第22話 追撃戦闘(挿絵あり)
予想通りテラー達が襲ってきた。
後続からの悲鳴が聞こえ、前方にいた護衛達の多くが後方へと下がる。
俺達の側にゼグトさんがやってきて、ミリアが後続へと向かった。
混戦になる前の一発はギリギリ放てるかどうか……難しいだろうな。
「俺たちはこのまま?」
「ああ。いざとなれば……それはもう言ったな」
餌云々の件だろう。分かっているとコクリと頷き返事をする。
『《全体防御増幅》。《全体敏捷性増幅》。《全体攻撃力増幅》』
下がったミリアの声が聞こえてくる。やっぱり、でかい一発は無理だったか。
「しかし、なんでまた俺なんだろう? ミリアの方が凄いと思うんだけど」
「人間の事はよく分からん。君の方が分かるんじゃないのか?」
「そう言われれば、そうなんですけど……いや、テラーって獣人じゃ?」
「そのテラーに指示を出しているのは人間だ。脱走してきた時、何かしたんじゃないのか?」
「あ、うん。まあ……」
「その顔は、してきたと言っているようなものだ」
アレはやっぱりまずかったよな。
結局あの声は何だったんだろ? 無視したら駄目かな? 今のところ何ともないんだよな。
あと、ラーグスとかいう奴はどうなったんだろ? あっちにも同じような声が聞こえたのかな? テラーが追ってきたって事は、ラーグスの命令なのか?
……道具扱いされたのに、まだ命令にしたがってんのか? だとしたら哀れな気がするけど……いや、あいつは俺達を利用しようとしたんだし、そんな事を考えたら駄目だ。いい加減、ミリアから学ばないといつまでも駄目なままだろ。
「だ、駄目だ! 数が多すぎる!」
後続から聞こえてくる悲鳴が増してくる。長さんが顔をあげてゼグトさんに尋ねたけど、
「……」
返事がない。ゼグトさんらしくないと思うが、これはもしかすると……
「ゼグト?」
「は、はい」
「様子はどうだ? どうする事もできないなら、作戦どおり俺たちを餌につかえ」
「そ、それは」
自分達の長を餌に使うのは流石に躊躇っている様子だ。何かないかと、考えを巡らせているのだろう。
時折聞こえてくるミリアの声も、余裕がなさげだ。様々な魔法を放つ声が聞こえてくるが、その間隔が長くなってきている。限界が近いのか?
「テラーもいる?」
「先に襲ってきた獣人の女か? いるぞ。人間の隊長らしいやつと一緒に指示を出している」
テラーもいるのか……
先ほどの言葉どおり、まだ付きまとってくるもりだな。
あいつには交渉術を使っても意味ないようだし、他のやつに……って言ってもな~
俺のコレって1対1じゃないと、たぶん邪魔がはいって中断される。
となると、交渉がどう転ぶかわからないし、やるとしたら速攻で終わらせるのが理想かな。
俺が考えごとをしていると、ゼグトさんが我慢しきれなくなった。
「すいません長、俺も後方に回ります」
「お、おい」
長が馬車の中から手を伸ばし引き留めようとするが、ゼグトさんは馬を走らせ金属音がする後方へと向かっていった。
「あいつ、俺たちを餌にする気がないな」
「みたいですね」
馬車を止めずに走らせてはいるが、それより追っての部隊のほうが早そうだ。このままでは後続が全部やられてしまう。
そうなる前に、俺たちを餌にし、民間人を逃したいというのが、長の考えなのだろうけど、どうも部下であるゼグトさん達にその気がないようだ。
「しょうがないやつだ。俺も向かうか。おい、俺達も下がるぞ」
手綱を握っているダークエルフにいうが、無言で目をそらされた。
「俺にはできません。すいません」
「お前もか。まったく、どいつもこいつも……」
この長さん、俺が思ったより皆に愛されているんだな。
最初会った時の横柄な態度のイメージが強くて、どうにも好きになれなかったけど、なんとなく好感がもててきた。
「こうなったら、誰かの馬を奪って……」
「いやいや、あんた長でしょ! そういうの止めときなよ」
「しかしだな……」
見るからに、ジッとしていられないといった感じがありありと分かる。腰を落として、ドンとしていろというのが無理なタイプだ。
「長さん、ダークエルフって精神魔法が得意だよね? 戦闘中って扱うのが難しい?」
落ち着かせる意味も考え、それとなく尋ねてみた。
俺自身の交渉術も精神系のスキルのようだし、聞いておいて損はないだろうと思ったからでもある。
「難しい。攻撃魔法のように遠距離から攻撃できるわけではないし、近接戦だと詠唱時間がネックになる。それにちょっとした事で術がとけるから、混戦状態だと使い物にならん」
「詠唱……そういえばミリアは、魔法名しかいってないな」
「あのエルフは無詠唱が出来るようだな。うらやましいかぎりだ」
「無詠唱って、できる奴のほうが珍しい?」
「当然だ。近接で魔法をバンバン撃てるようなのがゴロゴロいてたまるか……いや、異世界人だったな。もしかして、そっちの世界では?」
「いやいや。魔法すらなかったですから」
一体何度めの質問だろうと苦笑いしてしまう。
そんな話をしていると、後続から爆発音が聞こえてきて馬車が一瞬浮いた。
ついにこっちにも?
と、思ったが、
『《爆破》』
ミリアの声が聞こえたと思ったら、また爆発音が…もしかして、
『おいエルフ女! 爆発魔法をそんな近場で使うな! 味方まで巻き込むきか!』
『ついイラっときちゃって。でも、弱い魔法だから!』
その弱い魔法の余波で馬車が一瞬浮いたんだが? と心の中でツッコミをいれておく。
「あのエルフ、苦手なはずの火属性も扱うのか……」
呆れ声の長さんである。
「おれなんかミリアに魔法の勉強を禁止されているんですが……」
「さっきのエルフにか? なぜまた?」
「さぁ? 勘らしいですよ」
「エルフの勘か。まあ、確かにエルフは魔力感知に優れているが……私が見たところ、君の魔力は奇妙にしか感じられんぞ」
あれ? この人達も感じられるの? ダークエルフもエルフ種とほとんど変わらないと思うし、そういった面も一緒?
「奇妙ですか? どういう事です?」
「すまんが良く分からない。あのエルフに聞いてみたらどうだ?」
「どういうわけか教えてくれないんですよ。聞いても説明できないとか言われて」
「説明できないという点は一緒だな。だが、使えないというわけではないと思うが、どうなのだろ? まあ、エルフが言うのであれば、習得は控えたほうがいいかもな」
またそれか。
ジグルドやテラーに同じようなこと言われたな。
俺の世界にはエルフなんてのいなかったし、そんな常識、知ったこっちゃないんだが。
まあ、でも又一つ分かった。
俺は使えないわけではない。少なくとも、ダークエルフの長はそう感じたわけだ。
なら、チャンスをみて覚えておくというのも悪くはないだろう。ミリアが一緒だときっと反対してくるだろうから、いないときを見計らって……
今でよくね?
「ちなみに、長さんは魔法を教えてくれる気あります?」
「この話の流れと状況でか? さすがにそれはないな」
ないか。
ダメ元で聞いてみたが、予想どおりすぎて土下座して頼む気にもならない。
そんな会話の効果で、長が落ちついてきていた。
だが、今度は別方向が騒めいてくる。
後続じゃないな。馬車が走っている前方からだ。なんだろ?
俺と同じく騒ぐ音に気付いた長が「挟みうちか?」といった声を出したが、違っていた。やってきたのは、オッサンと多種族が混在した集団だった。
「なに!? なぜ、ジグルド様がいる! 一緒にいた護衛は何をしていた!」
土煙をあげ前方からやってくる軍勢。味方という事でいいんだよな?
ダークエルフは分かるのだが、緑の小さなオッサンっぽいのや、鳥人みたいなもの。あと竜族っぽいのもいて、軽くカオスな人々だった。
そんな彼らが俺たちの馬車を通りぬけ後続へと向かう。
増援が現れたことで、戦力は一方的に傾き、ミリアの声が遠ざかっていく。
戦況が傾きを見せたころ、オッサンが乗っていた馬が近づいてきた。
「ヒサオ久しぶりじゃな」
「オッサン無事だったか!」
「この通りよ。ようやく皆と言葉が通じた為、小僧が近くにいると分かってな。これで助かったわ」
「助かったのは俺の方だけど?」
言っている意味が良く分からない。使う言葉でも間違えたか? と思ったが、そうでもなかった。
「なにしろ、間にコリンをいれないと言葉が通じんでな。ああ、コリンというのはこの世界のドワーフで……」
なにやら聞いた覚えのある名前が出てきたが、それって確か、唯一生き残ったドワーフじゃ?
え? なんでその子の名が?
「おい? 聞いとるか?」
「あ、うん。聞いてる聞いてる。そのコリンって子がどうしたの?」
「聞いとらんではないか。だから、コリンを通して話をしとったんじゃが、間に誰かをおくというのは不便でならん」
「なるほど、そりゃそうだよね」
俺の世界で言う所の通訳担当がコリンだったらしい……って、え? じゃ、この世界のドワーフとは話が出来たって事か?
「オッサン、コリンとは話が出来るのか?」
「それよそれ。ワシも驚いた。どうやら、ドワーフが使う言語は同じようじゃ」
「へ、へぇ。そりゃ奇遇だね。もしかしてどの世界のドワーフも同じ言葉を使っているとか?」
「さて、それは知らんがな。少なくとも、コリンはワシが知るドワーフ語を扱っておったぞ。それで、お前等がアグロに向かって来ていることを知って、こうして迎えにきたわけじゃ」
「なるほど。おかげで助かったよ」
「そのようじゃな。まあ、あやつらが来たからには大丈夫じゃろ。魔族の中でも上位の戦力のようらしいし」
そう言って、後方に向かった魔族達に視線を送っていた。
確かに言うだけのことはある。
緑の小さなオッサン……うーん、たぶんだけど、あれってコブリンとかいうやつじゃ? 魔族といっていいのか? 牙とか生えていてモンスターぽいんだけど? 他の人々と協力しているようだし、魔族の部類にしておこう。考えたら負けな気がした。
オッサンの護衛としてきたダークエルフさん達は、持ってきた弓で援護攻撃。その隙をねらってゴブリン達が敵陣内部に潜りこんでいる。わりと嫌らしい戦い方だな。
翼人? と言うべきかな? 背中に羽がある人達が、上空高くから弓を射っている。相手の攻撃が全く届かないような高さからの一方的な攻撃だ。あれは、ズルイだろ。
さて、竜人達だが、彼等の戦力はえげつない。
数が多いというのではなく、持って生まれた種族特性が酷く卑怯だ。
竜人と言えばトカゲタイプ。つまりリザードマンを連想する事もあるが、今ここにいるのは、ドラゴンが小さくなって人と同じサイズになっていると思ってほしい。
持って生まれた強靭な鱗は鎧になるし、自前の爪は鉄を引き裂く。炎の息は魔法にも勝り、一度で数人が焼かれている。後ろから近づくと、尻尾で殴られその後に槍でやられるという始末。もし敵だとしたら、魔法攻撃するしかないんじゃないだろうか? 正直過剰戦力もいいところだ。
まあ、増援の数が少ないから、即座に敵を殲滅出来ているわけではないが、どうも人間達の部隊がわれ先にと逃げ出している。中に必死に声をあげている女がいて、聞いた覚えのある声のようだけど、知らない事にしよう。
獣人達の方は頑張っているようだけど、数が駄目だな。
個々の戦力は高そうだけど、数の優位性を人間達に頼っているようで、その人間が引いた時点で状況悪化につながっている。
先に逃げ出した人間達の後になる感じで、こちらの攻撃を凌いでいるが、あれはこの場から逃げられないと思う。殺されるだろうな。
さて、テラーはと言えば……すでにいなかった。
後で聞いた話になるけど、オッサン達が来た時、飛び出してきた獣人がいたらしい。
それが恐らくテラーだと思う。
なぜそう思うのかと言えば、そのテラーを必死に止めようとしていた獣人達がいて、止めたあとそのまま強引に連れて逃亡を始めたとのこと。
先に襲ってきた時の様子と合わせて考えれば、たぶんあいつは獣人達の中でも指揮官クラスなのだろう。それも慕われているタイプだ。他にも似たような感じの獣人がいるかもしれないが、少なくとも俺が見た限り、今残っている獣人達の中にはテラーはいない。
「ヒサオ、ジグルド様と話をしたいが、大丈夫か?」
長が俺へと聞いてくるが、なにがだ? と一瞬怪訝な顔をしてしまった。
「ああ、通訳のこと? 大丈夫もなにも、俺の通訳スキルは常時稼働みたいですよ」
「許可がいらない? それは助かるな」
なんか話がかみ合っていない気がするが、今はそうした話をする時ではない。長さんはオッサンへと顔を向けて、
「助けていただき、本当にありがたい事です。ですが、ジグルド様は、我々にとって守らねばならぬ御方。またコリンも同様。どうかこのような危険なことは控えていただきたい」
真剣な顔と態度で言われて、並び馬を走らせている2人のドワーフが顔を見合わせている。なにげにお前らいい感じじゃね?
「なぜ『様』づけなのか知らぬが、ワシはワシのしたい事をしとるだけじゃ」
「それについては、後程、街についてからお話しします。コリン、君もどうか説得に協力してくれ」
ジグルドの側にいる、かわいらしい少女に向かって長が言った。
薄紅色の短く艶のある髪。顔は小さく整っており、体形は幼女とも言える。
かといって彼女が幼いわけではないと思う。
単純にドワーフの娘というのはそういう体形が多いのだろう。
そんな彼女が困ったような表情をジグルドへと向けていた。
「軽くはコリンから聞いとるよ。だが、ワシはこの世界のドワーフではない事も忘れんでほしいの」
「それは勿論。ですが、ドワーフであるという時点で、我々にとってみれば救いのようなものなのです」
「……難儀な事じゃ」
オッサンの嘆息のついた言葉には、俺も同感だった。
コリン
きゃらふと というソフトで挿絵を作りました。
体形変更ができないので幼女には見えないのが残念無念




