第29話 宿屋にて
方針が決まって、今晩一晩泊まる事になった。
俺とオッサンは部屋に戻り、通話のスキルについて考え始めた。
さて、どうするかな~と携帯電話を手にしながら迷っていると扉をノックする音がして、ミリアとコリンが入ってくる。
「どうしたんだ?」
「ちょっと今後の事で話しておきたいことがあるのよ」
「さっきの続きみたいなものかな。まあいいや、どうぞ」
オッサンの許可もとらずに、2人を入れる。
コリンはすぐさまオッサンの側に行き腕をからめとった。
オッサンはといえば、ブスっとした顔をし、なすががままにさせている。まるで孫に好きにさせている爺のようだ。
「で、なに?」
部屋にあった椅子に座って尋ねる。
ミリアはと言えば、俺が寝ようとしていたベッドの上に腰をかけた。
「ユミルに行けると仮定して話すわね」
彼女はこれからの予定について思うことをいい始めた。
まずミリアは一人で出向くつもりらしく、護衛として誰かと一緒が良いのでは? と、言ったが、
「中立の国のようだし、私一人の方が良いわ。だって、護衛と話が出来ないんじゃ意味がないじゃない」
ここでも言語の違いがネックになるようだ。
じゃあ、俺も一緒にと思うが、それは遠慮された。
次に俺だが、フェルマンさんが一緒に来てくれる。
魔王と謁見してメグミの手記の存在を確かめたいわけだから、それなりの立場の人が必要になるんだよな。
最後にオッサンだけど、どうやらコリンと2人だけでいくらしい。理由についても、教えてくれなかった。
こういった具合になる予定だが、ミリアがエルフの言葉を理解できなかった場合は異なってくる。
ちなみにゼグトさんは街に残り、生き残ったダークエルフさん達の実質的なリーダーになるらしい。フェルマンさんと逆じゃ? と思うかもしれないが、流石にゼグトさんだと、謁見許可をとるのは無理らしい。
「フェルマンさん達が、ジグルドに何を頼んだのか知らないけど、コリンと2人だけでいいのよね?」
「ああ。それで構わん」
頼み事をしたダークエルフの2人がオッサンに付いて行かないのは気になったが、当人達が良いなら気にしてもしょうがないか。
「それって、どのくらいかかりそう? すぐ終わる予定?」
「正直わからん。ワシも初めての事だしの。それに異世界じゃし、ワシが知っている事と異なる可能性が高い」
「うーん。それもそうね」
と、ミリアが腕をくんで考え込む。足をフラフラさせ、頭をクイクイ動かしている。
なんだか見た目的な年齢にあった可愛い仕草に見えるが本当は何歳なんだろうな? そんな事を聞いたらどうなるか分かるから聞かないけど。
ボーっと見ていると、ミリアの目が見開き立ち上がった。
「半年! そのくらいにしよ!」
脈絡もなくいきなり言われても理解に苦しむと、俺とオッサンが顔を合わせた。
「「なにがだ(じゃ)?」」
「再度の合流よ。たぶんだけど、私の方はそのくらい必要だと思うの」
「合流って、この街で? いや、半年ってそんなにかかるもの?」
「言っておくけど、帰還方法の習得まで半年じゃないわよ? この世界の転移魔法陣の習得まで、そのくらいはかかると思うっていう話」
「ああ、なるほど」
と、納得しかけたが、ふと思う。
別にそんなに別れて行動する必要なくね?
「いやいや、それよりだったら、数日か一週間に1度ぐらいあって情報交換したほうが良くない?」
俺が言う事にミリアはまたも唸り声をあげるが、その視線はオッサンへと向けられている。
「すまん。ワシは転移で行くわけではない。1週間後に再度合流と言われても難しい」
「そういや、オッサンは違ったっけ」
「うむ」
魔法陣から飛べるのが3か所だが、そのうちの一つの場所にオッサンが行くわけではない。
オッサンは俺達とは時期をずらし、コリンと一緒にアグロを出る。
向かう先については、俺達に言わないようにしている。なぜかは聞かない。たぶん、ドワーフ族の何かしらの秘密があるのだろう。それにミリアは不満を持ったようだが。
しかし、半年か……
俺の方も、ヒナガ=メグミ……
うーん。母親と同じ名前を呼び捨てというのは抵抗あるな。
まぁ、その人の手記を入手するか読むってなると、そのくらいかかるだろうか?
なにしろ魔王城にあるかもしれない、っていう可能性の話だし。
あったとしても、それを魔王に頼んで見せてもらうのに、どれくらい日数かかるのか良く分からない。
その事もあって、フェルマンさんが城までは付いて来てくれるらしいが、謁見の間で何があっても責任とれないとか言われたし、明るい未来が見えないんですけど。
ぶっちゃけ、これ俺の役目としておかしくないか? って思うんだけど、名前がな……
やっぱり母親と同じ名前の人の手記って聞いたら、ちょっと頑張ってみるかって思う。
「話は分かったよ。じゃ、明日いけると仮定して、それから半年後にこの街で合流ってことでいいよな?」
「うんうん。それでいいと思う、もちろん、私の方の会話チェックが済んでからの話になるわよ」
「分かってるって」
「一度戻ってきて報告いれるから、ヒサオはそれ次第って事でよろしく」
「おう」
「ワシは2人が無事に移動してからじゃな」
こうして俺達の夜は過ぎて行きそうになったけど……
「ヒサオ、《通話》のスキルはどうだったの?」
「あ。そうそう、どうしようか悩んでいたんだ」
携帯電話を再度取り出し触ってみる。
やるとしたら、友達かバァちゃんなんだけど、どっちにしろ本当の事を行っても信用されないだろうな。
「連絡とれるかどうかだけでも、確認した方が良くない?」
「そうじゃな。ワシもミリアに賛成じゃ」
興味本位と言うより、俺の心配に近い気持ちが伝わってくる。
俺だってバァちゃんを心配させたくないし、連絡とりたいんだけど、どう伝えても不安させるだけな気がしてならない。
「うーん……まあ、そうだよな。連絡がとれるかどうかの確認だけでもするか」
やっぱり電話してみる。
ただし、バァちゃんじゃない。
昔からの友達がいるから、そっちに電話をしてみるか。あいつはファンタジー好きだし、真面目に対応してくるかもしれない。
遠藤 小太郎というやつで、俺はコタと呼んでいる。
向こうも、ヒサと俺の事を呼ぶ。なぜヒサオじゃない? と聞いたら、俺がコタと2文字で呼ぶからだと言われた。その考えに波長があい、小学からの付き合いが今でも続いている。
トゥルルー
電話音が鳴る。
この鳴り方はつながっているよな……
これでコタが出れば確実だ。夜だけど、まだ寝るには早いし出るだろう。……あ、いや、あいつも例のネトゲを始めたとか言っていたな。もしかしたら電話音聞いてないかも……と思っていたら、カチャっと音がして、
『もしもし』
でちゃった……
いや、出て良いのだが、なんだか声につまる。
『ヒサ? ようやく電話してきたね』
久しぶりに聞く声だが、思ったより普通だな。
俺が一ヶ月いないことに気付いているはずなのだが。
「ああ、悪い。ちょっと事情があってな」
『そりゃあるよね。ヒサのおバァちゃんが心配して、うちまで来て色々聞かれたよ』
「やっぱりか。ほんと悪い」
『それはいいけど、僕に隠れて彼女でも作った? もう、いくところまでいっちゃった? ちょっと早くない? 責任とれるの?』
「は? 何言ってんだよ。彼女なんていねぇよ」
ほんと何言ってんだ? この状況で彼女とか……ん?
「いや、ちょっと待て。コタなんか変だ。お前、うちのバアチャンになんて言った?」
『え? そりゃ、うまく話しておいたよ』
「どんな?」
『友達の家に泊まっているって。もちろん、僕も知らない別の人にしたよ』
「…えっと、つまり、お前も知らない俺の友達の家に、寝泊りしている事になっているのか?」
『そうそう。だけど、そろそろ限界だから、早く帰るんだよ』
「……あ、うん」
『元気ないね? 終わったら何があったのか教えてね。笑ってやるから』
「笑うのかよ! 助けろよ!」
『やだよ。めんどくさい』
こ、こいつは……まあ、おれも同じことするかもな。
「なぁ、それでバァちゃん納得したの?」
『だから、そろそろ限界だってば。もう4日らしいじゃん。我慢の限界が……』
「え、4日? ちょっと待て、何だそれ!?」
コタの声をさえぎり、大声を上げた。オッサンとミリアの視線が俺に向けられる。
『何って、ヒサが留守にしてからの日数だろ。早苗バァちゃんから聞いたよ』
「……えっと、コタ。一つ聞くけど、もう学校始まっているよな?」
『ハァ?』
「いやだから、夏休み終わって、もう学校始まっているだろ?」
『ヒサ。この暑さで頭やられた? まだ、始まって一週間しかたってないじゃん』
え? 始まって?
「おい、それって夏休みが始まってからだよな?」
『それ以外なにあるの?』
どう言う事だ? 今日は混乱することばかりだぞ。
「ちょっと確認するぞ。俺が留守してから4日しかたってないんだな?」
『そうだよ。頭、ほんとに大丈夫? ランク・ザ・オンラインのやりすぎじゃない?』
「大丈夫だ。それにあのゲームもしばらくやっていない」
『ホント? そういえば、ヒサのキャラがログインしているの見てないや』
「だろ。と言うか、これはどう言う事だ?」
『僕としては、ヒサが何を悩んでいるのか、全く分からないんだけど?』
なんか話が長くなりそうだな。
これはもう、コタに話して巻き込んでみるか……
「おい、コタ。今から俺が言うことを真面目に聞け。これは本当の話だ」
『ん? うん。なんの事か知らないけど、困った事態になってる?』
「ああ、実はな……」
そして俺が経験したことをおおざっぱに話し終えると、プチっと電話が切られた。
プチっと………
「あいつはぁ―――――――!」




