先頭を歩いていたテラーさんが立ち止まり指差して声を出した。

 そろそろと思っていた目的地『アルツの大森林』らしきものが視界に見えたからだろう。


「私は知らないけど、ジグルドの世界じゃどうなの? あんな感じ?」


 この中で唯一知っている可能性があるオッサンに尋ねてみると、うーんと唸った声を出していた。違ったのだろうか?


「どうしたの?」


「なんじゃろ? ワシが見た大森林とは何か違う」


 その後、もっとこうワサワサと言うか何と言うか。そう言い出し、最後は、


「ワシ、ドワーフだし森の違いとかよく分からん」


 匙を投げたかのように首をプイっと横にふった。

 ミリアなら何か分かるのか? と思い様子を見てみると、難しい顔をして「うーん」と唸っている。


「テラーさん、エルフらしい匂いする?」


「この距離だと不確かすぎますね。それにエルフの匂いと言われましても、森にいるエルフの場合、森そのものの匂いと混じっていますから分かりにくいです」


 頼もしい三人ともが不明と判断。俺に分かるわけがないし、しょうがないから行ってみるしかないよな~ と思っていると、


「ああ、そうか。ジグルドの感じたこと分かったわ。あの森、エルフがいるとしたら元気がないのよ」


 ミリアの声に、オッサンがポンと手を打った。それで納得なのか?

 森の元気って感覚で分かるもの? この距離で? エルフがいると森ってそうなるの? あ、いやでも、それならあの森にエルフはいないんじゃ? と、頭の中で考えていたが、


「まあ、行って見れば分かるじゃろ。んじゃ、ワシそこらで野宿しとる。テント一式はそっちで持って行っていいぞ」

 

 オッサンがさっさと歩いて行ってしまった。

 やっぱり行くのね。

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