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第42話 ユミルという国

 期日まではあと3ヶ月となる。


 すでに他の2人は目的を達し、アグロの街に戻っている可能性だってあるのだが、自分から言った手前、様子を見に帰ることすらできずにいた。


「おねぇさ~ん」


「うるさい! 出かけたいなら一人でいきなさいよ。私はそれどころじゃないの!」


 昼食の支度のために台所に立ち、今朝がたエルマがとってきた野鳥を調理中。


「まったくもう!」


 怒りをあらわにしながら、トントンと包丁の音をならしていく姿をヒサオたちがみたら驚くだろう。料理関係は他人まかせだったのだから。


 さて、そんなミリアであるが、なにも毎日家にいるわけではない。

 森の中の一軒家といえば聞こえはいいが不便この上ない。

 森の動植物や近くにある畑の作物のみでは、食事に飽きがくる。娯楽といえるものもなく、近しい人は小生意気なエルマと、感性で語るオルトナス。

 おまけにそのオルトナスのほうは、留守にすることが多いため、ほぼエルマとの2人暮らし。他人からどう見えるのかはお察しだ。深い意味はない。姉弟にみられるぐらいだ。

 そんな状況で家に籠っていられるわけもなく、時折街にブラリといく。


 ここユミルは国である。

 湖の上にある森で、外からみれば国というには狭いといわれるかもしれないが、中にはいってしまえば違っていた。

 城を中心として張られた結界により外から見えないだけ。広大な大地がここにはある。

 かなり昔に使われた魔法によって空間が歪曲されているらしいが、詳しいことを知っているのは王家だけとされてた。


「ふわ~ エルマのやつ、ちゃんと留守番してるかな?」


 天の長衣姿のミリアが欠伸を一つ。自宅のように短パン姿を街中で披露する趣味はないようだ。


「さて、買い出しするかな。まずは、おばさんの店にいかないとね」


 鼻歌まじりにミリアが足を速める。

 手にもつバスケットにはまだ何もないが、おばさんの店にいけば、中にパンがはいることになるだろう。美味しい焼きたてパンの匂いを思い出し、足取りが軽くなった。


「おばさん、おはよう!」


「あら、いらっしゃい。今日は買い出しの日?」


「違うけど、たまにはいいでしょ。おいしいパンある?」


「なにいってんだい。うちはどれも美味しいよ」


「それもそうね。じゃ、うーんと」


 さらっと並ばれたパンを見る。おばさんも一緒に見た。

 おばさんといいつつ、美形のおねぇさんだ。人間でいえば20代後半といったところだろうか?


「これとこれと、あとこれも、あ、これまだ食べたことないわ」


「あらあら、そんなに買ったら、他の物が籠にはいらないよ。どれか1つぐらいやめときな」


「そうね。じゃ、このポテトパイをやめるわ」


「はいよ。じゃ、いつものを2つね」


 すっかり常連となっているミリア。

 買い出し担当がミリアになっているせいもあるが、オルトナスの家で厄介になっているというせいもある。店の人に心配されているのだろう。


 この国にきて良かった事の一つに、美味しいパンが食べられるようになった事がある。

 どうも、この世界の食事というのは、味が2の次になっているように思われる。

 アグロの街の料理は別格だったが、あれはメグミが残したレシピがあったからだ。そういう意味では、この世界の料理とは言えない。


「おばさん、ありがとね」


「毎度。なくなったら、またおいで」


 しかし、このユミルでは違う。

 おばさんの家のパンは美味く柔らかさも絶妙だ。家に帰るころには、ふっくら感が減っているだろうが、それでもライムギパンなどに比べれば雲泥の差といっていい。


「ふっふふ~ん♪」


 鼻歌をまじえながら、帰路につく。

 足元の道は石を組み合わせたもの。整備をしっかりすれば長く保つだろう。

 街並みもレンガ建築が随所にみられ、とても湖の上にできた閉ざされた街中とは思えない。

 イガリア王都のアルツと比べて、どちらが裕福な状態にあるのが一目瞭然だった。


「……」


 足をとめ、うしろを見る。

 エルフ王家の城がそこには見えた。

 モスクを連想させるような礼拝堂のような城だ。もちろんミリアはモスクというものを知らないが、その建物が放つ独特のオーラに圧倒されそうになる。


「あんな場所で暮らすって、大変そうね」


 王家の人々に対して言うが、それだけではなかった。


「メグミか……どうしようかな……」


 ここに来る前に聞いた噂の一つにメグミはエルフの国で眠っているというのがある。そして、どうやら、あの城がその場所のようなのだ。

 本当は確認しなければならないのだが、その手段が、いまのミリアにはなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふう。ただいま~ つい買い込んでしまったわ」


 パン屋によって後、魔法道具専門店にもより消耗品の補充を行ってきた。

 なにしろ失敗が多いため、在庫が減る一方なのだ。おばさんが心配したとおり籠にはいりきれなかった。ポテトパイを諦めたとしても駄目だったようだ。


「おかえり、師匠から連絡あったよ」


「え? あ、ほんと。なんだって?」


「夕方には帰るから食事と風呂の用意頼むってさ」


「そう。お風呂のことまでいうなんて珍しいわね。疲れているのかな?」


「たぶん? たまにすごく疲弊してくることあるから、それだと思う」


「夕方ね。わかったわ。かえってきたら、まずお風呂にいれますか。湯焚きお願いね」


「はーい。あとで水をいれておくね」


「よろしく。じゃ、私はかってきたのしまっとくわ」


 会話が終わるとささっと行動を始める。

 エルマは水桶を手にし外へとでていき、ミリアは自分の部屋へと戻ると着替えを始めた。

 白のブラウスに多少だぶりがある薄茶のズボン。そんなラフな服装に着替えると、家中の窓や扉を開いていった。掃除の開始である。オルトナスはかなりズボラなのだが、ミリアやエルマは綺麗好きだったりする。


 弟子の2人が師の帰宅を待ちながら、家のことを済ましていく。

 時折いなくなるオルトナスは、帰宅時には連絡をいれてくる。魔法的な何かではなく物理的に。郵便というやつだ。これもまたメグミが広めたものなのだが、それをミリアは知らない。せいぜい便利ね~と思うだけだったりする。


「ただいまじゃ。風呂はわいとるか?」


 夕方帰るなり疲れた声をだし、まずは風呂をと要望。

 着ていた絹でできたエルフ独自の種族服をぬぎ、迎えたミリアへと渡す。


(薬品くさい。どこにいったんだろ?)


 嗅ぐ必用もないほどに匂うため気にはなる。

 緑と水色で染め上げたゆったりとした上着をハンガーにかけ戻ると、すでにオルトナスはいなかった。

 キョロキョロと探していると、


「師匠なら風呂場だよ。今回はよっぽど疲れたみたい」


 手に衣服や下着をもちエルマがいってきた。どうやら脱ぎ捨てながら向かったようだ。


「そう。しょうがないわね。じゃ、夕飯の支度すますわ」


「はーい。じゃあ、これ洗濯籠にいれとくね」


「そのまま洗濯しちゃってもいいのよ?」


 と駄目もとでいうが、返事は一切ない。やる気がゼロだ。

 エルマが戻ってくるタイミングでオルトナスも風呂からあがってくる。すでに寝間着姿だ。これから夕飯だというのに。


「さぁ準備はできました……って師匠、寝間着はちょっとやめませんか?」


「硬いこというでない。くったら寝るだけじゃ」


「はぁ……しょうがないわね」


 くっちゃねエルフというのは存在した。いや、働いているのだろうから、単純に疲れているだけだ。


 夕飯は、野鳥のスープと買ってきたばかりのパン。それに畑でとれた野菜などである。

 食事のさなか、オルトナスが手にしていたスプーンをふととめた。


「ああ、そうじゃ。寝るまえにいっておかんと」


「なんです?」


 隣の椅子に座っていたエルマが尋ねる。


「どうやら外で人間たちが何かしはじめたようじゃ。何事もないと思うが、ここは結界近くじゃから、一応用心しておくように」


「え? 何がって何? それじゃわからないわ」


「ワシも詳しい事はしらんが、最悪、ここに攻めてくる可能性もある」


「「え?」」


 と言われ、エルマとミリアが顔を見合わせる。


「いや、そんな。ないでしょ? ここはアグロと一緒で託宣が聞こえないらしいし」


「それどこで得た情報です? 師匠って、結界の外にいってるんですか?」


「じゃから詳しいことは知らんよ。噂程度の話じゃからな。ただ、ほれ、ドワーフとダークエルフがやられたじゃろ? もしかすれば、ここもという恐れがあるんじゃろ」


「噂……ですか」


 声を潜めたのはエルマだった。いつもと様子が幾分違う。


「心配はいらん。たとえ、王都のほうでエルフ狩りの託宣が下ったとしても、ここはその託宣が働かん場所じゃ。おまけに、獣人たちの多くが離反しはじめたと聞く。人間だけで、ここまで攻めてくるのは不可能じゃよ」


 沈みこんだエルマを励ますように声を大きくはりあげ、隣の席で食事をしていたエルマの肩をポンと叩く。聞いていたミリアは、オルトナスがいった裏側の事情を知っているため、あまり口を挟むことをしない。


(へんなこといって異世界人だとバレたら、どうなるか……)


 エルマはおそらく知っているのでは? と思うが、オルトナスにはまだバレていないはずなのだ。メグミのこともあり、せめて転移魔法陣習得までは伏せておこうと決めている。


(騙しているようで、気分は悪いけどね)


 意図して口にしない時点で騙しているのだが、ミリアは必要なことは躊躇なくやる主義である。


「ふう。くったわい。じゃ、おやすみじゃ」


 食べたら寝る。太るぞ。だが、爺さんだしいいのだ。外見は若いのだが。

 欠伸を我慢しきれず ふゎ~と一つしながら、とぼとぼと歩いていく。とても各地をまわり魔法陣を設置したとは思えない。


「師匠って、どこでなにしてくるんだろうね?」


 ミリアが食器を片付けながらエルマにきく。当人は、玄関口にあるオルトナスの靴を棚へと移動していた。


「僕も知らないよ。でも薬品の匂いがよくするから、それ関係で城に行ってるんじゃないかな?」


「え? お城? どうしてそうわかるの?」


「いや、だって……ああ、おねぇさんは知らないのか。この国で薬品関係は城でしかあつかってないんだよ。だって、治療だけなら魔法ですむし。僕も初級程度なら扱えるよ」


「……なるほど」


 自分の常識とは違うことを認識したようだ。


「お城でなんの薬品研究をしているの?」


「そりゃ、色々だよ。相手を虜にしちゃうような薬とか」


「それっていいの!?」


「例えばだよ? 本当にそうなのか、僕にはわからないよ」


「そ、そうよね」


 ふうと一息はく。ミリアの常識でいえば、そういった薬品はご禁制なのだ。自分がいるべき本当の世界ではの話だが。


「もし本当だったら、ちょっとついていきたいわね」


 ガチャガチャと食器を洗いながら言う。水道水ではない。そんな便利なものはないのだ。桶にためてある水を使っているだけにすぎない。


「え? まさか、虜にしたい相手が?」


「そっち!? 違うわよ! 普通に研究しているところを見たいだけよ」


「そっか。ちょっと驚いたよ。おねぇさんにそんな相手がいるように……いやなんでもない」


 何かされる前にやめた。人とは学ぶもの。エルフだけど。


「そういえば、おねぇさんって、ここきて3ヶ月ぐらいだよね?」


「そうだけど、それがどうしたの?」


 洗いおわった食器についた水を吹きとりながら聞き返した。


「うん。その間この国から外に出ていかないな~と、会いたい人っていないの?」


「……うーん」


 ピタリと手がとまる。

 会いたいというわけではないが、アグロの街がどうなっているのか気にはなる。

 一度戻ってみたいのものあるが、今もどるのはちょっと違うきがするしと、考えこんでいると、


「いるなら、無理しないでいいんだよ?」


 近くで聞こえてきた声に、考えが止まる。みると、エルマが台所にはいってきていた。


「そういうわけじゃないわ。それにまだ魔法陣の習得もできていないし」


「ふーん。じゃ、しばらくは出ていけないね」


「ふん。みてなさい、すぐに習得してみせるわ」


 具体的には残り3ヶ月以内には、と心の中で続ける。


「まあ、今のペースだと……」


 指を一つ二つとおる。それをチラっとミリアがみた。

 ちょっと、ほんのちょっとだけ気になるのだ。

 なにしろこのエルマは兄弟子にあたる。まだ卒業にはいたっていないが、ミリアの先をいっているのだ。気にしても仕方がない。


「あと、2年? は、かかるんじゃない?」


「……マジ?」


「マジ。だって卒業課題は各地の転移魔法陣の修復だし。それだけで1年以上はかかるよ?」


 マジだった。聞きたくなかった。皿を落としかけたが、そこは避けられた。ドジっ子属性などないのだから。たぶん。

ミリア「おばさんのパンは別格よね」

おばさん「そりゃあ、異世界のパンだからね」

ミリア「またメグミさんのレシピなのね。というか、本編じゃなくてこっちでネタバレなの?」

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