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第32話 その料理をもたらした者

――ヒサオ達がとまっている宿



「なん…だと」


 俺の前に用意されたソレに俺は思わず声を漏らしてしまった。


「また、変わった料理なのです。これも覚えるのです」


 オッサンにひっついて離れないコリンが興味深々のご様子。

 ミリアはと言えば、パンズを手にとり頭を捻ってる。掴むな。中を見るんじゃない。

 フェルマンさんとゼグトさんはと言えば、微笑を浮かべながら2人そろって席へとつく。たぶんすでに食した事があるのだろう。

 オッサンは……まあ、言うこともないか。無言で黙って席についた。早く食べてしまいたいのだろう。

 茫然(ぼうぜん)としているのは、俺だけの様子だが、昨晩のラーメン&餃子に引き続いての驚きに、俺の頭は軽くパニクってた。


「まさかハンバーガーとは……」


 そう。

 そこにあるソレとは、まさにハンバーガーなのだ。

 パンズに挟まったハンバーグとレタス。そしてキュウリ。残念ながら、俺の好きなチーズやトマトはないようだが、これはこれでよし。


「ヒサオ、これも知ってるの? サンドイッチとは違うわけ?」


「基本は一緒。パンで具を挟むだけ。俺のいた世界じゃ、手軽に食べられるものとして人気があったよ」


 そう言いながら席につく。

 チラっとテーブルの上を見ると、フライドポテトもなければコーラもない。代わりに黄色い冷たそうな飲み物があるが、オレンジジュースか? あとは目玉焼きかな? なんの卵か知らないが、俺の知っている目玉より一回り以上でかい。鶏の卵ではないようだ。


「昨夜の料理もヒサオさんは知っていたのです。ここの宿の料理は、ヒサオさんの世界から伝わったものなのか気になるのです」


「……え?」


 コリンの素直な疑問に、全員がそろって手を止めた。ピシっという擬音すら聞こえたように思える。


「そうなのか?」


 オッサンの声に、フェルマンさんが答える事が出来ずにいると、ゼグトさんが料理人を呼んでくると言って席を立った。


 なんだろ? 変な感じがする。

 この世界に来てから初めての感覚と言ってもいいかもしれない。

 例えていうなら、ゲームをやっていてバグを見つけてしまった感じ。

 普通ならありえないことが、起きてしまった感覚。

 コリンの言葉を聞いた瞬間から、俺の足元がグラつく感じがした。

 目眩のような感覚を覚えつつ、テーブルにガタンと手をつく。するとミリアが目を大きく開き、駆け寄ってきた。


「ヒサオ! 大丈夫だから。大丈夫よ」


 何が大丈夫なのか分からないが、ミリアの声に俺の意識が向いていく。

 散漫になっていた意識が、ミリアへと向かうことで目眩が収まり、ミリアを安堵させようと微笑みを見せてから彼女の肩を軽くおした。


「ごめん。もう大丈夫だ」


「ほんとに? ほんとに平気?」


「ああ、大丈夫」


 まるでバァちゃんのように心配そうな表情をし、俺の顔を見ている。普通なら母親のようにと言うべきだろうが、あいにく俺には母の記憶がないから、どうしてもバァちゃんの顔が浮かんでしまう。


「どうしたのです? コリンが何か悪い事を言ったのです?」


 ミリアの背後からヒョコっと顔を覗かせ言ってきた。そうではないから、手を振って違うことを伝える。


 これはあれだ。

 コリンの言う事を本能が拒否している。

 それを認めるのが、どうしてもいやだ。

 だけど、それが正解だとも感じている。

 コリンの言う『俺の世界から伝わった料理』がどういった経緯で伝わった事も含めて。


 ゼグトさんが戻ってくる。

 先日会ったオバちゃんも一緒にいたので尋ねてみると『異世界料理百科』という書物が言葉に出てきた。どうやらレシピ本のようで、その中にあった一品らしい。


「書いたのは誰です?」


 推測はできていたけど尋ねてみると、予想通りの答えが返ってきた。

 勇者召喚され、人間達を裏切り魔王と会い、帰還しようと頑張った人物。

 つまり、ヒナガ=メグミが作者だったわけだ。


「やっぱりか」


 深い嘆息をついて、顔をゆっくりと下げる。

 そんな俺を、どうしたんだという顔で皆が見た。


 その勇者は150年前にこの世界にきたらしい。

 でも、ラーメンやらハンバーガーって、150年前の日本人が普通に作っていたものだろうか?

 ラーメンや餃子ならまだ分かるが、ハンバーガーってその頃は一般的なものでは無かったと思う。アメリカならまだしもだ。

 そして、出てきた名前が俺の母親と全く同じ。

 俺だって馬鹿じゃない。いや、馬鹿だけど、こんな状況に疑問を持たないほど馬鹿じゃない。

 こんな偶然ありえない。

 もし、勇者メグミが俺の母だったと仮定したら、時間の問題が出てくるが、コタとの会話で10倍以上のズレが発生していることは確認している。

 150年と15年―――ピッタリすぎる。


「ヒサオ、もしかしてと思うけど、関係者?」


「そんなハズはなかろう。150年前の人間なのじゃ。先祖というのであれば、分からないではないが」


 ミリアとオッサンが尋ねてくるが、俺は率直に言ってやった。

 思わせぶりな態度をとって、話をややこしくしたくないから。


「俺の母さんが、日永 恵っていうんだ。そして、その母さんは生まれて間もなくの俺を置いて行方不明になった。これが15年前の話さ」


 一息でいうと、シーンと空気が固まった。

 いつもこうだな。俺が家族の話をすると、たいがい哀れみの目を向けてくる。


『お父さんは?』


 いねぇよ。俺が生まれた後に離婚したらしいからな。


『おじいちゃん、おばあちゃんだけだったんだ……』


 だからなんだよ。2人共すげぇ優しいんだぞ。ジイちゃんはもういないけど。


『お母さんの料理食べたことないの?』


 ないけど、バァちゃんの料理なら毎日食べている。ちなみに米はジィちゃんの田んぼで作ったものだ。今は、叔父の家族に任せているけどな。忙しい時期は俺も手を貸しにいってる。


 こんなどうでもいい質問を投げかけられ、そのたびに不快感が増す。

 異世界でもそれは一緒なのか、と思ったけど違った。


「偶然にしては出来すぎな気もするが、考えすぎかの?」


「分からないわ。時間経過の事もあるし……でも、もう亡くなった人なんでしょ?」


「いや、分からないぞ。昨日も言ったはずだ。エルフの里深くで眠っているという噂もあると」


「じゃあ、私が行った時に調べてみるわね」


 まったく違う話が、オッサンとミリアとフェルマンさんの3人の間で飛び交った。

 ちなみにコリンはと言えば、ハンバーガーをしっかりと堪能している。シャクシャクという歯ごたえの音からして、玉ねぎも入っていたのだろう。

 宿のオバチャンは、ゼグトさんから本について尋ねられており、この場にいる誰もが俺の家族状態については、どうでも良いという態度でいる。


「ええと?」


 予想と違う反応に、戸惑ってしまう。

 あれ? こういう反応は初めてだけど、どう思えばいいんだろ?

 と言うか、俺の方を『なに?』っていう顔で皆が見ているんだけど?


「みんな驚いたりしないんだな」


 ボソっとした声でいうと、全員が顔を見合わせて、『ああ』と一声あげるた。


「そういえば、ヒサオの世界って、物騒なのに平和な世界だったわね。そういう世界なら、ヒサオのような境遇って同情を引くかもしれないけど…」


「物騒なのに平和って、言い方おかしくね? それに、平和なのは俺がいた国で、物騒な国もあったさ」


 なんの話をしているんだ俺は、と考えつつも反論してしまった。


「……それはいいけど、身近な人の事で考えてみたら?」


 と、いいつつコリンのほうにクイっと顔を動かした。

 そういや、この子は両親どころの話じゃなかったな。それに比べたら……


「そうだった。この話すると、俺がいたところじゃ変に気を使われて、つい」


 ここは異世界で、この人達の周りには、きっと孤児とかも普通にいたりしたんだろう。それに比べたら、俺なんか幸せすぎてオツリがくるくらいだったんじゃないだろうか?

 価値観と言うか、常識が違うって事をもっと意識しておこう。やっぱりこの世界について、時間をとって勉強しないと駄目だな。


「話を戻すけど、そのメグミって人、この世界に考えていた以上に関係した気がするわね。重点的に調べた方がいいかも」


「ふむ。まあ、それは任せるしかないの。ワシ等は旅に出ればどうなるか分からん。しばらく戻ってこれんかもしれん」


「ジグ様、聖山まではそれほど……」


「コリン」


 オッサンが、コリンの言葉を途中で閉ざす。聖山と口にしていたが、オッサン何をする気だろ?


「思い出した!」


 突然に声をあげたのはゼグトさんだ。何を唐突にと思ったら、彼はこんな事をいいだす。


「そうだよ! ヒナガ=メグミのことを調べたいなら、エルフの国にいるはずの、オルトナスを探してみたらいい! 何しろ師匠のはずだから、メグミがどうなったのか、知っている可能性が高い」


「……ああ!」


 どこかで聞いた名前だと想ったら、魔法陣を鑑定した時に出てきた人か。

 それにエルフだし、まだ生きている可能性もある。

 なんでそれを思いつかなかったんだろ?


「そうか。なら魔王に会うより、その人に会った方が良い?」


「……そうかもしれんが、とりあえず魔王様を呼び捨てにはしないでくれ。ここは人間領土といえ、街の住人は魔族領土出身者が多いのだから」


 フェルマンさんから注意が入る。

 これは、魔王を2年以内に討伐なんちゃらなんて話をしたら、どうなることやら。


「ヒサオ、そっちは任せてちょうだい。それに、メグミっていう人の手記も、あった方がいいと思うわ」


「でも、それだって、あるかどうか分かんないんだぜ? 一緒に行動した方が良くないか?」


「それだと、私が転移魔法陣の習得をしている間、あなた何をするつもり? もしかして魔法を学ぼうとか考えていないわよね?」


 まったく考えてなかった。

 どういうわけか、悪さを企んでいる子供を見るような眼差しで睨まれた。


「その手があったか!」


「だから、だめだってば! ヒサオは魔法の勉強は駄目!」


「それ前から言っているけど、なんでだよ?」


「なんでもよ!」


 あーだーこーだと、俺とミリアの口喧嘩が始まり、オッサンはそれを完全無視して、コリンになにやら言っている。フェルマンさんとゼグトはといえば、


「あの2人妙に仲がよくないか?」


「見た目的に似たような歳ですからね。もっともエルフ娘のほうは、多少……おっと」


 今度は俺が聞こえないふりをした。

 ミリアの視線が俺からズレて、失言一歩手前で言葉を止めたゼグトさんへと向けられる。


「よ、よし。それじゃあ、転移実験の前に、カリス老の家に行きましょうか!」


 ミリアを刺激しないように足音を殺す歩き方で、ゼグトさんが宿を出ていく。

 とても俺たちを救出しにきてくれた人と同一人物とは思えないな。

 その理由の半分は、交渉術実験で俺とミリアに色々されたせいだけどね! 色々と!

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