第23話 アグロの街
俺達がアグロの街についたのは夜半となっていた。
予定よりも遅れた時間になったのには理由がある。
途中襲われたことによって負傷者が続出し、治療をしながらの旅路となったからだ。
アグロの街だが、ここは人間領土であるにも関わらず魔族達の住処になっている。それぞれの建築様式が違う為、カオスな風景となっていた。
色々話をしたい俺達は、まずは町長宅へと向かった。
「よく無事で戻ったな、フェルマン」
石づくりの建築様式でひと際大きく、それでいて頑強そうな家で俺達を迎え言ったのは、老いがわかる一人の竜人だった。
フェルマン? 誰の事だと思ったが、長さんが竜人に近づいた。
そういや、この人の名前知らなかった。
「カリス老。とても無事とはいえない。親父は死に、仲間も大勢死んだ。ドワーフ達だって守れなかった。俺なんかが継いでいるのは、何かの間違いとしか思えません」
「話は聞いとる。村を捨てる決意をよくしたと、ワシなら言うじゃろう。きっと親父さんも同じ気持ちなはずじゃ」
カリスさんが顎の先から伸びている白鬚をさすりながら、つむったような細い目を向け言った。
話の流れから察するに、フェルマンの親父さんが前の長だったんだろうな。
「あの場所を作り出すために流れた血を考えると、それはないでしょう。俺は色々無駄にしてしまった……」
「その話はよい。今晩は休め。宿を利用し、この街の料理を久方ぶりに堪能するとよかろう」
「世話になります」
ほんの少しだけ長さんの顔に元気が戻ってきたようだ。
……料理か、ちょっと興味あるな~
2人の会話が終わると、俺たちは家を出た。
怪我を負った人達は街の治療所に運び込まれたが、俺達は、まとめて宿で厄介になるらしい。もちろんオッサンやコリンも同じくだ。
宿に向かった俺達を迎えてくれた主人は、羽が生えた翼人だった。
「話は聞いたよ。2階全部を開けておいたから、好きに使ってくれて構わない。食事は部屋まで運ぶのと下りてきて食べるのと、どっちがいい?」
翼人とはいえ、一見すると普通の人間の男に見える。歳恰好からさっするに、おそらく40代といったところだろう。背に羽がなければ、あれ? 人間がどうしてここに? と思ったところだ。
「部屋まで持ってきてもらうのも大変だろう。下で食べることにしよう」
「じゃあ、用意ができたら呼びにいかせるよ。うちの家内の料理でも食べて、今晩はゆっくり休んでくれ」
「心づかい感謝する」
主人とフェルマンさんの会話が終わると、俺たちは2階へと向かった。もう口調がもどってるな。
俺はジグルドと一緒の部屋でいいだろうと考えていたが、そこでコリンが、
「私も一緒なのです」
そう言って、オッサンについてきた。
おい、オッサン……
「なんじゃその目は」
「いや、だってよ」
「この子は、ワシに付いていろと言われとるだけじゃ。ワシはなんも言うとらん」
「そうですけど、それだけじゃないのです。私とジグ様はワンセットなのです」
ジーッとオッサンを見つめながらコリンが言う。意味がわからん。いや、わかるが、分かりたくない。
「コリンだっけ? あなた私と一緒の部屋わりになったから、行くわよ」
ミリアがやってきて、コリンの手を握り連れていく。
「ミ、ミリアさん。私はジグ様と!」
「しつこくすると、ジグルドに嫌われるわよ。それでもいいの?」
「だ、だめです! それは駄目なのです! ですが、ワンセットなのです!」
「ワンセットになりたいのなら、手順をふみなさい。教えてあげるから」
「!? お、おねぇ様!」
「違うから!」
そんな2人の会話が4部屋先の扉が閉まるまで続いて、その間、俺たちは唖然としていた。
「オッサン……」
力なく呟く俺に、オッサンは無言で部屋に入るという態度で返してきた。
部屋でくつろぎつつ、オッサンに色々と尋ねてみたが、コリンの事はほとんど言わなかった。
どうやらオッサン自身も良く分かっていないようで、コリンが北国ウースの唯一の生き残りのドワーフだというと、目をギョロっとさせ、
「知らんかったぞ。そうか、それならばコリンや周囲の態度もうなずける」
「納得できるのか!?」
「せざるを得んじゃろ。同族は死に、自分だけが生き残った状況で、同じ種族なのはワシ一人。本能的に、ワシに依存しようとしておるのじゃろうな」
「まあ、不安なのは分かるが、あの性格はどうなんだ?」
「ワシと出会ったときのコリンに比べれば大分マシになったんじゃぞ。何しろ生きているのか死んでいるのか、怪しいくらいじゃた」
部屋にあったベッドに腰を下ろしオッサンは淡々と言った。
最初に出会ったコリンの様子なんて俺には分かんないから、これ以上は聞くのは止めて、オッサン自身はこれからどうするんだろう? と尋ねてみる。
「ワシか? ワシより、お前はどうするんじゃ?」
「え? もちろん、家に帰りたいから、戻る方法を探すよ」
「それはいいが、アテはあるのか?」
「まったくない」
「即答しおって。無理もないがの」
「うん。こんなに状況の変化が早いと、何かを探すのって無理だと思う。だから、色々落ち着いてからにするよ。できればだけどね」
「確かにな。そもそも、ワシ等はこの世界について何もわかっとらんのと同じ。その辺りから調べんといかんじゃろう」
「うんうん……ってことはオッサンも帰る気なの?」
なんか同意見のような気がしたので聞いてみたが黙ってしまった。
「オッサン?」
再度声をかけると、悩む唸り声をあげてくる。
「少し思う事がある。だが、どうするにしろこの世界について学ばなくてはならんじゃろう。そこは変わらん」
「お、おう。えーと……あーうん。とりあえず保留ってことか」
「言うとくが、コリンとやましいことなぞないぞ?」
「わ、わかってるって! オッサン! 同じ男だ。皆までいうな!」
察しの良い俺は、ニタリ顔で手をヒラヒラさせてみた。オッサンの細く鋭い眼が吊り上がってきて、あ、そろそろやばいかなと思ったタイミングで、
「冗談はこれくらいにして、悩む理由は、教えてもらえないのか?」
「こればかりは教えられん……それに説明しようにも、話が長くなりそうじゃしの」
「焦らすなオッサン。まあ、いいや。それより飯まだかな~」
胡坐をかき、ベッドの上でゴロンとする。
向かい座るオッサンは義手を外し、どこから取り出したのか分からない腕輪に細工を施し始めている。コリンにでも渡すのだろうか?
しばらくすると、部屋のドアをトントンと叩く音がし、ガバっと起き上がった。
『食事の用意ができました。1階の食堂までおこしください』
聞いたことのない声がし、おそらくはこの宿の店員だろうと判断。
さっそく行こうとオッサンを見ると、義手に小道具をしまいこんでいた。
「オッサン、先に行ってるよ」
「ああ。ワシもすぐ行く」
部屋を出ると、フェルマンさんとゼグドさんに会った。
あっと、小さな声をだし会釈をする。
「ジグルド様は中か?」
フェルマンさんが言ってきたので部屋を指さすと、2人がドアを叩き中へと入っていった。
飯だというのに、これから何か話す気だろう? 気にはなるが、俺が踏み込んでいいような空気じゃないし下にいってよう。
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ここの町長が住んでいた場所は、石造りの建築物だったが、この宿は木造建築だ。
その為なのか歩く度に聞こえてくるギシギシという音が、何とも言えない気持ちにさせる。
これは俺が住んでいた家もそうだったせいもあるが、どうにもホームシックを誘発してくるもので、家にいるはずのバアちゃんのことが気になりだして、手すりをギュッとつかんでしまった。
家にいるのは俺とバアちゃんの2人のみ。
両親のことはほとんど分からない。
なぜなら、母『日永 恵』は、生後2か月の俺を連れ実家に戻ってきた。
その後、俺をおいて失踪。
祖父と祖母に両親の事を聞くことを止めたのは、俺が中学に入る前だった。
中学入学とほぼ同時に祖父が亡くなり、現在に至る。
これが俺の家族構成だ。
どうでもいい話だったな……




