第54話 加護精霊
ヒサオが鑑定を使い《炎熱操作》のスキルを言い当てた時、ジグルドの心が動揺を覚えた。
なぜなら、そのスキルは禁忌とされ、習得しているドワーフは忌子と言われ一族追放すらされる。
だが、幸いなことに異世界であったし、そんな事実を知るものはいなかった。
ドワーフと親しいというミリアですら知らない様子。禁忌に触れるような話なのだし、エルフであるミリアが知る由もないのは無理もないことであるが。
「そのようなスキルをなぜ、ジグ様が?」
ちゃっかりジグルドの両膝に自分の腕をのせ、甘えたような仕草で尋ねるコリン。
ジグルドはといえば、椅子にすわったまま、苦い顔をしユニキスと対峙したままだった。
「おそらく生まれつき条件はそろっておったと思う。使えるようになったのは、ワシが大人になったあたりかの? あれは鍛錬で覚えられる類のものではなかろう」
『当然だ! あのスキルの習得方法なぞ残すわけがない!』
「? ということは、習得方法があったのですか?」
知らなかった情報だとジグルドが聞く。
『ふん! 知るか! いいからさっさと出ていけ!』
ふわふわと浮きながら、くるっと半回転。
正直、この場で消えられると困るので、いてもらえるだけでもありがたい、と、ジグルドは苦笑した。
「なぜ禁忌なのです? コリンには便利なようにしか見えないのです」
「うーん。確かに便利ではあるのだが……」
困惑気にユニキスの背をみつめ、どうしたらいいものかと判断に迷う。
(言っていいものだろうか?)
言えば知られる。先入観のないコリンであれば、自分を嫌わないかもしれない。というかそちらの可能性のほうが高いのだが、正直このスキルのことは、コリンにいいたくなかった。
今のコリンに言えば、後々のドワーフも知ることになる。
それが禁忌として伝わるのか、あるいは、便利なスキルとして残るのか、それはコリンの判断次第。
どちらかといえば、禁忌として扱ってほしいとジグルドは思っていた。
(自分が使うのに、後世には使うなとは言いづらいの)
そもそも習得方法を知らないため、教えることもできないが、中にはジグルドのように自然と覚えてしまうものもいるだろう。となれば、リスクを教え残した方がいいと思うのだが……
「分かりました! 疲れやすくなるのですね!」
まるっきり検討違いのことを言われ、ガクっと肩を落とす。ユニキスも同様であった。
「ハズレなのです?」
「疲れるのは、他のスキルでも同じじゃ」
「言われてみれば!」
『娘っ子はかわえ……いや、違う。帰れといっているだろ!』
コリンの声に抑えがきかなくなってきているようで、チラチラと2人をみはじめた。
コリンは教えて教えてとせがみ、ユニキスは、帰れといいつつコリンをチラ見。ジグルドは、そんな2人に挟まれ、ため息をつくしかなかった。
「わかった。教えるから、まずは、この腕をどかせ」
「はいなのです!」
言えば即反応。コリンがパッと立ち上がる。
『……禁忌だというのに、お前は』
「とはいいますが、ワシのように自然に生まれてしまうのもおりますから」
『……』
返事がない。別に許可はいらないのだが、ユニキスなりに悩むのだろう。
「ジグ様?」
「ああ、わかった。だから肩に手をまわすな」
今度は後ろから甘えはじめたようだ。積極的だぞコリン。どうみても孫が爺に甘えているようにしか見えないが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《炎熱操作》の禁忌理由を説明するまえに、まずは加護精霊の話となる。
「知っているのです! エルフは水と光。ダークエルフは風と闇。そしてドワーフは火と土の加護をえているのです!」
これは、ごくごく一般的な常識としてあるものだった。
「加護がないといってその属性魔法やスキルを習得できないわけではないんじゃが、扱いやすさや習得しやすいという点で、加護精霊の属性が関係してくる」
「はい!」
一つ一つ確認しながらコリンに話をしていく。なにしろ知っているとばかり思っていた、口伝が全く伝わっていなかったのだ。どこまで知っているのか、分からない。
さて、この話がどうして《炎熱操作》のスキルに関与するかというと、ジグルドの有している加護精霊は、火と土ではなかったという事になるからだ。
「え? ですが、ジグ様はドワーフなのです!」
「そうじゃな」
「? 話がわからないのです。ドワーフは、火と土のはずなのです」
だから忌子なのだ。
ドワーフでありながら、本来あるべき加護精霊をえていない。
それはドワーフでありながら、ドワーフではないと言っているようなものだった。
「では、ジグ様の加護精霊はなんなのです?」
「ワシの加護精霊は、火と水じゃ」
「……」
聞いたコリンがアレ? と首をかしげ珠玉の目を点にし、ユニキスは、フンと鼻息を一つつく。
「え? え? 火と水なのですか?」
「そうじゃ」
聞き間違いかと思い尋ねるも、同じ回答が返され、コリンの混乱が増す。
なぜなら、その組み合わせは、加護精霊どうしが反属性のため対立衝突し、加護どころか命そのものを奪ってしまう。
「????」
コリンが混乱し、ぺたぺたとジグルドの体をさわる。いつもの甘えではなく、ジグルドが確かに生きていることを確認したい様子。
「????」
確認し余計にわからなくなったようだ。混乱度がましてしまう。
なぜ生きているのです? とは流石に声に出さなかった。
コリンの疑問はもっともで、これは世界の常識の範疇。ということは、ジグルドのいったことは、その常識をぶち壊すようなものなのだから。
「不思議じゃろうな」
「はいなのです!」
『《ドワーフの加護》の恩恵だ』
我慢しきれなくなったのか体の向きをかえ、ジグルドを睨みつけている
「《ドワーフの加護》なのですか? あれは、器用さがあがるだけだと、コリンは習ったのです」
「うむ。ワシもそう聞いておったが、事実は違ったということじゃ」
『フン! そうだろうよ! 禁忌に触れるような愚かなドワーフはいないのだ。そのうち伝承が消えるだろうとは思っていた!』
結果的にユニキスのいったとおり、この世界では消えている。
《ドワーフの加護》。これは多くのドワーフがもつもの。
とくに職人として働くものは、必ずといっていいほどに生まれもってくる。
ただ持たずに生まれてくるものもいて、そういったドワーフは戦士として生涯を送ることが多い。
ジグルドの弟ジンドや、目の前にいるユニキス等が、それにあたる。
「ん~ やっぱりわからないのです。ジグ様の《炎熱操作》は便利なのです。それに《ドワーフの加護》はそう珍しくはないのです。なのに、なぜ禁忌なのです?」
「……」
自分に純粋な疑問をなげかけてくるコリンを見る。
そして、自分の前でフワフワと漂いながら不機嫌さを隠すきもない、ユニキスを見た。
自分で言えという事なのだろうと諦める。
「はぁ……ワシの子もまた、水精霊の加護を得る可能性が高いからだ」
聞いたコリンがピシっと表情を固める。
「え? え?」
「ワシの子。いや、ワシの子孫全員が、水精霊の加護がつくリスクがついてまわるということじゃよ」
文字通り子々孫々にいたるまで、死のリスクがついて回る。
「……じゃあ、ジグ様は」
「ワシは、自分の子をこの手で抱くことはできん。なぜなら、ワシ自身、自分の血を残すことを嫌っておる」
誰が、自分の子孫の不幸を望むだろうか?
誰が、自分の子が苦しみ姿を望むだろうか?
たとえ自分が若く、コリンとの間に障害がなかったとしても、ジグルドが忌み子であるかぎり、子孫を残すつもりはなかった。




