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第64話 名づけ

「名前なのです」

「名前か…」

『名前だな』


 騒いだことによって忘れかけていたが、名前をどうするか考えねばならなかった。ちなみに食事はどうとでもなるらしい。というか、しばらくはいらないらしい。


「オリジンなので、オリコ! というのはどうなのです?」

「響きがな~」

『安直すぎだ』


 コリン撃沈。


「うーむ。緋色の目からとって、ヒガンというのはどうじゃ?」

「可愛くないのです。女の子なのですよ?」

『頑固に育ちそうだな。却下だ』


 ジグルド撃沈。


『めんこいし、メリーでどうだ?』

「……可愛いきはするのです」

「しかし、その名前の相手は多すぎでは?」


 そもそも名字がない彼らにとって、よくある名前はまずかった。

 つまりユニキスも撃沈。


『「「うーん」」』


 悩みふける毎日が続く。

 とりあえず上の拠点に戻ることになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 水場に戻ると、今度はハイハイを始めた。


「はやいです! オリコは賢いのです!」

「賢いとは思うが、オリコはな~」

『うむ。ないな』


 いつものユニキスと違い、名前については、コリンの味方をする気はないようである。


「やはりヒガンではないか?」

「可愛くないのです」

『だめだ。爺のようになりそうだからな』

「……ワシそんなに頑固か?」


 気にし始めたようだ。少し傷ついているかもしれない。そして今回は誰も頑固とはいっていないぞ。


『メリーは?』

「「なしで」」


 あっさり却下。理由は先と同じようだ。

 落ち込み地面に潜って消える幽霊というのは、気持ちのいいものではなかった。


 名前が決まらないうちに、今度は、


「じぃーじ、じぃーじ」


 と言い出した。そして言われているのは、


『なぜ俺? 爺はそっちだろ?』


 指刺す相手はもちろんジグルドだ。


「あれではないですか? いつも、ワシを爺と呼んでいるので、ユニキス殿の名前が爺と思われたのかと」


 コリンが自分をコリンと呼んでいるのと一緒と思ったのかもしれない。


「ジグ様は(とと)様なのです!」


「……それも違う気がするのだが」


 時すでに遅く、ジグルドは「ととさま」と呼ばれていた。

 ちなみにコリンは「かかさま」である。

 コリンの計画通りではなかろうか?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 モンスターがやってくる。相手はダイヤウルフ。ワイルドウルフより上位の存在だ。


「ふん! 今のワシなら負けん!」


 ランスと盾をもち、3m以上もあるダイヤウルフとにらみ合う。

 迷宮に潜る際に使っていた盾ではない。しっかりとオリハルコンで作ったものだ。

 なにしろこのオリハルコンは、軽い、硬い、加工しやすい、魔法耐性が強い。錆びない。という金属として夢を追い求めたような物質なのだ。使わない手はなかった。

 これによって、魔法関係もきっちり遮断できてしまう。まずは盾にというジグルドの考えは正しかった。


「ととさまー」


「まかせておけ!」


 ジグルドには余裕があった。

 いつかみたワイルドウルフよりも大きく、体毛も硬く、そしてなにより早い。

 さらにいえば、ここは室内ではなく水場付近。ダイヤウルフにとってみれば、戦闘するには十分な広さがあある。


 なのに、ジグルドは笑みすら浮かべ、オリハルコンの盾を前につきだし、ランスを肩でかついでいた。穂先がそもそもダイヤウルフにむいていない。舐めプか。


「ほれ、はやくこい」


 やはり舐めプだった。

 威嚇するダイヤウルフを挑発しまくるジグルド。

 でっかい盾を構えた樽にしかみえない相手だが、ダイヤウルフは攻撃できずにいた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ―――ダイヤウルフサイド―――


 なんだこれは?

 こいつはおかしい。

 突進し、噛みつく。

 あるいは、攪乱してから爪で殺す。

 飛んで、のしかかり頭をかじってもいい。

 あるいは……だめだ。

 どの行動も、全てが無意味に終わるイメージへとつながってしまう。

 どうしてだ? こんな奴にどうしてとびかかれない?


 それに、むこうの小さい生き物。

 恐らく子供だろうが、おかしい。

 あれは、なんだ? 生き物のはずだが、全く違う存在にも感じる。

 後ろでうるさく叫んでいるメスは何とかなるし、一人上で浮いているのは無視でもいい。だが、この2匹だけはまずい。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ガルルルルルゥ……」


「いつまでも威嚇しとらんで、かかってこんか」


 ダイヤウルフが全く行動を起こさないので、いいかげんジグルドは焦れてきた。

 仕方がないと、盾を前にしたまま前へと進みだす。


 一歩近づく。

 ダイヤウルフの声が止まった。


 一歩また進む。

 ダイヤウルフの体が一瞬震えた。


 更に一歩すすむ。

 ダイヤウルフの目から怯えがみてとれた。


「……おまえ」


 ここまでくればジグルドも気付く。自分が恐れられていることに。


「参ったな……」


「ジグ様?」


 オリジンを抱きながら近づき声をかけてくるコリン。


「あーまてまて、まだ来るな」


 自分の錯覚かもしれないしと、肩にかついだランスをふりながら声を返した。


「ととさまー」


 覚えたばかりの声と小さな手をひろげ出してくる。それをつかんでやりたいが、いまはできない。さすがに盾を手放すわけにはいかなかった。


(ええい、こいつが来なければ、ヒガンの手を握ってやれたものを。それに、怯えているのなら、さっさと逃げればいいじゃろうが。お前の肉なぞ、硬すぎて大してうまくないのだぞ)


 不満がつのりだし、その苛立ちが段々とジグルドの体からでてくる。


「コリン、ヒガンを抱いたままさがっとれ」


「わかったのです!」


「ととさまー」


 ジグルドの中では、ヒガンできまってしまったらしい。おまけに、誰も突っ込まない。


「おい」


 ジグルドが腹の底から声をだした。もちろん相手はダイヤウルフにだ。肩に担いでいたランスの穂先を地面にむけ、ズドンと突き刺す。


「去れ」


 言わんとしていることが、ダイヤウルフの中にストンとはいってきた。

 自分を逃がしてくれようとしている。

 本来なら、自分のほうが捕食者だというのに、なぜか逆になっている。


 そこで気付く。

 自分は怯えているのだと。

 ダイヤウルフは生まれながらの上位モンスターだ。

 それゆえ怯えというものを本当の意味で知らなかった。

 野生生物として、それは致命的欠陥ともいえるのだが、それでもいままで問題なかった。

 だが、それがいまになって理解できてしまった。その理解が激しい怒りをうんだ。


「ガルルゥウウウウウウウウウウ!」


 負ける? 自分が?


 ありえない! 何かの間違いだ!

 沸き起こる怒りの感情が、ダイヤウルフの全身を動かした。

 何かの間違い。やってみれば、自分が錯覚していただけだと知ることができる。


「ガァアアアアアアアア!」


 自分を振るい起こし、全身がバネになったかのように、飛び出した。

 狙いは、ジグルドの右腕。左半身は盾によって守られている。攻撃できるとしたら、上からのしかかるか、あるいは、見えている右腕のみだった。

 ダイヤウルフの牙が、ジグルドの右腕へとかぶりつく!


 スカ。


 刹那!


 ガツンと何か硬いものがダイヤウルフの鼻へとぶつかった。


「キャン!」


 犬のような鳴き声をだし、顔をそむける。なにが? と思うまもなく、ダイヤウルフの腹に2発目の衝撃が走った。


「ガウ!?」


 結果だけをみれば義手による殴打の後に蹴りがはいったにすぎない。

 鼻と腹部に痛烈な痛みを覚え、目を閉じながら顔を伏せていると、何かを持ち上げる音とが聞こえた。

 ふっと見上げるダイヤウルフの顔に影がおちる。


「ふん!」


 ジグルドの声とともに、影がおちる。

 手にしたランスがダイヤウルフの血で染まると同時に、炎熱操作が発動。内臓も含め一瞬にし焼かれてしまった。


「よし」


 血に染まったランスを抜き、燃えたダイヤウルフの側からはなれていく。


「ととさまー」


 赤子の声に、ニカっとした会心の笑みをみせ、ランスと盾をその場におとし、声だす赤子を愛おし気に抱きしめる。


「ヒガンや、強い子になれよ」


 高くあげ、きゃきゃ喜ぶ姿をみては、また高くあげてと繰り返す。


 それは、決して得ることが無いと思っていた物を得た男の姿であった。

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