第16話 交渉術の基本
結論からいえば、俺は能力実験を優先することにした。
俺達もダークエルフ達と一緒に魔族領土に向かうつもりだし、そっちで情報を得てもいいと思う。色々話を聞いたら一晩かかるきがするし。
というわけで、晩飯を食べてから実験開始という話になったんだが、村全体が酷い状態なので食事は質素なもので終わった。豆スープのみでパンなし。パンがないのは仕方がないが、米が食いたくなってきた。
「さてと、じゃ、ゼグトさんよろしく」
「なぜ俺なんだ……」
スキル実験犠牲……対象者はゼグトさんになりました。はい、拍手。
「長さん相手に実験するのもアレだし、ミリアは一応女だし」
一応といった瞬間、睨まれた。あの杖がなくて良かった。
そう言えば、世界樹の杖とかいうやつ取られたままだよな。あれいらないんだろうか? 何も言わないから考えないようにしているけど、まあ、言われても取り戻しにいけないか。
「まさか疲弊している村人相手に試せと? 酷い!」
「いや、俺と一緒にいた2人もいるじゃないか」
「あの2人の名前すら分からない。あと長さんも」
「そう言えば……いや、今からでも!」
「大丈夫ですよ。痛みとか無いですから。たぶん。精神的には、ちょっと危ないかもしれないですけど」
「全く安心できない!」
そりゃそうだ。俺も安心できない。いきなり失敗しているし。まだ成功してないし。
「早くやりなよ。私そろそろ眠い」
膝をついて俺たちを見てミリアが言った。編んだ髪をカリカリしているけど、解いて寝たいのかもしれない。
俺達は、長宅の客間にいるわけで、実験が済んだらここで眠る。
ゼグトさんは別宅で寝るはずだったのだが、なぜか一緒だ。
まあ、その理由は、実験に付き合ってもらいたいからだったりする。
つまり思う存分試せるということだ!
「お前、悪いこと考えてないか? 顔に出ているぞ」
「気のせいですよ」
なぜか引きつった顔をしているんだが、どうしてだろ。
「んじゃ行きますね」
「ちょっと待て! 心の準備が!」
「えーと。交渉しましょう!」
何か言っていたけど、聞かなかったことにした。
ゼグトさんの様子を見ると、手を前にし固まっている。
「「?」」
2人が固まっていると、
「何を交渉するの?」
「あ、それだ!」
ミリアの一言で理解ができた。
ラーグスの時には『偽魔王の討伐』という目的があって、それに関する交渉が発生した。
「もう終わったのか?」
ゼグトさんは状況が掴めていない様子。
終わっていないと伝えると、苦々しい顔をされた。そんなに嫌か。まあ、そうだろう。俺だって嫌だ。
……しかし目的か。
何も考えてなかったな。この場合はどうしたら、
「ああ、そうだ。明日の朝食なんてどうです?」
「無いぞ」
「へ?」
「明日からは昼前と夕方の二食予定だ。明日の朝はまず罠に掛かっている獲物を獲ってくる。これだって危険性が高い。その後に村を離脱予定だ。説明されていないのか?」
「そうだったんですか!?」
「嘘をついてどうする」
ただでさえ量もない味も悪い食事がさらに減るのか。
いや、牢屋の時と比べればマシではあるが、きついわ。食事が不味いと気力って湧かないし。
「じゃ、明日の昼前に食べる食事と言うことで」
「わかった。たぶん、街の前で一休みするだろうから、そこで食事をとるだろう。そのときの食料でいいな?」
「はい」
よし! 少ない食料だ。必死にやらねばならん! ゼグトさん悪いが明日の食事は1食な!
「では取引をお願いします!」
「応じよう」
今度はしっかりとゼグトさんの体が黄色く光る。意識…ありそうだな。少なくとも、ラーグスの時のようにボーッとしている様子ではない。あいつも最初は普通に見えたし、途中までは意識があるんじゃないだろうか? 試しに聞いてみよう。
「まだ意識はある?」
「それは取引に関係するのか?」
あったか。
そういや、テレサもこんな事を言っていたな。
あの時は、無いと言ったら光が消えた覚えがある。
じゃあ、こんな感じでどうだ?
「取引できる状態なのか確認してみたかっただけです」
「問題ない。続けてくれ」
真顔で即答された。
うーん、普段とイメージが違うけど、これもスキル効果なんだろうな。
ミリアが近付いてきて、ジーとゼグトさんの目を見ている。なんだろ?
「取引の邪魔だ。離れてくれ」
言ったのはゼグトさん。俺じゃないぞ。言ったらどうなるか分かってるからな。
案の定ミリアのやつカチンときたようで、宝石をつけた右手で拳を握ってやがる。
お前魔法使いなんだから、まず物理攻撃とか止めろよ。この脳筋め。
我慢することに成功したミリアが少し離れた。苛立ちは残っているようで、腕をくみトントンと指さきで肘をたたいている。
「ミリア、殴るなよ? まだ試したいことあるんだから」
「やるわけないでしょ!」
どうだか、と返したら俺の身に危険がふりかかるので止めておく。
しかし、この状態って交渉が終わるまで続くのか? ……まずは終わらせてみるか。
一食分の取引交渉という扱いになるんだろうけど、何を取引材料に使うべきだろう?
前回の様子だと公平な立場での取引扱いのようだし、同等のものが必要ってことだと思う。
ならこれは確実なはず。
「明日の2食目との交換でどうでしょうか?」
「夕方の食事か? ならばこちらがもらいすぎだ。それならば、こちらとしては200キニスを追加で支払おう」
お、おう。
なんてこったい。
どうやら夕飯の方が良いものだったらしい。こっちはそんなこと知らないのに、律儀に追加を出してきやがった。
キニスってのが円みたいなものか。
追加分が200キニスって事だけど、価値がまったく分からん。いいのかどうかも知らんが、恐らく公平な取引価格と思うことにした。
「わかった。それでは明日よろしくたのむ」
これで明日もらった時に、取引成立になるって事だろうな……って、それって明日の取引までゼグトさんはこのままなのか? それはまずい!
「取引成立って事でよろしく!」
良いのかどうか分からないが、言ってみた。
上手くいけば、これで終わりになるはず。
ゼグトさんの様子をみれば、少しボーッとしている。ラーグスの時と一緒だ。だが、すぐに、頬をぴくりと動かし、俺と視線を合わせた。
「今ので終わりか? 少し頭がクラクラするな」
お、大丈夫のようだ。記憶もしっかりあるんだな。
「はい。これで、取引交渉は終わったはずです」
なんとなく流れがつかめたのはよかったけど、まだ不確実だな。あと、このままだと、俺は昼前に2人分食べて、夕飯無になってしまう。それはちょっと避けたい。
「ゼグトさん、もう一回お願いします。今度は明日の夕飯の取引交渉という事で」
瞬間、ゼグトさんの体が条件反射的に逃げ出そうとしたが、構わずに交渉を開始した。
「……あんた酷いわね」
ミリアがなにやら自分の事を棚にあげて言ってきたが無視する。
その後も実験を繰り返した結果、さらに幾つか分かった事がある。
それは良いのだが、その後のゼグトさんの目からは、俺に対する恐怖を伺えてしまって、ちょっと悲しいです。




