第62話 オリジン
もってきた食料を腹にいれ、わずかな休息をとる。
疲労はまだ残っているが、ここにきた目的はまだ済んでいない。
宝物庫まであと少しなのだしと、気力をふるい立ち上がる。
「片付けも済ませた。いきましょうぞ」
『ああ。とはいえ、そこの扉を抜ければもう見えるぞ』
キマイラがいた場所の背後にあった扉をユニキスが指さす。番人なのだから、守っていたものといえば一つしかない。
「よし。コリンいくぞ」
「はいなのです!」
ジグルドがザックを背負い歩き出すと、コリンがそのあとをテクテクついていく。
キマイラが守っていた扉はジグルド一人では開く事ができなかった。どうやら鉄で出来ていたもののようで、錆びつきが酷かったらしい。
『俺はこの通りだからな。通行には困らなかった』
とはユニキスの言葉。彼もまた知らなかったようだ。
ギィ~ という嫌な音を出しながら扉を開く。
ようやくかと思い先をみたが、一本の通路だった。はいるなり両隣にあった壁が淡い光を放ちだす。上でみた光苔かと最初は思ったが、どうも壁に塗られた染料の効果のようだ。
「ユニキス殿、これは?」
『ここだけはまだ大丈夫か』
ユニキスの話によると、生物の熱に反応し、光だす染料をぬったものらしい。
『本当なら迷宮にはいると、こうなる仕組みだったのだ』
「ほう? このような物が昔はあったと」
壁を触りながら、塗られた染料を確かめようとするが、ジグルドの知識にないもののようで、それが何であるのか見当がつかなかった。
『その言い方では今はないようだな。こういった知識は失われたのか?』
「ワシはそもそもこの世界の住人ではないですから、それはなんとも。ただ、ワシの世界でもこのような物はみたことがありませぬ」
『そうか……こうした知識が失われるのは悔しいものだな』
「それは致し方ないです。代わりに得たものもあるでしょう」
確かにそうだなとユニキスが頷き、先へと進み始める。
通路はそれほど長くなく、はいってきた扉から20mもなかった。その間を淡い光で照らされる道を歩き、正面にみえた扉へとたどり着く。
ジグルドが軽く手をのせ押してみると、入ってきた扉と違い抵抗なく開いた。
「……あれが、遺産か」
部屋にはいるならジグルドの目が細まった。
「石碑? ……あと、あの大きなガラスはなんなのです」
コリンもはいってきて見た。
部屋にあったのは黒い2枚の石碑と、その中央に設置された、大きなガラス容器だった。その容器の中には、透明な液体で満たされており、コリンはそれが何なのか見当がつかなかった。
石碑のサイズは高さが約2m。ジグルドが見上げるぐらいの高さだ。
厚みもあり、石碑というより黒一色という外見から考えて、モノリスという言葉がでてくる。
サイズ的なことをいえば、中央に設置されているガラス容器も同等の高さだった。おそらく中にジグルドがはいっても大丈夫だろう。
「ジグ様。武器もあるのです」
ジグルドがガラス容器を触っているあいだ、コリンは奥にあった木箱の一つを気にし開けていた。
中にはコリンがいうように武器の類が乱雑に入っている。
「ほう? どれどれ」
鍛冶職人として気になったようで、ガラス容器から離れコリンの側にいく。ふむふむと手にとりながら、一つ一つ外に出していった。
「素材は色々だが、だいたいが鉄やミスリルだな。オリハルコンは……ないか。どこだ?」
確かあったとユニキスがいってたはずだがと、探してみるが見当たらない。
『隣の木箱だ。あけていいぞ』
「こちらですか。では、遠慮な―――おぉ!?」
「まぶしいのです!」
木箱の中にあった、様々な鉱石のインゴットがそれぞれの光を出し、室内を照らし出す。
「オリハルコンだけではないのか!」
「すごいのです!」
ざっとみて、アポイタカラ。サードアイオニス。アダマンタイト。ミスリル。オルマリン。といった、ドワーフしか扱えないとされた、希少鉱石が綺麗ならべられていた。
「これはすごい! この量といい品質といい……ユニキス殿、鍛冶場はどこですかな?」
待ちきれないといった歓喜にみちた顔をし、後ろで浮いていたユニキスにいうが、
『ここにあるわけないだろうが。それに、ここにきた目的は違うだろ。わすれたか?』
言われ、薄緑の光を放つサードアイオニスのインゴットを木箱へと落としてしまった。
「あぁ――!」
「ジグ様しっかりなのです!」
インゴットは傷つかなかったが、鍛冶職人としてのプライドが傷ついたようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジグルドの興奮が収まるのを待つまでしばしかかった。
いつもは止めにまわるジグルドであったが、普段扱うことができない鉱石を前にし、興奮せざるをえなかったのだろう。
「すまん。ワシもまだまだじゃな…」
「ジグ様の意外な面がみられて、コリンは嬉しいのです」
言葉どおり、会心の笑みをみせられ、ジグルドはますます落ち込んだ。
「ジグ様?」
「はぁ……よりにもよって、ここでこんな醜態を晒すとは思わなんだ」
ジグルドの落ち込みが見てとれて、どうしたらいいんだとコリンが慌てるが、ユニキスが、
『あまり時間もないのだろ? さっさと説明し、やったらどうだ?』
「ああ。そうでした。まずは、コリンに説明せねば」
「ジグ様?」
立ち上がり、コリンにつらそうな目を向けた。
「どうしたのです? どこか痛いのですか?」
「……まずは説明せねばならぬのじゃが――ユニキス殿。これはワシが言っていいものなのでしょうか?」
『何か問題があるのか?』
「ええ。ワシが知っていることが本当なのかどうか、自分の目で確かめたわけではないのです。なので、ユニキス殿のほうがよいのでは? と思いまして」
『……なるほど。確かに、違う可能性もあるか。わかった、俺のほうから説明しよう』
「幽霊さんお願いするのです!」
コリンに頼まれ、いつもどおり頬を緩ませかけたが、すぐに引き締めた。
ここ最近『娘っ子は、やっぱりええの~』モードが身を潜めている。ユニキスなりに思うところがあるのだろう。
『最初から説明したほうがいいだろうが、まずはここの場所がなんなのか結論だけいうぞ』
「……」
ゴクリと喉を鳴らしたのはコリンだった。ジグルドは特に反応を示さず、ひとり石碑のむこうへ歩いていき、地面に腰をおろした。
コリンが黙って話がされるのをまっていると、ユニキスはジーとコリンをみつめ、最後には諦めたように目をとじた。
「幽霊さん?」
『ここはな……ドワーフ・オリジンを作る……いや生み出す場所だ』
「……え?」
聞こえてきた声に顔を傾けた。ドワーフ・オリジン? 作る? なんですのそれは? と。
『俺は最古のドワーフの一人だが、俺達にだって先祖はいる。その先祖がドワーフ・オリジンというわけだ』
「ドワーフ・オリジン?」
『そうだ。そしてここにある、石碑とガラス容器が、そのドワーフ・オリジンを生み出す装置ということになる』
「……えっと――ジグ様、コリンは何を言われているのか、ちょっとわからないのです」
きっとコリンの頭の中では、白い鳥がくるくるまわっているのだろう。
「あー つまりだな。すごいドワーフを生むための場所ということだ」
「なるほど!」
『それでいいのか!』
「単純でわかりやすいのです!」
『そ、そうか。じゃあ、話の続きをしていいか?』
「はい!」
ユニキスにとって納得はいかないが、話をつづけることにした。
結論はいわれたが、どうすればいいのか? とか、ドワーフ・オリジンを生み出してどうするのか? とか、そもそもドワーフ・オリジンってなに? という話を始める。
『始祖のドワーフともいわれるオリジンは、精霊融合によって生まれる。精霊融合というのは、2つの精霊を融合させ、新たな別種の生命体を作りだす術だ。ここでそれを行うのだが、精霊融合するには2種類の精霊力を抽出し、石碑にその力をこめればいい。お前たちの場合は、爺が火で、娘っ子が土ということになるだろう。生まれたオリジンの扱いであるが……「ユニキス殿、コリンが寝ました」そうよく寝……なに?』
「話がややこしかったのでしょう。コリンが寝ています」
座ったコリンをみると、首をこくこくやりながら、まるで授業中に眠る生徒のようになっになっている。
『あれでか!』
「あれでですな。起こしますか?」
『……ねかせとけ。ここにくるまで疲れただろうし』
「わかりました。ワシにも異論はないです」
『う、うむ……まさかあの程度のことで寝るは……もっと省略するか』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コリンが目をさますと、ユニキスはどう説明したらいいのかと、あれこれ言葉を吐き出した。だが、言えば言うほど、頭をくらくらさせているので、ジグルドが助け船を出すことにした。
「コリンの場合、やりながら教えたほうがいいのでは?」
『……だが、事は生命創造なんだぞ? それは理解させるまえにやらせるのは、いくらなんでも無責任ではないか?』
「確かにそうなのですが……」
「!!!!」
黙ってきいていたコリンが、急に眼を輝かせた。
「生命創造! 生み出す! 2つを1つに!」
『うぉ! 急に理解しだしたか! そうだ、その通りだ娘っ子。俺は信じていたぞ!』
「……なにかひどく勘違いしているような気がしてならんのだが」
ジグルドは、ちょっとこのパターンは、絶対まともな事いわないと疑っていた。
結果をいえば、
「子づくりなのですね! 理解したのです! さぁジグ様つくりましょう!」
「やらんわ!」
予想どおりすぎて、ジグルドの拳骨がコリンの頭に下ろされた。
「いたいのですぅう――!」
「ちゃんと聞け。これは大事なことなのだぞ」
「うぅ、ジグ様が怖いのです……」
「ああ――いや、怒鳴ってすまなかった」
オロロと泣き出しそうなコリンを慰めはじめた。主に頭をなでることで。
ぐすんという声がしなくなり、そろそろいいかな? と思うと、再度説明がはじまった。
「ワシとコリンの加護精霊の力を借りて、新らなドワーフをつくりだすんじゃ。わかるな?」
「はい! 凄いドワーフが生まれるのです!」
「うむ」
「さっそく子供をつくるのです!」
コリンがワイルドウルフでつくった上着をはだけた。もちろんシャツはきている。
体ごとコリンからそらすジグルドと、『うほ! ええぞ!』といい、ガン見するユニキス。
コリンに上着を戻し、やりながら説明する方針で落ち着くまでしばらくかかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2人が石碑の前にたつ。凹凸一つない物言わぬ黒い石は、とても自然界にある石には見えなかった。
ユニキスが石碑の前に立った2人に、まずは石碑との同調を行うように言うが、そんな話は聞いていないと説明を求めた。
『爺もか。まあ、大したことではないが、石碑に手をあて感覚を研ぎ澄ましてくれればいい。あとはこっちで様子をみて、精霊力注入のタイミングをだす。そっちは、大丈夫だな?』
「「はい」」
むしろ精霊力注入で質問がでなかったのは良かったと、ユニキスが安堵した。
『では、石碑に手をふれ、同調開始だ』
2人ともが石碑に手を触れる。すると、ひんやりとした感触が手をつたわってやってくる。
(ん? 手だけではないぞ? なんだこれは?)
指先が冷えるのは分かるが、手、腕、胸と、徐々に体全体が冷えはじめてくる。
(つ、つめたいのです~)
コリンもまた、同様の状態になってくる。
『よし、注入開始だ』
次の合図が入る。2人の思考が鈍くなっているようで、返事をかえしてこなかった。
『爺、火の暖かを思いだせ。娘っ子、大地の恵みを感じろ』
そうした声が2人の頭にスーとはいっていった。
火の暖かさ。
普段から鍛冶仕事で加護を受けているため、その存在を感じとるのは容易かった。自分本来の戦場のことを思い出したジグルドは、すぐに火の精霊力を石碑に注ぎ始めたが、
(どのくらい注入すればいいのじゃろ?)
説明によると、ほんのわずかで良いと言われているが、そのわずかが分からない。
(うーん……こんなものか?)
例えるなら、手で水をすくって入れている感じに近かった。一口で飲み干せる水の量をイメージしたらしい。
大地の恵み。
言われ連想したのは、ジグルドであった。
(ジグ様の胸は大地のように暖かいのです~)
コリンはいまだに悪夢をみる。
一族の血が流れた戦場の悪夢。
ジグルドに会い、一緒にいるようになってから悪夢をみる頻度は減ったが、それでも見ることはあった。
だが、その悪夢も、ジグルドに寄り添い眠るときは、決してみることがない。
(安心するのです~)
子供が親に抱かれ眠るように、コリンにとってジグルドと一緒に眠るというのは、それに似た何かなのだろう。
安心感を思い出したコリンの中で土の精霊力が活性化しだす。
それは体に広がり、わずかではあるが、石碑にもながれていった。
『そこまで! 2人とも目をあけ石碑をみてみろ』
いわれ石碑をみる。
「光っとる!」
「コリンもなのです!」
ジグルドの石碑が緋色に。コリンの石碑が黄土色に。
『よし、はいったな。あとは丸一日まっていろ』
「これでおわりですか?」
『そうだ。あとは両方の精霊力がガラス容器の中で融合する。そのあと、受肉し細胞分裂を始める。容器から出すのは10日ほどあとか? その間に子供らしくなるはずだ。その後は……』
「ユニキス殿そのへんで、またコリンが寝ますから」
「クラクラなのです」
『……ちょうどいい、オリジンを容器から出せるようになるまで、娘っ子は勉強だ。なーに、戦士ではあるが、一応基本的なことは知っている。まかせろ』
「勉強! いやなのです!!!!」
「……勉強?」
ん? とジグルドが頭を捻った。何か忘れているきがしたようだ。
(誰かが、時間つくって勉強しようとか言っていたような……あ)
ヒサオやテラーが言っていたことを思い出す。
「ユニキス殿! ワシにも言葉をおしえてくれ。共通語で頼む!」
『爺しらなかったのか? 意外だな』
「コリンはしっていたのです! ヒサオ様の通訳スキルがなくても喋れるようになりたいと言っていたのです!」
『どういうことだ?』
どうやら今度は、ジグルドの身の上話を言わなければならないようだ。
オリハルコンと、アダマンは有名だと思いますが、アポイタカラについてはどうなのでしょうか?
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