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第26話 イルマとエイブン

「増援? ぜってぇえー…やだね」


 声にありったけの不満を乗せ言ったのはアグロ近くにある砦の責任者、イルマ=イングゥエイであった。


 虎の獣人である彼は、虎が鎧を着て二足歩行しているかのよう。

 猫科である事を隠す気がない(ひげ)に、するどく吊り上がった眼。縞々模様がついた顔は彼が人より獣に近い存在だという事を如実に表している。


 彼ほど獣に近い獣人は希少であり、その分、性格も獣のソレに近かった。

 それゆえに、彼は人間が嫌いだった。


 自分達の支配者気取りで命令をし、不条理とも言える要求を重ねてくる。

 他の獣人が、なぜ人間に従おうとするのか、さっぱり分からないと彼は言い切り、その為に、こんな魔族領土付近に配属され責任者となっている。


「イルマ。テラー様の命令だぞ」


 大きく声をあげ、手にした弓をワナワナと震えさせているのは、エイブンであった。

 テラーの命令でやってきて、イルマを説得している最中なのだが、イルマの方は一切聞く気がない様子。


「テラー()ねぇ~」


「お前とて忘れたわけではないはずだ」


「ああ、忘れちゃいないぜ」


「だったら、昔のように、テラー様の為にだな」


「違うだろ。そりゃ」


「何がだ? 同じだ。テラー様の助けとなるのだから」


「は? バカ言うな。そりゃ増援を待っているのはテラーかもしらねぇが、増援使って手柄を得るのは一緒にいるっていう人間の方だろ? アホか」


「お、お前、テラー様を……」


 そんなやりとりが行われ、会議室にいた他のメンツは皆部屋を後にした。

 本来であれば、今月、輸送されるはずの食料問題について話し合うはずだったというのに。


「まーだ、んなこと言ってんのか? おめぇもバカだろ」


「あのお方に助けになろうと、俺達は誓ったはずだ!」


「だーかーらー、あいつが人間に従属する道を選んだ時点で、俺はあいつの夢からおりたんだよ」


「き、貴様……」


「分かれよ馬野郎!」


「馬ではないケンタウロスだ!」


「似たようなもんだろ!」


「違う! 私は認めたものしか背に乗せん!」


「単に、プライドが高い馬なだけだろうが! だから結婚もまだなんだよ!」


「貴様! ちょっと早く嫁をもらったからといって!」


「は? 嫁だけじゃねょよ! しっかり子供も生まれたしな!」


「な、なんだと。それはおめでとう。今度何か送らせてもらう」


「おう。あんがとよ。できれば衣類で頼む。どいつここいつも子供用の玩具ばかり送ってよこして……」


 喧嘩になりそうだった空気が、いっきに冷めた。


「それは良いとして、増援の件なんだが、どうしても駄目か?」


「だから、おめぇは……いや、頭が固いのは昔からそうだったし今更か」


「そうだ。だから諦めて増援をだな」


「無理だっつうの! そもそもここの砦を守る為の必要最低人数しかいねぇんだよ。砦防衛の為の人数だぞ。そんだけでアグロの街を攻めるとか、無謀すぎるだろうが!」


「俺もそう思う。テラー様も内心、諦めている様子だった」


「なら諦めとけよ。チャンスはまた来るだろう?」


 互いに言いたい事を言い合う2人の会話は止まることなく、矢継ぎ早に行われていたが、エイブンの口が止まった。わずかなそうした態度をみて、イルマは怪訝な顔をする。


「あん? どうした? たかが異世界人だろ? 魔族領土に逃がしてしまったとしても、別にいいだろうが。昔もいただろ。魔族領土に逃げた元勇者っての」


 任務失敗にはなるとは思うが、確実に成功させる必要がないのでは? とイルマは考えていたようだ。


「お前が言っているのは、150年ほど前に召喚された勇者の事だろ。詳しい事は知らんが、その時とは状況が違うと思う。今回は、放置できん理由があるようだ」


「理由? なんだそりゃ」


「私も詳しくは知らない。だが、命令の出どころはジェイド王子らしい。さらに言えば、ラーグス様が関わっているとの事。あの2人が関わっており、さらに最優先での捕獲命令がされたとなれば、事は重要事項とみるべきだ。大きなチャンスともなるが、失敗した場合どう扱われるか、それはお前だって分かるだろ?」


「なに!? 何かと口出しやがるラーグスだけでなく、ジェイド王子もか! そりゃ大事(おおごと)じゃねぇか!」


「だからそう言っている。王子がこういった事に口を出してくるなど私も覚えがない。だから、シクジレないのだ。たとえ人間の方に手柄がいくとしても、関わってしまった以上、成功させなければならない。分かってくれたか?」


「まぁな」


「ならば増援を至急用意してくれ。明け方までには戻りたいのだ」


 ようやく話しがついたかと、安堵の息を吐くが、イルマは返事をしたまま椅子から立ち上がろうとはしなかった。どうしたのだ? と、口を動かそうとすると、


「話は変わるが、ラーグスが言っていた領地の件、どうなった?」


「……」


 今度はエイブンが黙った。

 これまでイルマを逃がさないとばかりに、詰め寄っていたエイブンの視線が泳ぎだす。


「てめぇ……」


 察したイルマが、低い唸り声をあげた。


「それについては、テラー様に直接聞けばいいだろ」


「ああ、そうだよな。でも、おめぇが知らねぇわけねぇよな。ほとんど一緒にいるんだからよ」


「私とて大事な話ともなれば、聞かずに済ましている。テラー様を困らせたくはない」


「ああ? ふざけたこといってんじゃねぇぞ。んな言い訳で、俺が納得すると思ってんのか?」


 元々吊り上がっていたイルマの目が、さらに吊り上がる。

 体毛は逆上がり気味になり、顔つきは馴染(なじ)みであるエイブンに向けるものとは異なっていく。


「ケッ! だから、人間に従属しても無駄なんだよ。信頼? アホか。あいつら俺たちの事、奴隷か消耗品とかしか思ってねぇよ!」


 ダン! と会議室のテーブルを強く叩き、立ち上がった。


「お、おい!」


「おいじゃねぇだろ? 言う事あるんじゃね?」


「……」


 エイブンは再度黙り、イルマが睨みつけた。


「決めた!」


「何をだ!」


 唐突に何かをしでかしそうな声に、自然と止めに入りたい気持ちになる。それはこれまでの経験からだろう。

 声を出したイルマはと言えば、顔をそらし部屋の扉を開けた。

 部屋を出ると、警備をしていた犬の獣人が2人いて、


「おい、テラーの所に行くぞ。兵を集めろ」


「は? え、はい」


 聞き耳を立てていた事から、え? この流れで? と、思考が乱れた返事をする。


「いかほど集めますか?」


 もう一人の獣人が尋ねると、


「全員だ。全員でテラーの所に行く。あと、砦の中にある、食料と必要なものは全部持っていくぞ」


「イルマ! やってくれるのか!?」


 エイブンが本心から嬉しそうな顔をし、イルマの肩に手を乗せた。

 だが、そんなエイブンに振り向きもせず、居なかったように廊下へと出ていく。


「あの王子とラーグスが関係してるんだ。その異世界人おもしれぇに違いない。決めたぜ!」


 そんなイルマの声をエイブンは聞く事が出来なかった。


 かくして、本人以外が茫然となる出来事が始まることになる。

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