第4話 この世界の常識
眠りから目覚めると、俺はどこかの家のベッドに寝かされていた。
「目が覚めた?」
ミリアが居てくれたようで、目が覚めるなり声をかけてきた。
「俺は……ああ、そうか。なんかごめん」
何も出来なかった事。
それに倒れてしまった事。
それら全てが恥ずかしくて頭を下げる。
「別にいいわ。こういう事に慣れてないでしょ?」
「慣れていないと言うよりも、初めてだよ」
人が切られる。
そんな光景すら初めてだと話をすると、彼女は少し眉を曲げたが、すぐに話を変えてきた。
それは、俺が眠っている間に知った出来事らしい。
「あんたの通訳スキルの事だけど、有効なのは意識がある時だけみたいね。眠っている間、話が通じなくて困ったわ」
「え? じゃあ、村の人達とは?」
「もちろん、それも駄目。もっと言うと、私にはそれに似た魔法がかけられているはずなのに、それも無効みたい」
そういえば言っていたな。ミリアだけは最初の異世界で会話ができるように魔法をかけられたと。
と、そこへオッサンとテラーさんが入ってきた。
「む。やはり目覚めておったか」
「ジグルドの言う通りでしたね。助かりました」
2人とも安堵したかのように俺を見ている。
話を聞いてみると、外にいる最中、急に村人達の会話が理解できるようになって部屋に戻ってきたらしい。
「村人達と話をしようと思ったんじゃが」
オッサンが言い出すが、思う事でもあるのか言い辛そうにしている。それはテラーさんも一緒のようでオッサンと顔を見合わせた。
「どうしたのよ?」
煮え切らない2人の態度を気にしたのかミリアが尋ねると、実は……と、オッサンが口を開いた。
「ワシの聞き違いなのかと最初思ったのじゃが、テラーも同じような事を聞いたらしくての。少し分からなくなっておる」
「?」
なにが言いたいんだ? テラーさんも困った顔をしていてどうにも理解ができない。
「ハッキリ言ってよ。村の連中が、私たちを追い出そうとしているとか?」
「え? なんでそうなる? 俺達は村の人達を助けたんだぜ?」
「……まずは、聞いたことだけ話すぞ」
そう前置きしてオッサンが話し出した。
俺が意識を失って会話ができなくなった所から始まるのだが、助けたはずの村人たちの反応がなにやらおかしかったらしい。会話自体が成立しないので身振り手振りで意思疎通を図ったが、対応が悪いというか、皆の事を不機嫌そうな顔つきで見ていたとの事。
「それは私も感じたわ。会話が通じないことを差し引いても態度が変よ」
その点についてはミリアも同意見だったようだ。
それでも俺が倒れたから横にする場所を貸してほしい、という意思を伝えて場所を確保。俺が眠っているベッドがソレなのだろう。
2人が外に行っていたのは、俺達同士でも会話が成立しない為。
ミリアだけが残り、他の2人は村を見て回っていたようだ。
「最初の態度が変じゃったからの。ワシとテラーで見て回ったんじゃが、その最中に村人達が何を話しているのか分かり始めた」
それでさっそく村人達と話をしようと近付いたらしいが、聞こえてきた声に踏み出した足を止めてしまう。その聞こえてきた声というのが、
「『託宣が狂った。これだから異世界人は困る』じゃった」
そんな話を聞きオッサンが足を止めると、テラーさんが近付いてきたらしい。
彼女も、同じような事を聞いたと言い、2人そろって奇妙さを覚えながら部屋に戻って来た。
「託宣? 襲撃があるという託宣があったって事? 誰かが手引きしたとかじゃなくて?」
「狂ったってのも何だ? 異世界人っていうのは、俺達の事だろ? 俺達が来た事で、予想とは違った結果になったとか?」
「ワシに聞かれても分かるわけがなかろう。テラーは何か分かるか?」
「私だって知りませんよ」
最後にテラーさんが言う。
全員が不気味な感じを覚える。
何か、言いようのない恐怖がジワジワと足下から迫った来ているような感覚がある。
俺達の中で、そうした不気味さに真っ先に立ち向かったのはミリアだった。
「私に提案があるんだけど」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミリアの話が終わると、俺達は部屋を後にした。
すると中年男性が近付いてきたので鑑定して見ると村長だと分かる。
試しに鑑定してみるとレベルは6でステータスは一般人と表記されていた。
たぶん40~50ぐらいの歳じゃないだろうか?
周囲を見渡せば、火の手は消えたが死臭は残っている。
村の家々が破壊された光景は痛々しいものだ。
だけど、その後片付けを無言でしている人々の様子からは、違和感じみたものを感じざるを得ない。
行動というか動きが淡々としていて、それが日常作業のように思えてしまうんだよ。
俺達に言葉が通じないと思っているせいか、身振り手振りで村長が接してきたが、何を言いたいのかサッパリ分からないという様子を俺達は見せた。
「はぁ……まったく言葉が分からない異世界人は、これだから困る」
溜息混じりに言う村長の言葉を、俺達はまったく分からないといった様子で流す。
これは、ミリアが考えた事。
彼女の提案と言うのは『知らないふり』を続けることだ。
どうも様子が変だと思える村。
そして俺が倒れた事によって、自然に言葉が通じない連中と思わせた事。
実際分からなかった訳だが、今ではこうして何を言っているのか分かってしまう。
そして勝手に色々情報を与えてくれるわけだから、これを利用しない手はないんじゃないのか? というのが作戦らしい。
『勝手に教えてくれるようだし、できるだけ情報を引き出したいわ』
ミリアの発案はこういったもので、もし会話ができる事を理解された場合、偽情報を掴まされる可能性もある気がしたので実行に移された。
芝居を続ける俺達の様子を見て、村長は自分に付いてきてくれと言わんばかりに、手でジェスチャー。後に付いていくが村人達の視線が気になる。俺達がまるで盗賊にでもなったような気分だぜ。
これは異世界だから?
……で、済む話でもないだろう。
他の3人も別々の世界から来たと思うし、その彼等もこうした態度をされるいわれは無いと思っている様子。俺だけが感じているわけでもないし、だとしたらこれは何なんだ?
拭い去れない奇妙さを抱えつつ歩いていると、村人達の声が聞こえてくる。
「王都に送るんだろ? さっさと連れて行けよ。あいつらのせいで今日の予定が狂っちまった」
そんな声が聞こえたが全部無視した。
ただ、内心では情報を有難う、と思いつつ口元が緩みそうになったのを抑える。
(王都に送るって護送か? どちらにせよ説明する気はないだろうな)
口を滑らせた男の言葉から察した情報を考えるにそう思えた。
他の3人も同様のようで表情が渋い。それぞれ思う所があるのだろう。
俺達を案内していた村長の足が、一際大きな家の前で止まり手を振った。中に入っていくと使い古されたテーブルと椅子があり、質素な食事が用意されていた。
(ふーん……って、オイオイ)
一目見るなり、呆れてしまった。
その料理に鑑定を使ってみたら、食卓から睡眠薬の反応が検知されたからだ。
すぐに皆に知らせようかと思ったが少し待った。
村長が入ってきた扉付近から動こうとしない。これは……そういう事か。
「さっさと座れよ」
こちらが分からないと思い、こいつは……
そんな言葉を吐きながら顔には精一杯の愛想笑いを浮かばせている。お前無理しなくても良いぞ? とツッコミたくなった。
各自が椅子にの側に近づくと暖かそうなスープが奥から運ばれてくる。
奥さんらしき人物と思えるがその人はすぐに戻っていった。村長は相変わらず扉前から動こうとせず、食卓に俺達が座ったかと思えば、
「予定が詰まっているんだ。早くしてくれ」
そう言いながら笑顔を絶やさず、どうぞどうぞ、というジェスチャーをしてくる。
俺は席から立ちあがり両手を使って3人が食事に手を付けるのを止めさせた。
とりあえず村長をこちら側に誘導したいと考え、彼に近づくと、上座に座ってもらえるようジェスチャーしてみた。苦笑しているが出た言葉は、
「面倒な奴らだ。さっさと終わらせるか」
等というもので、こいつら裏表ありすぎだろと内心で笑ってしまった。演技をするもの、そろそろ辛くなってきたぞ。
村長が椅子に座るのを確認した後、三人の顔をそれぞれ見てから教える。
「食事を鑑定したら、睡眠薬が盛られていた。食べるなよ」
言った瞬間、テラーさんが即座に動いた。
一瞬で村長の傍に行きその首に剣先をあてる。
オッサンは俺と一緒に扉を確保。
ミリアは杖をもち悠々と村長の側に近づいた。まるで悪い魔法使に見えるな。
「あんたには、色々聞かせてもらうわ。まずは、私達が異世界人だとどうして分かったのか、そこから教えてね」
そう言うミリアの笑みが怖かったのは俺だけではないと思いたい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まず、この国の名前だが『イガリア』というらしい。
「イガリア? なんじゃワシがいた国ではないか」
「え? じゃあ、ここはオッサンの世界なのか?」
「分からん。こんな村があるとは聞いた事がない。それにヒサオが眠っていた時は言葉がまるで分らんかったぞ」
そう言えばそうだった。
じゃあ、違う? でも別の世界に来たのに、その国が同じ名前だったなんてあり得るのか?
「それで? あの砂浜に異世界人が出現するのはどうしてなの?」
ミリアが杖で床をトンと叩き村長に尋ねる。
すでに聞いた事だが、俺達がいた砂浜には、異世界人が流れ着くことがあるらしい。
流れつくというのは誰かが召還した訳でもないのに、あそこに出現するからそう言っているだけみたいだ。その理由が分からないから尋ねたわけだが、
「し、知らん!」
家にいた家族共々、縄で縛られた状態で返事をしてくると、テラーさんが再度喉元に剣先を突きつけた。
「本当に知らんのだ! あそこを調べた王都の研究員が小難しいこと言っていたが、俺達には関係ないから聞いたふりをして終わらせただけだ!」
大声で叫び言う村長の頬に、張り手が一発飛ぶ。
関係は大いにあると思うが、こいつは馬鹿か。
「返事は小さな声で結構。助けを求め声を出しているのでしょうが来ませんよ。外にいる連中は我関せずで通すようです」
クンっとちょっと小高い鼻を鳴らし言う。
外にいる奴らの体臭でそんな判断をしたのだと思うが、そこまで匂いだけで判断できるとしたら凄いな。
邪魔が入らないのならちょうどいい。託宣についても聞いてみよう。
俺が尋ねてみると簡単に言い出した。
「俺達人間にだけ聞こえてくるものだ。その通りにすると平穏無事な生活が送れる」
「平穏? あれだけ被害が出ているのに?」
「それで良いのさ。おかげで村に住む老人と若者のバランスが整った。またしばらくは今の状態でやっていけるだろう。新しく畑を耕すとなると、それだけモンスターを警戒する為の守備人員が必要になるからな。だが今回は最適じゃない。おまえらが邪魔をしたせいだ!」
そんな事を、さも当然のように言う。それが、俺の背筋をゾっと冷たくさせた。
こいつら、盗賊に襲わせて……
いや、この言い方だと、盗賊の方にも託宣が下っている?
盗賊と行動を合わせて人数調整していた? って事だよな。……しかも、それが当然と考えている。なら他の村々でも同様の事をしているんじゃないのか?
「テラーよ、こいつの言っている事は本当じゃと思うか?」
「ええ。本当だと思います」
オッサンが苦い顔つきでテラーさんを見て聞くと、彼女は無愛想な顔つきで言った。
「それで最初の質問に戻るけど、あなた達は、私達が異世界人だと決め付けていたわね? それはどうしてなの?」
ミリアの尋ねに、俺は砂浜がある方向からやって来たからじゃないのか? と考えたが、実は違っていた。
「おまえ達の事は俺達の託宣に無かったからだ」
「どう言う事? あんた達に聞こえてくる託宣ってどれだけ正確なの? と言うか、どれだけ詳しく分かるの?」
「託宣はいつも正しい。戦争をするにしても商売をするにしても、喧嘩をするにしても、託宣に従っていれば良いんだ」
尋ねたミリアの表情が固まった。手はワナワナと震えているな。
村長の言う事に理解不能な恐怖を覚えたのかもしれない。少なくとも俺はそう思う。
(なんだよこれ。自覚がないまま支配されているようなもんだろ!)
いったい何をどうしたらこんなにも見事な支配が出来ると言うのだ?
親しかった知人が託宣の声に従って殺されても、何くわない顔で埋葬するんじゃないだろうか? いや、その埋葬ですら託宣が無かったら、やらないじゃないか?
「それって……いえ、良いわ。あなたの言う事が、この世界の普通なんでしょうし」
ミリアが言いかけた言葉を飲み込んだ。言うだけ無駄だと悟ったのだろう。だが俺は気になった事があったので尋ねる事にした。
「なぁ。なんで人間だけが聞こえるんだ? それとこの世界じゃ、人間以外どんなのがいる?」
「人間以外となると亜人とか獣人とか呼ばれる連中が……あんたらみたいなやつらだな」
言いながら顎でミリアやテラーさんを指し示し、
「それと魔族がいる。こっちは色々多種族が混ざったやつらだ。亜人も魔族と同じ扱いだ」
魔族とかいるのか……国はあるのかな?
「託宣は俺達人間の特権さ。理由はしらん」
特権ときたか……
特権と言うより命令されているだけだと思うが、そう思わないようだし言うのも疲れるだけだな。
「こいつたぶん、詳しいこと知らないわね。聞くだけ無駄みたい」
ミリアの判断に俺達は頷いた。
村長は横を向いてふて腐れた顔をしたが『異世界人のくせに』という声が小さく聞こえてきて、イラっとなる。そう思った瞬間オッサンのハンマーが唸りクリーンヒット。そのまま気絶してしまった。
「オッサン。まだ聞きたい事あるのに」
「ワシもあるが、流石に我慢の限界じゃ。それにこいつは詳しい事を知らんようだし、後はそこにおる家族に問い詰めて今後の方針を決めぬか?」
縄に縛られた、家族らしい人達を見て言う。
俺達はしょうがないといった顔をしながら、知っておかないと駄目そうな基本的な事を引き続いて聞いてみた。
この世界でいう所の託宣って、俺が知るのと同じとは思えないんだがな……
通訳スキル大丈夫か?