第15話 戦火の跡
アルツを出た俺達が向かったのは大森林だった。
向かったというより、戻ったと言うべきか。
「ここ大丈夫なの? またあいつら来るんじゃない?」
鬱蒼と茂る森の中でミリアが言った。
俺も同感なので黙って反応を待ってみる。
「それは村についてから長に聞いてくれ。それと前回捕まった理由は分かっているな?」
「それは……ごめん。自分の力を過信していたわ」
ゼグトさんに睨まれミリアが謝罪した。
重い空気のまま、俺達はダークエルフの村へと迎えられたのだが……
「酷いな」
村を一瞥してつい口にしてしまった。
俺の声を聞いたダークエルフの3人共が、悲壮な顔つきをして申し訳なさでいっぱいになった。村にある家屋のほとんどが破壊されていて見るのが忍びない……ここまでやるのか?
「色々あってまだ片付けが終わっていない。すまないが、お前達を宿泊させる場所はないから長の家で泊まってもらう」
「ありがとう。十分すぎるわ」
「助かります」
俺たちは素直に礼をいい、頭を下げた。
長の家に連れていかれる最中、どうしてこうなったのかについて話を聞いた。
この森を覆う結界は方角を狂わせるもの。
だから、森に入ってきた人間は同じ場所をグルグル回されるわけだが、人間には託宣がある。
その託宣が下った一部の人間達がやってきて、襲ったらしい。
戦闘ができるダークエルフの多くは、迷っていた本隊を相手をしていて、ここには数が少なかった。この本隊の方は託宣が下らなかった者達だろう。
本隊から別れやってきた託宣を聞いた部隊が村を襲う。
護衛として残ったダークエルフ達というのは、根本的に戦闘慣れしていない人々。おまけに、相手には託宣が下る為終始不利な状態だった。
さらに、この村には彼らにとって守らなければならない存在がいた。
それがドワーフ。
ドワーフを守らなければならない村人達は、自らの命を盾に戦った。
だが、その守らなければならなかった村人とドワーフ。
その双方の命がこの村で散ってしまった……という事らしい。
途中で耳を閉ざしたくなったよ。
「長、連れてきました」
「ゼクト、よくやった」
「いえ。俺達は、ほとんど何もしていません。彼らは勝手に出てきました」
「ほう。流石異世界人といったところか?」
家の中にいた長と呼ばれた男が愉快そうな声を上げて言った。
森の中であった代表者のようだった男で、相変わらず偉そうな感じ。
短い銀髪に華奢な体形という点はゼグトさんと一緒であるが、長のほうは態度も身長も大きい。
ただ、着用している革服に、身分ほどの落差はないようであり、両者ともが傷だらけ。ここ数日で擦り切れたのかもしれないが、それを直す時間すら惜しい状況なのだろう。
俺達はペコリと一度頭を下げてから、キョロキョロと部屋の中を見回した。もちろんオッサンがいないかを探す為だ。
「どうした? とりあえず座ったらどうだ。今更、お前達をどうこうする気はない」
立ったままでいる事を気にしているのかと、彼の前に座ってみる。
「まずは無事で良かったと言わせてもらおうか」
「ありがとうございます。助かりました」
素直に謝礼を言い返すと、長が困惑した顔を浮かべた。なぜだ?
「人間に謝礼を言われるのは、どうもな。まぁ、お前達は異世界人のようだし、それが普通なのだろが」
なるほど。そりゃそうか。
そもそもこの村を襲ったのは人間たちのようだし、俺がいていいのだろうか?
「助けてもらっておいてなんだけど、色々情報が欲しいの。それに、ヒサオの言っていた話も整理したいわ。できれば早急に……「お、おい!」」
ちょっとは村の様子を考えてだな、と続けようとしたが、長が口を挟んだ。
「それについては同感だ。お前達を追って人間どもがここにやってくるだろう。せいぜい今晩ぐらいしか、この村にはいられんと思ってほしい」
そうなるのか。そりゃ今のうちに色々話を……
待てよ?
たしかガーク村の村長が言っていたが、亜人って魔族だったよな。って事はこの人達もじゃねぇか。
「まじィ……」
「どうしたのヒサオ。いつも以上に可笑しな顔よ?」
「どういう顔だよ!」
「そんな顔」
「地顔だよ! いつも通りだよ! なんら変わってないよ!」
「で、なにが『まじィ』なの?」
「いきなり戻すな! ああ、もう!」
疲れる。なんだいきなりからんできやがって。
まあ、話が戻ったけど、素直にこの場で言うわけにもいかない。でも聞いておいて損はないか。
「なあ、あんたらって魔族なの?」
「一応な。それがどうした?」
「いや、俺のイメージじゃ、ダークエルフってちょっと違っていてさ。というか、魔族ってもっとこう、グチャグチャと言うか、モンスターっぽいと言うか……」
「ついでにいっとくけど、私はダークエルフって知らないわ」
ダークエルフについて言えば、俺もほとんど知らないな。
だいたいの話で登場する彼らは、エルフの敵という立場だったと思う。もちろん例外はあるだろうけどさ。
だが、それ以外は?
肌の色が違う。エルフと敵対している。
俺が知っているのって、それだけなんだよ。ミリアとほとんど変わらないんじゃないだろうか?
しかしまいったな。本当に魔族なのか。
だとしたら、2年以内に魔王討伐を言い渡されたことは内緒にしないと駄目だろ。ほんと困ったことだ。
とにもかくにも夜まで時間はあるし、いくつか話を聞いてみるか。
「まずはジグルドの事なんだけど、オッサンは今どこにいるんだ?」
「それなら、彼には一足早く魔族領土近くの街に向かってもらった。ここはまだ危険だからな」
「そっちの方が安全なのか?」
「ああ。それに、人間達はドワーフの殲滅を託宣されている。ここにいたら危ういだけだ」
確かにと頷いて返す。しかしこうも一緒にいない時期が続くと、不安を覚える。
「じゃ、次にダークエルフが一応魔族だという話は、どういう意味?」
「一応というのは我らが純粋な魔族ではないという意味だ」
「純粋?」
「魔族には起源的な種族もいて、その方々が純魔族として扱われている」
「……なんとなく分かった」
最初からそう言ってくれれば……いや、分からなかったかもしれない。
なんだか、これもガーク村で聞いたような気がするな? まあ、いいか。
やっぱり、魔王討伐の話したら駄目だよな。
魔族なんだし魔王の事を知っていると思うけど、どの程度かな?
口にするのも危険な気がするんだが……情報はほしい。
「一人で百面相しているところ悪いけど、牢屋での事を教えてくれない? あれも大事な事だと思うし」
「あとで殴っていいなら、教える」
「その後どうなるか分かっているわよね?」
「嘘です。教えます。ですから、殴らないでください」
場所もわきまえず漫才じみた会話をする俺達を、長は呆れた顔をして見ている。
やめてそんな、可愛そうな人を見るような視線を向けないで!
……痛々しい空気の中、俺は口を開き始めた。
「森に入ってレベルが上がった時に、交渉術っていうのを覚えたらしい。それを試したら、ああなって、脱出出来たっていう事だよ」
我ながら、簡潔だ。なんて分かりやすい!
もちろん嘘です!
だって、詳しい話をしたら、魔王討伐の話しもすることになるだろうし、そうなると匿ってくれているこの人達と、争うことになりかねないじゃん!
そんな俺の苦悩を察してくれよ。この難しい状況を!
と思ったが、もちろん分かってくれなくて、ミリアが拳骨を握って頭をゴンと殴った。
「殴るわよ!」
「すでに殴られてるわ!」
コブができていないかどうかを涙目で確かめている俺に、部屋にいるダークエルフ達の冷たい視線が突き刺さってきた。ちょっとその視線も止めてくれるかな? 俺的には精一杯の説明だったんだから!
「真面目にやりなさい」
そろそろごまかしが効かなくなってきた感じがするが、かといってこの場で正直に言うわけにもいかない。とりあえず説明出来るところまでにするか。
「交渉術っていうのを覚えたんで、それを試したんだよ」
「さっきも言っていたわね。通訳や鑑定と同じようなもの?」
「うん。そう」
「噂では聞いていた。人間達が召喚した勇者には、成長すると勝手に新しい技術を覚えると。ヒサオの交渉術というのはソレなのだろう」
村長が確信じみた声をだす。ミリアは納得できない顔をし、
「前にも言ったけどヒサオのソレって卑怯だわ。勝手に習得するとかズルイ」
「そう言われても困る。俺の交渉術は、何がなんだかよく分かってない。だから牢屋では失敗した」
「え? アレで失敗なの? あの偉そうな奴の動きを止めて、指輪を奪えたじゃない。大成功じゃないの?」
ミリアは知らないからな。あの声を聞いたのは俺だけだろう。うまく誤魔化さないと危険な気がする。
「俺も良く分からないって言ったろ。そのうちはっきりしたら教えるよ。とりあえず分かっていることだけ言うとだな」
嘘はついていない! と自分を誤魔化し、言葉通り知る限りのことを伝えた。、
もちろん俺の推測に過ぎない事も付け足して。
「強力な精神系スキルと言ったところだろうか? しかし、我々ダークエルフは精神系魔法を得意とするが、そんな特定状況だけを作り出すような魔法は聞いた事がないな」
「スキルだから魔法ほど汎用性はないと思う」
「試したと言う事は、交渉を持ち掛けたのだろ? どういった内容なのだ? 参考にまで知りたいものだ」
「それは…「交渉を持ち掛けてきたのは、えらそうな奴よ。ラーグスとか言っていたわね。なんだっけ? 魔王討伐? 『偽勇者』とか『偽魔王』とか言っていたけど、あれってなに?」…あのミリアさん?」
俺が話そうとしている最中に割り込んで、余計なこと喋りやがった!
……チラっと長をみると、なぜか苦笑していた。あれ?
「『偽魔王』か。よく言ったものだ。ラーグスとか言ったか? 確かあの国の、文官たちの長だったと思うが。ゼグト、合っているか?」
「はい。あの男も注意が必要かと思います。おそらく託宣を利用しています」
「託宣を利用? どういうことです? それに『偽魔王』とは?」
「どう説明したらいいものやら……」
チラっとゼグトを村長がみるが、ゼグトさんも困った表情を浮かべている。
それほど難しい話なのだろうか?
「託宣の利用というのは、そう思えると言うだけで、実際そうなのかどうか分からないままだ。お前は託宣についてどれだけ知っている?」
「はい。えーとですね……」
まず1つめ。
異世界人が関わると、託宣が聞こえなくなる。
だけど、異世界人が関わる場合だけではないらしい。
2つめ。
託宣は人間のみが聞こえるもので、その通りにすることで、よりよい日常を送れる。少なくとも、人間達はそう信じている。
と、いう感じだったと思うと言ってみた。
「だいたい合っている」
だいたいか。
と言う事は、間違っている点もあるのかな? それを聞いてみようとすると、さらに長さんの口が開いた。
「託宣に従えば、結果的には良くなる。これは確かにそうなのだが、それはあくまで大きな視野で見ればの話だ」
教えてもらった事にコクリと頷き理解を示した。
それは最初の村であった出来事を言っているのと一緒だろう。
あの村の長は確かに言っていた。村人の人数が減ることで、暮らしやすくなると。
それは村だけではなく、町や国単位でも適用されるのだろう。
と、言う事はだ。ラーグスが託宣を利用するということは……
「託宣に従えば種全体としてよくなる。でもそれは、個人としては……」
「そう言う事だ。だいたい把握はできるだろ?」
俺の独り言に長が肯定を示した。
こうは言ったが、完全に理解が出来ているわけではない。
『種全体の繁栄』よりも『個としての幸せ』を望む人達がいる。と、言うことなんだと思う。
牢屋であったテレサの家は託宣に従うことで没落したと思う。
しかし、もしこれがラーグスのような奴であれば、その没落する為の託宣を無視するか、あるいは逆利用したのではないだろうか?
明らかに自分に不利益な託宣が下った場合、それを逆手にとる。
それが託宣を利用するということではなないだろうか? とは思う。
「まだよく分からないけど、少しは理解できる」
「まあ、その程度で良いだろう。君達にとって、これは理解する必要性もないだろうしな」
そういうものだろうか? と多少疑問に思ったが、それを口にはしなかった。
「あとは偽魔王の方だが、こちらは魔族の歴史に関係してくるのだが、知りたいか? 私個人として言えば、君たちには関係ないと思う」
長の顔を見ると、どうも言いたくない様子が伺える。何かあるのかもしれないし、聞いた方がいいとは思うんだけど、また時間がかかりそうだな~
「ミリアどうする?」
「聞けるときに聞いた方がいいとは思う。だけど、私はヒサオのスキルも気になるわ」
そういえばそうだなと、俺も頷いた。
どこかのタイミングでちゃんと実験して調べる必要がある。
ただ、情報も大事なわけだし、それを聞いてからにしたいんだけど、すでに陽が落ちてきている。
これから話を聞いて、俺のスキル実験とかしていたら時間的に厳しいかもしれない。
「どうするヒサオ?」
「俺が決めるの?」
「ヒサオの力でしょ。それぐらい自分で決めてよ」
「あー…うん。そうなんだけど、どっちも大事な気がするんだよな」
悩む俺をジーっとミリアが見ている。
何か言いたそうだが黙ったままだ。彼女にしては珍しいな。
「聞いたと思うが、今晩はここで宿泊してもらう。だが、明日になれば西の魔族領土に向かうつもりだ。むろん、君たちが断ると言うのであれば、それはそれでいい」
つまり、それを考慮にいれて決めろということか……




