第57話 炎熱操作
ユニキスのいったとおり、匂いに釣られモンスターがやってくる。
とはいえホーンラビットという、小さなモンスターであるが。
一本角がはえた兎で目は鮮血色。体毛の色は様々で、斑模様なものが多い。
サイズは普通の兎とほぼかわらずで、4,5匹同時にかかってきても、十分対処できる相手である。ちなみに今きたのは2匹のみ。危険が無いといっても過言ではないが……
「むん!」
ジグルドが義手のほうの右拳で殴りつけたが空振り。
素手でこれなのだ。両手ハンマーをつかって当てられる自信がなかった。素手もリーチが短く問題有だが。
『おいおい、そんな雑魚相手にして苦戦していたら駄目だろう』
「そうは言われましても……」
むしろワイルドウルフのほうが組みやすかったと言いたくなったが口にしなかった。
力ならそれなりに自信があるが、機敏さとなると全く自信がない。
(こうまで、ダメージを与えることが難しいとはおもわなんだ)
両手を前に構え、ボクサースタイルをとる。だが、フットワークが全くダメで、あてられない。腰もしっかりとまわっていないため、たとえ当たったとしても、ダメージがほとんどないだろう。
「キーキー!」
「キャッキャ!」
左右にわかれ、ジグルドを翻弄している2匹が、挑発するような声をだした。
「ジグ様! いつものハンマーなのです!」
「あれは駄目だ。重すぎてあたらん」
「片手のやつなのです。携帯式の!」
「ムッ!」
言いたいことがわかり、ブンと右腕を振り回すとでてくる片手ハンマー。
「それなのです!」
『ほう? なんだ、使いなれた獲物があるじゃないか』
武器を右手にもち軽くあげる。左手はホーンラビットに向けた。
まるで釘うちでもするかのような姿勢だ。
「あててやる!」
狙いすましたように右にいるホーンラビットを睨み言う。対象とされた方が腰を落とし、いつでもジャンプできる姿勢をつくりだした。
にらみ合う、樽と兎。
違う。
ジグルドとホーンラビット。
その光景を見守る面々。もう一匹のホーンラビットも、相方を心配し見守っていた。
ジリジリとつめよるジグルドにたいし、腰が段々と持ち上がるホーンラビット。いまにも飛び跳ねそうだ。
「オリャ!」
声をだす、
そして何も持っていない左手で、ホーンラビットの首を捕まえた。
右手のハンマーは囮か。「あてる」とは何だったのか。
ユニキスはズルっと肩をおとし、コリンは『流石なのです!』とピョンピョンジャンプし、喜びを表していた。
「捕まえてしまえばこちらのものよ。どうしてくれよう」
悪役さながらのセリフと声。獲物なので焼いて食うだけなのだが。
ひっつかまえたホーンラビットをハンマーで叩き気絶させ、そのままコリンにぽいっと投げた。解体は任せるつもりだろう。
喜々としてうけとり『これこそ嫁の仕事なのです!』 というコリンのセリフに反応はなかった。
『それでいいのか、お前ら……』
1人いた。ただし別の意味で。
「切るのは苦手でしたな。叩くよりも捕まえるほうが、上手くいくようですわ」
『普通は逆だと思うが……しかし、それだと訓練にならん』
もう一匹のホーンラビットを捕まえようと、じりじりと壁につめよっていたジグルドの足がピタっと止まった。ユニキスの声に注意がいき、獲物から視線をはずしてしまう。チャンスとみたホーンラビットが、角の角度をかえ突進。
ペシ!
ジグルドに叩き落とされ、目を回す結果となった。
そもそも角があるだけの兎で、その角も鋭くない。
追いかけ捕まえるのは難しいが、襲ってくるのであれば撃退は容易だった。
「訓練だったのですか、これは?」
『俺はそのつもりもだったんだがな。この先にある地下迷宮は、わりと強いのがゴロゴロしている。少しでも戦い方を今のうちに学ぶべきだ』
「ムウ……確かに」
「ジグ様なら余裕なのです!」
解体しおわったのが、お湯を沸かし始めている。兎のスープならぬ、ホーンラビットスープでもつくるきだろうか。あるいは煮込み料理かもしれない。
「しかし、一朝一夕で強くなるものでもないですし」
『なんだ爺。気付いていないのか?』
「……ジ……いや、なんのことでしょう?」
『《炎熱操作》だ。せっかく使えるのだ。利用しない手はないだろう』
気絶させたばかりのホーンラビットを拾いあげ歩きだそうとした足が止まった。
「よろしいので? あれは禁忌のはず」
『……まあ、そうだが仕方がないというやつだ。それにあれは、子孫に危険を残すという意味で禁忌となっているのだしな』
頬を膨らませ、不機嫌そうな声をだす。ユニキスが軽く空にあがっていく。顔を見られたくないのかもしれない。
足をとめたジグルドのそばに、コリンがやってくると、頼むと一言いい獲物を渡した。
爺が孫に獲物を渡しているような光景にしかみえない。コリンの意識は別にして。
「少し考えてみるか。もっと戦闘に使いやすいように」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
水と食料問題が解決し、保留となっていた家の建築に着手した。
コリンを一人離れた場所においておくと危険なので、2人がかりだ。
その間もコリンが一人騒ぐ。それを見て、ジグルドが笑みを見せることが多くなってきた。ジジ馬鹿と言われても仕方がない光景だ。
ひろった瓦礫を崩れた壁に積み重ねていくのだが、それだけではすぐに崩れてしまう。そこでジグルドは《炎熱操作》をつかい、石を一瞬溶かしてしまうことにした。
「これで接合させる」
高温で溶かした石が融解し、積み重なった石と接合。元々は同じ種類の石ということもあり、綺麗に接合されていった。
『俺の時も《炎熱操作》を鍛冶に利用していた奴らはいたが、ここまで溶けるものなのか?』
「いえ。以前はせいぜい微細な温度調整ができる程度でしたが、最近このような事も出来るようになりました。もっとも以前の状態でも、片腕で鍛冶仕事をする助けにはなりましたが」
ジグルドは不思議がっているが、実はちゃんとした理由がある。
ヒサオの言うレベルアップがそれだ。
旅の道中ヒサオのレベルがあがっていたのと同じく、ジグルドのレベルもあがっていた。
さらにここ最近での戦闘経験もあり、瞬間的に操作できる熱量の割合が増えたのである。それこそ石を溶かせてしまえるほどに。
「ジグ様、玄関はどうするのです?」
「それは考えてある。城門に使われていた木材を使うぞ。コリン手伝ってくれ」
「はい!」
水場にうつってわずか3日で、家づくりが完成した。
『城の壁を利用して家を建てるか。まあ、これはこれで面白い』
「安全のためですから、面白さはもとめておりません」
できたばかりの家壁をさすりながら、不満気な声でいう。おそらく納得がいく出来ではないのだろう。
『しかし石をも溶かすか……これは炉が無くても鍛冶ができるのではないのか?』
「はぁ、そのことなのですが、すでに試してみました」
『なに? それで?』
結果をきにしジグルドのそばによってくる。そんなユニキスから顔をそらし、
「コリン、アレ……「はいなのです!」……すまぬ」
先読みされ、山刀を一本もってきた。
「試しでつくってみたものです。コリンによいかと」
『ほう? 鋼だな? どこにあった』
「ワシのハンマーを一部溶かし使いました」
『あれをか? では、ハンマーの形もかえたのか?』
「持ち手の部分を溶かすだけで済みました。さほど変わってはいません」
ギラリと光る山刃をユニキスへと見せながら、自分の成果を淡々と話す。
『水で冷やしたのか?』
「はい。それが?」
『今度やるときは、冷やすのも《炎熱操作》でやってみろ。訓練だ』
「やったことはありませんが、試してみます」
頭のメモに、ユニキスのいったことを記す。ここ数日で色々と教えてもらっているので、助言は素直に聞いていた。
『あともう一つ。もう一度ハンマーを溶かし、ナックルをつくっとけ』
「ナックルですか? 確かに拳を武器にするスタイルも良いとはおもいますが、ワシの腕のリーチで。戦闘は厳しいのでは?」
『いいからつくっておけ。話はそれからだ』
「分かりました」
これまたメモである。ほとんど宿題のようなものだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、モンスターとの戦闘においてコリンが参加。
ジグルドが作った山刀を鞘にいれ腰につけた。
鞘部分はこれまた城門木材のあまりである。
また衣服も交換。作業服から厚手の皮鎧となる。
素材は、ワイルドウルフの皮。かなり蛮族っぽくなった。嫁という地位から遠のいている気がする。
試しにジグルドも着てみたが、かなり不似合いの様子。
ユニキスは爆笑し、コリンは明後日のほうをむいて「お似合いなのです」といっていた。
結果、いつものやつに落ちついたようだ。
「コリンもこれで戦えるのです!」
というコリンであるが、その日やってきたのはモア・ベア。ヒサオがベアちゃんといっていたやつだ。そのサイズにビビリ、ジグルドの後ろに隠れた。
『めんこいの~ 娘っ子は、ええの~ 怯える姿も格別じゃ~』
モンスターにビビリ、先祖にビビル。
自分によってきたユニキスの言動に嫌悪感を示すのに躊躇いはなかった。ブンブンとコリンが山刀を振るった相手は、まず祖先の幽霊になってしまった。
「手ごろじゃな。試すか」
ガシガシと義手と左手の拳をぶつけあう。指にはめるは、黒く光る鋼のナックルガード。
自分より巨体のモア・ベアを眼前にひるむことなく仁王だち。その背でユニキスとコリンが漫才を行っていたが完全無視。
左手を前に、右手をさげ、空手スタイルに近い態勢をとる。
つかむ。殴る。どちらでもすぐに行えるスタイルだ。ボクサースタイルだと、ジグルドとって合わなかったらしい。
「ガルルゥウウウウウウ!」
モア・ベアが両手を高くあげ威嚇。低い唸り声がジグルドの頭上から聞こえてくる。
「吠えおる」
その声にカチンときたかのように、モア・ベアがかぶさってきた。両腕についた爪がまもともに刺されば致命傷は確実だろう。そんな避けるべき攻撃が届く前に、
「どぉりゃあああああああああ!」
気合を込めた右拳がモア・ベアの顎にクリーンヒット。ダリル鉱石でできた義手がそのまま武器になっていた。おまけに樽体形のジグルドの体は、懐に飛び込みやすかった。
さらに、
「せぇい!」
左腕による一発が、動きを止めたモア・ベアの腹に炸裂。そしし燃やす。
瞬時にもえた自分の体毛に驚き、下がって体を地面に押し付けた。かろうじて火を消しきることができたようだ。
「ふむ? まだまだ、打撃も焼きも甘いか」
顎にタイミングよくはいったのに、気絶もさせられず、冷静に消火活動をさせられてしまった。これでは理想通りとはいえない。
『まだまだ、瞬間火力が弱いな。接触さえできれば熱操作は自在のはずだ』
「そうなのですが、鍛冶でつかっていたもので、ジワジワと火力調整するクセがぬけませぬ」
『慣れろ。まずはその武器の距離でつかえるようになれ』
「わかっております」
左拳を軽くあげ、ユニキスにやってみるというポーズを決めてみせる。
その間に、モア・ベアが再度たちあがる。ダメージから回復したようだ。
「もう少し練習相手になってもらうぞ」
手ごろな相手だと、ジグルドとモア・ベアの戦闘はしばらく続いた。
決着を決めたのは、ジグルドの左拳によるレバーブローであった。
態勢を低くし突進してきたモア・ベアの鼻先に右拳を一発。怯み立ち上がったところに、斜め下から、腹部に向かってハンマーでも打ち付けるかのように左拳をめりこませ溶解させた。
焼くというイメージではなく、マグマのように溶かすイメージを。
それを想像しながら打ち込んだ結果、拳大の穴ができあがり、周囲が溶けていた。
『おいおい。そこまでやれとはいってないぞ』
「こうなるとは、ワシも思いまませんでした」
腹部にできた穴。その穴の周囲についたドロっとした肉片。モア・ベアは何がおきたのかさえ分からず、そのまま地面に前のめりに倒れた。
「すごいのです!」
「これは、上手くいったといっていいのか? 思っていたのと違うのですが」
『まあ、これはこれでいいんじゃないか? 俺も思っていたのと違うが』
2人とも、どうしてこうなったと、いう気分のようだ。




