第18話 追撃命令
前日まで時間が戻る。
ヒサオ達が王都から脱走し、小一時間ほどたった頃。
「何故こうなった?」
牢屋の中にいるラーグスを見つめ、茫然とした顔をし言う男がいた。
いつもの訓練を終え、託宣による王子としての責務に戻ろうとしかけていた、ジェイド=ロックウェルである。
身に着けている礼服姿が偉丈夫な体形に全く似合っていない。
彼が問いかけたのは、自分の前で膝をついている2人の兵士にであった。
一人はテラー=ウィスパー。
獣人であり、精霊憑依を習得した精霊騎士。
ラーグス配下の彼女から聞かされた報告は、ジェイドも耳を疑わざるを得ない様子だ。
「あげた報告に偽りはございません。捕らえたヒサオによって、ラーグス……様は、このような状態になってしまいました」
このような状態。
それを考えると頭が痛い。
なにしろ……
「ヒサオに協力しろ! 獣人共を動かし彼を助けるのだ! 偽魔王討伐に関する契約に従え! テラー! お前達なぞ、我らの奴隷だ!」
常軌を逸したような声を張り上げ、とても正気の沙汰とは思えない言動を繰り返すラーグス。とても放置できない状態にあった彼は、ヒサオが入っていた牢屋に入れられてしまっている。
「ダークエルフ達のように精神系魔法でも使ったのか? ドワーフの方には、奴らが現れたと聞くが?」
「浅慮な私の考えでよければ……」
「許す。申してみろ」
「魔法ではないと思います。理由は、ヒサオが魔法を習得していなかった事。これは同行していたミリアによって魔法習得を禁じられていた為です。そして、ラーグス……様も仰っていましたが、彼は偽勇者だと言っていました」
テラーの考えを聞き、ジェイドが思案する。
元々、体を動かす方が好きな王子であるが、考えるのが嫌いというわけではない。
むしろ、他の人間に比べれば、何かを考えるという事柄に対しては上と言ってもいいだろう。だからこそ、託宣作業の合間をぬって、一般兵に交じって訓練などを行っている。
「だいたい理解した。そのヒサオという偽勇者が、何かしらのスキルを使用したと考えるわけだな?」
「はい。元々彼は《鑑定》と《通訳》スキルを所持していました。それとは別に何かしらのスキルを持っていたと考えます」
「うーむ……テラーよ、それではお前は任務に失敗した事になるぞ?」
ジェイドの気の無い発言を、テラーは聞き流しそうになったが、その内容が自分にとって立場を危うくするものだと気付き、顔を上げた。
「どういう事でしょう? 私は確かに、知った事実をすべて報告したはずですが?」
「初期任務の内容を覚えているか? 『異世界人に関するすべての情報を調べ上げ報告せよ』だったはずだが、お前は、そのヒサオが使ったとされる謎スキルを知らなかったんだよな?」
「え?」
言われ自分の記憶を確かめる。
確かにそうした任務内容だとは思ったが、いくらなんでもアレは当人すら知らなかったのではないだろうか? と思うし、それを報告しなかったから任務失敗といわれても、だったらどうしろと言いたくもなる。
そもそも、3人の状態を報告したあと下された命令は3人の確保だ。
それは確実に行われたし、それ以前の事柄を今更言われても納得できるものではない。
だが、しかし、
「申し訳ありません……」
理不尽だと思っても、飲み込むしかなった。
彼ら獣人は、人間に対して逆らえないのだ。
人間は託宣という武器を使い、獣人という種族を食い物にしている。
そんな状態にあるということを、テラーは嫌というほど知っているのだから。
「まあ、そんなことを言い出す輩がいるだろうな」
ジェイドは唐突にテラーから視線を逸らし、ラーグスへと戻した。
「なら、ドワーフを逃した連中がこちらにも来て、ラーグスをこんな状態にした事にすれば、色々面倒なことは避けれるんじゃないか?」
「は? え? ジェイド王子?」
何を言っているのだ? という顔をし声を出したのは、もう一人いたテレサであった。
「そのような託宣はございませんが?」
「それはそうだろ―…いや、まて」
王子であるジェイドとはいえ、その言葉にテレサは疑問を持ち始めたようだ。
そんなテレサを見ててジェイドは、察したらしい。
「テラー。ラーグスはこの者に捕まっていた2人が異世界人だということを伝えていないのか?」
「え? 異世界……え?」
「看守たちの責任者には伝えてあります。私はてっきり、そちらから伝わっているとばかり……」
聞いたジェイドが額に手をあてフルフルと頭を振った。
「そう言うことか」
なんの事はない。
本来伝わるべきはずの話が伝わっていなく、看守の警戒心が薄かったのも脱走された原因の一つなのだ。その根本的な原因に託宣が関係している。
(責任者が伝えなかったのも、おそらく託宣が無かったからだ。ここまで今の我々は酷いのか)
これは、ラーグスがやられなかったとしても、脱走されたかもしれないと考えた。
「テレサと言ったか。お前はこのままテラーの仮初の上司になれ」
「は? え? ど、どういう事ですか?」
「そのままの意味だ。テラー。お前は、ラーグスの配下だったな。だが、こんな状態だ。緊急のため俺が命令書をだす。テレサの指示で獣人部隊を率いて、できるかぎり後を追え。優先順位は……」
話についていけないテレサを無視しながら、ジェイドはどうすべきかと考え結論を出した。
「優先順位を変える。まずは偽勇者を捕まえるか処分だ。ドワーフはその次でいい」
「先の命令と違いますが、よろしいので?」
「構わん。今は、偽勇者のほうが優先だ」
ラーグスを見る。
およそ正気とは思えない目つきと言動。
すでに術者であろうヒサオは近くにいない。
時間と距離。
通常の魔法やスキルであれば、とっくに効果がきれていてもおかしくない。
この効果はいつまで続く?
術者との距離は関係ないのか?
これをもし多用されたらどうなる?
おまけに自分たちは託宣に頼りきっている。
異世界人であるヒサオには、その託宣が意味を成さない。
……好き放題だ。
魔族相手であっても劣勢になる場面があるというのに……危険度は未知数ではないか?
(下手を打てば国が潰されるぞ)
とても放置できる状況ではない事に気付いてしまう。
「わかったら、さっさと準備をしろ。魔族領土にまで逃げられると、厄介な事になる!」
ジェイドの一喝に、テラーが頭を軽く下げた。
「隊長。行きましょう。私は仲間を集めてきます」
「え? 何? 私が隊長? え? ジェイド様?」
獣人と人間。
同じ事を聞いた2つの種族の女たち。
ここまで理解速度が違うのは、ヒサオ達が異世界人だと知っていたかどうかの違いだけだろうか?
それだけだとは思えないジェイドは、とても楽しめる状況ではないと、今更ながらに思い知った。




