第12話 実験
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……この牢屋ってホントに何もない。
トイレだけではなく何かしらの布もない。
冷たい床の上で寝るのは、野宿と違ってかなりキツイ。
モンスターの心配はないが、床に横たえた体が痛みを訴えて目が覚める。
おまけにネズミがやってくるものだからその気配でも目が覚める。寝ていても神経が休まらないから余計に疲労がたまるな。
これは慣れる類のものじゃないと思う。たぶん慣れる前に頭がやられる。何かしら行動を起こすなら早いほうがいいと思うが、情報の類がほとんどない。今度テラーが来たら探ってみるか。
あとラーグスという男が言っていた『偽勇者』というのも気になる。今度来たら、なんとか情報を引き出したいな。
勇者と言えば、召喚されて魔王を倒してと頼まれるというイメージがある。
ミリアを思い出すが彼女は魔法使いだし、勇者になるのだろうか? 脱出できたらあいつの冒険話を聞いとくのも悪くない。何かの参考になるかもしれないし。
こんなところ……ああ、いや俺の《交渉術》があったか。あれも調べないとな。
交渉と言えば物々交換みたいなものだろうか? あるいは値引き交渉とか?
どちらにせよ試すのに相手がいるな……牢屋の番人たるデブオッサンで試してみるか。そういえば名前はなんだっけ? まだ調べてなかった。
えーと、『テレサ=サーカリム』……あれ? 女のような名前だな。あんなデブったオッサンの名前にしては妙だ。ちょっと確かめてみよう。
レベル22 テレサ=サーカリム
称 号 落ちぶれ兵士
アイテム 兵士の鎧 短槍 没落貴族の剣
ステータス 2流兵士
ス キ ル ハイマン流剣術 及び 槍術
ほう。これは元貴族様ってことでいいのかな? レベルだけなら一般兵士を超えているんじゃね? 森の前で見た兵士達のほとんどは10台だったし。
これたぶん昨日のデブじゃないだろう。確かめてみよう。
声を大きくして呼んでみると、やってきたのは全く違う人物だった。いつのまに交代したんだろ?
「何の用だ。作業の邪魔をするな。わかったな」
少しこちらへと近づいてきて言うと彼女はクルっと向きを変えて戻ろうとする。
「あ、ちょっと待ってください! こっちにも用事があるんです!」
慌てる必要は無かったと思うんだが、本能的に焦った声を出してしまった。
すると、戻りかけた足を止、顔を軽く俺に向けてくる。
「用事? お前の託宣か? しかし私には託宣がなかったが?」
託宣? ……って、もしかしてこいつ、俺が異世界人だと知らない?
テレサという女兵士を一言でいえば、男のような女だ。
黒髪の短髪にスレンダーな体形。鉄鎧で体を包んでいる為、もしかすれば胸を抑えこんでいるのかもしれないが、それほど大きくはなさそうだ。
腰には片手剣が下げられているが、右手に短槍も所持している。
顔つきは常に気を張っている感じで、他人を寄せ付けない感じだ。
そんなテレサがこちらにやってきて用件はなんだ? と尋ねてきたので、
「情報が欲しい。取引しませんか?」
俺がそう言った瞬間、彼女の体を黄色い光が包んだ。
なんだこれ? と、口から声が出そうになったが強引に止めた。あぶねぇ…
「取引? 自分が何を言っているのか分かっているのか?」
俺の表情の変化を気にする様子もなく言ってくる。
自分自身が光っているのを気付いていないのだろうか?
それとも何かのスキル? とりあえず話を進めてみよう。
「それはもちろん」
必要のない身振り手振りをしながら話を進めているが、交渉が上手くいく自信なんてない。
「このとおりの状態なので何かを与えることはできませんが、情報には情報で返すという形で取引できませんか?」
両手を軽く広げ言ってみる。
取引に使えるような情報なんてほとんどないが、ぶっちゃけ駄目元。交渉術というスキルがどういったものなのか、調べるのが目的だ。
「託宣があるのだし必要な情報などない。黙って耳を貸していれば良い」
彼女を覆う光が赤へと変わった。
信号のようなものか? だとしたら、これ以上は危険かな?
でも、ちょっとカチンときた。
そんなに託宣とかいうのが正しいのか?
この世界の人々は託宣というのに抵抗がまったく無いのだろうか?
この女だってそうだ。
元貴族だと思うけど、託宣に従っていたからこんな場所にいるんじゃ?
それでも従うってどれだけ信じているんだよ。宗教って怖いわ。
「信じた結果が、いまの立場なのですか? 牢屋の番人なんて状態をあなたは望んだのですか?」
余計なことだと思うが、つい口にしてしまった。俺も懲りない男だな。
「それは取引に関係した話なのか?」
「え?」
「取引として受け取っていいのか? と聞いている」
真顔で聞いてくる彼女を見ると体を覆う光が赤のまま。この光が出ているということは、まだ取引状態が続いている?
と、言うか、もしかして……取引関係の話しかできない?
「……」
俺の返事を待っているのか、テレサが無言のまま俺を見ている。心なしか虚ろな目をしているな。
「えーと、違います。取引とは違います」
言った瞬間しまった! と思った。
時すでに遅く、彼女を覆っていた赤い光がスーっと消えていった。
「……なんだ? 私はなぜ君とこんな話を。託宣も無いのに」
自分のとった行動が信じられない様子だ。
頭を数回振った後、無言で体ごと通路のほうへと向けた。そのまま歩きだしたので、手を彼女に伸ばしたが、何をどう言えば良いのだろう? 交渉しようにも、取引できるものが何一つない。
このスキル。どう使えばいいのか何も思い浮かばない。
なんであれ、交渉材料に使えるものがなければ、このスキルは使いものにならない。
しかし分かったことはいくつかある。
交渉術の事もだが、託宣についてもいくつか知ることが出来た。
予想どおり彼女は俺が異世界人だということを知らない。
これは最初の考えであった『異世界人が関係すると託宣が働かない』ではなく、異世界人が関係したとき『も』託宣は働かないと考えるべきだろう。でないのであれば、最初の村の連中のようにテレサは俺の事を異世界人だとすぐに分かったはずだ。
あと、託宣というのは聞こえてくるものではないだろうか?
テレサが言っていたが、耳を貸すといいと言うのは、そういう意味では?
実際託宣を受けてみないと分からないが、分かったからといって、どうだという話ではないけど。
もう一つ。
どうも彼女の様子が変だった。
見た限りで言えば、催眠術にでもかかったような状態に近かったきがする。
これもしかして、そういうスキル?
……あれこれ考えてもしょうがないか。
昼にならないと飯はこないだろうし、それまで休んでいよう。




