第66話 魔都エーラム
ヒサオ:「Zzzzzzz」
ジグルド:「出番だぞ」
ミリア:「寝てるのね。じゃあ、また私が」
ヒサオ:「ハッ! させねぇよ!
歳は15。短い黒髪に茶の寝ぼけているような目つき。全体的に緩さを覚える顔立ち。
背丈は高く、肉つきはわりとよい。荷物持ちとして鍛えられたせいでもある。
家族構成は現在、祖母のみ。元の世界で、久雄の帰りを待っている。
友人知人は少ないが、付き合いが深い。深く狭くという人生を送っているのかもしれない。
それが俺、日永久雄だ。簡単にいえば、どこにでもいる中学3年生だ。(異論は認める)
こっちの世界にきてから、ずっと着ていた革鎧はすでにない。だって、フェルマンさんが魔王様にあうのに、それだと失礼っていうから服を新調したんだ。
これはフェルマンさんも一緒で、お互いに革鎧から卒業。2人そろってエーラムの服屋にレッツGOだ。
ああ、護衛兼同盟大使としてやってきたイルマは元から着ている青と茶で染められた胸当のまま。腕には相変わらずエレメントガントレットをつけている。
「これって民族衣装っぽくない?」
かってもらった服への感想がそれだった。
たぶん中国の山岳地方でみられるんじゃないかな? という感じの動きやすい服。体中央に青い縦線が入っていて、両肩にも同じ青系統の糸で刺繍がされていた。その他の部分は白生地のようで、布地はわりと厚め。前にきていた革鎧にくらべれば、断然薄いけどね。
「魔王様にあうのだ。それぐらいキッチリしていたほうがいい」
とは、ダークエルフの長であるフェルマンさんだ。
彼は、黒一色のトレンチコートを上にきて、中には白のワイシャツと黒のズボン。いや~ダンディなオジサマになっちゃた感じです。
他にも私服用として何着かっておく。
今の俺たちは、エーラムに来ている。そこの服屋での話だったんだけど、この街、あ。いや魔都だっけ? は凄い。
アグロの街は建築様式がカオスだったけど、ここはほとんどレンガ造りだ。たまに木造建築の住居が見られるが、ほんのわずか程度。
これもう少し文明が発展したら、コンクリとか使いだすんじゃないかな?
「もしかして、魔族のほうが文明レベルって進んでいるんです?」
「まあ……」
ん? フェルマンさんが妙に具合のわるそうな顔をして、俺から目をそらしたな。
「どうかしました?」
「いや…「はっきりいってやれよ」…おい」
口をだしてきたのは、俺の後ろからついてきているイルマだ。
「どういう意味だ? イルマ」
「どうもこうもねぇっての」
「おい、獣人。だまれ」
「ハッ! そう言われて黙れるか。なんでおめぇらこいつ等に、ちゃんと教えねぇんだ? お前らの誇りある歴史ってやつをよ」
どうみても喧嘩腰だ。俺を挟んで口論するのはやめてくれ。
「黙れといったはずだ!」
グイっと俺の頭ごしにフェルマンさんがイルマの襟元をつかみだす。
「黙るか、ボケ!」
今度はイルマが、フェルマンさんの手を払いのけ叫んだ。その声に周囲を歩く、様々な人々が俺達を見るわけで……
「2人とも、みられてますよ~」
と、小さな声で注意するが、
「だいたい、テメェらがいらねぇ事するから「望みがかなったのだ、むしろ感謝しろ」…あぁ!」
あかん。まるで聞く耳もたない。小さな声じゃだめだ。
「てい!」
「ぶはっ!」
軽くジャンプ。俺の頭が、イルマの顎に命中。他人さまの頭上で口論するのが悪い。
「て、てめぇ」
「フェルマンさん、場所を考えてくれ」
「あ……しかし、こいつが」
「しかしもかかしも無い。という言葉が俺の世界にはあります」
「?」
意味が分からなくて眉間にシワよせているな。実は俺もよくわからないんだよな、この言葉。
「おい、ガキ!」
「なんだ、イルマたん」
「た、たん?」
だってこいつ、猫科だろ? 見慣れるとなんか可愛いんだよ。おれ犬より猫好きなんだ。本当は家でも飼いたいんだけど、ダメっていわれててさ…
「俺も、お前も、ここじゃどうみても敵対種族なんだから、目立つなよ」
「そうだけどよ……」
「フェルマンさんも、俺達を目立たせてどうするの。ここ街の往来だぞ。俺たちの目的を邪魔したいわけじゃないでしょ?」
「う、うむ……」
中学3年の俺に言われ、へこむ大人たち。うーん、こんな連れで大丈夫か? 先行きが不安でしょうがないんだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔王が住まう城ってのは、どうしてこう雰囲気が悪いんだろ? と、見た瞬間思った。
ゲームでも見かけるような薄暗い背景はないけど、城のあっちこっちの石材が欠けていて、場所によっては崩壊しているんだよな。なんで修繕工事しないんだ? あれか。囲気づくりの一環なのか?
「というわけで、この2人を魔王様に会わせたい。謁見許可を頼む」
「分かりました。イガリアのダークエルフ長がいうのであれば、許可はおりるでしょう」
とまあ、俺が城を眺めている間に、フェルマンさんが城門前にいる門兵と話あっていたわけだ。
今日は謁見許可申請をしたら宿をとりにいくらしい。手続きが面倒みたいです。
「流石に初日から城に宿泊するとか無理なんですね」
ちょっとそういうの期待していたんだけど駄目か。
「そんなことを考えていたのか? そもそもあの城に泊まれるのは純魔族の人々だけだぞ」
「あら~そりゃ、残念」
「こっちとしては大助かりだぜ」
「イルマたんなんでよ?」
「……なんでかしらねぇが、その「たん」ってのやめてくれ。こう、背中で寒気が走る」
恐るべき本能。意味がわからなくても、感じることは一緒なのか。
「わかったよ、イルマ。で、なんで?」
「呼び捨てか――まあ、さっきよりいいか」
けっこうこいつ細かい奴かもしれないな。もしかして大胆な態度や行動って、神経細いのを隠すためか?
そういやこいつ色々考えてそうな感じもするんだよな。馬鹿なフリしたやつなのか、本当に馬鹿なのか、どっちかだろう。
「純魔族ってのは、ほとんど俗世間に顔ださねぇのよ。中でもすげぇ一族がいるらしくて、そいつらが、これまた「おい…」…おっと怒りましたか、ダークエルフの旦那」
ハァ…今度はフェルマンさんが割ってはいったか。この2人、相性最悪じゃないだろうか? しょうがない。
「喧嘩はだめな。いい加減にしないと、取引持ち掛けちゃうよ俺?」
「「うっ!」」
お? 思ったより効果あったな。ピタっと口論が止まった。これ結構いいかも。
フェルマンさんは、ゼグドさんから聞いただろうし、イルマにいたっては、自分で経験しているからな。
そりゃあ、嫌……自分のスキルを嫌がられているってちょっと微妙な感じがするな……
「あ、それで思い出した。イルマ」
「なんだよ?」
「お前ってさ、いま俺との取引で護衛状態になっているんだろ? 意識のほう大丈夫なのか?」
「みてわかんねぇか? 全然平気だぜ」
「……だよな。なんでだろ?」
「どういうことだ?」
首を傾げ理由を考える俺に、横から顔を覗き込ませて尋ねてくる。
「ちょっと暑苦しい。黙って後ろにたっていろよ」
「こまけぇやつだな」
俺がいうと、大人しく顔をひっこめた。
「で、どういうことよ?」
「んとだな。前に試したときの話だけど、ゼグドさんって人の場合、飯もってくるとき、ちょっと様子がへんだったんだよ」
「飯? そういやいってたな」
「ゼグドのやつは、食事を持っていくとき、それが当然だという意識だったらしいぞ。終わってから、少し茫然としてしまったらしい」
「うん。俺もそう聞いたんだ。だから、イルマの場合はどうなんだろう?って思ってさ」
「そういわれてもな。いまのところ、なんも変わんねぇぞ。スキル発動しくじったんじゃねぇの?」
「そんなはずはないと思う」
だって光っていたし。しっかり青くなっている状態で取引終了させたし。
「うーん、何か違うのかな?」
路地を歩きながら、考え事を始めると、フェルマンさんの足がとまった。
「ここだ、入るぞ」
「ん? 『ワカメ亭』――ワカメって、あのワカメ?」
俺の声は無視され、2人ともが宿にはいっていった。
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俺達がアグロの街で世話になった宿。そこの親父さんの紹介らしい。エーラムにいったらここに泊まるといいと聞いてきたようだ。
「ポンズさんから紹介してもらったのだが、3人ほど泊まれる部屋はあるかな?」
宿にはいるとすぐに、カウンターにいるゴッツイ体形をしたオッサンにフェルマンさんが声をかけた。
筋肉というか、岩というか……いや、筋肉だとはおもうんだが、えらく硬そうな皮膚だをもつ親父さんだ。
頭に一本角をはやし口中から牙が生え見える。鬼なの?
だいたい2mぐらいの背丈で、フェルマンさんを軽く追い越している。顔だちも無骨で、笑みがまったくない。青く鋭い目をしていて、睨まれたら……睨まれてるんですけど?
「なにか?」
怖いけど、普通に返してみる。めっちゃ怖いけど!
「人間と獣人? 客人。本当にポンズさんの紹介か?」
「ああ。この2人を魔王様に会わせないといけない。これは竜王カリスも知っていることだ」
「……竜王様もか。それじゃあ、しょうがない。だが、もしものときは、すぐに追い出すからな?」
「わかった」
話しはきまったようで、部屋の鍵をもらった。
「おい、アグニス」
「へい!」
名前を呼ばれきたのは、一人のゴブリンだ。緑の肌をした小鬼といえばわかるだろうか? 鬼と言っても角はなくて、下顎から小さな牙がでている。
「なんでしょ?」
「客だ。205号室があいただろ。案内してやれ。あとポンズさんの紹介だから、人間や獣人だからといって襲うなよ」
「ポンズの旦那が? そりゃ大変だ。わっかりやした。客人さんたち、案内させていただきやス。あ、荷物は、アッシがもちやスんで」
腰をひくくしながら、そんな流暢な日本語で…って違うのか。まあ、近づいてきた。
「大丈夫だ。そんなに多くないから。それより、部屋を頼む」
「へい。こっちでス」
やけに人懐こいゴブリンだな~と思ってしまった。
案内され荷物をおく。
どうやら大部屋のようで、俺達は3人ともここで寝泊りすることになるらしい。
「フェルマンさん、ポンズってアグロの宿の旦那さん?」
「ああ、そうだ」
「そういう名前だったのか、知らなかった」
「なんだ、あれだけ宿泊していて知らなかったのか」
「うん。まあ、聞く機会もなかったし」
「おめぇなら《鑑定》すれば一発で名前わるかるだろうが。なんで調べなかったんだ?」
俺とフェルマンさんの会話に、イルマが入ってくる。まあ、そうなんだけど。
「ちょっとな。覗き見しているようで、多用はしてないんだよ」
「なんだ、もったいない。使えるスキルがあるなら、つかえばいいんだよ」
「俺もイルマに賛成だな。いつ何があるかわからないのだ。少しでも思うところがあったら使い調べておくべきだ」
「……そうだな。今度からそうするよ」
特に反論する必要もないことだし、俺も同感だな~と、返事をしてからベッドへ身を投げた。
「なんだ、いいかえさねぇのか。つまんねぇ」
「言い返す必要がどこにもないからな」
まったくこの猫は何をいいんだすだが。そんなことより、側にきて、小さくなって撫でさせろ。
「フェルマンさ~ん。魔王様との謁見って、いつ頃になったら会えそう?」
「さぁ? 今日申請したのだし、なにしろイルマの件があるからな。そもそも謁見許可がおりるかどうかも怪しいと思うぞ」
「マジで! イルマ、おまえ、ちょっとアグロに帰れ」
「ふざけんな! こっちだって一族の未来がかかってんだよ!」
「だめか。仕方がない」
よっとベッドから起き上がる。窓の外をみればまだ昼ごろだ。そろそろ、宿の誰かよびにくるんじゃないかな?
その後は……
「なあ、イルマの護衛ってこの街だけなのか?」
「スキルつかったのおめぇだろ? おめぇが分からないのに、他のだれがわかるってんだよ」
「確かにそうだな。んじゃ飯くったら、ちょっとつきあってくれ」
「なにをだ?」
「それは後で。フェルマンさん、この街の周囲てモンスターでる?」
「でるぞ。とくにここは、魔都だからな。たまに都の中にもでるらしい。外出時はきをつけろよ」
「まじか。じゃあ、外でるときは、いつもイルマについていてもらうよ」
「それ、俺の方がマジカって言いてぇぞ。せっかく魔都に来たのにガキ連れてあるかなきゃいけねぇのかよ…」
「イルマ、お前、主旨かわってないか?」
しれっと観光する気だぞこいつ。あ、目そらした。絶対、チャンスとか思っていたに違いない。
だけど付き合ってもらうぜ、俺のやることに。




