第17話 村からの退去
分かった事のまとめ。
まず目的が必要。
次に取引する意思を伝える。ここでスキルが発動した場合、相手の体が光出す。
相手との交渉は公平な立場で行われる。
こちらが不適切なものを提示すると、光の具合が変わる。赤になれば危険ゾーン。
逆に相手に有利な条件を提示した場合、相手から加算分が提示される。
互いの意思確認が終了した後、俺の方から取引交渉終了のことを伝える。
相手の意識が混濁になっている為、終了の意思は俺のほうからでないと無理なんだろう。
これが通常の流れだと思う。
ミリアの感想はと言えば、
「私にそのスキル使ったらどうなるか分かるよね?」
なんてニコヤカな顔で言われたので、彼女に使うという選択は永久に封印された。
「あれってそんなに嫌なのか?」
「ヒサオの想像力が乏しいのがよく理解できる感想ね」
グサっと俺の心に矢がつきささりました。
もうヒサオの体力は0よ! とまではいかないが、けっこう傷ついた。
今の俺達は、すでに魔族領土に向かっての旅路の途中であり、途中でアグロっていう街に立ち寄るらしい。ダークエルフの村にいた村人たちも一緒にいて、荷馬車が4台ほど走っている。
かくいう俺達は2人。同じ馬に相乗りだ。
もちろん手綱を握っているのはミリアであり、間違っても俺ではない。馬なんて乗ったことすらないのだから。
「ゼグトさんがヒサオに対する目をみたでしょ? あれは恐怖よ」
察してはいたが、否定したいです。
「そ、そんなこと無いと思うな」
「自分が、瞬時に意識を奪われて、相手の良いようにされたらと考えてみなさいよ。私なら怖くてすぐに相手を消しにかかるわ」
「消すなよ!」
「あんたのスキルはそういうものなの。相手の意思を無視して交渉開始しているのよ。それがどれだけ怖いのか想像できない?」
「う~ん」
ちょっと想像。
長い時間やっていたネトゲアカウントの交渉を勝手に持ち出され、適正価格で交渉が成立。
「相手を殺したくなるな」
なんて最悪のスキルなんだ。
「何を考えたのかしらないけど、分かったならいいわ」
思ったより怖かったのだ。しょうがない。もうこのスキルは、非常時以外使わないことにしよう。
長が言っていたけど、ダークエルフって精神系の魔法が得意らしい。だけど、そのせいもあって、他種族から嫌われることが多く、あまり交流がなかったようだ。
聞いたときは、洗脳を得意とする種族みたいなイメージに見えて、そりゃ避けられて当然だよな~と思ったけど、俺の交渉術も同系統みたいなもの。得意なはずのダークエルフにすら怖がられるってよっぽどのことじゃないだろうか。
精神系魔法で思い出したけど、いまのオッサンはその魔法にかかっているらしい。
なぜ? かといえば、単純な話でオッサンに言葉が通じなかった為。
そりゃあ、俺が側にいないと会話が成立しないし、そのオッサンを王都から救出して、なおかつ魔族領土まで連れていくとなると、縄か魔法で縛らないと難しかったのだろう。
そして、彼らは後者を選んだらしく、その事に対する謝罪もされた。
俺達にしてみれば、それで良かったんじゃないだろうか? と思ったが、彼等や、オッサンにしてみれば違うのかもしれない。
「なぁ、ミリア」
「ん?」
馬を走らせているミリアが、軽く返事を返してくる。
ちなみに俺は彼女の腹に手をまわして落ちないようにしている。時々、彼女の編んだ髪からいい匂いもして、ちょっとだけドキドキだ。
「オッサン、大丈夫かな?」
「なにが?」
意味が分からないようで、軽く顔を動かしこっちに視線を送ってきた。前を見てください。
「だって、俺達が最初に会った時、オッサンいきなり殴りつけてきたじゃん」
「あー」
察してくれたようだ。
最初この世界に来た時、オッサンは俺達のせいだと決めつけて、いきなり殴りかかってきた。しかも鈍器を使ってだ!
そして今、そのオッサンは意識を操られ、気付いたら見知らぬ村にいるということになるだろう。
「それって、魔法が解けたとき側にいた人が『大丈夫かな』になるんじゃない?」
そうなるなと、頷き返す。
「もう解けてないかな? 俺達が行ってから解除するとかやめてほしい」
「聞いてみる?」
「やだ」
即返事した。
それで予想どおりの返事がきたら、オッサンがいる場所まで、憂鬱な気分でいなきゃだめだし、知らないでいるほうがまだ希望があるというものだろう。
「なぁ、オッサンが大事にされている理由ってなんだろうな?」
「え? それは恩があるからとかいってなかった?」
「あと約束もあるらしいけど、それってなんだろうな? ミリアがいた世界ではそういう話なかったのか?」
3つもの世界を経験している彼女だ。似た何かしら他の出来事はなかったんだろうか? と考えたんだけど、思えば彼女はダークエルフ事態知らなかったようだし、聞くだけ無駄だったかな?
「さぁ……でも、ダークエルフって聞いた限りだと他種族から嫌われてんでしょ?」
何かしら思う所があるのか、若干口ごもってる。
「らしいね。精神系魔法のせいだっけ?」
「うんうん」
「それがどうしたの?」
「うーん。どう言えばいいのか……ドワーフってさ、私の知る限り律儀なの」
突然話が変わったな。どうした?
「律儀?」
「うん。律儀というか、頑固というか。とにかく約束を守るの。ドワーフほど頑なに守る種族はいなかったわ。ただ守りすぎて時折、常識外の事もしちゃうんだけどね」
「あー オッサンもそんな感じするな」
「でしょ」
ミリアの話に納得していると、彼女は何か思い出したのか、可愛らしい笑みを浮かべた。
一人クスクスって声をだしているのを見ると、見た目年齢相当にみえて……
だけどそんな笑みが、次の話をする前に消えた。
「で、そんなドワーフなんだけど、身内の問題には絶対他種族を巻き込まないの」
「……ん? それがどうしたんだ?……あ! そういうことか」
言いたいことがようやく分かった。でも間違っているかもしれないから、聞いてみる。
「そんな頑固な種族なのに、身内問題にダークエルフ達を巻き込んだってこと?」
「そうそう。あるいは、何か大事な頼み事をしたってところかな? そういうわけで、どんな約束をしたのか聞くべきじゃないと思う。向こうから言ってくるなら別だけどね」
だいたい合っていたな。うんうん肯いていると、俺達の側に長さんがやってきて、隣に並んできた。
「ドワーフの話か?」
「ええ、私がいた世界のね」
「それはジグルド様もいた世界か?」
「分からないわ。私は少なくともイガリアなんていう国は知らない。けど、単純に私が知らなかった、というだけかもしれないし」
「そうか。それは少し残念だ」
「何がです?」
長の言葉に俺が反応。何か知りたいことでもあったんだろうか?
「もし同じ世界からきたのであれば、ジグルド様の事が多少なりとも分かるかと思ったのだ」
「知る?」
なぜ? なんで? 知ってどうするんだ? と疑問が並び、ミリアの方を見ると長へと疑いの眼差しを向けていた。
「それはジグルドの事を知りたいの? それともドワーフの事?」
「勘違いしないでくれ。我々とドワーフ一族の関係はすでに聞いたろ? なら、我々がドワーフに対して危害を加えるようなことをすると思うか?」
「結果的にそうなるという事もあるわ」
2人の間の空気が不穏になってきた。
ちょっとしたジョークの一つも飛ばして場を和ませるべきかもしれないが、俺にそんなことは無理。
「結果か……」
口論がさらに深みにはまるのかと思いきや、長が沈鬱な顔をし呟やいた。
ミリアが俺を見て『何これ?』といった目線を向けてくるが、俺が知るわけがない。
「すまん。守れなかったドワーフのことを思い出していた」
話が重くなって、俺たちは余計な事を言ってしまったことに気付いた。
前にも聞いた話だ。
長達が守っていたドワーフは全滅し、他国にいるはずのドワーフ達も同様の託宣により攻撃を受け……ん? そういえば……
「長さん。他国のドワーフはどうなったか聞かせてもらっても?」
「それは……いや、まずは休むか。そろそろ飯の時間だ」
俺達から離れ、長さんが馬を走らせ去った。隊を止めるためだろう。
「俺、悪いこと聞いたかな?」
「どうだろ? でも私も気になってたし、ヒサオが聞かなかったら、私が聞いてたかも」
「そか……ありがと」
「本当だから気にしないの」
どっちにしろちょっと気持ちが軽くなったかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
長さんが言ったように休憩にはいり食事になった。
魔族領土にはいる手前の街まで、もう少しかかるらしい。
山道にあった開けた場所で本日初の食事。
交渉実験に使った食事権利は戻っているので、ごく普通に一食分になる。
朝から何も口にしてはいない事もあり、めっちゃうまい。
2人だけで食べる事になると思っていたんだけど、しっかり長さんが戻ってきて、3人で食べていると、
「さっきの話だが、北国ウースのドワーフ2人が、かろうじてアグロの街に逃げ込めている。だが一人は報告したあと怪我が悪化して死んでしまった。南のオズルの方は連絡がとれていないから分からん」
と、わざわざ教えてくれた。
あの話は、もう止めようと思っていたけど、ちゃんと教えてくれるとか優しい人だな。
「生き残ったのはコリンと言ってな。族長の意思で数人の仲間と一緒に逃げ出してきたらしい」
「じゃあ、そのコリンって子以外は……」
聞いたのはミリアだった。自分で言った通り、気にしていたんだな。
「……最初アグロの街ではなく、北から直接いける魔族領土に向かっていたらしい。だが、その国境付近にいた獣人たちにヤラレてな……そこからはもう泥沼だったようだ」
獣人も関係してくるのか。
それで最初に会った時に、テラーに対して警戒していたのか? いや、あれは侮蔑に近かったな。どうりで、罵るような口調だったはずだ。
ミリアもそれ以上聞かずに、手に持っていた食事を胃に収めて、俺と長が火を消し始める。
周囲の者たちも再出発の支度を始めており、ちょっとした休憩が終わりとなっていく。
街まであとちょっと。
オッサンは、その街にいるらしい。
その街をすぎると魔族領土だ。
俺達は馬を走らせ、街へと急いだ。その先にある魔族領土に向かうために
……何事も無ければいいんだけど……




